【解説コラム】遠方阻止への戦略転換と変革途上の自衛隊:戦略三文書注目点の解説(小木洋人)



小木洋人

主任研究員
2022年12月16日、政府は、国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画のいわゆる戦略三文書を閣議決定し、防衛力の大幅強化に踏み切った。戦略文書では、中国を「最大の戦略的な挑戦」と位置付けて警戒感を強めた表現とするとともに、反撃能力の保有を認め、スタンド・オフ防衛能力、無人アセットなどの防衛力強化の7つの重視分野に沿った事業を列挙した。その裏付けとなる予算についても、2023年度から5年間で43兆円の経費を確保することとし、関連する経費と合わせて、国内総生産の2%の水準を継続的に維持することとした。

三文書そのものの記述の密度の濃さ、列挙された取組や事業の充実振りは、過去に類を見ないものとなっている。これらの点は、まず高く評価されるべきだ。しかし、一方で、今回の戦略三文書は、従来の反撃能力(敵基地攻撃能力)に関する政策的自制を打ち破るという点に一つの重心があったこともあり、全般の戦い方のコンセプトが必ずしも明確に打ち出されていない。また、抜本的に強化する能力や装備品が多く列挙されながら、それを支える自衛隊の将来体制が、必ずしも同様に抜本的に変革されたものとなってはいない。

本稿では、脅威認識、戦い方のコンセプト、自衛隊の将来体制の3つの要素を順に見ることにより、これらの問題を考察したい。
 

脅威認識:戦略の明確化に必要な土台

政府はこれまで、日本の防衛力整備は特定の国を対象としてこれに軍事力で直接対応していくという発想には立っていない旨を述べてきており、今後もこの見解を維持していくことは間違いない。他方、今回の安保戦略と防衛戦略では、脅威が意思と能力の組合せで顕在化することを想起した上で、意思の外部からの把握が困難であることから、「相手の能力に着目した」防衛力を構築するとした。最初の防衛大綱である51大綱が、冷戦デタント期における脱脅威を前提として「基盤的防衛力構想」を掲げたことと対照的なこの記述は、脅威が顕在化し得ることを前提としている点において、これまでより更に厳しい安全保障環境認識を掲げたものだと言える。

そして、安保戦略と防衛戦略で中国を「最大の戦略的な挑戦」と位置付けることで、外交的配慮等から脅威と名指ししないまでも、日本の安全保障戦略にとって第一に対処すべきとの優先順位が明らかになった。この防衛力整備上の意義は抽象的なようでいて意外と大きく、今後戦略の実施面で響いてくるものと考えられる。それは、北朝鮮を念頭に置いた防衛力整備より中国を念頭に置いたものに防衛資源を優先的に配分するとの方針にほかならないからである。

微妙なニュアンスで書かれているのがロシア認識だ。両戦略文書は、「中国との戦略的連携強化の動きと相まって、安全保障上(防衛上)の強い懸念」とした。それより前の文章で、ロシアの軍事動向等について「欧州方面においては(おける)安全保障上の(防衛上の)最も重大かつ直接の脅威と受け止められている」と述べていることを加味すれば、戦略文書は、逆に言えば、ロシアを極東方面における「最も重大かつ直接の脅威」であるとは必ずしも位置付けていないことを意味する。一方、これまでの中国との海空戦力における連携行動を踏まえれば、今後も、中国に貸しを作りつつ、日本や米軍に対する嫌がらせ・示威行動を仕掛け、日米の防衛力に対して一定のコストを賦課してくる可能性は十分にある。こうした事態は、文書にあるとおり、日本がある程度の防衛資源を留保しておくべき「強い懸念」であると言えるだろう。

戦略の明確化にとって、脅威認識の優先順位付けは不可欠である。そして、三文書は、この点をバランス良く記述した点で評価されるべきだ。

 

戦い方の変化:領土防衛から遠方での阻止へ

今回の戦略三文書においては、安保戦略で安全保障上の目標が、防衛戦略で防衛上の目標がそれぞれ示され、抑止・阻止・排除・終結といった概念が体系的に記述された。一方で、従来の防衛大綱の見直しごとに示されていた、「〇〇防衛力」という新たな中核概念は示されなかった。

防衛力の果たす役割や特徴が益々多様なものとなってきている以上、このような新たな単一キャッチフレーズを文書見直しの度に記載する実質的意義が疑われたことがその背景にあるのかもしれない。そのことは良く理解できる。それでもなお、戦略文書という観点からは、新たな戦略や防衛力を概念化することは、注目された反撃能力の定義を精緻に記述することと同じくらい、本来は重要であったはずだ。

しかしながら、三文書は、従来政策的自制によって保有してこなかった反撃能力を正面から認めるという政治的に極めて重要な課題に取り組む一方で、自衛隊が目指すべき戦い方全体の方向性を概念化し、その反撃能力をその中で体系的に位置付けるという戦略的課題への手当てとしては、やや物足りない記述となったことが否めない。

三文書は、反撃能力について、「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」と定義する。相手の領域において自衛のため行使する能力というのがその中核で、スタンド・オフ防衛能力はそのために用いられることとされている。このことを踏まえれば、スタンド・オフ防衛能力は、対地攻撃のみならず、洋上・空中に対する攻撃を含め、より遠方から行使できる能力ということになる(ただし文書中に定義はない。)。

そうだとすれば、スタンド・オフ防衛能力は、基本的には、反撃能力を含むより広い概念ということになるが[1]、それを用いて行う戦い方に関する記述が明確に結び付けられていない。しかし、自衛隊が将来目指すべき戦い方を示唆する記述自体はある。それは、安保戦略と防衛戦略において、10年後までに強化する防衛力として記述された「より早期かつ遠方で侵攻を阻止・排除する」という文言である。防衛力整備計画においても、「我が国の防衛上必要な機能・能力として、まず、我が国への侵攻そのものを抑止するために、遠距離から侵攻戦力を阻止・排除できるようにする必要がある」という同様の観点の記述がある。そして、防衛戦略と防衛力整備計画は、スタンド・オフ防衛能力を含む自衛隊が有する各種能力を活用して「非対称的な優勢を確保できるようにする必要がある」ことに触れている。

この「より早期・遠方での侵攻の阻止・排除」と「非対称的な優勢の確保」こそ、反撃能力を含むスタンド・オフ防衛能力などを駆使して、力の優位にある相手に対し、自衛隊が目指すべき戦い方のコンセプトとしてより強い焦点を当てるべきものであった。別稿で筆者はこれを「縦深拒否戦略」と呼んでいるが[2]、どのような呼び方をするにせよ、戦い方についての明確な整理が行われるべきであった。

しかし、今回の三文書においてこうした考え方が通底していることは、過去の政府見解を見ると対比として明らかになる。政府は従来から、専守防衛について、「相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢」と定義してきた[3]。しかし、今の定義には入っていないが、昭和の時代、実は、その「受動的な防衛戦略」という部分の修飾語として、「もっぱらわが国土及びその周辺において防衛を行い、侵攻してくる相手をその都度撃退するという」という文言が付いているものがあった[4]。

このことと、従来からの敵基地攻撃能力の例外的是認とを合わせて考えれば、日本の防衛構想は、長らく、日本の領域や公海上で武力攻撃の排除を行う領土防衛を原則とし、他国の領域で武力行使をすることは、自衛の措置として例外的、法理的に認められるという建付けを維持してきたことが分かる。2020年12月に12式地対艦誘導弾の射程を延伸した能力向上型の導入を決める際も、政府は、島嶼部への侵攻に対して、脅威圏の外からの対処を行うためのスタンド・オフ防衛能力の強化策として位置付けており、あくまで領土防衛の延長として整理した[5]。こうした「その都度撃退」という防衛態勢を、相手の領域を含め、より早期かつ遠方で侵攻を阻止・排除するというコンセプトに修正したのが、実は、より広い歴史的視点で見た時の今回の三文書が有する特徴であると考えられる。

その背景としては、特に、対中国の文脈において、中国との軍事力の規模的格差を踏まえれば、日本の領土で攻撃を待ち受けて撃退するという態勢が軍事的に合理性を持たなくなってきていることが挙げられる。長射程ミサイルや大規模な海空戦力投射能力によりまずスタンド・オフ攻撃を行い、我が方の部隊に損害を与える能力のある相手に対しては、「侵攻してくる相手をその都度撃退するという受動的な防衛戦略」の問題点が浮き彫りになってしまう。さらにそうした損害を甘受した後、圧倒的な兵力により侵攻された場合、より早期・遠方でその能力発揮を効果的に減殺しなければ、物量で圧倒されて前線で戦いを維持することすらできない。

このように考えた場合、反撃能力は、日本が兵力差のある相手による攻撃を、洋上・空中を含めより遠方の段階から阻止・減殺するという防衛構想の一部を構成するものであるとの視点が重要であることが分かる。

一方、従来の解釈が「相手の領域において」武力を行使する能力を抑制してきたこととの関係で、その抑制を乗り越える観点から、今回強化が目指されている長射程ミサイルは、トマホークや島嶼防衛用高速滑空弾、極超音速誘導弾など、対地攻撃を主用途とするものが多い[6]。しかし、兵力差のある相手をより早期・遠方で減殺するという観点からは、対地攻撃能力にこだわりすぎてはいけない。むしろ、主な戦域が東シナ海・西太平洋となり得ることを想定すれば、長射程・スタンド・オフの対艦・対空能力、あるいは海中からの攻撃能力をより重視し、トータルのパッケージの中で、情報収集機能などを有する脆弱な固定目標を中心に、対地攻撃も選択肢として考えていく必要がある。そのためには、今回衛星や無人機の取得による構築が目指されている、スタンド・オフ攻撃を支援するための情報収集・目標選定(ターゲティング)能力の強化も不可欠である。

 

自衛隊の将来体制:抜本的な変革には足りない整備規模

防衛戦略と防衛力整備計画で挙げられた重視分野として、スタンド・オフ防衛能力、無人アセット防衛能力、統合防空ミサイル防衛能力、領域横断作戦能力、指揮統制・情報関連機能、機動展開能力・国民保護、持続性・強靭性が記述され、それに伴う装備品の取得や、各種の部隊新編・改編が計画されている。

特に注目されるスタンド・オフ防衛能力では、地上発射型・艦艇発射型・航空機発射型の12式地対艦誘導弾能力向上型、島嶼防衛用高速滑空弾(日本版極超音速滑空弾)、極超音速誘導弾(日本版極超音速巡航ミサイル)、トマホークの開発・取得、潜水艦に搭載可能な垂直発射システム(VLS)や島嶼防衛用新対艦誘導弾の研究・開発が記載された。明示的な記述はないが、F-35搭載JSM、F-15搭載JASSMといった航空機発射型スタンド・オフ・ミサイルも引き続き整備するのだろう。これら長射程ミサイルの取得については、これまでスタンド・オフ防衛能力として整理してきたもののバリエーションを増やし、射程を延伸しつつ対地攻撃可能なものを更に追加するという従来の計画から連続性のある方向性になっている。

また、スタンド・オフ防衛能力の運用に必要な情報収集・偵察・ターゲティングや、攻撃などの多様な任務のため無人アセット防衛能力の大幅な強化を打ち出し、陸海空自衛隊共に無人機部隊を保持するという方向性は評価すべきである。従来、無人機は空自のグローバル・ホーク部隊と、陸自の偵察用の小型無人機にとどまっており、攻撃も行い得る無人機部隊を拡充していくことは、今後、兵力が優越する相手による攻撃を非対称的に阻止する小型・分散・自律型の戦い方にとって極めて有用である。防衛戦略で無人潜水艇(UUV)の早期装備化を掲げたことも評価すべきだ。

一方、今回の防衛力整備計画で明らかとなった最も大きな問題は、このように重視分野における能力強化を謳っていることと比して、それらを装備する新たな部隊の規模が小さい点だ。特に、ウクライナ戦争で明らかになった継戦能力の重要性を踏まえると、スタンド・オフ・ミサイル部隊は、どれだけ多くても多過ぎるものではない。それにもかかわらず、陸自におけるスタンド・オフ・ミサイル部隊は、現在5つある地対艦ミサイル連隊を7つにすることに伴う追加11個中隊(2個連隊強)分、2個島嶼防衛用高速滑空弾大隊、極超音速誘導弾を装備するであろう2個長射程誘導弾部隊のみであり、これに、海空自衛隊のスタンド・オフ・ミサイルを搭載した艦艇・航空機が加わることになる。2個高速滑空弾大隊は30防衛大綱の整備規模を踏襲したものであるなど、三文書発表前から継続あるいは想定された規模を大きく上回るものではない。

また、無人機部隊についても、空自が従来整備してきたグローバル・ホークを擁する無人機部隊に加えて、新たなものは陸自1個多用途無人機航空機部隊と海自2個無人機部隊にとどまる[7]。

これに対し、陸自においては、従来機動運用を想定せず、地域にとどまってテロ対処等を行うこととされていた7個地域配備師・旅団を含め、沖縄に所在する第15旅団(師団に格上げ)以外の14個師・旅団全てを機動運用部隊として位置付ける方針が示されるなど、レガシー部隊を温存する傾向が見られる[8]。また、スタンド・オフ防衛能力の運用プラットフォームとしても今後重要となる海自の艦艇部隊数は、人員不足を反映してか、イージス搭載艦を除き、30防衛大綱の水準から変わっていない。空自の作戦用航空機は30大綱時の370機から430機に拡大する方針となり評価すべきだが、無人機の更なる活用については、今後の宿題とされている。

これらを踏まえると、今回の防衛力の抜本的強化は、従来の自衛隊が有するレガシー部隊やその課題にはあまり触らず、スタンド・オフ防衛能力など新たに強化する能力のみ、その上に建て増した二重構造を維持する方向性を持っていることが分かる。

もちろん、新たに機動運用部隊として整理する陸自の師・旅団を含め、事態発生時の後詰(増援)部隊の重要性を否定するつもりはない。しかしながら、旧式装備を擁する大規模師・旅団がいくら増援に向かっても、敵の容易な的となる可能性がある。ウクライナ戦争では、射撃の際に逆に敵の標的となり被害が拡大するのを抑えるため、ウクライナが旧式戦車に対戦車ミサイル等の曲射型の火器等を装備し、戦車を半ば火砲のような形で用いたことや、後にロシアもそれを模倣して戦車からミサイルを曲射し自らへの被害を抑える戦法をとったことが報告されている[9]。直射型の戦車砲に頼る日本の戦車部隊は、火力の精密性が増す現代戦においては、射撃の際に身を晒し、自ら的となって被害を拡大するだけの存在になりかねない。一定規模は従来の師・旅団を維持するにせよ、このような新たな戦い方を織り込んだ不断のアップデートが不可欠だろう。

これらレガシー部隊が現代戦に適応するために必要な変革に手を付けず温存していては、防衛戦略が掲げる「非対称的な優勢」を確保することはできない。三文書がいくら新たな能力の抜本的強化を掲げても、それに必要な部隊整備計画が大胆なものになっていなければ、戦略の実行可能性、すなわち実装力に疑いが生じることとなる。

もちろん、新たな能力は一朝一夕に獲得できるものではなく、装備の開発や人材の育成を段階的に行っていく必要があることに留意すべきだ。新たに導入するスタンド・オフ・ミサイルの多くが開発中であり導入に時間を要することは特に踏まえなければならない。しかし、戦略三文書は、それを具現化し得る計画によって裏打ちされなければ、あくまでもただの文書である。これを実現するためには、自衛隊ごとの組織防衛にとらわれず、新たな能力の導入に合わせ、部隊の整備目標・内容を今後も不断に見直していくべきだろう。

[1]厳密にいえば、スタンド・オフ防衛能力によらない反撃能力、すなわち、スタンド・インの手段による反撃能力も論理上想定されるが、三文書中で、具体的なアセットや部隊として記述されているわけではないので、ここでは省略する。

[2]小木洋人「日本の防衛「中国の2つのジレンマ」に有効な戦略:戦略3文書改訂で「縦深拒否」を目指すべき理由」『東洋経済オンライン』(2022年12月5日)。

[3]「衆議院議員伊藤英成君提出内閣法制局の権限と自衛権についての解釈に関する質問に対する答弁書」(平成15年7月15日)。

[4]参議院決算委員会第6号(昭和51年5月12日)丸山昂防衛庁防衛局長答弁。

[5]「新たなミサイル防衛システムの整備等及びスタンド・オフ防衛能力の強化について」(令和2年12月18日閣議決定)。

[6]ただし、トマホークについては、政府がいかなる種類のものの取得を念頭に置いているのか明確ではない。現在開発中のトマホークV型は、地上固定目標のみならず、海上の動態目標攻撃を含む多様な用途で使用できることを目指している。

[7]このほか、防衛力整備計画において、航空自衛隊の体制として掲げられたターゲティング用の無人機や、無人アセット防衛能力として掲げられた小型攻撃用無人機がどの部隊に装備されるのかは不明である。

[8]防衛力整備計画では、「こうした施策の前提として、組織の最適化を徹底するとともに、中長期的な体制の在り方を検討する」との注記があり、現在の体制が必ずしも最適ではないものの、見直しの方向性について結論が出なかったことが示唆されている。

[9]Mykhaylo Zabrodskyi, et al., Preliminary Lessons in Conventional Warfighting from Russia’s Invasion of Ukraine: February–July 2022 (London: Royal United Services Institute for Defence and Security Studies, November 30, 2022), 17, 39-40.

 

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