【解説コラム】反撃能力保有の意義と課題(尾上定正)



尾上定正

シニアフェロー
国家安全保障戦略(新安保戦略)等において反撃能力の保有が決まった。1956 年2月 29 日に政府見解として、憲法上、「誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能である」としたものの、これまで政策判断として保有してこなかった能力を保有するという、重要政策の転換である。これまで何度もその必要性が指摘され、国会でも議論されながら先送りされてきた国防政策の重要課題を決着させた岸田政権に敬意を表したい。その一方で、与野党間の合意を取り付けるため、良く言えば丁寧な、悪く言えば霞が関文書の難解な表現となっていることは否めない。

難解な理由の一つは、反撃能力がミサイル攻撃対処の狭い文脈で説明されているため反撃の全体像が見え難いことだ。新安保戦略は、「反撃能力とは、我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイルによる攻撃が行われた場合、武力の行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」と定義づけている。現行の弾道ミサイル防衛システムでは防ぎきれない極超音速飛翔体やミサイルの飽和攻撃の現実的脅威が、反撃能力保有を不可避としたことは論を待たない。しかし、敵からの攻撃は弾道ミサイルに限定されるものではなく、爆撃機や無人機等様々な態様があり得る。定義が「弾道ミサイル」、「そのような攻撃」と表現するのはそれ故である。このような攻撃を防ぐための措置として、「相手の領域において、我が国が有効な反撃を加える」ことが新安保戦略の反撃のイメージである。

わが国が反撃能力を保有し、反撃を加える意思を明確にした意義は極めて大きい。わが国に侵害を加えようとする敵は、亀の甲羅(ミサイル防衛)だけではなく、ヤマアラシの針(反撃)を警戒しなければならないからだ。さらに、反撃能力はミサイル攻撃に限らず、「より早期・遠方で侵攻を阻止・排除し得る防衛力」の中核であることを踏まえると、「敵の領域を含むより広範な作戦域において打撃力を運用する能力」が、反撃能力の全体像としては適当であろう。

二つ目の理由は、反撃能力とスタンド・オフ防衛能力の区別が分かり難いことだ。新安保戦略の反撃能力は相手の領域における攻撃であり、スタンド・オフ防衛能力とは敵の脅威圏外からの攻撃を言う。定義にある通り、反撃能力は「スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」であり、既に保有が決まっている能力を反撃目的に活用する。具体的には、「我が国に侵攻してくる艦艇や上陸部隊等に対して、脅威圏外から対処する能力を強化するため」の「12 式地対艦誘導弾能力向上型(略)、島嶼防衛用高速滑空弾及び極超音速誘導弾」を活用し、長射程化することで、「相手の領域において有効な反撃」を加えられるようにする。また、航空自衛隊のF-35に搭載するJSM、F-15に搭載するJASSM及び米国製のトマホークを着実に導入し、反撃能力を構成するスタンドオフ・ミサイルの種類と保有数を増やす計画である。

反撃能力の保有にはスタンドオフ・ミサイルだけではなく、移動目標を含む目標情報の収集分析・優先指定などの新たな能力が必要となるが、明らかなのは、自衛隊が保有を目指す反撃能力は、過去に議論された戦闘機や攻撃機を多数運用する敵基地・策源地攻撃能力(いわゆるストライク・パッケージ)ではなく、長射程ミサイルによる攻撃能力だということだ。

3つ目の理由は、専守防衛との関係である。わが国が保有する反撃能力は、「憲法及び国際法の範囲内で、専守防衛の考え方を変更するものではない」と説明されているが、これまでは専守防衛の範囲を超えるとされてきた。専守防衛を堅持しつつ反撃能力は保有できるとする論理が見え難いのだ。専守防衛とは「相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢」と定義される。新安保戦略では、「既存のミサイル防衛網だけで完全に対応することは難しくなりつつある」現実の脅威に対し、反撃能力は「必要最小限度」との判断を下したのだ。

反撃能力を適切に使いこなすための課題は多い。自衛隊はこれまで、「相手の領域において、我が国が有効な反撃を加える」ことを考えてこなかったからだ。政治との連携も無かった。相手の領域の何を目標にどのような手段でいつ反撃するのか、誰がその判断に必要な情報を収集分析し、最終的な命令を下すのか。防衛力整備計画には、「反撃能力の運用は、統合運用を前提とした一元的な指揮統制の下で行う」という一文があるが、この体制構築は自衛隊のみならず国としても重い課題になろう。「日米の基本的な役割分担は今後も変更はないが、我が国が反撃能力を保有することに伴い、弾道ミサイル等の対処と同様に、日米が協力して対処していくこととする」(国家安全保障戦略p.18)、「我が国の反撃能力については、情報収集を含め、日米共同でその能力をより効果的に発揮する協力態勢を構築する」(国家防衛戦略p.14)と明記されている通り、日米同盟を基軸とした統合抑止・共同対処の中に、わが国の反撃能力をしっかりと位置づけていく必要もある。

政策立案者は、文書ができると安心してしまう悪い癖がある。マスコミも追跡報道には関心が薄い。戦後政策の大転換となる国家安全保障戦略の構築は、これからが本番である。

 

特集 戦略三文書を読む
 

(おことわり)解説コラムに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。