「攻め」と「守り」の中国外交にどう向きあうか(地経学ブリーフィング・町田穂高)


地経学ブリーフィング No.178 2023年10月31日

中国グループ 連載「流動化する国際情勢と中国」

「攻め」と「守り」の中国外交にどう向きあうか:
日本に求められる戦略的視点

地経学研究所 主任客員研究員 町田穂高

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習近平政権が異例の3期目に入り1年が経過した。中国は、10月に第3回「一帯一路」サミットを開催して多くの途上国首脳らを集めたが、欧州首脳の参加は限られ、全体の参加首脳数も減少した。日本との間でも、日本人の拘束事案や処理水の問題が陰を落とし、日中間のハイレベル往来や意思疎通も少なく、日中関係は停滞している。中国外交はどのような状況にあり、日本はそれにどう対応していく必要があるのか。

「攻め」の習近平外交

昨年10月の第20回党大会以降、中国外交は、「攻め」と「守り」のバランスをより意識したものになった。「攻め」とは、米国に対抗し、国際社会において大国として、時に威圧的手段も使って影響力を発揮し、中国の価値観を認めさせていく積極的な外交である。習近平は、2017年に「立ち上がり、豊かになるから強くなる」とし、中国共産党の統治は「強い中国」をもたらすとした。外交にも「強さ」の追求が色濃くなった。

2013年から始めた「一帯一路」構想の下、多くの途上国に政治的条件等を付けずに支援を提供し、途上国との仲間作りを進める。「人類運命共同体」の構築を途上国との文書や国連文書等に書き込み、自らが提示する新しい枠組みが国際社会で受け入れられることを演出する。発展・安全保障・文明に関するイニシアティブを提案し、「真の多国間主義」を訴え、米国に替わって国際社会での指導的地位を得ようとする。

このような「攻め」の外交は、この一年も健在だった。3月にイランとサウジアラビアとの国交正常化の合意を北京で実現させ、中東での影響力をアピールした。5月には、ウクライナ情勢のために特別代表を欧州に派遣し、停戦合意に努力する姿勢を見せた。8月のBRICS首脳会議には習近平が出席して、参加国の拡大を決定し、グローバルガバナンスの改革を打ち上げた。9月末に発表された「人類運命共同体」に関する白書には、このような中国外交の「成果」が、「人類運命共同体」構築の実践として列挙されている。

 

「守り」を迫られる中国

他方、中国は、日本や欧米等との先進諸国との関係をマネージし、経済成長を維持していくという「守り」も迫られている。改革開放以降、外交の役割は、中国が経済成長に集中し、確実に成長し続けられるような安定的国際関係を作り出すこととされてきた。しかし、昨年の党大会は、過去5年の習近平外交に対して、この評価を与えなかった。「戦狼外交」とも評される近年の中国外交は、先進諸国との関係を悪化させた。中国製品や企業が欧米市場から排除され、科学技術交流も制限され始めた。中国外交が経済発展に有利な環境を提供している、とはとても言えなくなった。

中国共産党は、経済成長が進むほど、政治改革や社会システムの変革が必要とされ、「安全」が脅かされると感じていた。習近平は、経済発展を犠牲にしても「安全」を重視するが、引き続き、経済発展は中国の優先事項であり、繰り返し、安全と経済発展のバランスの必要性を強調している。経済発展には、米国を始めとする先進国との経済関係やその技術が必要であって、経済成長を維持するため、 米国や先進諸国との関係を悪化させないという「守り」の外交が求められる。習近平は、党大会直後のG20及びAPECに参加し、日米首脳らと会談して笑顔を振りまいた。新型コロナウイルスの起源調査をめぐり悪化していたオーストラリアとの関係も、閣僚級の交流が復活し改善に向かった。

 

意思疎通する米中

このように「攻め」と「守り」のバランスを取ろうとする中国に対して、米国は意思疎通を続けている。今年2月の気球問題により米中関係は冷え込んだが、5月には王毅政治局委員がジェイコブ・サリバン大統領補佐官と会談し、王文涛商務部長が訪米した。6月にはアントニー・ブリンケン国務長官が訪中、7月にはジャネット・イエレン財務長官が訪中した。米国内では対中強硬論が議会を支配し、議会において、中国は「唯一のサンドバック」と言われるような状況にある。来年には米大統領選挙が控えており、中国に譲歩はできない。米国政府は、人権問題や台湾情勢をめぐって中国を牽制し、半導体関連輸出規制といった経済面での対中制裁を強化している。それでも、中国との意思疎通は断絶させていない。昨今のハマスによるイスラエル攻撃発生後も、時間をおかずに米中間で外相電話会談を行った。

中国も、国内で強まる米国との対等意識に配慮しつつも、米国との意思疎通を継続している。6月に訪中したブリンケン国務長官と習近平との会談は、ブリンケンと王毅とを対面で向かいあわせ、両者の中間に習近平が座るという、外交儀礼上あまり見ない形式で行われた。国務長官のカウンターパートは外交部長であることを殊更に強調し、米国と肩を並べた中国を演出することで対話を実現している。米中両国は、米中関係が近い将来に大幅に改善することは期待できないことを理解した上で意思疎通を続け、米中関係をマネージしようとしている。10月下旬には、王毅が訪米して、11月のAPEC首脳会合における米中首脳会談の実施に向け努力することを確認した。

 

難しい日中関係

それでは、中国は日本との関係をどう考えているだろうか。日中関係も、昨年11月のAPECにおける日中首脳会談を契機に、関係改善に動き出した。今年2月には日中電話外相会談、林芳正外務大臣(当時)と王毅政治局員との会談が行われ、機微な問題も議論する日中安保対話も約4年ぶりに開催された。4月には、林外務大臣が、日本の外務大臣として約3年半ぶりに訪中した。5月のG7広島サミット共同声明に対して、中国は議長国である日本にハイレベルで抗議したが、共同声明は中国との関与の重要性や中国の発展を妨げないといった内容を含んでおり、中国は本音では安心しただろう。6月には局長級協議が実施され、7月に訪中した日本国際貿易促進協会一行に李強総理が会見し、関係改善は進むかと思われたが、夏に予定されていた山口那津男公明党代表の訪中は、処理水の問題で延期されてしまった。

その後、9月の日中首脳間での立ち話、10月の日中高級事務レベル海洋協議開催等、中国も関係改善の姿勢は崩していない。だが、日中間の意思疎通は、中国と欧米とのやりとりと比較しても、頻度やレベルの面で心許ない。閣僚以上のレベルの相互訪問は、昨年11月の首脳会談以降、林外務大臣の訪中しかない。
日本国内では、対中感情が一貫して否定的であり、内閣府の「外交に関する世論調査」では、中国に親近感を感じる割合はここ10年間、25%程度で低迷している。厳しい国民感情の中で、中国との対話や中国訪問はリスクが大きく、日本のハイレベルは、中国との意思疎通に積極的になれない。3月に発生した日本企業関係者の拘束事案や反スパイ法改正の影響もあって、訪中を躊躇する研究者や企業関係者も多い。

処理水の問題でも、中国が一方的に日本批判を展開する中で、日中間ではほとんど意思疎通が見られなかった。日韓間では、首脳や外相レベルでやりとりがあり、視察団を受け入れたが、中国には何もしていない。中国は、9月、「日本から招待を受けていない」からIAEAのモニタリングに参加していないと説明した。日本の立場は、日本はIAEAのモニタリングに中国を招待する立場にない、というものだが、中国は「日本からの招待」を待っていた。10月に日本とIAEAの協力枠組みの下で、中国も参加した形でのIAEAのモニタリングが行われた。

中国も、「強い中国」を求める習近平や国内世論を前に、日本との関係でいかにバランスをとるべきか苦慮している。経済成長のためには、日本との関係をこじらせたくない。日本企業の誘致や対中投資増進のため、訪日する地方政府関係者や企業関係者は引き続き多い。同時に、「攻め」の中国外交は、周辺海域で自国の海洋権益を主張し、米国の同盟国である日本を批判して国際的な影響力を行使しようとする。中国外交部は9月に「グローバルガバナンスの改革と建設に関する中国の方案」という文書を発表し、安全分野の課題に日本の処理水と遺棄化学兵器の問題を明記した。中国は、国際社会の課題として処理水の問題を今後も提起してくるだろう。

 

戦略的見地から中国との意思疎通を

中国外交は「攻め」の側面が目立ちやすいが、関係改善を求める「守り」の側面もある。日本は、このような中国外交の二面性を踏まえ、戦略的観点から中国との意思疎通を続けていく必要がある。日本にとって望ましい中国とは、経済発展の中で透明性を向上させ、輸出入制限措置や公船の派遣といった一方的、威圧的な手段に訴えず、地域や国際社会の平和と安定のために共に協力ができる中国である。そのような中国を作り出すため、厳しい問題や国民感情があっても中国との意思疎通を続け、対話する中で独善性や透明性の欠如といった問題を指摘し、中国に改善を働きかけていくことが求められる。

日本国内では中国への否定的な意見が表に出やすく、支持されやすいが、それに引きずられるあまり、中国との意思疎通に日本が慎重になるのは得策ではない。米中対立を理由に、中国との対話に消極的な意見も日本国内には見られるが、厳しい二国間関係の中でも、米中両国はハイレベルの意思疎通を続けている。難しい問題があっても、意思疎通を続けて個別の問題をマネージし、中国に言うべきことは言っていく、そのような姿勢と実際の行動が求められている。

 

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著者


地経学ブリーフィングとは

「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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