日本の経済安全保障「軍事領域」で押さえたい要点 (神保謙)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/472708

「API地経学ブリーフィング」No.82

2021年12月6日

日本の経済安全保障「軍事領域」で押さえたい要点 ― 新興技術との繋がりに不可欠な保全・育成・連携

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
MSFエグゼクティブ・ディレクター、慶應義塾大学総合政策学部教授 神保謙

 

 

 

経済安全保障の核にあるハイテク分野の産業競争に向き合うには、安全保障と軍事技術(ゲームチェンジャー技術)の動向を理解することが不可欠である。現代の安全保障は、新興技術によって戦略・作戦・戦術を変革する過渡期・発展期にある。技術革新はこれまで何度も軍事領域に変革をもたらしてきたが、現代の特徴はこの変革を牽引しているのが、急速に進展する民生技術であることだ。

ロボティクス、人工知能(AI)、量子技術などの技術は、民間の産業競争力のコア技術であるとともに、軍事力にも応用可能な軍民両用(デュアルユース)技術である。これら新興技術は伝統的な軍事技術の価値や位置づけを変え、新たな戦闘トレンドを作り出している。この動向を新興技術の発展に支配的な影響力を持つ民間セクターとともに産官学で理解を深め、現代の経済安全保障論に位置づける必要がある。

 
軍事技術の変化と戦闘のトレンド

軍事領域の経済安全保障の議論の前提となるのは、現代の安全保障で注目される3つの戦闘トレンドである。

第1に、戦闘領域(ドメイン)や主体が融合し不明確化することである。陸海空の伝統的な戦闘領域と、宇宙・サイバー・電磁波などの領域と、無人化・自律化システムの領域を組み合わせ、その相乗としてマルチ・ドメイン作戦を実行することが重視されている。

第2に、物理的領域での戦闘空間の高速化と、サイバーや認知領域での競争空間の常在化という2つの時間が併存していることである。情報通信技術や人工知能の発展により、高度な戦場認識や戦闘管理が瞬時に実行され戦闘全体が高速化している。他方で、日々実行されているサイバー攻撃や情報戦のような認知領域は常在戦場となる。

第3に、軍事技術が高機能・集約型と単機能・分散型に二極化する傾向があることである。莫大な開発コストを伴う次世代戦闘機・イージスシステム・衛星コンステレーションのような、ハイエンド技術の統合トレンドの一方で、廉価な航空ドローンのスウォーム攻撃や3Dプリンターによる使い捨て型兵站に至るまで、ローエンド技術による戦場の変革も重要だ。

 
ゲームチェンジャー技術:次世代の戦闘を規定

こうした次世代の戦闘を規定するのがゲームチェンジャー技術である。その第1は無人化システムとロボティクスである。陸海空すべての領域において急速な技術開発が進む無人化技術は、指揮統制、戦場認識/空間管理能力、戦力投射能力に著しい変化をもたらしている。さらにAIによる作戦・戦術・交戦の自動化・自律化が進展すれば、中間階層における人的介在を最小限とした自律的な指揮統制メカニズムが軍の行動を形作る時代が到来するかもしれない。

第2は高出力エネルギーである。とりわけ指向性エネルギー兵器(DEW)は、砲弾やミサイルなどの運搬手段によらず、意図した目標に対して指向性エネルギーを直接照射することによって、目標物を破壊もしくは機能を停止することが目指されている。また、高出力マイクロ波によって発生する電磁パルス(EMP)が、電磁波によって情報・電力インフラに不可逆的な損失を与える兵器として実用化されることも目前となっている。

第3は量子技術である。量子技術もこれまでの軍事の常識を凌駕する革命的変革をもたらす可能性が高い。量子コンピューターは、大規模データの高速処理により戦闘システム能力を飛躍的に向上させ、量子センサーは航空機の気流変化や潜水艦の水流変化を感知し、量子レーダーはステルス機さえ探知し、量子暗号は公開鍵暗号の解読を可能とする。

軍事領域の経済安全保障1:新興技術を保全する
経済安全保障政策はこれら新興技術と軍事領域のつながりを、「保全」「育成」「連携」という3つの方針で臨む必要がある。まず喫緊の対策として必要とするのは、機微技術を流出や搾取から「守る」措置の徹底である。米中両国の技術覇権が熾烈化する中で、アメリカは「国防権限法2019」に付随する措置として、対内投資規制の強化、機微技術の輸出管理、政府調達の規制の強化を推進している。またアメリカのバイデン政権の下では、機微技術に関するサプライチェーンの見直しも包括的に進められている。

日本の経済安全保障政策においても、機微技術の管理についてさらなるガバナンス体制の確立が重要となる。第1に、対内投資規制については2020年の改正外国為替及び外国貿易法(外為法)によって、外国人による日本買収手続きを厳格化する措置が採られている。ただ投資審査をする体制は十分とはいえず、アメリカの対米外国投資委員会(CFIUS)のような常設化された審査体制を整備することが求められる。

 
不必要な貿易投資の委縮を招かないように

第2に、安全保障貿易管理の強化も喫緊の課題である。日本では経済産業省を中心に、幅広い対象の新興技術の移転を規制(貨物の輸出・技術の提供)する措置を、大学、企業、研究機関に向けて啓発に努めている。広範な民生技術が対象となり、各企業や研究機関の輸出管理体制の拡充に努め、不必要な貿易投資の萎縮を招かないようにすることも重要である。

第3に、日本の防衛産業、機微技術を扱う事業者、重要インフラ事業者などの機密を保全するセキュリティークリアランス制度を確立することが重要である。機微技術や機密情報へのアクセスを階層に応じた許可性にするとともに、情報保全体制の整備を通じて国際連携の推進を図るべきである。

軍事領域の経済安全保障2:新興技術を育成する
日本は「戦略的不可欠性」の観点からも、新興技術の開発と活用を抜本的に強化することが重要である。日本の産業界が保有する素材、要素技術、基礎研究、基盤技術を十分に掘り起こし、日本の防衛力に資する新興技術を育成することが肝要だ。特に従来の安全保障技術研究推進制度による基礎研究支援に加えて、基礎技術を装備化につなげる「橋渡し研究」や、技術と防衛構想をつなげる「将来戦研究」を総合的に推進することが求められる。

日本における防衛技術の研究開発は、長らく他国に比して低水準で推移していた。しかし、令和4年度概算要求において防衛省は研究開発費に3257億円(対前年度比1141億円増)を投じることを発表し、防衛技術に関するシンクタンク機能の強化や、ゲームチェンジャーの早期実用化に資する取り組みに本腰を入れる。防衛産業・技術基盤の強化とともに、新興技術の開発と実装化に向けたスキーム強化をさらに推進することが望ましい。

軍事領域の経済安全保障3:国際的な連携を推進する
経済安全保障と軍事技術をめぐる重要な論点は、国際的な連携を推進することである。日米同盟の観点からは、ミサイル防衛(SM3ブロックIIA)の共同技術開発が実施され、すでに完成品を配備する段階まで進捗した。日米の防衛装備品をめぐる次の柱となる共同技術研究・開発の推進が望まれる。日米が直面するのは今世紀最大の安全保障上の課題といえる中国との戦略的対峙である。日米が軍事技術をめぐる共同研究・開発を通じて、この安全保障上の課題を克服する国防・産業協力を推進することが望まれる。

アメリカとの輸出管理をめぐる政策協調はとりわけ重要である。アメリカの再輸出規制の域外適用には日本の産業界からの批判も根強い。アメリカが日本とともに新興技術の対象や懸念すべきエンドユーザーに対する情報交換を平素から行い、エンティティリスト(アメリカ商務省産業安全保障局(BIS)が発行している貿易上の取引制限リスト)や軍民有業企業指定などの規制措置については、アメリカの一方的指定ではなく同盟国との協議を前提とするのが望ましい。そのために、日米で外務・経産省によるハイレベル協議を定例化することが重要であろう。

 
防衛装備品の海外移転の推進

最後の論点は、防衛装備品の海外移転の推進である。防衛装備移転三原則(2014年)の決定から7年が経過したものの、日本からの防衛装備移転はオーストラリアへの潜水艦、タイへの防空レーダー、インドへの救難飛行艇などがいずれも失敗し、フィリピンへの監視レーダー輸出を除き、確たる成果を挙げていない。日本の防衛産業が海外市場を獲得し、日本と友好国との防衛協力を推進するためにも、防衛装備品移転を強化するガバナンス改革は急務である。

経済安全保障をめぐる議論で、日本は戦略的な自律性と不可欠性の確保を重視した議論を進めている。安全保障分野での取り組みの課題は山積みだが、その前提として軍事領域の技術への洞察力を深めることが重要である。
 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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