日本の経済安全保障に多層的視点が欠かせない訳(細谷雄一)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/470935

「API地経学ブリーフィング」No.81

2021年11月29日

日本の経済安全保障に多層的視点が欠かせない訳 ― 国家安全保障の中核としての国際戦略を推進せよ

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
常務理事・研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員 細谷雄一

 

 

 

国家安全保障戦略の中核としての経済安全保障

10月13日に岸田文雄政権成立後の最初の国家安全保障会議(NSC)が開催され、そこでは「国家安全保障戦略」の改定についての議論がなされた。すでに10月8日の所信表明演説においても、その改定を明言していたために、2022年後半にその改定作業と閣議決定が行われる見通しである。そこで注目されているのが、新しい国家安全保障戦略のなかで、どのように経済安全保障が位置づけられるかである。

2013年12月に日本で最初となる国家安全保障戦略が策定された際に、岸田氏は外相としてその策定作業に深く関わっていた。また、自民党政調会長として2020年6月には「新国際秩序創造戦略本部」を立ち上げて、自らが本部長、そして甘利明氏を座長に据えている。そこでは、党としての「経済安全保障戦略」策定へ向けての議論を主導している。

岸田政権下で行われることが予定されている新しい国家安全保障戦略では、経済安全保障が重要な位置を占めることが想定されており、具体的な目標や政策が描かれているかが重要な位置を占めるであろう。適切なかたちで経済安全保障に関する長期的な戦略を打ち立てて、それを通じて日本のパワーを強化して、主体的に国際秩序を形成することができるかどうかが、岸田政権の歴史的評価を左右することになるであろう。

 

歴史の中の経済安全保障

安全保障と経済が不可分に結びついているということは、1960年に成立した日米安保条約(新安保条約)第2条でも明記されていたものであった。いわば、日米同盟は、誕生の瞬間から経済安全保障をその中核に位置づけていたのである。

安保条約第2条では、「締約国は、その国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また、両国の間の経済的協力を促進する」と書かれている。共産主義勢力と冷戦を戦う中で、日米両国政府は、日本が強靱な経済力を有すると同時に、日米両国の経済的な相互依存を高めることが同盟を強化するうえで資すると考えていたのである。

とはいえ冷戦期には、日米同盟はあまりにも防衛協力へと偏重して、両国の経済安保戦略を調整し整合させることに十分な労力を割いてきたわけではなかった。さらには冷戦終結の時期には日米両国はお互いに、同盟国というよりもむしろ競争相手であり経済的な脅威であるとさえみなされることもあった。

日米同盟における経済協力の重要性に注目した共同研究として、日本のアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)と、アメリカの戦略国際問題研究所(CSIS)が発表した2018年11月の「日米経済協力強化プロジェクト」の報告書がある。(船橋洋一/マシュー・グッドマン〈プロジェクト・ディレクター〉『日米経済協力強化プロジェクト・日本語縮小版』)

 

「貿易摩擦を超越したところで高度に一致」

そこでは、共同研究の結果として、「インド太平洋地域におけるアメリカと日本の根本的な戦略的利害と目標は、今日の両国間の貿易摩擦を超越したところで高度に一致している」と論じる。

この報告書が発表されたのは、ドナルド・トランプ氏が大統領のときであり、アメリカの対日貿易赤字に関して繰り返し批判を行っていたことを背景としている。この報告書では、「インド太平洋地域には日米のリーダーシップを求める強い声がある」ということ、さらには「日米は地域への経済関与において、それぞれ比較優位を持つ」ことや、「日米は相互補完性を持つものの、2国間の連携は未発達である」ことが指摘されている。日米安保条約第2条に基づいて、日米2国間で経済安保戦略をよりいっそう調整することの重要性が示唆されている。

日米両国の同盟関係は、単なる貿易不均衡の是正にとどまるものではなく、より広範な経済協力を基礎とするものであるべきだ。その前提として、日米安保条約第2条が、そもそも同盟の基礎として経済的な相互依存関係を想定していることを再確認する必要がある。

トランプ政権、そしてバイデン政権では、「アメリカ中心主義」や「中産階級のための外交」というスローガンのもとで、経済の領域においてもナショナリズムやポピュリズムが流入する趨勢も見られる。そのような背景の中で、バイデン政権成立後に日米両国間で、経済安全保障をめぐる両国の協力関係を強化する方向へと動いていることは望ましいことである。

 

経済安全保障をめぐる国際戦略を強化せよ

今年の4月16日に行われた日米首脳会談において、経済安全保障に関する日米両国の合意が重要な位置を占めていた。それは、「日米競争力・強靱力(コア)パートナーシップ」と称される文章で詳しく触れられている。

この「コア・パートナーシップ」とは、中国における先端技術の急速な発展を背景として、日米両国が「競争力(コンペティティブネス)」と「強靱力(レジリエンス)」を強化するために、2国間での協議、協調、連携を強化していくという強い意志の表明である。これを軌道に乗せて、実際に運用するまで日米間でさまざまな調整が必要となるが、どの程度までこの動向がサプライチェーンの再編にまでつながるかが焦点となる。

米中対立とは、軍事面に限定されるものではなく、科学技術や、経済競争力、開発政策、エネルギー政策など、多様な分野にまたがるものである。中国の経済や科学技術の急速な成長によって、アメリカは多くの分野でかつての圧倒的な優位性を失っている。それゆえに、バイデン政権はアメリカ単独ではなく、日米同盟、日米豪印のいわゆる「クアッド」、米英豪の「AUKUS」などの多様な枠組みを活用して、価値を共有する諸国との信頼できる国際協力を促進する強い意志を持っている。

インド太平洋地域で、アメリカのそのような政策を推進していくうえでカギとなるのが、世界第3の経済大国であり、この地域でアメリカや中国に匹敵する科学技術力を有する日本である。

日本がどのような経済安全保障戦略を提示するかは、アメリカ政府のみならず、ほかのクアッド諸国、EU、CPTPP加盟国などにも多大な影響を及ぼす。日本政府が進めてきた「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想の3つの柱のうちでの2つ目の柱が「連結性(コネクティビティー)」であることに示されているように、日本の対外政策は多様な地域、多様な諸国を結びつけて、インド太平洋地域での持続可能な経済成長を可能にすることを重要な目的に掲げている。

また、日本のFOIP構想の特徴の1つは包摂性(inclusiveness)であり、日本経済の現実を考慮すれば、完全に中国を排除したサプライチェーンへと再編することは困難だ。いわば、これまで推進してきたFOIP構想の中核に、日米同盟を基礎とした「コア・パートナーシップ」を位置づけるべきだ。

すでに触れたように、自民党の「新国際秩序創造戦略本部」における「経済安全保障戦略」策定に向けた提言においては、日本が主体的に自らの「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」を向上させることの重要性が問題提起されている。

しかしながらこれからの日本の経済安全保障戦略にとって必要なことは、そのような日本独自の努力に加えて、日米同盟を基礎とした2国間での「コア・パートナーシップ」を推進し、また「クアッド」のような価値を共有する諸国とのいわゆる「ミニラテラル」な国際協力を進めていき、さらには「自由で開かれたインド太平洋」構想が示すような、多層的な国際戦略を確立していくことだ。

 

日本に求められる国際秩序形成の主導

これらを組み合わせることで、日本が主導的な地位に立って経済安全保障をめぐる国際協力の枠組みを形成していくことができる。このような多層的な協力枠組みを対外政策の重要なツールとして、日本は自らのパワーを強めるとともに、ルールに基づいた国際秩序形成を主導していくことが必要だ。

実際に、11月17日には林芳正外相が訪日中のアメリカ通商代表(USTR)、キャサリン・タイ氏と会談を行い、経済安全保障の分野でそれぞれが競争力や強靱性を高め、提携を強化していく姿勢を確認した。新たに立ち上げられた「日米通商協力枠組み」において、よりいっそうの協議や調整が進むことで、まさに日米が「コア」となって、経済安全保障をめぐるインド太平洋における新たな協力枠組みが発展していくであろう。

かつては激しい経済摩擦により相互不信を深めていた日米両国が、むしろ国際協力枠組みの形成へ向けたパートナーシップを深めていくことは重要な変化である。

「経済安全保障」とは、きわめて曖昧であり、その領域が明確ではない捉えどころのない概念である。他方で、日米両国が、防衛協力のみにその協力を限定して、先端技術、AI、エネルギー、気候変動、健康安全保障など、多様な政策領域で十分な調整を行わなければ、日米両国の国際社会での優位性は失われていくかもしれない。

岸田政権における国家安全保障戦略の策定作業が、従来のような防衛省と外務省の調整という水準にとどまることなく、経産省、財務省、厚労省、総務省、環境省、デジタル庁などの数多くの政策領域を包摂すると同時に、これまで論じてきたような多層的な国際協力を日本が主導していくことが重要となるであろう。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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