日本の「経済安全保障」絶対押さえておきたい論点(鈴木一人)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/469953

「API地経学ブリーフィング」No.80

2021年11月22日

日本の「経済安全保障」絶対押さえておきたい論点 ― 国家安全保障戦略と目的は同じでも手段は異なる

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
上席研究員、東京大学公共政策大学院教授 鈴木一人

 

 

 

総選挙を終えた岸田政権の目玉は、経済安全保障担当大臣を設け、当選3回の小林鷹之をそのポストに就けたことである。

経済安全保障は、政権発足前から甘利明前幹事長が中心となって進めてきた自民党の新国際秩序創造戦略本部が2020年12月に「経済安全保障戦略策定」に向けた提言を発表し、それに基づいて2021年5月に「経済財政運営と改革の基本方針2021」に向けた提言を明らかにしている。経済安全保障を積極的に取り入れるよう働きかけていた甘利前幹事長は小選挙区での議席を失ったことで幹事長を辞任したが、それでも岸田政権の政策は、これらの提言を基礎に進められることになるだろう。

世界に先駆けて「経済安全保障」を政権の正面に据えることは多くの注目を集めることになる。この真新しい政策テーマに関して、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)としても地経学の観点から取り組まなければならないと認識し、経済安全保障戦略プロジェクトを立ち上げた。その第1回目として、ここではこの新しい政策テーマにおける論点を整理しておきたい。

 

「経済安全保障」は安全保障なのか

自民党の提言では、経済安全保障は「我が国の独立と生存及び繁栄を経済面から確保すること」と定義され、その手段として「戦略的自律性の確保」、すなわち日本の社会経済活動の維持に不可欠な基盤を強化し、他国に過度に依存しない状態を作ることと、「戦略的不可欠性の維持・強化・獲得」、すなわち日本の存在が国際社会にとって不可欠である分野を拡大していく、という2つの方針が示されている。

また、その方針を実現していくため、「戦略基盤産業」の脆弱性を把握・分析し、必要な措置をとって戦略的自律性を確保し、戦略的不可欠性を強化するとしている。また、この「戦略基盤産業」には、エネルギー、情報通信、交通・運輸、医療、金融の5つの分野が設定され、それぞれのリスク分析と脆弱性対策が論じられている。

これらの議論は極めて有用であり、精緻に練られたものである。しかし、ここでの議論は日本の独立と生存および繁栄を脅かす状態が起こった場合に対する備えに集中しており、そうした状態を未然に防ぐための措置としては「戦略的不可欠性の維持・強化・獲得」という手段が示されているだけである。言い換えれば、この「戦略的不可欠性」が抑止力となって他国が日本に対して脅威を与えない、ということが意図されている。

しかし、その「戦略的不可欠性」が抑止力として十分に機能するのかどうか、ある特定の産品(例えば原油)を生産する国が、日本の技術に依存していない場合、果たして戦略的不可欠性を持つだけで脅威を減らすことはできるのであろうか。さらに「国家安全保障」の脅威である国、例えば北朝鮮に対して、これまで段階的に制裁を科し、全面制裁に至ったが、北朝鮮は非核化どころかミサイル開発も止めることなく続けている。経済安全保障の問題は国家安全保障戦略の中に組み込まれてこそ意味があるが、その両者の連携に関してはさらに議論が深められるべきである。

 

「戦略的自律性」はどこまでコストをかけるのか

「戦略基盤産業」に脆弱性を抱えることは、他国の意図的な攻撃の対象となるだけでなく、自然災害やグローバル市場における需給バランスの変化などによっても多大な影響を受けることになるだろう。そのため、脆弱性を低減し、可能な限り他国に依存することなく、自律性を高めることは有効な解決手段である。

しかし、あらゆる産業分野でそれを行うことは不可能である。どこまでのコストをかけて、どの分野の脆弱性を低減させるのか、どの分野ではどの程度のリスクを取ることができるのか、といったことが精査されなければならないであろう。

自民党の提言ではエネルギー、情報通信、交通・運輸、医療、金融の五つの分野が「戦略産業基盤」として提示されているが、エネルギー1つとっても、原子力から再生可能エネルギーまで多様であり、その中の優先順位付けをどうするのかという問題は残る。また、そうした脆弱性を低減するためにいかに同盟国、友好国を活用し、信頼に基づくサプライチェーンを確立するのかが重要となるだろう。

 

司令塔の役割は産業界との対話

岸田政権では小林経済安全保障担当大臣が任命され、経済安全保障戦略の司令塔として機能することは期待されている。その役割として重要になるのは、産業界との対話である。「戦略的自律性」の確保は、補助金や規制を通じて戦略基盤産業の維持・強化が図られることになるだろうが、それは逆に言うと、これまで廉価で調達できていたものを、政府の規制や権限で国内での調達に切り替えるように誘導することを意味する。結果として産業競争力の低下をもたらす可能性もある。経済安全保障は民間企業を巻き込み、その活動を振興しつつ管理し、官民が協力して達成しなければならないものである。

 

ルールに基づく国際秩序に矛盾しないか

経済安全保障は、これまで自由貿易原則に基づいて世界的に拡大した生産ネットワークやサプライチェーンが広がり、その結果、戦略的に脅威となりうる国を含むようになったことで、そうしたサプライチェーンへの依存を低減することを目指すものである。

これは言い換えれば、戦略的自律性のためには自由貿易原則に反する措置が取られうる可能性を示唆するものである。現在のWTOのルールの中ではGATT21条にみられる「安全保障例外」があり、日中韓が参加する地域的な包括的経済連携(RCEP)にも、日本が主導した環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)にも「安全保障例外」は設定されている。

しかし、GATT21条の「安全保障例外」は極めて解釈の幅が狭い設定となっており、「経済安全保障」がそれに含まれるとはいいがたい。RCEPやCPTPPの例外はやや解釈の幅が広くとられているが、戦略的自律性を目指すための補助金や他国企業の参入の排除を無制限にできるというわけではない。

また、「安全保障例外」をめぐる解釈の違いにも注意する必要がある。中国では「安全」と「安全保障」の区別が曖昧で、「安全保障例外」を「国家安全」にかかわる問題、例えばデータローカライゼーションなどに適用してくる可能性は高い。

ルールに基づく国際秩序と経済安全保障は矛盾する部分が多い。ゆえに中国などが「安全保障例外」を濫用しないよう、ルールの適用を限定していく一方で、日本の経済安全保障を確保していくことを可能にするルール作りが求められる。

 

国家安全保障としての経済安全保障

経済安全保障は、これまでグローバル化によって恩恵を受けてきた産業やビジネスに変更を加えるものである。自由貿易原則や資本の自由移動によって最適化されてきた生産体制やサプライチェーンを、安全保障の観点から修正し、制限していくことである。それは経済的な合理性とは異なる選択にならざるをえない。

経済安全保障は国家安全保障戦略と目的を同じくしつつも、その手段において異なるものである。いわば、経済安全保障は、常時グレーゾーン事態に対処するようなものであり、他国による一方的な貿易制限措置や制裁に警戒しつつ、同盟国・友好国との関係を通じて安定した経済活動を可能にする基盤を作っていく必要がある。

そこで重要になるのは、「戦略的自律性」を高めるだけでなく、国際社会を安定させ、国際ルールに基づいて貿易や投資が継続されることである。日本が「戦略的不可欠性」を持つのは、単に他国を抑止するだけでなく、それを国際ルール作りのパワーに転化し、日本が国際秩序を安定させるためのリーダーシップを発揮することである。

すでに日本はトランプ政権が一方的に脱退したTPPを何とかまとめ上げ、CPTPPとして再出発させたという実績がある。こうした国際ルールに基づいた秩序を作るパワーを持つことこそ、経済安全保障を実現する最も有効な手段なのである。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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