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アメリカのアジア政策が85年前を想起させる訳(細谷雄一)

「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/373417

   

「API地経学ブリーフィング」No.18

2020年09月07日

アメリカのアジア政策が85年前を想起させる訳 ― いまなぜ「マクマリー・モーメント」が必要か

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
研究主幹、慶應義塾大学法学部教授 細谷雄一

 

 

 

歴史的転換点となるポンペオ国務長官演説

2020年7月23日のポンペオ国務長官の演説は、よりいっそう対中批判の性格を強める内容となった。習近平国家主席を名指しで批判すると同時に、中国共産党体制そのものを批判し、従来にない激しい対中批判となった。また、カリフォルニアのニクソン大統領図書館という場所を選んで演説を行うことにより、1971年のニクソン政権におけるキッシンジャー補佐官訪中以来続いてきた、これまでの対中関与政策を大きく修正するものとして報道された。

その口火を切ったのが、2020年5月4日にマット・ポッティンジャー国家安全保障担当副補佐官のヴァージニア大学で行った演説である。「5月4日」とは、101年前のパリ講和会議後の、日本の領土的野心に対する中国国内のナショナリズムの勃興とそれに基づく反帝国主義的な「五・四運動」が起こった日であることが象徴的である。ポッティンジャー自ら、その日の重要性について演説の中で触れている。

そのような反帝国主義運動、民主化運動が現在の中国にも継承されていることに触れながらも、他方でそのような運動が約1世紀にわたって、実を結ぶことなく、そのような運動を抑圧する政権とこれまでアメリカ政府が協力してきたことを冷静に概観し、そのようなアメリカの姿勢を変える必要を指摘する。

このようにして、米中関係の構造的な対立の熾烈化を理解するためには、より長い時間軸の中に米中対立の現状を位置づけることが重要となる。というのも、現在われわれが見ている米中関係の構造的な変化は、単に1971年のキッシンジャー補佐官訪中以来の関与政策が転換点を迎えているという意味にとどまらないからだ。すなわち過去1世紀におよぶアメリカのアジア政策が、根本的に軌道修正される可能性さえもあるのだ。それはどういうことだろうか。

中国では1912年に、辛亥革命の結果として清朝が崩壊して、孫文を大総統とする中華民国が成立した。アメリカは、東アジアにおいて新たな共和国が誕生して、そこで民主主義が育まれ、この新興国が自らと価値を共有するパートナーとなることを期待した。戦間期のこの地域では、そのような若き共和国にとっての最大の脅威が日本であり、米中が提携してそれに対峙する必要が説かれていた。これが1920年代から30年代にかけてのアメリカのアジア政策の基軸であった。

その後、第2次世界大戦が勃発すると次第にアメリカは中国に対する援助を拡大する。同時に、1943年のカイロ会談と、1945年のサンフランシスコ会議による国連創設など、戦後東アジア秩序が米中協調を基軸として進められていくための構造がつくられた。すなわち、1931年の満州事変以降、1943年のカイロ会談による米中協調を絶頂として、東アジアの平和と安定を米中という2つの大国により運営していく構図がつくられた。いわば、1931年以降のアメリカのアジア政策は、日本に対する脅威認識と、中国に対する漠然とした信頼を、その基調として発展してきた。

そのような流れが後退したのは、1947年以降、国務省政策企画室長のジョージ・F・ケナンが対日関係を重視して改善するという政策転換を行ったことが大きい。とはいえ、そのことは必ずしも、日米協調によって東アジアの平和と安定が維持されることを意味しない。日本の役割はあくまでも基地を提供することであり、地域大国としてアメリカの戦略的パートナーになることではなかった。したがって、1940年代から60年代にかけては、日米協調が東アジアの平和を担保したわけではなかった。アメリカの圧倒的な軍事力と、それを支えるための在日米軍基地がそれを担保したのだ。

1971年のキッシンジャー訪中以降の米中和解は、再び米中協調によってアジア秩序を維持していくことへの強い意志が回復したことを意味する。そして米中関係を友好的に保つためカギとして、日本の軍国主義の再来という「神話」が必要であった。そのような通奏低音は、2020年になるまで完全に消え去ることはなかった。

ところが現在のトランプ政権において、そのようなこれまでの米中協調と、アメリカの対中関与政策を基軸としたアメリカのアジア政策を再検討しようとする強い意欲が見られる。そのような政策の転換を考える際に想起すべきは、20世紀のアメリカを代表する中国通の外交官であった、ジョン・マクマリーの存在である。

 

マクマリーとケナン

それまではほとんど一般には知られることがなかったジョン・マクマリーの名前が知られるようになった契機は、ジョージ・F・ケナンの著書にその名が記されていたからだ。アメリカの冷戦戦略の骨格ともいえる「封じ込め戦略」を構築した外交官であり、歴史家であり、戦略家でもあるジョージ・F・ケナンの主著、『アメリカ外交50年』(岩波現代文庫、2000年)の第3章、「アメリカと東洋」でケナンは、次のようにマクマリーについて言及している。

「われわれの最も消息通の職業外交官の一人であったジョン・V・マクマリー氏(※)は、引退されてから数年になるが、1935年に極めて思索的で予言的な覚書を書いた。そのなかで、もしわれわれが現にとりつつある方向にこのまま進んで行くならば、日本と戦争が起こるであろうと指摘した後、彼は、その戦争においてわれわれの目的を徹底的に貫徹したにしても、それはロシアにうまい汁を吸われるだけであり、山ほどの新しい問題をつくるだけであると述べた」

(※)ここでは「マックマレー」と表記されているが、本稿が参考にする「マクマリー・メモランダム」を邦訳して刊行したアーサー・ウォルドロン『平和はいかに失われたか~大戦前の米中日関係もう一つの選択肢』(原書房、1997年)とここでは表記をあわせることにする。
これが歴史家の間で有名な、「マクマリー・メモランダム」である。すなわち、東アジア通の外交官であったマクマリーは、アメリカの強硬な対日政策がいずれ日米戦争に帰結することを懸念していた。そして、それによりアメリカが勝利した後のこの地域で、新たな「力の真空」が生まれると予言し、それを深刻に懸念したのだ。そうなれば、その「力の真空」を埋めようとするのは巨大な大陸国家であるソ連である。日米戦争でのアメリカの勝利が、米ソ対立に帰結することが必然だと、マクマリーは早くも1935年の時点で予言していたのだ。

 

中国を過剰に信頼したアジア政策はいずれ行き詰まる

戦後、ケナンが国務省政策企画室長として対日政策をより穏健な方向に転換しようとしたときに参考にしたのが、このマクマリーの見解であった。東アジア情勢にあまり精通していないケナンは、1948年2月の訪日の前に、最も優れたアジア専門家と見なしていた外交官引退後のマクマリーに連絡を取って、助言を求めている。そして両者が共通に認識したのは、アジアにおける最大の大国は日本であり、アメリカにとっては日本との協力が不可欠であることと、そして中国を過剰に信頼したアジア政策はいずれ行き詰まるであろうことであった。

いわば、現在のトランプ政権において、ポッティンジャー副補佐官、そしてポンペオ国務長官は、この忘れ去られたマクマリーのアジア政策を復活させようとしているように感じられる。ここではそれを「マクマリー・モーメント」と呼んで、マクマリーの提唱したアジア政策が85年の時を隔てて復活することの意味を考えたい。

ただし、「マクマリー・モーメント」を実現しようとする場合に、2つの条件がある。

第1に、戦前に日本が国際秩序を破壊して、孤立していった歴史を適切に認識することだ。すなわち、過去1世紀の歴史を適切に総括して、戦後外交における国際協調主義の歩みを再確認することが必要だ。平和国家となった日本が、自由主義や民主主義という価値を共有し、またリベラルな国際秩序を擁護することを前提として、戦後の歴代のアメリカ大統領は日米関係を発展させてきたのだ。

第2に、日本がアメリカの戦略的なパートナーとして、この地域の平和と安定のために積極的な役割を担う十分な能力があることが必須だ。ケナンが対日政策を転換しようとした1948年は、日本はまだ連合国の占領下にあり、また平和憲法の拘束により軍事的に積極的な役割を担える余地はきわめて小さかった。だが、半世紀以上の時を隔てて、日本を取り巻く国際環境、そして日本の国際的な地位も大きく変わった。

換言すれば、アメリカと価値を共有する民主主義国家である日本が、十分なパワーを持つことでこの地域の平和と安定のために貢献せねばならない。

 

日本独自のパワーを十分に持つことが必要だ

ただし、ここで「パワー」と言っても、米中と同水準の軍事力を備えることは不可能だ。むしろ、「シビリアン・パワー」としての日本のこれまでの行動が、この地位での信頼を築いてきたことも想起せねばならない。私はそのような、軍事力と「シビリアン・パワー」を組み合わせた日本独自のパワーを、「グローバル・シビリアン・パワー2.0」と位置づけた(船橋洋一編『ガラパゴス・クール』東洋経済新報社、2017年、第10章参照)。

現在の日本は、「自由で開かれたインド太平洋」構想を提示して、広域的なインド太平洋地域における平和と繁栄のために貢献する意思を示している。また、安倍政権は「積極的平和主義」を掲げ国際主義的な安全保障政策を志向して、この地域で従来よりも大きな役割を担う意思を示してきた。日本が、より自立的な戦略的なプレーヤーとして活動することができれば、日米同盟をより中核に位置付けて、この地域の平和と安定のためのよりいっそう大きな貢献が可能となるであろう。

アメリカは1世紀ほど前には、中国が民主主義国家として発展し価値を共有するパートナーとなり、米中両国を基礎とした地域秩序をつくろうと試みた。ポンペオ演説は、そのようなこれまでのアメリカの期待が裏切られたことを強く示唆した内容であった。もしも日本がアメリカの戦略的なパートナーとして、十分な信頼と必要な能力を示すことができるならば、日米協調を基軸とすることで、この地域における平和と安定を確立するという「マクマリー・モーメント」がいよいよ実現へと向かっていくのではないか。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

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