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「ポストコロナ」米中いずれも勝者になれない訳(船橋洋一・細谷雄一)

「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです。

立上げにあたり、「ポスト・コロナの世界はどのように変容してしまうのか。コロナウイルスが私たちに突き付ける歴史的意味とは何か」について、APIの理事長を務める船橋洋一と、国際政治学者でAPI上席研究員でもある細谷雄一・慶應義塾大学教授の緊急対談を4回にわたりお届けします。本稿はその第2回目です。(本対談はオンライン会議で行われました)

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/349171

   

「API地経学ブリーフィング」No.2

2020年05月11日

「ポストコロナ」米中いずれも勝者になれない訳-「それ以外の世界」が新秩序のカギを握る

 

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
理事長 船橋洋一

 

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
上席研究員・慶應義塾大学法学部教授 細谷雄一

 

マスク外交の陰と初動の失政

船橋 洋一(以下、船橋):第2回はポストコロナの国際秩序について展望したいと思います。第1回ではペストの後、中世の欧州世界を支配していたカトリック教会の権威が失墜し、近代国家の時代の幕が開けたとの指摘がありました。では、ポストコロナの国際秩序はどのように変容するのでしょうか。コロナ後、守護者としては後退した当時のカトリック教会に当たるところはどこか、そして、新たな守護者として前面に出てきた近代国家に当たるのは何なのか? そういう問題意識の下、国際秩序の変容を告げるどのような予兆が生まれつつあるのか、見ていきましょう。

細谷 雄一(以下、細谷):ポストコロナで優位に立つのは、コロナから世界を救ったと認識された国や勢力だと思います。ですが、結論を先に言えば、覇権を握るのが具体的にどの国や勢力となるのか現状では予測できません。一方、中国とアメリカがともに「敗者」になる可能性は高いと思います。

死と直面することになった場合に、人々は「誰が救ってくれるのか」ということを考えます。教会はペストから人々を守れませんでした。スペイン風邪では、第1次世界大戦中だったこともあり、ドイツ政府や、イギリス政府、フランス政府など、戦意を消失させないためにも感染の事実を隠蔽し、多くの人の命が失われました。意思決定権者の判断が人々を犠牲にしたわけです。

今回も政治指導者が判断を誤れば、人々の間に不信感や怒りの感情が噴出し、政府や指導者が信頼を失い、権威を失墜させる可能性があると思います。困難に直面する状況のなかでは、人々ははたして誰が自分たちを救済してくれるのかということに非常に敏感になっています。ポストコロナの世界では、そのことが政治的な正統性と連動していくことになるのだろうと思います。

国際社会も同様です。第1次世界大戦のあとには、ソ連という新しい国家が誕生し、貧困層の救済者という宣伝を通じて、社会主義者や共産主義者がその時代の多くの人々を魅了しました。他方で、第2次世界大戦後のアメリカのマーシャル・プランを通じた経済援助は、欧州におけるアメリカの政治的権威の拡大に帰結しました。ポストコロナの世界でも、人々から「救済者」だと認められた国や勢力は力を増し、信頼を失った勢力は国際秩序の中で影響力を低下させる可能性があります。

中国はすでに各国に大量のマスクを送り支援しようとしています。イタリアやスペインは中国に感謝していますが、他方でフランス政府は、中国がマスクと引き換えにファーウェイの5Gの利用を強要していることを批判しました。人道的な支援と引き換えに、ポストコロナの世界で優位に立とうとする中国の戦略的な意図が透けて見えます。それが露呈すれば、優位な地位を得るどころか、信頼を失い反発を招く可能性もあります。

今回の危機では、中国、アメリカの両国ともに、初動の判断を誤ったと思います。中国政府は感染症発生当初、武漢での感染の実態や死者数を隠蔽しました。アメリカはトランプ大統領が事態の深刻さを理解できず楽観視することで初動を誤り、感染を拡大させました。結果、両国は国内外の信頼を大きく失いました。私はアメリカも中国も共に敗者となる可能性があると思います。

船橋:そうですね、米中どちらも世界のリーダーの役割は果たせなかったことは確かですね。中国武漢で発生した直後の中国の“人命ファースト”ならぬ“政治ファースト”の対応のひどさについて中国国内からも強い批判が起こりました。北京から高官が武漢を現地視察したとき、アパートの上の階の住民たちが「嘘だ」「みんな嘘だ」と叫んだと報道されていますが、「危機管理をちゃんとやっています」「日常が戻りつつあります」という地元の党幹部のパフォーマンスへ心底怒りがこみ上げたのでしょうね。

ただ、人々は医療崩壊と介護崩壊が始まり、危機が深まってくると、どんな政治体制かにはおかまいなく「白猫でも黒猫でもネズミをとる猫がいい猫だ」という心情になってくる。つまり、民主主義国であろうが、全体主義国であろうが、感染拡大と死者を最小限に抑え込む国が頼りになる、他のことは目をつむっても、命を守る、いやそれこそ“種を”守る体制のほうが、そうでない体制よりいい体制だとなる。

中国が公表している数字を直ちに信じることはできませんが、個人のプライバシーや人権も無視してでも、力づくで感染拡大を封じ込めたことは間違いない。少なくともコロナ戦の緒戦ではそういうことが言える。タイの首相が言ったように「いまは健康が自由より優先される」ということなのかもしれない。その点でいえば、アメリカは明らかに敗者で、中国が勝者に見えます。しかし、中国の体制は都合の悪いことは隠すし、うそをつく、そして他を欺くことを世界の人々はいやというほど知った。実は、中国も真の勝者ではない。米中とも勝者ではない。下手すると、このまま事態が悪化すると、民主主義体制が最大の敗者ということになるかもしれない。

 

「最後の砦」がやはり政府しかないという現実の中で

ただ、アメリカだろうが中国だろうが、どの国だろうが、最後に人々を守る砦は国家なのだ、それは政府の仕事そのものなのだ、ということを人々は痛切に感じているのではないでしょうか。その一方で、インターネットの時代にあっては、世界中の人々がリアルタイムで、自国の政府の対応と他国のそれを比較し、対応の良しあしを日々、採点しています。「最後の砦」がやはり政府しかないという現実の中で、人々はその面から政府の“格付け”をしている。

危機対処の失敗は、直ちに国民の政府への信任(トラスト)の喪失につながり、国民の信任(トラスト)を失えば政府の危機管理は難しくなる。政権や政体のレジティマシー(正統性)はますます結果を出せるか否か次第となる。今回のように政府が国民にStay Homeやソーシャル・ディスタンシングや休業を求め、つまり自由を束縛するとき、国民の政府に対する信任(トラスト)は決定的に重要な要素となってくる。検閲・監視国家の中国といえども、命、健康、食品安全、環境といった問題では、世界と中国の状況を比較し、それを認識する中産階層が声を上げるということも今回、中国のネット空間で見えたところです。

そこで、ポストコロナの世界秩序を考えるうえで、コロナ危機を通して見えてきた各地域、各国の課題を伺いたいと思います。まず、多くの犠牲者と感染者を出す惨状を呈している欧州の課題をどう捉えておられますか。

細谷:ご指摘の通り、感染症対策では、人命と人権が天秤にかけられてしまう場面が生じます。そのため、国家主権が強大な中国のような国では迅速かつ徹底した対応能力が発揮され、他方、人権を重視し私権の制限に抵抗感の強い欧州やアメリカでは初動が遅れたという結果を招きました。欧州の大変な混乱はそのような価値観を背景の一つとしていますが、欧州固有の背景もあると思います。それはEUです。

EUという統治体の本質の一つとして、「補完性の原理」という重要な理念があります。各国政府とEUが、それぞれ最適な領域において統治するという原理です。換言すると、EUと加盟国政府が補完し合い問題を解決していくシステムで、「共同決定手続き」という政策決定にも現れています。

コロナ危機では、そのシステム自体が問題を露呈させたのだと思います。緊急事態ですから、第一義的には国家が対応すべきですが、各国政府に初動で迷いが生じ混乱が起きました。例えば、深刻な状況に追い込まれ救済を求めたイタリアに対し、ドイツもEUも手を差し出すことを拒みました。イタリアには失望と不信が生まれました。その後、政策を転換して、ドイツもEUも感染拡大国の積極救済に転じ、さらにフォン・デア・ライエン欧州委員会委員長はイタリアやスペインに率直に謝罪しました。初動の混乱は、緊急事態におけるヨーロッパの問題を明瞭に露呈させました。

20世紀ドイツの思想家カール・シュミットは、非常事態においてこそ国家主権は剥き出しに表出すると言いました。とはいえ、各国政府とEUが共同で統治し、国家の権能が一定程度制限されている特殊な統治体制にある欧州では、ビフォー・コロナの時代には、国家主権が剥き出しになることへの強い抵抗感が醸成されました。例えば、シリア内戦後に欧州に難民が押し寄せてきた難民危機の際には、国境を閉鎖する、つまり国家主権を剥き出しにすることに対し大変な反発がありました。結果、EU加盟国政府の一部は、国家としての危機対処能力を鍛えることを忘れ、EUや他国に依存する体質が生まれました。

 

緊急事態においてEU各国の利害調整が麻痺

ところが、今回は、ドイツをはじめとする多くの国は躊躇なく国境を閉ざし、初期の段階では他国への支援を行う余裕がありませんでした。国家主権を剥き出しにしたわけです。が、危機対処能力を鍛えてこなかった国々は――医療が早い段階で崩壊してしまったイタリアはその典型ですが――コロナの前になす術がありませんでした。これが、今回のような緊急事態が発生した際に、迅速な行動がとりにくく、各国の利害の調整が麻痺してしまうような、二元統治構造にあるEUの課題だと思います。

船橋:イタリアの世論調査では、昨年11月に47%だったEU不支持率が現在、67%に上昇しているようです。

細谷:イタリアの反EU感情は、日本国内の反米感情とある意味では似たところがあると感じています。つまり、自らの脆弱性から、他者へと依存せざるをえない現実に対する感情的な反発です。復興のため、イタリアはEU、実質的にはドイツへの財政的な依存を高めざるをえませんが、世論の反発は強い。今後のイタリアで反EU的なポピュリズムが勝つのか、合理的な判断をしてEU内での協力の意義を再確認する指導者が現れるのか。それによって、イタリアとEUの関係は大きく変化すると思います。

船橋:イギリスはどうですか。

細谷:基本的には同じだと思います。イギリスもさまざまな形でEUに依存していました。例えば、アイルランド和平ではEUから財政的支援を受けたこともまた、安定化の基礎となっていたのです。コロナ感染者の致死率が突出するイギリスが今後経済的困難に直面するのは必至で、そのとき頼りにできるのは、アメリカでもコモンウェルスのカナダやオーストラリアでもなく、本来であればEUであったはずです。

ただ、流動性はあります。ジョンソン現政権はイギリス史上で極端に右傾化した、反EU的な政権です。当面、現政権がEUに歩み寄る可能性は低く、さらに経済的困窮に追い込まれる可能性は高いと思われます。そのとき、ジョンソンが協力を求めるのは、日本や中国にならざるをえないのではないでしょうか。ですが、かつて自らが半植民地化していた中国からの支援に依存することを、はたしてイギリス国民が謙虚に受け入れるとは思えません。ですので、現政権が反EU的政策を貫けば、プラグマティックな国民の支持は少しずつ離れていくのではないでしょうか。

 

ドイツは最後の砦とならない――後退する国際協調

船橋:結局はEUが、実質的にはドイツが最後の頼みの綱ということですが、ドイツがその役割を果たさなければ、欧州の未来は暗いということになりますね。

細谷:結論を先に申し上げると、今般の状況の中で、ドイツがコストを担って最後の砦としての役割を果たす可能性は小さいと考えます。それは、一国主義に傾くアメリカが国際社会で指導的役割を果たす可能性が小さいのと、ある程度相似した状況です。

世界的な危機の後の新しい国際秩序を考えるとき、参考になるのは第1次、第2次世界大戦後の世界秩序です。世界戦争の後の世界では、ナショナリズムへの反省が根底にあり、それが国際協調の流れを促しました。

ところが、戦後75年を経てそのような意識は薄まりつつあります。むしろ、ドイツでも日本でもナショナリズムは強まりつつあります。加えて、トランプ登場後のアメリカの自国中心主義への傾斜は、まるで「ウイルス」のように各国に伝播し始めています。そのような状況にあっては、メルケル首相であっても痛みを伴うような形でのEUへのさらなる財政的な貢献は難しいと思います。メルケルが引退し、政権が代われば、さらに可能性は低くなります。

その意味では、同じ危機でも、戦争とコロナ危機は、ナショナリズムとの関係で大きく違います。2度の世界戦争後には一定程度ナショナリズム抑制に向かいましたが、ポストコロナの世界では逆に、その高揚に向かう可能性があります。結果、国際協調の枠組みは後退し、EUの統治システム自体が困難に直面するかもしれません。

船橋:国連の問題も考えたいと思います。国連は戦後の国際秩序に重要な役割を果たしました。その国連機関の一つであるWHOがコロナ対応で批判を浴びています。中国に強い影響を受け、公平性や中立性に欠けるという批判です。トランプ大統領は拠出金の停止を指示し、中国が32億円の拠出増を発表するという事態に立ち至っています。

実際、2013年の習近平国家主席の誕生以降、中国はWHOに限らず国際機関への影響力を強めています。国連25機関の4機関でトップを占めています。中国は、アメリカ主導の戦後の国際秩序のうち中国にとって望ましくない日米同盟などはくさびを打ち込み、弱めようとしていますが、中国が安保理常任理事国として既得権益を持っている国連はいまやもっと使い勝手のいい形にしようということで、この面ではあきらかに現状維持国家です。中国が弱みを持っている保健や人権や知財権などでは防御戦のためにもこれらの機関のポストをおさえようという作戦であるように見えます。

中国のこうした動きはポストコロナの国際秩序にとって有益に働くのか否か、それは戦後の「自由で開かれた国際秩序」とはよほど違う秩序構想なのでしょうが、それではいったい、それはどういう理念と原則に基づくものなのか……。

細谷:冷戦の時代には、国連を舞台に米ソ両陣営が激しく対立するのは日常でした。国際機関は各国の国益の調整の場としての役割を担っていました。ところが、ポスト冷戦の世界で、我々はそれを忘れ、夢を見ていたのだと思います。今回の感染症はまさにそうですが、気候変動にしろ、核不拡散にしろ、国際機関に過剰な正義や倫理を求める傾向が生じました。しかし、それは幻想だったのです。

例えば、事務総長の人事にはもともと大国、つまりアメリカやソ連などの意向が強く反映されていました。冷戦後の世界でも、アメリカに反旗を翻したブトロス・ブトロス=ガリ事務総長が一期での退任を強いられ、その後任にアメリカの要求により従順なコフィ・アナンが座ったのは記憶に新しいことです。

一方で、アメリカやかつてのソ連に代わり、現在では中国が国連や国連機関を自らの意向に沿って動かそうとし始めているというのは、新しい動きだと思います。

他方、中国の行動に批判が集まることには、それなりの理由があります。国際社会で優位な地位を得て、指導力を発揮するには、相応のコストを払わなければなりません。ですが、中国はそのコストを、財政的な支出で十分だと誤解している節があります。「一帯一路」にも同じ発想が見受けられます。しかし、コストは、お金と同じ意味ではありません。国際社会から信頼を得て支持されるには、つねに良識に基づいた合理的判断や、一定の道徳的な権威が求められます。ときに国益を犠牲にすることがあっても、倫理や正義を通すことも、そのようなコストなのです。

アメリカは1901年に大統領に就任したセオドア・ルーズベルト大統領が国際社会でのプレゼンスを拡大するようになってから、1945年の国連発足時に指導的な地位に立つまで半世紀を要しました。孤立主義的な伝統が強かったアメリカの国民が、そのような国際的な責任を果たすことに抵抗があったからです。同じように中国が国際社会で指導的地位に立つには、長い時間が必要だと思います。今はラーニング・プロセスなのだと思います。

今後、中国が国際社会で、ときには国益よりも国際公益を重視し、過大な負担を背負って指導的役割を担う方向に進んでいくのか。あるいは、国際社会が自らの思い通りには動かせないということを学び、アメリカの現政権のように自国中心主義の殻にこもり、国際社会から後退していくのか。どちらに向かうのか流動的ですが、いずれにせよそれは国際社会に巨大な影響を及ぼすことになると思います。

 

米中デカップリングの行方――あらわになった脆弱性

船橋:ポストコロナの国際秩序を、EUと国連に関連して議論しましたが、次は国際秩序に大きな影響を及ぼす米中関係に移りたいと思います。両国はさらなるデカップリング(分離)の道に進むのかという問題です。貿易戦争で両国の緊張が高まる中で、今回のパンデミックは発生しました。その対応で、米中両国の抱える危険性や脆弱性もあらわになったと思います。

中国は国際社会で信頼されるために克服しなければならない問題を幾つも抱えています。いずれも専制政治体制の特徴ですが、指導者の無謬性、人権の軽視、不都合な事実の隠蔽や情報改竄の体質、国民との社会契約の不在などです。習近平は3月10日に武漢で「勝利宣言」を出しましたが、あの体制の下では政治指導者がそう宣言した以上、政治的に今後は感染者の数も死者の数も大きく増やすことはできません。勝利宣言を出した以上、勝利し続けなければならないからです。

独裁政党や指導者の無謬性を前提とした国家では、経済や社会が行き詰まっても、それを認め、正すのは難しい。それでも江沢民や胡錦涛のときのような集団指導制の場合は、間違いはみんなの間違いとして、しのぐことができますが、習近平のような独裁体制の場合、それは直ちに習近平問題となり、権力闘争をもたらしやすい。もともと、独裁体制には権力の継承問題が付きまといます。つまり、中国の政治体制は強固なように見えて実は非常に脆弱なのです。そのような国が国際社会のリーダーとして安定的かつ継続的な役割を果たすのは難しいでしょうね。

アメリカも問題を抱えています。トランプのリーダーとしての資質、というかその完璧なほどの欠如という深刻な問題もありますが、それよりもアメリカの社会と政治の分断と「死活的など真ん中」の政治の厚みの空洞化、さらにはその背景にある中産階級の没落とそれを促してきた格差の拡大がもっと深刻です。1970年代に萌芽し、1980年代以降加速した経済格差はその後、教育格差、健康格差としてさらに構造化してきました。ここに人種問題が絡みつきます。シカゴではコロナ感染死亡者の7割がアフリカ系アメリカ人だったと報告されています。また、2016年から3年連続でアメリカの白人男性の平均寿命が短くなったという報告もあります。

そのような内政上の問題を抱えた両国が米中関係を安定軌道に戻し、米中が手を携えてポストコロナの新秩序形成を引っ張っていけるかどうか、相当難しいのではないでしょうか。

 

理想や価値を提示できない米中

細谷:第2次世界大戦後、米ソが国際秩序の2極でいられたのは、単に軍事力と経済力で優位に立っていたからではなく、それぞれが示す価値や理想に多くの人々が憧憬や尊敬を抱くことができたからです。しかし、貧富の差が極限まで開いたアメリカや、自由が制限される一党独裁の中国に、世界の人々が尊敬の念を抱くことはあまりないかもしれません。つまり、米中のどちらかがポストコロナの新秩序の中心になることも、また両国がその基軸となるようなことも、ないかもしれないのです。

同時に、米中関係は友好的な蜜月時代に入ることも、全面的な対立に進展することも、いずれもないと思います。これは冷戦時代の米ソ関係との決定的な違いです。米中は互いを必要としあっているからです。いくらナショナリズムが高揚しても、両国とも、あるいは世界のどの国であっても、グローバルエコノミーから完全に離脱し、かつてのような一国単位の国民経済の殻にこもることは不可能です。

となると、米中ではない、「それ以外の世界」が、ポストコロナの新秩序の鍵を握る可能性もあります。そこにいちばん近いのはEUと日本の組み合わせだと思います。日本とEUは2018年に経済連携協定(EPA)を締結し、2019年2月に発効させ、その結びつきを強固にしました。あるいは、新秩序は、米、中、日欧の3極の合従連衡により形成されるかもしれません。日欧などの第3極が、G7や安全保障同盟を軸にアメリカとの緊密な協力関係を維持するのか。あるいは自国中心主義的で、国際機関にも敵対的なトランプ政権の方針から距離を置き、むしろ中国に接近するのか。これこそが、今後の分かれ道となると思います。

船橋:トランプ政権になってあらわになった米中の対立は、グレアム・アリソン(アメリカの政治学者。1940年生まれ。ハーバード大学ケネディ行政大学院初代院長)が「トゥキディデスの罠」で想定したような覇権国家と新興国家の戦争不可避の対立ではなく、地経学的葛藤を中心とするグレーゾーンでの覇権争いだと思います。それがコロナで一段と顕著になったと思います。ただ、ご指摘の通り、この経済的対立が全面対決、とくに軍事的対立に発展する可能性は小さいと私も思います。

 

意志と能力のミスマッチ

今回、私が感じたのは経済を巡る対立よりも米中間の心理的、あるいは生理的対立のほうが怖いなということです。中国政府の行動振舞いがけしからんということではなく、中国人自体が汚いとか、危ないとか、嘘つきだなど、といったほとんど生理的嫌悪感に基づく人種偏見が剥き出しになり、それが中国への不信感と拒否感を内向させる恐ろしさです。生理的対立の恐ろしさは、19世紀後半の1880年代以降、社会ダーウィン主義が広まり、それが優生学を生み、ひいてはナチスのユダヤ人虐殺につながった悲劇を想起すればわかることです。

もう一つ、米中が提携してポストコロナの新秩序を形成することの難しさは、能力と意志のミスマッチがあるからだと思います。第1次世界大戦後の世界では、世界秩序を構築する意志のあったイギリスはそれに見合う能力を欠いていました、逆に能力のあったアメリカは意志に欠けていました。一方、第2次世界大戦後の世界では、意志と能力をそれぞれ併せ持った米ソが2極となりました。

ポストコロナでは、アメリカは能力を保持しつつも、一国主義への傾斜は長期化すると思います。波打ち際での防衛ラインに戻りたいという心情が強まるでしょう。コロナ後の経済社会の立て直しで世界への関心も対世界関与への資源配分も先細りするでしょう。当分、意志薄弱なリーダーシップしか発揮できないでしょう。

他方、中国は、データ主義時代の1984年体制をいち早く敷き、感染を封じ込めた“戦果“も含め「中国モデル」の優位性を国際社会に認知させ、部分的に経済社会発展モデルの「中国化」を進めようとするでしょう。さらにポストコロナ世界の秩序形成でもアメリカの脱関与――アメリカがWHOから本当に脱退した場合など――の空白を埋める形で一気に指導権を確立することを考えているかもしれません。

しかし、恐らく中国には世界を率いる意志はないでしょう。パワーは究極的には責任の概念ですが、中国は責任を取るつもりはないからです。しかも、世界がそれを受け入れる可能性は小さい。コロナ危機を通して、世界は中国の政治体制の恐ろしさを再認識したといえます。世界のトップ2カ国――覇権国と挑戦国――の能力と意志のミスマッチのため安定した国際秩序ができなかった両大戦間から戦後の覇権移転を実現させた英米の「安全な航海」とはまったく異なる地政学かつ地経学的状況に現在はあると思います。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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