ポストコロナ「日本特殊論」との決別が必要な訳(船橋洋一・細谷雄一)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです。

立上げにあたり、「ポスト・コロナの世界はどのように変容してしまうのか。コロナウイルスが私たちに突き付ける歴史的意味とは何か」について、APIの理事長を務める船橋洋一と、国際政治学者でAPI上席研究員でもある細谷雄一・慶應義塾大学教授の緊急対談を4回にわたりお届けします。(本対談はオンライン会議で行われました)

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/347405

   

「API地経学ブリーフィング」No.1

2020年05月04日

ポストコロナ「日本特殊論」との決別が必要な訳-過去に倣いパンデミックは世界の秩序を変える

 

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
理事長 船橋洋一

 

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
上席研究員・慶應義塾大学法学部教授 細谷雄一

 

世界史を動かしたパンデミック

船橋 洋一(以下、船橋):新型コロナウイルスは全世界の社会を震撼させ、経済に打撃を与え、世界の秩序を変えつつあるように見えます。歴史、国際政治、日本の外交を研究されてきたお立場から、今回の危機をどのように位置づけておられますか。

細谷 雄一(以下、細谷):言うまでもありませんが、われわれは今、大変な世界の中にいるのだと思います。アメリカではこの1カ月で2000万人が職を失いました。過去10年間の失業者数の合計と同じ数です。中国の経済成長率が第1四半期でマイナス9%(前年同期比)という数字も出ています。かつて、20年ほど前のことですが、中国の専門家の中には「中国のGDPの成長率が7%を切ると、共産党の統治の正当性が失われて権力の維持が難しくなる」という見方をする研究者がいました。今年の成長率はほとんど0%に近い、前例のない数字になってしまうことが予想されます。

つまり、アメリカの膨大な数の失業者や中国の経済成長の鈍化など、今、世界で起こっていることは、われわれが全く想定していなかった、想像もできなかった事態です。まず、私自身が、国際政治学者として感染症が世界に与える影響を過小評価し、そのインパクトの大きさを十分に理解できていなかった不徳を言わなければならないと思っています。

また、これを機会に改めて歴史を紐解いてみて、感染症が世界史を動かしてきたことに思い至り、これだけ重要な問題が、国際政治学という領域での私の視点から欠落していたことを、反省しています。

船橋:世界史を動かしたパンデミック(感染症の世界的大流行)というと、中世のペストがまず思い浮かびますが。

細谷:世界史を概観すると、人類はパンデミックによる世界史の激動を幾度か経験しています。ご指摘の中世の欧州で大流行したペストと、第1次世界大戦中のスペイン風邪がその典型です。

まず中世のペストです。カトリック教会が欧州の人々の精神的支柱であると同時に、欧州の社会と生活を事実上支配していた時代ですから、当然のこととして、人々は救いを求めて教会に殺到しました。当時の人々はもちろんそれを知りませんが、至る所が「3密」の空間となったことで、ペストは一気に拡散しました。結果、ペストの脅威の前に無力を露呈したカトリック教会の権威は失墜します。

ペストにより欧州の人口の3分の1が失われたといわれています。人口の減少は社会構造に変化を与え、中世の封建制度のヒエラルキーの下で最下層にあった人々の地位が相対的に上がったことで封建制は動揺しました。そして、封建制の揺るぎとカトリック教会の権威の失墜により、国家が政治の中心となる近代的な社会が誕生したのです。つまり、教会が支配した中世から国家が支配する近代への変化は、ペストを重要な1つの起因としていたのです。

歴史上最悪のパンデミックと言われているスペイン風邪は、第1次世界大戦の戦況や戦局、趨勢に大きな影響を与え、さらに、戦後の国際機関の誕生の流れに竿をさしました。

スペイン風邪は、第1次世界大戦最中の1918年から世界中で大流行しました。正確な数字は明らかではありませんが、世界全体の死者数は1700万人から5000万人とも推定され、第1次世界大戦の戦死者推定1600万人をはるかに上回ります。スペイン風邪は当然のこととして、ドイツやフランス、イギリスなどの交戦国にもその兵士にも蔓延し、とりわけ感染拡大により戦争継続が困難となり、ドイツ敗北の遠因となったと指摘する研究もあります。

 

ドイツ敗戦の遠因となり、WHOを生んだスペイン風邪

第1次世界大戦中、交戦国は国内や軍隊での感染の事実を公表していませんでした。軍隊の士気の低下や、志願兵の減少を懸念したからです。唯一、国内のパンデミックを公表したのが中立国のスペインでした。それをメディアが世界中に発信したため「スペイン風邪」の名を残すことになってしまったのです。

スペイン風邪の発生源には諸説ありますが、アメリカ起源説も有力です。1917年にアメリカが欧州戦線に参戦したことがきっかけで、欧州に蔓延したと推測されています。つまり、兵士の移動でアメリカとヨーロッパが繋がれたことにより、感染症が拡大したと考えられました。いわゆるグローバル化の流れですね。

戦後、設立された国際連盟は、こうした分析を基に、国際的な協力なしには感染症には対処できないという認識を深め、1923年に国際連盟保健機関が設立されました。その後、保健機関は今日の世界保健機関(WHO)へと引き継がれます。

ペストが近代社会の生みの親となり、スペイン風邪が現代の国際秩序の礎となったことからもわかるとおり、世界史は、パンデミックが社会のあり方や世界の秩序を激変させることを示唆しています。

つまり、現在進行形で起こっている新型コロナのパンデミックは、われわれの社会や世界を今とは別の場所に連れて行ってしまう可能性が高いということです。国際政治学的な視点では、「アフター・コロナ」、あるいは「ポスト・コロナ」の世界を的確に見通して、それに適切に対処できた国が、ポスト・コロナの世界秩序をリードしていくことになると予想しています。しかし、コロナの前と後の変化の質や、その大きさ、そしてこれから変化していく方向を見極めるのは非常に困難だと思われます。

 

通信技術の支配者がポスト・コロナの世界をリードする

船橋:予測のヒントとなるようなことはありますか。

細谷:いつの時代もそうですが、社会や世界には変化することと、変わらないものがあり、それを見極めることがとても重要になるのだと思います。ポスト・コロナの世界でも、継続し変わらないのは、国際社会が国家を単位として動いていくことと、人々が最後に救済を求められるのは国家しかないということだと思います。国連やWHOは人々に経済援助してくれるわけでも、大量のマスクを配ってくれるわけでもありません。他国の政府からも、一定程度以上の援助を期待するべきではないのでしょう。人々は、結局のところは、自国政府に救済を依存せざるをえない。こうした現実は、人々をナショナリズムの方向へと誘導していく可能性が高いと思われます。

他方で、グローバル化が止まることはないと思います。コロナの影響で、インターネットを利用してのコミュニケーションやビジネスは、国境を越えたかたちも含めて、むしろ加速しています。

つまり、政治における国家主義的な傾向が強まるのと同時に、われわれの生活がより一層、インターネットに依存したスタイルに変わっていくことになろうかと思います。その前提が正しければ、19世紀にイギリスがシー・コミュニケーションを支配して、シー・パワーとして「7つの海」を支配し、「パクス・ブリタニカ」を確立したように、ポスト・コロナの世界では、テレコミュニケーション(通信技術)を支配した国や勢力が、国際秩序の形成に大きな影響を与えることが予測されます。

船橋:中国がカギになるということでしょうか。

細谷:その可能性は少なくないと思います。そのことをいち早く察知し、コロナ前からそのように動いてきたのが中国でした。すでに、世界中にファーウェイの5Gシステムを構築しようとし、テレコミュニケーションの支配を確立しようとしています。

しかし、中国はいくつかの点で国際社会の信頼を失っているので、そのような未来は流動的だと考えます。日本を含めた国々が、今後、中国がつくった5Gのシステムに依存していくのか、それとも、別の選択肢を求めるのか、それによって世界の趨勢は大きく違ってくると思います。

 

「最悪のシナリオ」通りの危機

船橋:示唆に富んだお話をありがとうございます。私も今回のコロナには心底、衝撃を受けています。全く違う世界が現れてくるのではないかという予感とともに、その中で日本がどうなるだろうか、という不安を感じます。まだ、これからどうなるか見通しがつかない、それでも日本はこの敵に一丸となって戦えるだろうかという漠たる不安です。

私もジャーナリストとして日本の戦後の危機をいろいろ取材してきました。1971年のドルショック、73年の石油危機、85年のプラザ合意、91年の湾岸戦争を取材しました。今世紀に入ってからも北朝鮮の核保有やリーマンショックや福島の原発事故といった国家的危機を取材してきました。

それぞれの危機は世界の秩序を大きく揺るがし、日本の国益や戦略にも大きなインパクトを与えました。そして、危機が通り過ぎ、それを取材し、記事に書き、本として世に出すたびにある種の敗北感を味わいました。なぜ、日本はこんな戦いしかできなかったのだろう、という敗北感ですね。特にフクシマでは、政府の危機対応の根本的問題はガバナンスの欠陥にあると痛感しました。国家として言えば統治の欠陥です。本当の国家的危機を戦い抜くための「国の形」になっていないのではないか、という敗北感です。福島原発危機のありようを総括するつもりで著した本のタイトルを『原発敗戦』としました。

とくに対外的な危機に直面したときは、どのような戦略を構想したとしても、内政にそれを支える裏打ちがなければ、ちゃんとした統治が機能しなければ、戦略は貫徹できない。戦略は統治を超えられない――というのが、フクシマに対する私の総括でした。あのとき、民主党政権の菅直人首相は危機のさなかに近藤駿介原子力委員会委員長に「最悪のシナリオ」をつくらせました。しかし、すでにそれは起こってしまっていた。「最悪のシナリオ」は有事に備えて平時に作っておかなければ意味がないということです。そして、常に新しいリスクを想定しながら、プランを更新し続けていなければ、プランニングし続けなければ、本当の備えにはならないということを学びました。

福島の原発事故のあと、私たちは「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)」を立ち上げ報告書を刊行しましたが、その経験を踏まえ、第2弾のプロジェクトとして「日本政権のための危機管理」のあり方を研究し、『日本最悪のシナリオ 9つの死角』(新潮社、2013年)という緊急レポートを刊行しました。9つの死角として「尖閣衝突」「国債暴落」「首都直下地震」「サイバーテロ」などとともに「パンデミック」も取り上げました。「医療が消えた日」という副題をつけ、当時、東京慈恵医大の准教授だった浦島充佳先生に執筆していただきました。

「未知のウイルスが猛威を振るうなか、人工呼吸器などの医療機器、医師や医療スタッフの不足により医療現場は崩壊の危機に直面する。問題解決の糸口となるのは『死ぬ順番』を決められるかどうかなのだが……」という非常に衝撃的な内容でしたが、実際に、私たちはいま、その「最悪のシナリオ」の危機に直面しています。

ただ、浦島先生に執筆をお願いし、恐ろしいほど迫真性のある最悪のシナリオを描いていただいたにもかかわらず、パンデミックの危機に関しては十分にイメージできませんでした。今、改めて浦島先生の慧眼に驚くと同時に、自らの不明を恥じています。同時に、日本がコロナウイルスの脅威を前に「最悪のシナリオ」に向かわないために何が必要なのか、それをしっかり見ておかなくてはと思っています。

 

日本特殊論の誤謬

その1つが、「日本特殊論」の幻想を持たないことだ、と思います。福島のときも最初の1、2日は「日本の技術があれば、最終的にはメルトダウンは食い止められる」と祈るようにそれでも日本を信じていました。しかし、その楽観は3月14日の午前11時に3号機の建屋が爆発したとき、吹っ飛びました。

今回も、正直に申し上げれば、「日本は何とか持ちこたえるのではないか」というような、祈りにも似た気持ちが私の中にはまだあります。専門家会議の尾身茂副座長は「2009年、新型インフルエンザの流行を抑え込んだ成功の体験をもとに今回も『日本モデル』で成功するよう希望している」と述べていますが、私もそのような「希望」を持っています。

しかし、もし、そうなったとしても、それを「日本特殊論」、つまり日本人は我慢強いから、とか、日本人は組織的団結をするから、といったそういうある種の文化論は信じないことにしています。もちろんそうした国民性や民度といった要素を無視することはできませんが、安全と安全保障は、そうした文化論に甘える余地のほとんどない国力と技術と備えと、冷酷なリスク評価とリスク管理、そして確率論的リスクと、そしてリーダーシップの分野です。

ここでは「最悪のシナリオ」をつねに考え、できるだけ備えておかなくてはならないのです。最後のところそれは「小さな安心」よりも「大きな安全」を優先させなければならない心理的かつ戦略的トリアージュの世界です。

もう1つ、これも福島原発事故とも関連していますが、日本の技術はなぜ、いざというとき役に立たないのか……という敗北感です。危機に際して問題を解決する決め手にならないということです。第2次世界大戦のとき、日本はゼロ(零戦)といった匠の芸はありました。しかし、持続的な量産体制、戦いながら技術を更新し、バックフィットしていくことが苦手でした。レーダーや原子力のようなパラダイム・シフト的な技術革新を生み出す力は備わっていませんでした。

福島のときもそうでした。日本はそれまで「ロボット大国」を誇っていましたが、原子炉相手にセンサー機能にしても、撮影にしても、運搬にしても、無人化作業を行うロボットは最後まで出てきませんでした。最後に駆けつけてくれたのはアメリカのアイロボット(iRobot)です。フクシマのとき、「負けたな」という気持ちとともに「恥ずかしい」という気持ちもありました。

 

技術面で日本は明らかに後れを取っている

今回もどこかにそのような気持ちがあります。中国や韓国やシンガポールや香港など感染者の割り出し、追跡、ソーシャル・ディスタンシング警報、人流管理など大胆にデジタル技術を活用し、感染拡大を防止し、出口戦略を模索しているのに対して、日本は明らかに後れを取っています。少し前までは「3Dプリンター」で何でも作れるといわんばかりだったのに、人工呼吸器はできないのでしょうか。国民を守るための技術とイノベーションがなぜ、こうまで進まないのか。セキュリティーのための技術革新とイノベーション、とりわけデジタル・イノベーションが行われない。

細谷さんのご指摘通り、ポスト・コロナの世界には新しい国際秩序が生まれてくるはずです。そして、今後、新秩序をめぐって国々の興亡を懸けた賭けた闘争が繰り広げられるでしょう。そのとき、科学技術とイノベーションの力、なかでもデータの力を社会課題のために活用し、国民の安全に役立たせることができる国が、レファレンス(参考事例)と力を発揮するでしょう。

コロナとの戦いと同時に、ポスト・コロナの世界でどのような地位を得て、どんな役割を果たすことができるのかという戦いも行われているのです。その双方の戦いのさなかのいま、「戦後」を構想することができるかどうか、日本がそうした歴史的役割を果たすときだと思います。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所、その他著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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