ヘリコプター操縦士は無人機に取って代わられるか(地経学ブリーフィング・吉田規祥)


地経学ブリーフィング No.185 2023年12月27日

ヘリコプター操縦士は無人機に取って代わられるか

地経学研究所 客員研究員 吉田 規祥

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はじめに

2022年12月、政府は、国家防衛戦略において、「無人アセット防衛能力」を防衛力の抜本的強化にあたって重視する能力の一つとして位置付けた。ここでは、無人機が比較的安価であり、人的損耗の局限や長期連続運用ができるといった利点を挙げる。そして、おおむね10年後の2032年度までに、空中・水上・水中等で運用する無人機を我が国の地理的特性等を踏まえて開発・導入し、本格運用の拡大を目指す。また、AI等の先進技術も用いることとしている。これを受け、防衛力整備計画では、装備品を最適化する取組として、陸上自衛隊が保有する対戦車・戦闘ヘリコプター(AH-1S、AH-64D)及び観測ヘリコプター(OH-1)の機能を、多用途/攻撃用無人機と偵察用無人機に移管する大転換を決めた。この移管に際しては、既存ヘリコプターの武装化等によって最低限必要な機能を保持するなど、段階的に進められる。

無人機導入は、陸上自衛隊のみならず海上・航空自衛隊においても取得・検討が進められているが、特定の機種を用途廃止し、無人機にその機能を移管することは大きな政策転換だと言える。他国と比較してもこのような政策決定は珍しい。例えば、すでに陸軍航空兵科に無人機を導入しているアメリカでは、2024年度の国防費に戦闘ヘリコプターAH-64Dを42機(約9億ドル)計上し、有人機の調達を継続している。イギリスでは、2022年7月、国防省が将来の優先課題と投資アプローチの指針を示す「防衛能力フレームワーク」を発表し、「今後10年間で従来のヘリコプターの能力が無人自律システムによって提供されるようになる」との見方を示す一方で、有人の偵察ヘリコプターと攻撃ヘリコプターのデータリンク化事業を推進しており、依然として有人機の運用を継続する方針だ。また、バイラクタルTB2などの無人機を製造・運用するトルコにおいても、有人の攻撃ヘリコプター「ATAK-2」の開発を継続している。

では、政府はなぜこのような大転換とも言える政策決定に至ったのだろうか。また、将来、自衛隊ではすべての有人機が無人機に取って代わられるのか。本論考では、陸上作戦におけるヘリコプターと無人機との関係に焦点をあて、対戦車・戦闘ヘリコプター、観測ヘリコプターの機能を無人機に移管することが日本の防衛政策において何を意味するのか、今後の展望を含めて考察したい。

 

陸上作戦におけるヘリコプターの意義

ヘリコプターは、アメリカ海兵隊によって戦場に本格投入された朝鮮戦争において、偵察や物資輸送、患者の後送によって限定的に地上作戦を支援する役割を担い、滑走路を必要とせずに空中を広域に機動できるその有用性と戦術的価値を示した。ベトナム戦争では、部隊を戦術上有利な地域に展開させる空中機動作戦や攻撃ヘリコプターの実戦投入によって、陸上作戦におけるヘリコプターの活用が進んだ。また、アメリカ陸軍のエアランド・バトル・ドクトリンの下で戦われた湾岸戦争では、攻撃ヘリコプターでの敵地奥深くの縦深目標に対する攻撃や地上部隊の掩護、輸送ヘリコプターでの空中機動によって、地上部隊が活動できる作戦縦深の拡大と機動力の向上が図られた。

ヘリコプターは、技術発展に伴い、航続距離や搭載可能重量が増加し、通信機材、センサー、武器・弾薬を搭載することでその能力と役割を拡大してきた。そして、陸上作戦におけるヘリコプターは、偵察・監視などの「見る」能力、対人・対機甲戦闘などの「撃つ」能力、空中機動・物資輸送などの「運ぶ」能力をもって、地上部隊に対して広域に作戦できる縦深作戦能力を付加し、陸上ドメインにおけるエア・パワーとなっている。

 

現代の戦場における無人機の活躍

アメリカ国防省は、2022年10月の国家防衛戦略(National Defense Strategy)において、敵対者が無人機の開発・装備を推進することに対する脅威認識を示した。ここでは、無人機を探知されにくく、広域に活動でき、巡航ミサイルと同等程度の致死性を有する兵器であると評価している。具体的には、イランが中東最大のミサイル攻撃能力を保有しつつ無人機によってその能力を増強していることや、非国家主体が小型無人機を活用していることなどを挙げる。

敵対者の無人機に対するこのようなアメリカの脅威認識は、裏を返せば、無人機の利点とも捉えることができる。一般的に、無人機の利点は、危険で(Dangerous)、汚く(Dirty)、退屈な(Dull)任務、いわゆる3Dミッションに活用でき、作戦上のリスクを低減できることにあるとされる。しかし、現代の無人機は、リスクの低減といった消極的な側面のみではなく、戦術上の非対称的優位性と致死性といった利点を持つようになったと言える。

2022年2月のロシアによるウクライナ侵略では、対空火器の脅威のためロシア・ウクライナ双方が有人機による航空優勢を獲得できていない一方、無人機による攻撃が多用されている。ウクライナ軍は、ロシア軍による侵攻を受けた当初、トルコ製のバイラクタルTB2によってロシア軍の対空火器、戦車、装甲車などを破壊した。ウクライナ国内へ侵攻していくロシア軍は、侵攻するに従い前線の部隊に補給品を輸送する経路である後方連絡線が長大となり、兵力の密度が相対的に低下したと考えられる。このため、対空火器の脅威下でもロシア軍の前線から後方地域の縦深にわたり攻撃できる無人機は、ウクライナ軍がロシア軍の弱点に攻撃を指向するための有効な手段となっただろう。また、ロシア軍の反撃によってTB2が撃墜されはじめると、ウクライナ軍は安価な小型ドローンを用いた攻撃を多用するようになり、前線における戦術的な攻撃手段としての小型ドローンの有用性を示した。

このように、対空火器などの脅威下で前線から縦深にわたる地域において人的損耗を回避しつつ非対称的な攻撃ができる無人機は、陸上作戦においてその役割を拡大し、不可欠の兵器となりつつある。

 

無人機による代替の意味と今後の展望

陸上自衛隊はこれまでも、射撃の観測のために野戦特科部隊が保有する遠隔操縦観測システム(FFOS)や無人偵察機システム(FFRS)、監視・偵察活動のために情報部隊が保有するスキャン・イーグル2など、主に情報収集手段として無人機を整備・運用してきた。しかし、防衛力整備計画における政策転換が従前の防衛力整備と異なるのは、これまで陸上自衛隊の航空科部隊が有人機で担ってきた「見る」能力と「撃つ」能力を無人機によって代替することと、このような無人機が航空科部隊と前線の地上部隊によって運用される点である。

2023年8月、防衛省は早期装備化実証推進事業として、「警戒監視や攻撃等に用いる陸上自衛隊の新たな無操縦者航空機」と「攻撃に用いる飛翔タイプの小型無人プラットフォーム等」の情報・提案要求書を公表している。前者は比較的大型の固定翼無人機で航空科部隊が運用するものになるだろう。補給統制本部が「多用途UAV(固定翼)概念実証業務委託」の指定事項として、陸上自衛隊航空学校を検証を行う部隊等として指定したことからも、比較的大型の固定翼無人機の運用を航空科部隊が担うことになると予想される。また、後者は自爆又は爆発物の投下によって攻撃する小型ドローンで、前線の普通科部隊等が運用するものだ。

防衛省がこのような大きな舵切りをした背景には、現下の安全保障環境、日本の地理的特性や社会環境の変化があると言える。

防衛省は、「先進的な技術に裏付けられた新しい戦い方が勝敗を決する時代において、先端技術を防衛目的で活用することが死活的に重要」との認識の下、無人機が今後の戦いの鍵になると想定している。ロシア軍に侵攻され、領土を奪回するために無人機を活用しているウクライナ軍の戦い方は、防衛省が無人機の活用を促進する動機付けとなるには十分な実例であった。

また、日本が南西地域における防衛体制を強化する一方で、南西地域に所在する島嶼周辺でのヘリコプターの活動は、遮蔽物のない洋上を飛行しなければならず、島内は隠れられるような地形に乏しいため、対空火器などの脅威に晒されることとなる。このような地理的特性を有する南西地域では、人的損耗のない無人機の利点が活きる。

更に、歯止めのかからぬ少子化に伴う人材確保の問題がある。操縦士となるための航空身体検査に合格できる人材を確保するよりも無人機オペレーターを確保する方が容易であり、人的損耗のリスクも低減できる。

このような日本の特性を踏まえれば、特に対空火器などの脅威が高い前線や縦深地域において活動する対戦車・戦闘ヘリコプター、観測ヘリコプターを無人機に置き換えることは、避けることのできない政策転換だったと言える。

一方、今次の防衛力整備計画で触れられていない「運ぶ」能力を担う多用途ヘリコプターや輸送ヘリコプターはどうか。防衛省は、2023年7月に「自衛隊の物資輸送に供する無人機」に関する情報・提案要求書を公表し、自衛隊の物資輸送に供する無人機に関する検討を進めている。しかしながら、空中機動など隊員を輸送する手段は依然として有人機が担うことになる。前述のイギリス国防省の「防衛能力フレームワーク」においても、将来無人機が果たす役割からは、人を輸送することを除外している。そもそも人的損耗のリスクがないはずの無人機に人を搭乗させることでその利点が相殺されてしまうことや、攻撃を受けるリスクのある戦場において無人機で隊員を輸送することが倫理上問題となり得ることが理由だろう。

このように、防衛省が有人ヘリコプターの機能の一部を無人機に移管する決定に至ったのは、南西地域における防衛体制の強化を図るためやむを得ない選択だったと言える。しかしながら、無人機が戦場において果たす役割が拡大したとしても、空中機動作戦など隊員が搭乗して飛行する役割は引き続き有人のヘリコプターが担うことになる。これは、航空自衛隊の航空救難機などでも同様だ。無人機が今後の戦いの鍵になることは確かだが、単に装備品を置き換えるのではなく、有人機と無人機をいかに連携・運用して作戦を遂行するかが問われる。このため、有人機と無人機の連携を前提とした装備開発と教義(ドクトリン)の作成、そして、このような作戦を遂行できる人材育成が必要となる。

 

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著者


地経学ブリーフィングとは

「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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