反撃能力保有に向けた2つの課題(地経学ブリーフィング・吉田規祥)


地経学ブリーフィング No.181 2023年11月21日

反撃能力保有に向けた2つの課題

地経学研究所 客員研究員 吉田規祥

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2022年12月、政府は、「国家安全保障戦略」及び「国家防衛戦略」において反撃能力の保有を決定し、これを「我が国への侵攻を抑止する上での鍵」と位置付けた。「国家防衛戦略」では、多次元統合防衛力を抜本的に強化し「相手にとって軍事的手段では我が国侵攻の目標を達成できず、生じる損害というコストに見合わないと認識させ得るだけの能力」を保有する拒否的抑止と米国の拡大抑止による核抑止力(懲罰的抑止)を日本の抑止力の主体としている。また、2022年12月に定められた「防衛力整備計画」では、①スタンド・オフ防衛能力、②統合防空ミサイル防衛能力、③無人アセット防衛能力、④領域横断作戦能力、⑤指揮統制・情報関連機能、⑥機動展開能力・国民保護、⑦持続性・強靭性の7つを防衛力の抜本的強化に当たって重視する主要事業として2027年度までに実施することとした。この中で、防衛省は、「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合・・・スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力を反撃能力として用いる」ものとして、統合防空ミサイル防衛能力の整備事業に整理して記載している。

このことから、日本が2027年度時点で保有しようとしている反撃能力は、近年のミサイル技術向上によって相対的に優位性が低下したミサイル防衛体制を補完して、日本の拒否的抑止力を強化するものと解することができる。しかし、反撃能力のコンセプトを具体化するような運用構想や整備方針はない。このため、反撃能力を構築する装備や能力といった輪郭が曖昧であり、解決すべき課題が見えづらい。

本論考では、日本が保有すべき反撃能力について述べ、2027年度に向けて反撃能力を構築する際の課題について考察する。

 

日本が保有すべき反撃能力とは何か

反撃能力の行使は、武力攻撃が発生していない段階で自ら先に攻撃する先制攻撃ではなく、武力の行使の三要件の下で行われる自衛の措置であるが、目標を破壊する行為という意味で「攻撃」だ。攻撃の構造(キル・チェーン)は、攻撃目標を発見・識別・捕捉し、攻撃を判断し、目標を破壊し、その効果を確認する一連の活動から構成される。このキル・チェーンを繋ぎ、2027年度までにミサイル防衛体制を補完し得るだけの一応の反撃能力を持つ必要がある。

では、これまで自衛隊が構築してきたキル・チェーンと異なる点はどこか。四面環海という日本の特性を踏まえれば、反撃能力を行使する場合、数百〜数千km離隔した相手の領域に存在する目標に攻撃することとなる。この地理的特性こそ、これまで自衛隊が前提としてきた日本の領域内における作戦の性質と全く異なるものであり、射撃観測員、偵察機などが活動していない(できない)地域において、攻撃対象となる目標情報を収集しなければならないことを意味する。このような特性がキル・チェーンの「攻撃目標の発見・識別・捕捉」と「効果の確認」の部分に大きな影響を及ぼすと考えられる。

すなわち、日本が保有すべき反撃能力には、長射程ミサイルや攻撃を判断する指揮統制能力に加え、「相手の領域において」目標を発見・識別・捕捉し、攻撃の効果を確認するためのISRT(情報、監視、偵察、ターゲティング)アセットと情報処理・伝達能力が不可欠だと言える。

 

キル・チェーンにおけるスタンド・オフ・ミサイルと常設統合司令部

2018年12月、政府は、「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱」等においてスタンド・オフ防衛能力の獲得を決定し、長射程ミサイルの導入に向けた防衛力整備を進めてきた。防衛省は、スタンド・オフ・ミサイルの取得を一部前倒し、2025年度にはトマホーク(ブロックⅣ)を、2026年度にはトマホーク(ブロックⅤ)、12式地対艦誘導弾能力向上型(地発型)と島嶼防衛用高速滑空弾(ブロック2A:能力向上試作型)を取得する予定である。また、JSM、JASSM-ERの取得、その他のスタンド・オフ・ミサイルの開発についても2024年度概算要求に計上した。2027年度には、試作型も含めてスタンド・オフ・ミサイルを陸海空の各プラットフォームから発射できる態勢となる見込みだ。

また、トマホークが海上自衛隊イージス艦から発射される対地ミサイルであることや、12式地対艦誘導弾能力向上型(地発型)が陸上自衛隊野戦特科部隊の地上発射装置から発射される対艦ミサイルであることを踏まえると、キル・チェーンを構築するには統合・領域横断的な指揮統制能力の保有が鍵となる。この点に関しては、2024年度に常設の統合司令部が新編され、陸海空自衛隊を一元的に指揮することとなる。常設統合司令部が反撃能力の運用を担任するとは明示されていないものの、「防衛力整備計画」において「反撃能力の運用は、統合運用を前提とした一元的な指揮統制の下で行う」とされていること、反撃能力の行使は領域を横断することなどから、常設統合司令部が反撃能力行使に関する実務上の指揮統制を担うことになろう。

 

ISRT(情報、監視、偵察、ターゲティング)アセット等整備の課題とは

反撃能力を構成するISRTアセットは、地理的特性によって衛星や無人機などに制限される。衛星に関しては、内閣衛星情報センターが基幹衛星4機に加え、2026年度から2028年度にかけて4機の時間軸多様化衛星を打ち上げ、監視対象の動体的監視能力の強化を図ることとしている。これに加えて、防衛省は、「防衛力整備計画」において「米国との連携を強化するとともに、民間衛星の利用等を始めとする各種取組によって補完しつつ、目標の探知・追尾能力の獲得を目的とした衛星コンステレーションを構築する」としている。また、広範囲に活動できる無人機としては、航空自衛隊が保有するグローバル・ホーク(RQ-4Bブロック30i)、そして、無人機ではなく使い捨ての誘導弾扱いになると予想されるが、2027年度までに開発予定の目標観測弾がある。

このように、政府は、日本独自による構築、米国等との連携強化、そして民間衛星等の活用を含めて衛星コンステレーションを構築し、広域、高頻度、高精度な情報収集態勢の確立を目指す。加えて、一部の無人機などは反撃能力のためのISRTアセットとして活用の可能性がある。

しかし、ISRTアセットに関する防衛力整備については、反撃能力のためのキル・チェーンを構成する一部として見れば、いくつかの課題が存在する。

第一に、有事において、日本が主体的に判断し得る情報収集の態勢・体制が構築できるかという点だ。米国等との連携強化は必要だが、日本が反撃能力を行使して相手国に攻撃を加える以上、目標情報の正確性を独自に検証できる能力は不可欠となる。また、戦闘員・軍事目標と文民・民用物とを区別する基本原則(軍事目標主義)やコラテラル・ダメージ(付随的損害)を最小限にするための予防措置を定めた国際人道法の確実な履行のためにも、他国に依存しない独自の情報収集能力とその処理能力は必要だ。

しかしながら、独自の情報収集態勢を確立する上では、民間の衛星運用事業者が有事においても安定的かつ優先的に政府、自衛隊に対してサービスを提供できるかが問題となる。例えば、民需や防衛省以外の官需による需要過多や衛星破壊衛星(キラー衛星)などを用いた相手国からの恫喝による影響が考えられる。

このため、米国等との連携強化や政府の情報収集衛星の態勢強化に加え、民間衛星のリモートセンシングなどのサービスを政府、自衛隊が安定的かつ優先的にアクセスできる枠組みの整備が必要となる。防衛省が既に取り組んでいるXバンド衛星通信整備事業のように、衛星運用事業者とのPFI契約締結や事態対処法における指定公共機関への衛星運用事業者の指定など、官民の役割分担を明確にして安定的な情報収集態勢を構築することが一案だろう。

第二に、反撃能力の運用構想、特に攻撃対象の具体化が不十分であるという点だ。政府は、反撃能力の対象を「武力攻撃の規模、態様等に応ずるものであり、一概に述べることは困難」としている。しかし、情報収集手段や能力は、収集しなければならない目標情報の性質に応じて異なる。例えば、移動式ランチャーなどの移動目標を攻撃対象とする場合にはリアルタイムで目標を捕捉しなければならず、高い観測頻度(時間解像度)が求められる。また、地上目標と海上目標とでは、有効な情報収集手段・能力が異なる。さらに、デコイを用いた欺騙にも考慮が必要だ。

このため、反撃能力の運用構想を具体化し、能力保有に向けて構築すべき情報収集手段・能力を明らかにすべきだ。この際、リアルタイムの目標捕捉やデコイを用いた欺騙の看破など、衛星のみによる情報収集では限界があるため、衛星、無人機などのそれぞれの特性を活かした役割分担や連携利用を念頭に議論を進めることが必要だ。また、反撃能力が相手の領域に対して行使されるという特性から、攻撃目標の決定は戦術的妥当性のみに留まらず、政治的な判断があり得る。こうしたことからも、反撃能力の運用構想の具体化に当たっては、防衛省内だけでなく、様々な階層で議論をしておくことが必要だろう。

 

実効性ある反撃能力の構築に向けて

政府は、2018年12月の「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱」において、宇宙・サイバー・電磁波といった新領域における能力の獲得・強化を重視し、情報収集衛星・商用衛星等を活用した情報収集・分析機能の強化を図ってきた。だが、これまで政策判断として保有してこなかった反撃能力を保有するという重要政策の転換と、これに伴う作戦上の特性の変化は、衛星や無人機などに手段が制限される環境下での攻撃目標の発見・識別・捕捉に係る能力強化を求めるようになった。

特に、日本独自の情報収集態勢の強化と反撃能力運用構想の具体化による着実な防衛力整備は、キル・チェーンの繋がった実効性ある反撃能力を構築する上で解決すべき課題だろう。スタンド・オフ・ミサイルを取得するのみでは、反撃能力を保有したことにはならない。

我が国の防衛上重要なことは、反撃能力の構築を含めた抑止力・対処力の着実な強化によって、相手国に武力攻撃の意思を萌芽させないことである。

 

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著者


地経学ブリーフィングとは

「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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