広島サミット影の主役・中国が描く国際秩序とは(江藤名保子・地経学ブリーフィング)


「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/673729

「地経学ブリーフィング」No.156

(出典:新華社 / アフロ)

2023年5月22日

広島サミット影の主役・中国が描く国際秩序とは - G7は「法の支配」の理念を打ち出せたか

地経学研究所上席研究員兼中国グループ・グループ長
学習院大学法学部政治学科教授 江藤名保子

 
 
 
 
 

【連載第4回:G7広島サミットの焦点】

5月19日から21日にかけて広島で開催されたG7首脳会合では、ロシアのウクライナ侵攻に対する否定的見解を改めて示すとともに、いわゆるグローバル・サウスと呼ばれる発展途上国・新興国との協調を強化するための方策を示すことが期待された。

いずれのテーマにおいても、実は「中国との距離」が隠れた主要命題であった。ロシアとウクライナの調停役を中国に期待するのか、あるいは中国の経済的リスクと経済的魅力をどのようにバランスさせるのか。G7間で緊密に連携すると謳いながらも、各国の思惑は交錯している。

各国の見解を分かつのは、中国の国際的な影響力をどう評価するかという現状認識と、国際秩序のなかで中国にどのような役割を担わせるかという長期的な戦略の相違であろう。習近平政権が大国としてグローバル・ガバナンスをリードする意思と能力を強調し、幅広い外交攻勢を展開するなかで、G7サミットの戦略的着地点はどこにあったのか。
 

調停外交を演出する中国の思惑

対中政策においてG7諸国が足並みを揃えるためには、中国外交の実力と方向性を適切に評価する必要がある。だが情勢は流動的である。この数カ月、中国は調停外交を積極的に展開して一定の期待を集めるようになった。

3月10日にはイランとサウジアラビアの外交関係の正常化を中国が演出し、世界を驚かせた。また3月20日から習国家主席がロシアを訪問してプーチン大統領との首脳会談を実施。2月に「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」を発表していたことから、一部でウクライナ戦争においても中国が一定の仲介を担う可能性があるとの期待を呼んだ。

4月26日には習主席がゼレンスキー・ウクライナ大統領との電話会談を実施して「中国は速やかな停戦と平和回復のために努力する」と述べ、5月にウクライナ、ロシアを含む5カ国へ特別代表として元駐ロシア大使を派遣した。

一連の動きは、イラン・サウジアラビア関係の仲介を成功体験として、ロシア・ウクライナ問題でも中国が役割を果たせるとの国際社会の期待を、自ら醸成することを狙ったものだろう。

もう1つ、中国が注力するのがアフガニスタン問題である。4月12日に中国外務省は11項目からなる「アフガニスタン問題に関する中国の立場」を発表し、この地域における「アメリカの責任」を名指しで批判、「一方的な経済制裁」や「外部勢力の関与と浸透」への反対を示した。

秦剛外相はサマルカンドでの第4回アフガニスタン近隣諸国外相会議(4月13日)、イスラマバードでの中国・パキスタン・タリバン暫定政権の外相三者会談(5月6日)に連続参加し、アフガニスタンの安定化に寄与する姿勢を示して国際世論にアピールしている。

さらに秦剛外相は5月2日、中国外相としては初めてクーデター後のミャンマーを訪問した。ミンアウンフライン総司令官と会談して「中国はミャンマーと共にある」ことを強調するとともに、隣国バングラデシュとの関係改善を支援すると述べている。

中国はヨーロッパ、中東、東南アジアの各地域が抱える問題に積極的に関与する姿勢を示している。問題解決にいたる可能性はいずれも高くはないが、中国が関与することで情勢が変化するかもしれないという「期待」を関係各国から得ることができる。つまり、国際社会における中国のプレゼンスを高めるための布石を打っていると考えられる。
 

中国が描く国際秩序と3つのイニシアティブ

外交攻勢をかける中国が世界ビジョンとして示すのが「人類運命共同体」であり、そのための3つのイニシアティブである。

「人類運命共同体」は読んで字のごとく、全人類のための素晴らしい未来、すなわち「持久的平和、普遍的安全、共同繁栄、開放的・包容的、クリーンで美しい世界」を構築しようと呼びかけるフレーズである。端的にいえば、世界のために尽力する中国というイメージを形成するための宣伝工作であり、目標である。

中国の論理では、「人類運命共同体」を最終目標と設定して、これを支える外交イニシアティブの3本柱がある。

それが「グローバル発展イニシアティブ(Global Development Initiative: GDI)」「グローバル安全保障イニシアティブ(Global Security Initiative: GSI)」「グローバル文明イニシアティブ(Global Civilisation Initiative: GCI)」で、順に2021年9月、2022年4月、2023年3月に習主席が自ら提起した。

さらに「一帯一路」構想(Belt and Road Initiative: BRI)がこれらの具体的な実施手段と位置付けられている。

3つのイニシアティブのうち、最も実効性があるのがGDIである。筆者が過去の地経学ブリーフィング(「中国の民主主義と人権の「認知戦」に要警戒なワケ-習近平政権による「話語権」と価値の相克」)で論じたように、GDIにおける「発展(development)」は中国が経済力を介して影響力を発揮するうえでのキーワードである。

国連の「持続可能な開発(sustainable development)のための2030アジェンダ」を焼き直しているうえ、中国における「生存権と発展権が第1の基本的人権」という独自の人権概念にもリンクしている。つまりGDIは中国がかねて実施してきた外交戦略に基づいたナラティブ(語り)であり、また「経済的発展の重視」という主張はグローバル・サウス諸国にとって受け入れやすいものだ。

他方でGSIやGCIは、安全保障や価値における中国の実力に鑑みれば、理念先行型のナラティブと言わざるをえない。

ではなぜ、習近平政権は実力以上の国際ビジョンを掲げるのか。基本的には、アメリカとの関係において優勢に立つための国際世論戦の一環であろう。ただし単なる宣伝活動とは言い切れない。

2022年4月に発表したGSIについて、中国外務省は2月21日に改めて「グローバル安全保障イニシアティブ・コンセプトペーパー」を発表し、統合的な安全保障概念として再提起した。要点として挙げた6項目の1つに「国家間の溝や紛争の対話と協議を通じた平和的方法による解決を堅持」が含まれていることは注目に値する。

現場にいる外交関係者にとってGSIは実現すべき外交目標と認識されていると考えられる。つまり中国の積極的な調停外交の背景には、こうした理念とリンクした国内の政治環境の変化があるのだろう。
 

中国を念頭においた戦略的コミュニケーション

理念先行の外交とはいえ、中国が積極的に「国際平和」にコミットする姿勢をみせるなか、G7はどのような発信をするべきか。

注目すべきキーワードは、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序(the free and open international order based on the rule of law)」である。

これまで日本を含むG7各国はしばしば「ルールに基づく国際秩序(rules-based international order)」という表現を共通概念としてきたが、4月のG7外相会議からは「法の支配(rule of law)」がキーワードとなってきた。

一見すると技術的な表現の調整のようにみえるが、実は「ルールに基づく国際秩序」という際のルールは誰が決めるのか、既存の国際秩序は先進国に有利なので改変が必要ではないかといったグローバル・サウスの不満をかわす意図がにじむ表現の変更である。

さらに中国政治において「法の支配」の主張は、共産党の一党独裁体制への批判を含意する。中国には法治のあり方を示す、「依法治国(法による治国)」という政治用語があるが、その実態はrule of lawではなく、rule by law(法を用いた統治)だとする解釈が定着している。中国政府は「法の支配」を否定はしないものの、実態として統治者(governor)である共産党政権が法(law)よりも上位に位置するためである。

「統治者もまた法の支配のもとにあるべきだ」という提言は、独裁や権威主義への牽制であるとともに、国際世論を「価値の競争」から誰もが受け入れるべき「原則」論に引き戻す試みである。これは国際秩序のあるべき方向性を指し示す建設的な発信であり、リベラルな規範を共有するG7ならではのメッセージと評価できる。

グローバル・ガバナンスの行方を決するのは経済力や軍事力のハード・パワーだけではなく、その理念に根源的な力があることを忘れてはならない。
 

(おことわり)地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
 

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