米国の対中半導体輸出規制強化がもたらした衝撃(徳地立人)


「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/654645

「地経学ブリーフィング」No.144

(画像提供:AP/アフロ)

2023年2月27日

米国の対中半導体輸出規制強化がもたらした衝撃 - 中国は侮れないが、最先端半導体は「勝負あったか」

アジア・パシフィック・イニシアティブ シニアフェロー 徳地立人

 
 
 
 
 

【特集・中国の経済安全保障(第3回)】

昨年10月、アメリカのバイデン大統領は対中半導体輸出規制強化策を発表した。

決定したのは以下の2項目だ。

1) 回線幅16/14ナノ以下のロジックやメモリーなど最先端半導体およびその製造設備
2) スパコンの開発・製造に必要な製品および技術などを禁輸すること
制裁は第三国経由や米国籍技術者も含まれ、先端チップ、スパコン技術が事実上中国に移転できないようになった。

フィナンシャル・タイムズ(FT)のエドワード・ルースは「歴史はバイデン氏のこの動きを米中対立が決定的になった瞬間として記録するだろう」([FT]米規制で台湾有事の恐れ 今や中国の政権交代も視野/日本経済新聞電子版2022年10月28日配信)と指摘し、追い込まれた中国による「台湾有事の恐れ」を懸念した。この規制強化策が中国の半導体産業にどう影響を与えるのか、中国の経済安全保障の視点から考えてみたい。
 

中国の半導体産業育成政策

中国は早くから半導体産業の育成を重視していたが、経済安全保障の視点から、製造技術の自立を明確にしたのは、習総書記が就任して間もなく、「国家集積回路産業発展推進綱要」を発表した2014年頃からだ。国を挙げての半導体の国産化、産業化を促す内容で、その背景には数億人規模での携帯電話の普及、ネット企業やIT産業の急成長による膨大な需要(世界需要の29%)があった一方、「自国産」チップのシェアは4%という厳しい状況があった。

万一、アメリカなど西側の輸出規制により、半導体の輸入が中断された場合、中国のエレクトロニクス産業のみならず、あらゆる産業に深刻な打撃を与えると懸念されていた。

半導体輸入額が原油を大幅に上回った2015年に「中国製造2025」が公表された。 半導体はその中心的位置づけとして、2020年までに14/16ナノチップを量産化して自給率、世界シェアをそれぞれ49%、43%に上げ、さらに2030年までに産業全体を国際先進水準に引き上げ、自給率、世界シェアをそれぞれ75%、46%にするという高い目標が掲げられた。
目標達成のため、政府は「国家集積回路産業発展投資基金」(通称「大基金」約2兆7000億円)を開設、政策銀行や地方政府による金融支援や課税優遇措置も大々的に行われ、利益の出ない半導体関連企業にも株式市場における資金調達が許された。全国の半導体関連産業におびただしい資源の投入が行われたが、資金用途の中心は海外からの資材調達やアメリカ、台湾からの人材獲得だ。世界の半導体関連企業は中国需要に沸いた。

しかし、2020年の目標は実現しなかった。14/16ナノチップの量産体制はできず、自給率も2022年末で20%前後だ。理由は、「杜撰な投資と腐敗」と「技術の習得難」にあった。
 

杜撰な投資と腐敗

大基金の約2割が「産業生態建設」という名目で不動産投資に用いられたことや、発起人の紫光集団への投資(総額約5800億円)が管理不能のため破綻したことなど問題が多発した。裏には背任や癒着があるとされ、昨年7月には紫光集団趙偉国元董事長をはじめ、工業&デジタル部長、大基金総経理などが拘束された。その余波により、大基金の次期募集はまだ詳細が公表されていない。無論、機能した投資もあっただろうが、疑惑付や杜撰な投資があったことは関係者も認める。
 

「技術」の習得難

半導体産業の特徴の1つは生産工程が複雑でサプライチェーンが非常に長いことにある。それぞれの工程における技術集積度が高いため、市場が大きい割には分野ごとの寡占状態が進んでいる。

例えば、先端メモリーは韓国企業2社が44%、先端プロセッサーは台湾のTSMCが92%、製造装置ではオランダのASML、米アプライドマテリアライズ、東京エレクトロンなど5社が独占、ハイエンドの半導体設計ソフトはアメリカがほぼ握っている。

また、これら寡占企業もコア技術は核心分野に限られ、多くは他社の技術に頼っている。従い中国企業が資金だけで競争に食い込むことは難しく、それを短期間で成し遂げようとした点にそもそも無理があった。
 

大きかった一連の「対中半導体・ハイテク規制」の影響

もう1つ重要な原因としてアメリカの対中半導体・ハイテク規制があった。

急速な軍事強国化に伴い、「いかに中国の軍事強国化を抑制するか」はワシントンのコンセンサスになっていた。2018年、トランプ大統領は北朝鮮やイランなど制裁国家への輸出や「軍民融合」疑惑を理由にZTE、ファーウェイ、SMICなど大手通信機や半導体メーカーへの厳格な輸出制裁を行った。それも計画を大きく狂わせた。
 

核心はグラフィック・プロセシング・ユニットの禁輸

このたび、アメリカが目を付けたのは急成長する中国のAI産業だ。もしこの分野でアメリカが中国に負けることがあれば、中国はあらゆる分野で効率を飛躍させ、アメリカを凌駕するに違いないからだ。2022年10月に発表されたアメリカ国家安全保障戦略では、人民解放軍が「宇宙・対宇宙・サイバー・電子・情報の能力を急速に進歩させ統合」させているとし、そのコア技術としてAIを中心とするコンピューティング技術を挙げている。

実際、中国のAI産業の成長はすさまじかった。中国のAI事情を熟知する台湾出身の李開復は、著書『AI世界秩序』(2018年)において、「現在中国の自律型AIの実力は圧倒的にアメリカに遅れているが、(GPUの)画像認識などの最新技術が急速に広まれば、5年後には自律走行車の米中格差はなくなり、自律型ドローンなどハード型用途では中国が優位に立つ」と予測、「ビッグデータの優位性」や「優秀なAIエンジニアの存在」を考えると「今後AIの恩恵を最も受けるのは、中国だろう」と述べている。

しかし、GPUの急速の広まりを予想した李だったが、「入手不可」は想定外だった。GPUは「画像認識から自走運転に至るあらゆるものの中核」になる最先端チップだ。現在はテレビゲーム機用からスタートしたアメリカのエヌビディアの寡占状態だ(生産はTSMC)。
2月1日、習総書記は「挙国体制で科学技術の自立に努め、外国による『チョークポイント攻め(卡脖子)』を解決する」と述べたが、GPUは正にこの「チョークポイント」にあたり、その製造技術の禁輸により、アメリカは「中国のAI先進軍事国化阻止」を見込む。

『CHIP WAR』の著者クリス・ミラーは、この規制により中国のキャッチアップは「少なくとも5年、10年でも困難」と予測する。これは中国の「強国の夢」の実現にとって大きな痛手だ。
 

中国半導体産業の将来像

しかし、それにより中国の半導体産業全体が衰退すると見なすことは早計だ。なぜならば、今回の対中規制強化策はスパコンや高度なAIに使用されるGPUなど14/16ナノ以下の「先端半導体」が対象で、技術的に成熟している「汎用半導体」は対象にならないからだ。

「先端半導体」は1チップ当たりの値段は高いが、市場シェアは数%以下と言われ、市場ニーズが多いのは絶対的に「汎用半導体」だ。従い、今後「汎用半導体」やその関連装置への大々的な制裁の可能性は薄い、やれば膨大な中国需要が失われ、西側もすさまじい返り血を浴びることになるからだ。

中国は目下、「汎用チップ量産化」に舵を切り、先端半導体の開発は「調整再出発」を期している。14ナノチップの量産体制を目指したSMICは、28ナノの量産強化に入り、今やファウンドリー世界シェア5.3%(5位)に急上昇、国内二位の華虹も急速に同レベルの量産体制を作りつつある。

技術開発力が抜群のファーウェイは自力で半導体エコシステムへ重点投資を加速、数年後の成果に注目が集まる。創造力豊かなAIの企業家たちは豊富なビッグデータをベースに、汎用チップを駆使しながら、今なお中国社会に変化を起こし続けている。中国はこれからも侮れない。
 

臥薪嘗胆

対中半導体規制強化策の実施により「台湾有事」を連想したルースの判断は少し極端に思える。事態打開のため、中国が台湾侵攻することは考えにくい。例え侵攻が成功してもサプライチェーンが世界に広がる「先端半導体」を得ることはできないからだ。

それでは「『敵』に使わせないために侵攻しないか」との疑問は残る。それもコストが高すぎて合理的に考えれば、ないだろう。厳しい経済制裁により中国の「双循環経済」(国内外の経済を有機的に循環させる戦略)は崩壊するからだ。

中国は「制裁強化」に対しWTOに提訴したが、極端な反応は見せていない。筆者は、それを中国が「制裁」の厳しさを十分理解し、同時に今はどんなにあがいても「事態は変わらない」、臥薪嘗胆の時期と認識しているからだと見ている。
 

(おことわり)地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
 

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