自衛隊「常設統合司令部」は「屋上屋」か? (上・下)


(画像提供:航空自衛隊)

本稿は、Foresight(フォーサイト)にも掲載されています。
https://www.fsight.jp/articles/-/49473
https://www.fsight.jp/articles/-/49474

自衛隊「常設統合司令部」は「屋上屋」か? (上):スタンド・オフ防衛能力の統合運用から考える


小木洋人

主任研究員

2023年1月13日

東日本大震災などの経験から、防衛大臣に対する統合幕僚長の補佐機能に課題が生じることが理由とされがちな「常設統合司令部」創設だが、さらに重要な論点がある。その最たるものが「スタンド・オフ防衛能力」だ。行使能力を有する主体が陸海空自衛隊にまたがり、戦場では部隊間連携や友軍相撃の回避が不可欠であり、防衛力整備の観点では必要アセットが陸海空をまたいで保有されるこの能力獲得のために、「常設統合司令部」は鍵となるファクターだ。

 2022年12月16日、国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画から成るいわゆる戦略3文書が発表された。戦略3文書は、反撃能力やスタンド・オフ防衛能力、無人アセット防衛能力等の強化を掲げるとともに、今後5年間で43兆円の防衛力整備に係る経費額を記載した。また、同年12月23日に閣議決定された令和5年度政府予算案においては、防衛関係費として前年度比約26.3%増となる約6.8兆円を計上し、12式地対艦誘導弾能力向上型や米国製ミサイル・トマホークの取得を始めとする各種大型事業を盛り込んだ。

これほどまでに多くの施策や事業が記載されると、通常であれば大きく取り上げられる個別アイテムについての検証・レビューがそれほど注目を集めずなおざりになりやすい。国家防衛戦略と防衛力整備計画が掲げた常設統合司令部の創設もそうした施策の一つであるが、その影響や重要性を踏まえれば、決して見落としてはいけない論点である。

本稿では、常設統合司令部創設の方向性について、新たに獲得するスタンド・オフ防衛能力等との関係に焦点を当てつつ考察してみたい。
 

■ 「臨時」ならば現行自衛隊法でも可能

武力行使を含め、自衛隊の実動任務(行動)は、統合運用が基本となっている。内閣総理大臣と防衛大臣は、自衛隊法第22条の規定に基づき、事態の種類に応じ自衛隊に出動を命じた場合、陸海空自衛隊のうち2つ以上の自衛隊にまたがるものを含め、特別の部隊を編成することができ、特別の部隊の運用に関する指揮は、統合幕僚長を通じて行うこととされている。編成された特別の部隊の指揮官は、しばしば「統合任務部隊指揮官」と呼称され、陸海空自衛隊の高位の指揮官が兼ねて充てられる例が見られる(例えば、空自の航空総隊司令官が弾道ミサイル防衛を担う「BMD統合任務部隊指揮官」として統合任務部隊を指揮するような例がある)。そしてそのような統合任務部隊指揮官への防衛大臣の指揮は、統合幕僚長によって執行されることになる。その意味で、事態に応じて非常設(臨時)の統合司令官(部)を設置することは、既に自衛隊法上可能となっている。

一方、国家防衛戦略は、「統合運用の実効性を強化するため、既存組織の見直しにより、陸海空自衛隊の一元的な指揮を行い得る常設の統合司令部を創設する」ことを掲げている。臨時ではなく常設で統合司令部(官)を設置する意義はどこにあるのか。その理由として、統合幕僚長経験者は、防衛大臣の補佐や政府内他機関等との 同時並行的な調整が必要とされた東日本大震災等における対応をもとに、防衛大臣を補佐する統合幕僚長とは別に、平素から自衛隊全体を把握し、複雑な事態に対応するため、自衛隊の運用に専念する常設の統合司令官の必要性を訴えている[1]。

しかしながら、各種報告に忙殺されて自衛隊の運用に専念しづらいことと、統合幕僚長とは別の統合運用に関する組織が必要となることとは別の問題である。そもそも、防衛大臣の補佐は統合運用に関する防衛大臣への「最高の専門的助言者」として位置付けられている統合幕僚長の本来任務とも言うべきものである。また、統合幕僚監部には統合幕僚長を支える高位の統合幕僚副長も存在する。したがって、統合運用の調整を一元的に行う統合幕僚監部という幕僚組織は維持しつつ、これに属する高位将官の数を増やし、増大する報告・調整案件や複雑さを増す任務に対応するという代替案も論理的にはあり得る。

そして、仮に統合司令官(部)を創設したとしても、当該司令官が防衛大臣や官邸への報告・命令なしに部隊運用を自由に行うことができるわけではない。軍事史家のローレンス・フリードマンは、新著『Command(指揮): The Politics of Military Operations from Korea to Ukraine』において、部隊指揮官と戦争や政治との関係について多数の事例に基づき論じているが、そこでは、例えば、2001年に開始されたアフガニスタン戦争では、作戦を統括するトミー・フランクス米中央軍(CENTCOM)司令官がジョージ・W・ブッシュ大統領に作戦計画を説明するためホワイトハウスに赴いたり、作戦計画の詳細を管理したがるドナルド・ラムズフェルド国防長官の性急な指示に苦慮したりする様子が描かれている[2]。軍事作戦は政治的な重要性を帯びるものであり、程度の差やその良し悪しの評価はさておき、いかなる国でも政治指導者と軍事指揮官の間のやり取りは発生する。政治と切り離され部隊運用のみに専念できる司令官ポストという考え方は幻想であろう。

したがって、官邸や防衛大臣の補佐任務等の増大と常設統合司令官創設の必要性を直接結び付けるのは、論理的な飛躍がある。そうした任務が増えているのであれば、むしろ統合幕僚監部自体の機能的・量的拡大を図る必要がある。一方、統合司令部(官)の必要性は、陸海空自衛隊をまたいでそれら部隊を直接指揮・運用する任務あるいはその重要性の増大によって裏付けられなければならない。そして、それが臨時ではなく常設で保持しておかなければ機能しないものであることが必要だ。

このように統合司令部(官)創設の必要性の議論が整理されていないことが、「結節が一つ増えるだけ」との懸念や「屋上屋を重ねる」との批判が提起されて議論が混乱している主たる要因であると考えられる[3]。

■ スタンド・オフ防衛能力の運用に必要となる理由
では、陸上総隊司令官、陸自各方面総監、自衛艦隊司令官、航空総隊司令官といった陸海空作戦部隊の最高位指揮官が事態に応じて兼ねて務めるのではない、常設・専従の統合司令官(部)が必要となる事情はどこにあるだろうか。

まず前提として、広大な管轄地域ごとに割り振られた責任区域(AOR: Areas of Responsibility)を有する米軍地域別統合軍司令官とは異なり、自衛隊が有事の際に対処する作戦区域は日本全体となる可能性が高く、地域ごとの常設統合司令部を保持する政策上、運用上の必要性は高くない。したがって、日本において同様の仕組みを構築するのであれば、司令部(官)は日本全土の防衛を担当する単一の機構となるだろう。

その上で、一口に統合運用といっても、陸海空自衛隊の部隊がそれぞれの自衛隊の高位指揮官の指揮を受けて、他自衛隊と時間的あるいは空間的に棲み分けられた形で任務を遂行する場合、常設により統合運用に特化した専門的機能を有する司令部を通じた指揮の必要性は高くはならない。例えば、弾道ミサイル防衛の場合、これまで海自イージス艦がミッドコース段階の迎撃を、空自ペトリオット部隊がターミナル段階の迎撃をそれぞれ分担しており、情報集約・共有や指揮は一元化する必要があるものの、必ずしも平素から立ち上がっている統合司令部がなければ運用できないというものではなかったと思われる。

ところが、今後抜本的強化が掲げられているスタンド・オフ防衛能力は、既存の自衛隊の能力・任務とはやや性質が異なる。

第一に、時間的、空間的にそれを行使する能力を有する主体が陸海空自衛隊にまたがることとなる。今後導入する射程延伸型12式地対艦誘導弾は、陸自が保有することとなる地上発射型だけでなく、海自・空自が保有することとなる海上発射型、空中発射型もある。同様に、対地攻撃用となるであろう島嶼防衛用高速滑空弾、極超音速誘導弾(対艦兼用)は陸自が保持する一方、トマホークは海自が、F-35に搭載するJSM(対艦兼用)、F-15に搭載するJASSMは空自がそれぞれ保持することとなる。もちろん、それぞれの射程に応じて同じ対艦用・対地用ミサイルでも時間的・空間的な役割は多少異なるものになることが想定されるが、実際の運用段階では、攻撃目標が重複する可能性も高く、タイムリーで無駄のない運用を行うためには、陸海空自衛隊のアセット運用を最適な形で統合することが必要となる。

第二に、その帰結として、スタンド・オフ防衛能力の行使に当たっては、それを行使する側の航空・ミサイル部隊等とその前方で戦闘を行う部隊の連携と友軍相撃の回避が重要となる。

湾岸戦争時、米軍においては、陸軍が地上部隊前方に空軍との火力発揮の棲み分けのために引く火力支援調整線(FSCL: Fire Support Coordination Line)を巡って、陸軍と空軍、中央軍司令部との間の連携不良が生じ、イラク軍地上部隊への対地攻撃が不十分となって多くを取り逃がす事態が発生したとされる。FSCL以遠の領域において、空軍は陸軍との調整を要さず自由に対地攻撃を行えるが、その内側の領域では陸軍も攻撃ヘリなどにより火力発揮が可能であるため、空軍が対地攻撃を行う場合、友軍相撃の回避や火力発揮最適化のため、陸軍との調整を要することとなる。湾岸戦争では、地上部隊の前進の速さを見込んでその遥か前方にFSCLを引いたことにより、空軍が臨機応変にFSCLの内側に所在するイラク軍を攻撃できず、空爆の空白地帯が生じたのである[4]。米空軍によると、同様の事例は、イラク戦争においても発生したとされている[5]。

ただし、湾岸戦争やイラク戦争とは異なり、日本有事の場合、想定される主な戦域は陸上より広域に及び、友軍の識別が比較的容易な海上であると考えられるため、その場合に必ずしも陸上と同様に前線における画一的な火力調整の仕組みが課題となるわけではない。

むしろ、広域の海上・航空作戦においては、空域を含む三次元での戦闘空間の管理・指揮統制が重要となってくる。例えば、政府が導入を進めるスタンド・オフ・ミサイルのうち、島嶼防衛用高速滑空弾の飛翔高度は、大気圏外まで到達する通常軌道の弾道ミサイルより低い大気圏内を飛翔し、また、スクラムジェット推進の極超音速誘導弾は、その滑空弾よりも低い高度を飛翔することがイメージされている[6]。今後の開発状況によって詳細な性能が固まらないと確定的には言えないが、ミサイルの上昇段階や下降段階で、これらのミサイルよりも更に低い高度で飛行する空自の戦闘機や空中給油機等の運用と干渉しないよう、空域の調整などの統制措置が必要となる可能性がある[7]。

また、スタンド・オフ・ミサイルと同様に、無人機についても、今後、陸海空自衛隊それぞれが保有することとなるが、戦闘機よりやや低い高度で飛行するであろう中高度滞空型無人機を戦闘機と同時に運用する場合、ミサイルの斉射などの際に、両者の干渉を回避するための統制も必要となるだろう。こうした課題は、米国等による対ISIL(「イラク・レバントのイスラム国」)空爆においても認識されており[8]、今後、日本も有人戦闘機、無人機、ミサイルを同じ戦域で運用する場合、統合の視点で最適なアセットの棲み分けを行うための専門的司令部機能の必要性が高まると考えられる。

第三に、防衛力整備計画は、スタンド・オフ防衛能力の実効性を確保する観点から、目標情報収集、探知・追尾のための衛星コンステレーションの利用や、無人機、目標観測弾等の整備を行うこととしている。ミサイル自体の整備と合わせれば、これらにより、地上及び海上目標の探知からターゲティング、破壊に至るまでの一連のキル・チェーンに必要なアセットが、陸海空自衛隊をまたいで保有されることとなる。そうだとすれば、一つの自衛隊の中でそのサイクルが完結するケースは想定しにくい。逆に言えば、スタンド・オフ防衛能力のキル・チェーンを回すのには最初から統合運用を前提とするほかなく、その指揮統制のため専門的な要員を保持しておくことが望ましい。

第四に、日本が反撃能力やスタンド・オフ防衛能力を行使するに当たっては、日本に足らざる機能を中心に、日米での共同運用を考える必要がある。国家防衛戦略や防衛力整備計画は情報収集や目標のターゲティングなどの分野において日米共同運用の推進を掲げているが、これら部隊運用に直結する情報共有は、軍種ごとのみならず、平素から一元化された司令部間で行われることが望ましい。

自衛隊「常設統合司令部」は「屋上屋」か?(下):陸海空司令部の機能見直しは不可欠

2023年1月13日

現代の戦争では、情報収集・通信技術がハイレベルの指揮官や政治指導者による集権的な指揮を可能とする一方で、現場のハイテンポな展開は分散・非集権的な作戦実施の必要性を高めている。この一種の矛盾を解消しながら作戦を遂行するにはコマンド・チェーンの最適化が求められるが、単に「常設統合司令部」を設けるだけではその目的は果たせない。

■ 平時から有事への「切れ目のない対応」という課題
第1に、新たな戦い方や部隊に必要な装備品の開発が間に合っていない。ロシアとのINF(中距離核戦力)禁止条約により、米国は長 このように、自衛隊がスタンド・オフ防衛能力を保有した場合、従来の自衛隊の運用より更に高度で平素からの専門的知見の蓄積が必要な統合が求められる可能性が高い。防衛力整備計画において、スタンド・オフ防衛能力等を活用した「反撃能力の運用は、統合運用を前提とした一元的な指揮統制の下で行う」ことが記述されたのは、かかる事情によるものであろう。そして、そのような高度な指揮統制機能は、臨時に充てられた高位指揮官とその幕僚に担わせるよりは、常設統合司令官(部)が担う方が適切である。常設統合司令官(部)の役割は、これら新たに強化されるべき複雑な指揮統制機能を前提として整理すると、非効率な屋上屋や結節ではない組織の形が設計できると思われる。

もっとも、常設統合司令部(官)が担うべき指揮統制機能は、スタンド・オフ防衛能力の運用のみに限られない。サイバー、電磁波など領域横断的に効果が及ぶ分野も陸海空自衛隊をまたいだ専門的な機能が求められるだろう。

一方、常設統合司令部を創設した場合、判断が難しくなるのが、統合幕僚監部による執行・調整を通じて陸海空いずれかの自衛隊が主として担当してきた従来任務にどこまでこれを関与させるかの切り分けだろう。海自が担当する海上での警戒監視活動や空自が行う対領空侵犯措置などは、陸海空自衛隊をまたがる活動という側面は限られ、従来の指揮統制を大きく変更する必然性は高くないように思われる。

しかしながら、これらの活動の指揮統制を「平時は陸海空自衛隊司令部が中心、有事における作戦は統合司令部が担う」と整理した場合、事態の急変、あるいはグレーゾーンを経て有事対応に移行する場合の切れ目のない(シームレスな)対応に支障が生じないか懸念もある。

このため、平時における冗長な報告・決裁を排除しつつ、有事対応への円滑な移行を両立させるような柔軟な組織作りや任務付与が重要となるだろう。そのような平時の活動については、常設統合司令部は現場の状況認識に関する報告や情報共有を受けつつ、専門的な指揮統制はそれぞれの主要司令部に委任する形とするのが現実的である。

■ 「分散的な運用」と「集権的な統合指揮」の両立が必要
もう一つ見落としてはならないのは、陸海空自衛隊それぞれの運用を統括する主要司令部の上に統合司令部を設ければ、現場における統合運用が直ちに成立するわけではないという点である。特に、スタンド・オフ防衛能力のような現場における部隊間の複雑な連携を必要とする能力の運用に当たっては、最上位にある統合司令部を通じてしか統合の指揮統制がなされない場合、目標の探知から攻撃に至る迅速な意思決定に支障が生じるおそれがある。

例えば、仮に、防衛力整備計画に記載された情報収集・ターゲティング用の無人機や目標観測弾を海自や空自が保持する場合、それぞれ、主要司令部である自衛艦隊司令部、航空総隊司令部の指揮を受ける部隊がその運用を担うこととなるだろう。一方、それらの部隊が収集した目標情報を基に陸自のスタンド・オフ・ミサイル部隊が攻撃を行う場合、当該ミサイル部隊は陸上総隊司令部や西部方面総監部の指揮を受けることになるかもしれない。そのような場合、これら情報収集部隊とミサイル部隊の統合は、陸海空主要司令部の上位に位置する統合司令部が行うこととなるが、統合司令部がこれら陸海空主要司令部を通じて指揮を行うとき、自衛隊法第22条の規定により陸海空主要司令部の司令官が臨時に統合任務部隊指揮官となる現行制度の場合と比べて、指揮の階層が一つ増えてしまう。

もちろん、現場の部隊やアセット間におけるリアルタイムの情報共有・連携がなされ、あらかじめ各部隊に作戦・戦術面の判断権限が明確に委任されていれば、常に最上位の統合司令部に判断を仰ぐことにはならないかもしれない。しかし、ひとたび現場で判断の難しい事象が生じれば、長いコマンド・チェーンが迅速な意思決定にとってデメリットと化す状況も生じかねない。

また、より一般化して言えば、情報収集・通信技術の進展は、高位指揮官や政治指導者がリアルタイムで現場の状況を把握することを可能とし、指揮統制の集権化を促す一方で、ハイテンポの作戦中は、現場における分散・非集権的な意思決定の圧力を生むという、相反する帰結をもたらしている[9]。そして、ロシア・ウクライナ戦争におけるウクライナ軍の戦い方が示したように、火力の精密性が向上した現代の戦争では、部隊の生存性を確保するためには、機動能力を活かした分散・非集権的な作戦が鍵となる。部隊を分散運用した結果、ウクライナ軍においては、通常は旅団規模(数千人)の部隊がカバーする領域で、大隊規模(数百人)の部隊が対応しているとされる[10]。また、ウクライナ軍に限らず、地上部隊の地理的分散は、米軍等の作戦においても見られる歴史的なトレンドとなっている[11]。その帰結は、現場部隊指揮官による分散・非集権的な作戦実施の重要性の向上である。しかしながら同時に、情報収集やスタンド・オフ火力を始めとする地上部隊が自前で賄えない能力を他の部隊に依存することに変わりはないので、現場のニーズを踏まえた多様な能力を統合する指揮統制機能の必要性は高まるばかりである。

これらの観察を踏まえると、今後の効果的な作戦遂行では、現場部隊における非集権的・自律的な作戦遂行能力と、その方向性をあらかじめ大枠で定めつつ、現場部隊が必要とする複合的能力を統合で提供できる集権的な指揮統制能力を両立させることが決定的に重要となると考えられる。米軍では、類似の考え方を、任務遂行型の命令に基づく分散的な実施を通じた軍事作戦の遂行を意味する「ミッション・コマンド」という概念によって整理している。指揮官は集権的・包括的な命令・指示を下し、その隷下部隊は、その範囲内で、自律的・独立的に任務を遂行していくことが求められている[12]。

しかし、言うは易し、行うは難しであり、一方ではマイクロマネジメントの、もう一方では現場の状況を把握できず事態から取り残されていく指揮の危険性と常に隣り合わせの考え方である。良い組織や制度を作れば直ちに問題を解決できるわけではないが、常設統合司令部創設に当たっては、常にこうした課題を念頭に置いて指揮統制の在り方全体を議論する必要がある。
 
■ 既存組織見直しは「パッケージ」
国家防衛戦略は、「既存組織の見直しにより」常設の統合司令部を創設するとしており、統合司令部創設に当たっては、パッケージで既存組織の見直しが行われることを示唆している。いわゆるスクラップ・アンド・ビルドである。しかし、良い戦略や計画を作っても、その実施段階が悪ければ、良い結果は生まれない。常設統合司令部(官)創設の場合、国家防衛戦略に書くだけでは実現せず、必ず自衛隊法改正を伴うので、その内容をしっかり吟味する必要がある。

この点、常設統合司令部創設に当たっては、いかなる既存組織が見直されるのかに注目することが必要だ。特に、これまで報道されているような統合幕僚長の職務増大が問題だという前提に立つならば、統合幕僚長を防衛大臣等の補佐に専念させ、一方で統合司令官を部隊運用に専念させるため、従来の統合幕僚監部の任務を二つに切り分ける形も想定される。しかし、そのような組織改編は避けるべきである。内閣総理大臣や防衛大臣を専門的立場から支える統合幕僚長や統合幕僚監部の職責が増加の一途を辿ると予想される中、その組織を二つに割ることは、むしろ陸海空自衛隊主要司令部に対する指揮統制能力を弱め、統合運用の強化という政策目標とは逆の結果を生む可能性があるからだ。

また、上記で述べたスタンド・オフ防衛能力の運用に係る複雑な火力調整や友軍相撃防止、情報共有・指揮統制の仕組みは、統合司令部において事態に応じアドホックに整理されるのではなく、あらかじめ陸海空自衛隊にまたがるドクトリン(教義)やマニュアル(教範)の形で教育段階から定め、有事における現場部隊の非集権的な指揮統制や異なる現場部隊間の連携要領の大枠を示す基礎としておく必要がある。そして、そのような統合作戦を支援する運用コンセプトや教育内容を定める活動は、陸海空自衛隊が別々に行っていては運用段階で支障を来すので、統合幕僚監部の仕事とすべきである。そのような極めて重要な業務が増大することを前提とした場合、統合幕僚監部の組織を縮小することは適切でない。

むしろ、見直す必要がある既存組織は、陸海空の主要司令部だろう。とりわけ、2018年に陸上部隊の全国運用を行い得る権限を持つ陸上総隊司令官が創設された中で、有事に部隊を指揮する可能性が低く、専ら部隊の供給元となることが想定される陸自の西部方面総監以外の4つの方面総監やその司令部である総監部(北部方面、東北方面、東部方面、中部方面)の部隊運用部門は、抜本的に縮小・見直しの対象とすべきである。また、それ以外の陸自陸上総隊や西部方面総監部、海空自衛隊の作戦司令部である自衛艦隊司令部と航空総隊司令部についても、常設統合司令部との関係で、指揮関係を効率化すべき部分があるかもしれない。

例えば、統合司令部の下で、火力支援やターゲティングなどに関し、現場部隊間の連携を技術的に支援する計画を策定するための調整所を設け、そこに統合司令部や陸海空主要司令部・部隊の専門要員を集めることにより、指揮統制や調整を円滑化することも一案だろう 。現場部隊の分散的な運用と集権的な統合指揮を両立させるには、単に組織を作るだけでなく、組織作りと運用の中間にある仕組み作りが重要である。

今回の戦略3文書に基づく防衛力の強化は、スタンド・オフ防衛能力など従来自衛隊が保有してこなかった新たな能力を伸ばすものだが、既存の部隊の規模や役割を抜本的に見直すことと必ずしもセットで位置付けられていないことに弱点がある。しかし、新たな能力に対する指揮統制をいかに効果的に及ぼすのかを検討する場合、必然的に既存組織の見直しに手を付けざるを得ない。常設統合司令部の創設は、そのような影響を内在するものであり、その機能を最適化・最大化できるか否かは、今後の戦略文書の実施段階にかかっている。

参考文献

[1]「「浮かんでは消えた」統合司令部、常設へ 安保3文書に記載」『朝日新聞』(2022年12月16日)、https://digital.asahi.com/articles/ASQDJ4JF9QDJUTIL00M.html?iref=pc_ss_date_article

[2]Lawrence Freedman, Command: The Politics of Military Operations from Korea to Ukraine (Allen Lane, 2022), 404-411.

[3]前掲注1;「社説 自衛隊の体制 組織改編は慎重な検討が要る」『読売新聞』(2022年12月1日)、https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20221201-OYT1T50064/

[4]防衛研究所編『NIDS国際紛争史研究 湾岸戦争史』(2021年3月)、221-222、434-435、 474-478ページ。

[5]US Air Force, “US Air Force Doctrine Publication 3-03: Counterland Operations” (October 21, 2020), 77.

[6]福田浩一「島嶼防衛用高速滑空弾の現状と今後の展望」、8ページ、https://www.mod.go.jp/atla/research/ats2019/doc/fukuda.pdf

[7]US Joint Chiefs of Staff, “Joint Publication 3-52: Joint Airspace Control” (November 13, 2014), appendix 1; US Air Force, “US Air Force Doctrine Publication 3-04: Countesea Operations” (November 19, 2019), 42.

[8]Becca Wasser, et al., The Air War Against the Islamic State: The Role of Airpower in Operation Inherent Resolve (Santa Monica, Calif.: The Rand Corporation, 2021), 134, 164, 176-177.

[9]Freedman, Command, 496.

[10]Mykhaylo Zabrodskyi, et al., Preliminary Lessons in Conventional Warfighting from Russia’s Invasion of Ukraine: February–July 2022 (London: Royal United Services Institute for Defence and Security Studies, November 30, 2022), 53, 62.

[11]Freedman, Command, 496, 499-503; Stephen Biddle, Nonstate Warfare: The Military Methods of Guerillas, Warlords, and Militias (Princeton, NJ: Princeton University Press, 2021), 64-66.

[12]US Joint Chiefs of Staff, “Joint Publication 1: Doctrine for the Armed Forces of the United States” (March 25, 2013), V-15-18.

 

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