日本の主要100社が答えた「経済安全保障」の本音(富樫真理子)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/478683

特集 経済安全保障戦略(2021年11月~2022年1月)
APIでは、国家経済安全保障戦略プロジェクトの一環として、経済安全保障戦略に関する論考をAPI地経学ブリーフィングで公表しました。経済安全保障戦略に関する論考一覧はこちらをご覧ください。

「API地経学ブリーフィング」No.85

画像提供:Getty Images

2021年12月24日

日本の主要100社が答えた「経済安全保障」の本音 ― アンケートで見えた政府に求められる2つの均衡

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
API松本佐俣フェロー 富樫真理子

 

 

 

日本企業100社に経済安全保障をテーマにアンケート

APIは、日本の経済安全保障上、重要かつ敏感な日本企業100社(研究機関等を含む。以下同じ)に対し、経済安全保障に関する課題やリスク、さらには政府への期待や要望などのテーマを中心にアンケートを実施した。(実施期間は2021年11月中旬~12月中旬。アンケート結果に関する数値はすべて、回答企業が母数。100社リストは最終ページに)

その結果、75.0%の企業が、経済安全保障上の最大の課題として「米中関係の不透明性」を挙げた。実際に、事業に米中対立の「影響が出ている」と答えた企業は60.8%に上っている。また、12.5%の企業が「米中の板挟み」の状態にあると回答している。こうした状況の中で、新設された経済安全保障担当大臣への企業の期待は大きい。「政府への期待」に関する質問に対しては、47.4%が「政策の方向性の明示」、18.6%が「企業利益確保を念頭に置いた政策決定」を挙げた。

今回のアンケートから読み取れるのは、米中対立の中でも、日本は米中双方との関係をできるだけ安定させ、バランスさせる外交への期待である。もう1つ、国家安全保障と自由な経済活動の双方を両立させ、バランスさせる経済安全保障政策と産業政策への期待である。「米中のバランス」と「安全保障と経済活動のバランス」の「2つのバランス」を企業は政府に求めていると言えそうだ。

アンケートによれば、98.0%の企業が「経済安全保障を意識している」と回答し、86.9%の企業がそれに対する取り組みをすでに「行っている」。具体的な取り組みとしては、「情報管理の強化」(64.4%)や「サプライヤーの変更や多元化」(50.6%)、「専門部署の設置」(23.0%)が多かった。取締役会・役員会など経営方針を議論する場において、経済安全保障が議題になることが「毎回」「よくある」「時々ある」と回答した企業は84.0%を超えた。

企業が経済安全保障の挑戦を中長期的課題ととらえている姿も浮き彫りにされた。

「今後、日本の経済安全保障関連規制が強化される場合、貴社の事業においていちばんの懸念事項は何ですか」という質問には、72.4%の企業が「中長期的な事業計画」と回答した。これに対して、「売上」、「利益」、「経費」と答えた企業はそれぞれ10.0%近くに止まった。

「経済安全保障への取り組みを行うにあたり、いちばんの課題は何ですか」(複数回答可)――この質問に対しては、75.0%が「米中関係の不透明性」、65.0%が「適切な情報の取得」、62.0%が「リスク評価」、57.0%「国際情勢に関する情報収集」と回答した。

今回のアンケートで最も顕著だったのは米中対立がいかに日本企業に重苦しくのしかかっているかという現実である。

「現在、米中対立の影響は、貴社の事業に何らかの形で出ていますか」という質問には、60.8%が「出ている」と答えた。「アメリカの規制強化(関税含む)によるコスト増」を挙げた企業が60.0%近くに上った。次いで「サプライヤーの変更」(36.5%)、「中国の規制強化(関税含む)によるコスト増」(33.8%)、「売上減」(29.7%)と続いた。「米中の板挟みになったことはあるか」という質問に対しては、12.5%が「ある」と答えている。

 

米中それぞれで事業展開するうえでの懸念

日本企業が米中それぞれで事業展開するうえでの懸念に関しても質した。中国の場合、「中国政府の方針変更による事業存続リスク」(76.1%)、「地政学リスク」(63.6%)、「技術情報を含めた情報漏洩」(65.9%)、「中国の競合企業の成長」(62.5%)、「中国政府の外資規制強化」(52.3%)、「サイバー攻撃」(52.3%)が挙げられた。一方、アメリカの場合、「中長期の対中政策の見通しづらさ」(45.5%)、「アメリカの中国企業排除の激化」(46.6%)、「サプライチェーンの混乱」(47.7%)、「地政学リスク」(38.6%)、「サプライチェーン再編や生産移管等によるコスト増」(28.4%)となった。

これに伴い、経済安全保障対策費用も増加し始めている。経済安全保障関連規制の強化による全体の費用増の程度に関しては、58.2%の企業が「5%未満の増加」と回答、「まったく増加していない」と回答した36.3%を大きく上回った。

ただ、「アメリカの規制強化(関税含む)によるコスト増」と回答したのは59.5%に上り、「中国の規制強化(関税含む)によるコスト増」と回答した33.8%を大幅に上回った。企業は現時点では、アメリカのほうが中国より「コスト増」要因とみなしている。

企業にとっては、米中市場はともに重要である。今後の中国の売り上げ比率目標に対する質問には33.3%の企業が、アメリカについても41.9%が「増やす目標がある」と回答している。

それだけに、企業は米中対立のはざまで苦悩している。新設の「経済安全保障大臣に対する期待」に関する質問では、「外交・安保面では、アメリカと強く連携すべきである一方、中国との間の経済関係の悪化はできるだけ避けるようバランスを取ってほしい」(ロジスティクス)、「米中二者択一を迫られるような局面を回避し、デカップリングのリスクを極小化するような政策運営」(運輸)「米中の板挟みにより日本企業が不利益を被らないような国家間調整」(電機)といった声が寄せられた。

一方、経済安全保障のうえでの「政府への期待」に関する質問では、「政策の方向性の明示」(47.4%)、「企業利益確保を念頭においた政策決定」(18.6%)、「補助金による国内生産回帰の支援」(9.3%)、「補助金による中国以外(東南アジア等)への生産移転の支援」(5.2%)などが挙げられた。

「政策の方向性の明示」、なかでも米中の規制に対する日本の対応と規制対象がいずれも不透明であると企業は感じている。「経済安全保障担当大臣への期待」でも「米中の規制に対してどう対応すべきか、明確な日本の方針を出すこと」(造船)「米中ビジネスの両立が図れる政策決定と規制範囲の明確化」(機械)など、サプライチェーンの機微技術の安全保障の適用範囲をどこまでとするかという明確な“線引き”ができないことへのいら立ちが表明されている。このほか、日本の競争力確保や、自由貿易体制の推進に立脚した国際的なリーダーシップの発揮を期待する意見も多く見られた。
 

企業利益拡大との矛盾とどう向き合うか

経済安全保障強化と企業利益拡大は時に矛盾する。政府の経済安全保障措置が企業活動を過度に制約し、自由な企業活動を萎縮させないようにしなければならない。同時に、中国に進出している企業の15%近くが「補助金による国内生産回帰の支援」や「補助金による中国以外の国(東南アジア等)への生産移転の支援」を求めていることもまた事実である。経済安全保障政策上重要な原材料、素材、部品、製品、データ、サービスなどの輸入、投資、生産拠点、サプライチェーンの「多様化」と「多角化」を追求するのが望ましい。同時に、国産化万能、一国主義的対応ではなく、国際秩序とルールの維持・強化と同盟国・同志国との政策協調による骨太の経済安全保障戦略を志向するべきである。

中国の軍民融合と勢力圏拡大、米中対立、国際秩序の崩壊、経済ナショナリズムの台頭などの経済安全保障上の挑戦は中長期的課題として捉えざるをえない、と企業はみなしている。政府の効果的な経済安全保障政策を企業は求めている。

その際、米中対立の中での米中双方との安定した関係構築、安全保障と経済活動を両立させるイノベーションと産業政策が必要である。日本政府には、そうした「2つのバランス」を追求することが要請されている。日本の経済安全保障において死活的に重要な貿易・投資規制は、企業も自らを守るための当事者として受け入れる覚悟が求められている。ただ、その規制はお上の“取り締まり”であってはならない。企業は、政府がそうした国家安全保障上の死活的な範囲をいまなお明確にしていないと不安を覚えている。経済安全保障は国家安全保障と異なり、企業が主たるプレーヤーである。政府と企業のより真摯な対話とより密接な連携が不可欠である。
 

アンケート回答企業100社(五十音順):
株式会社IHI、旭化成株式会社、株式会社アドバンテスト、出光興産株式会社、伊藤忠商事株式会社、岩谷産業株式会社、株式会社INPEX、宇部興産株式会社、ANAホールディングス株式会社、エーザイ株式会社、SMC株式会社、NTT株式会社、株式会社NDIAS、大阪ガス株式会社、沖電気工業株式会社、オムロン株式会社、オリックス株式会社、鹿島建設株式会社、川崎重工業株式会社、キオクシア株式会社、キヤノン株式会社、株式会社 神戸製鋼所、株式会社国際協力銀行、株式会社小松製作所、株式会社SUMCO、国立研究開発法人産業技術総合研究所、JSR株式会社、JFEホールディングス株式会社、株式会社JERA、塩野義製薬株式会社、昭和電工株式会社、信越化学工業株式会社、スパークス・グループ株式会社、住友金属鉱山株式会社、住友商事株式会社、住友電気工業株式会社、独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構、Zホールディングス株式会社、ソニー株式会社、ソフトバンク株式会社、ダイキン工業株式会社、武田薬品工業株式会社、千代田化工建設株式会社、DMG森精機株式会社、帝人株式会社、TDK株式会社、株式会社デジタルハーツホールディングス、テルモ株式会社、株式会社デンソー、東京エレクトロン株式会社、東京海上ホールディングス株式会社、株式会社東芝、東ソー株式会社、東レ株式会社、トヨタ自動車株式会社、トレンドマイクロ株式会社、長島・大野・常松法律事務所、日揮ホールディングス株式会社、日産自動車株式会社、日本製鉄株式会社、日本電気株式会社、日本郵船株式会社、野村ホールディングス株式会社、パナソニック株式会社、浜松ホトニクス株式会社、PwCコンサルティング合同会社、東日本旅客鉄道株式会社、日立金属株式会社、株式会社日立製作所、ファナック株式会社、富士通株式会社、富士フイルム株式会社、古河電気工業株式会社、株式会社 FRONTEO、ポラリス・キャピタル・グループ株式会社、株式会社堀場製作所、本田技研工業株式会社、マネックスグループ株式会社、丸紅株式会社、株式会社みずほフィナンシャルグループ、株式会社三井住友フィナンシャルグループ、三井不動産株式会社、三井物産株式会社、三菱ケミカル株式会社、三菱重工業株式会社、三菱商事株式会社、三菱電機株式会社、株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ、株式会社村田製作所、森田化学工業株式会社、矢崎総業株式会社、株式会社安川電機、ヤマトホールディングス株式会社、ユニゾン・キャピタル株式会社、横河電機株式会社、楽天グループ株式会社、ルネサスエレクトロニクス株式会社、レーザーテック株式会社、レオス・キャピタルワークス株式会社、ローム株式会社
 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

最新の論考や研究活動について配信しています