中国が「世界の脱炭素」の鍵を握る存在となった訳(柴田なるみ)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/466909

「API地経学ブリーフィング」No.78

2021年11月08日

中国が「世界の脱炭素」の鍵を握る存在となった訳 ― 気候変動を巡る地経学、後れる日本に何が必要か

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
研究員 柴田なるみ
 

 

 
中国が深刻な電力不足に見舞われているワケ

中国が過去20年間で最悪の電力不足に襲われている。深刻な電力不足は、さまざまな主要産業の製造ラインに影響を及ぼし、住宅の停電など市民生活にまで影響が及んでいる地域もある。その背景の1つには、石炭の価格高騰のほか、脱炭素の御旗のもと、政府が石炭を主燃料とする火力発電所の稼働を抑制したことがあった。

2020年の国連総会で、習近平国家主席は「2060年までに二酸化炭素(CO2)の排出量を実質ゼロにする」旨を表明し、それに伴い中国国内では一部の地方にエネルギー消費量抑制などが課され、今年8月には抑制が不十分と指摘された地方などで電力の供給制限が一気に強まり、電力不足が顕在化した。脱炭素と安定した電力供給をいかに両立させるか。中国政府の脱炭素政策のあり方が問われる事態となった。

強引な脱炭素政策で国内経済基盤が揺れる中国。習国家主席の演説は、かつてCO2の排出削減義務を拒否し続けた最大の排出国である中国が、いまや気候変動対策と気候外交を積極的に行う立場になったことを国際社会に発信した。中国に追随するように、日本の菅義偉首相(当時)は温暖化ガスの排出量を2050年までに実質ゼロにするという野心的な目標を表明し、大統領選挙中から「2050年までにCO2排出量の実質ゼロ」を公約したバイデン政権も、就任初日にパリ協定へ復帰するなど、国際社会の信頼回復に注力している。
 
グリーン政策のパワーゲーム

現在グラスゴーで開催されているCOP26では、各国が気候変動対策で国際的に主導権を取ろうとするパワーゲームがまさに繰り広げられている。

現在、EUの「欧州グリーンディール投資計画」、バイデン政権の「グリーン・ニューディール政策」、日本の「グリーン成長戦略」と、主要国の「グリーン戦略」がそろい踏みしているが、いずれも脱炭素の実現を目指すことで産業構造を転換し、国際競争力を高めようとしている。

カギとなるのは中国だ。2005年ごろから省エネルギーの促進や再生可能エネルギーの普及に積極的に取り組むようになった中国はいまや風力・太陽光発電など再生エネルギー製品の生産、輸出、投資いずれの面でも世界トップの座を占めるまでになった。太陽光や風力による発電、蓄電池、電気自動車(EV)の効率的な生産設備などの技術が、企業や経済、貿易の先行きを大きく左右しようとしている。

中国は、発電設備の容量でみた世界シェアのうち太陽光約36%、風力同33%を占める。国家主導で産業を育て、ほんの10年ほどで、他国を圧倒する地位を築いた。清華大学研究機関によると、習主席がCO2排出の実質ゼロを宣言したことで、この先、中国の環境技術分野にはさらに15兆ドル(約1600兆円)規模の投資が行われる可能性がある。
 
中国は再エネ関連の技術開発で先行

国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の報告書(2019年)によると、2016年時点ですでに中国は同分野の特許を最も多く握る。その数は世界全体の29%を占め、アメリカ(18%)、EUや日本(ともに14%)を大きく引き離す。報告書は「再生可能エネルギーの生産技術と特許をもつ国が、それをもたない国々に対して地政学上の主導権を握るだろう」と指摘している。

EVの販売シェアでも中国は世界の60%を占め、EVの基幹部品であるリチウムイオン電池も80%が中国で生産されている。ドローンなどにも不可欠な電池の「信頼できるサプライチェーン」を構築することは、日米欧にとって共通の安全保障上の課題だ。

欧州は、2035年にハイブリッド車を含むエンジン搭載車を全面的に禁止する予定で、自動車業界の急速な脱炭素化を進めるが、原材料・部品を中国に依存することを避け、規制を強化し、環境性能が劣ることを理由に中国製品をEU市場から締め出すことで、EU発の企業の成長を支援しようとしている。EUは2017年に官民で「バッテリー連合」を結成し、スタートアップのノースボルト(スウェーデン)に巨額の資金支援をするなどして域内生産を後押しする。

パワーゲームでは「一帯一路」も大事な役割を果たす。中国と国連が2019年に共同で創設した「一帯一路グリーン開発連合」には、国連環境計画をはじめとする20余りの国連機関のほか、一帯一路メンバー国の環境相らも参加する。表向きは持続可能な開発プロジェクトだが、米欧は「覇権拡大の手段」として警戒する。

中国は、再生可能エネルギーや脱炭素の関連製品のアメリカへの輸出を望む一方、安い中国製品の流入はアメリカには受け入れがたい。対立が続く米中関係において、気候変動対策は数少ない協力可能な分野として期待もされているが、こうした状況を考えると、気候変動対策をめぐってすら、米中の協力関係を本質的に発展することは容易でない。

米中が気候変動をめぐってすら協力を長続きさせられず、各国が技術の囲い込みや貿易の禁止に動く場合、競争や技術革新が滞り、気候変動対策のコストが上がって、脱炭素への動きを妨げかねない。

日本にとっての意味合い

環境政策で後れを取っている日本には、今後何が必要か。

まず、昨年末に政府が発表した「グリーン成長戦略」のもと、ほかでは代替できない自前の技術、製品を有して交渉力を持たなければ、アメリカやEUの協力相手になることはできない。中国のレアアース依存から脱却する電池を開発することは、脱中国依存という経済安全保障の観点で不可欠になるだろう。

また、環境分野で先行するEUは、温暖化対策が不十分な国からの輸入品に対し、事実上の関税をかける「国境炭素税」の導入を進めようとしている。EUでは鉄鋼、セメントなどエネルギーを多く消費する産業の事業所に排出枠が割り当てられ、それらの産業では、EUへ輸出を行う域外企業も同レベルの炭素価格の負担を行っていない場合には、課税されることになる。

例えば、鉄鋼製品あるいは鉄を使用している自動車、家電製品なども、将来的には課税対象になる可能性が高く、カーボンプライシングを導入していない国からの輸入品に課税することによって、EU域内の産業と雇用を守ろうとする。

日本でもようやくカーボンプライシングの導入と合わせ、国境炭素税についても検討を始めたところだが、米欧主導で不利なルールができる前に、日米欧共通のルールづくりを目指し、緊密な対話を行う必要がある。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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