アメリカの対中貿易政策に手詰まり感が見える訳(大矢伸)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/464523

「API地経学ブリーフィング」No.77

2021年11月1日

アメリカの対中貿易政策に手詰まり感が見える訳 ― 正しく恐れ誠実に圧力をかけつつの対話が必要だ

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
上席研究員 大矢伸

 

 

 

具体策なきUSTRタイ代表の演説

「われわれはすべての手段を、必要があれば新たな手段を含めて、準備しておく必要がある」

10月初旬、米通商代表部(USTR)のキャサリン・タイ代表は、アメリカのシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)における講演でこう強調した。しかし、具体的な手段への言及はなかった。

タイ通商代表は、中国との競争は歓迎するが、その競争は公正であるべきと主張。中国は国家中心のシステムにより世界市場を歪めており、国際社会の懸念に答える改革を怠っていると批判した。これに対し、アメリカは国内に投資を行い、また同盟国等と協力し、強い立場から中国に臨むと宣言した。そのうえで、初期的措置として以下の4つを提示した。

① (2020年1月に締結された)米中貿易協議の第1段階合意の順守を中国に求める。
② 1974年通商法301条に基づく対中関税の除外措置を再開する。
③ あらゆる手段(必要なら新たな手段)を用いて、中国の有害な非市場的貿易慣行からアメリカの利益を守る。
④ 懸念を共有する同盟国やパートナー国と協議・調整してルール形成等に協力する。
 

4つのポイントと問題点

1つ目の2020年1月の第1段階合意では、知財保護や金融市場開放など一定の改革は盛り込まれたが、国営企業や補助金などの重要な構造問題は含まれず、中国によるアメリカの農産品等の大量購入約束が中心となった。

中国は2021~2022年の2年間でアメリカからの輸入を2000億ドル増加させると約束した。しかし、実際の輸入額は目標を大きく下回るため、今回、その履行を求めるということだ。一方で中国の国家資本主義的な経済政策を批判しつつ、他方で、国家の義務として輸入増という「管理貿易」を求めるアメリカの立場は矛盾をはらんでいる。

2つ目の301条に基づく関税の除外措置は、トランプ政権で講じた一定の除外措置の期限が昨年末に到来し、産業界から再開の要望が高かったものだ。中国以外から入手が困難な場合などに対象を絞って除外が認められるが、過去の除外措置の再開に加え、新たな適用除外を認める可能性も示唆した。

除外措置は実質的に対中関税を低下させる効果があり、対中交渉の材料となりうる。しかし、ライトハイザー前通商代表などのアメリカ企業もほかの代替手段を用意する時間はあったはずで、現時点での除外措置は不要との意見もあり、なし崩し的な拡大には制約がある。
 

「第2段階の貿易交渉」という言い方を避けたタイ代表

3つ目の「あらゆる手段を用いて、中国の有害な貿易慣行からアメリカの利益を守る」という点は、あいまいだ。301条に基づく調査を新たに行って追加関税を課し、それをテコに対中交渉すべきとの意見はあり、タイ通商代表もその可能性を否定はしない。

しかし、習近平体制下の中国は、反発して構造改革を行わずに、対抗して対米関税を引き上げるだけという可能性もある。結局、タイ通商代表は具体策を示さなかった。また、タイ通商代表は「第2段階の貿易交渉」という言い方を避けた。中国側は構造問題を中心に据える第2段階の交渉を拒否していると思われる。

4つ目の、同盟国等の協力は、トランプ政権との差別化ポイントだが、心もとない。アメリカ品の購入義務の履行強制は「貿易転換効果」で、同盟国等から中国への輸出の減少につながる。また、アメリカの通商拡大法232条に基づき同盟国も含めて鉄鋼・アルミに輸入関税を継続していることは、「保護主義」の誹りは免れず同盟国との協力とも相いれない。

アメリカはこれを、一定の数量までは無税(または極低税率)で超過部分に高関税を課す「関税割当制度(tariff-rate quota)」に置き換える検討もしているようだが、本来、同盟国を安全保障上の脅威とみなす認識自体が問われなければならない。さらには、CPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)参加に前向きな議論が聞かれないことは、同盟国・同志国で協力してルール形成というバイデン政権の方針に疑問を投げかける。
 
同盟国等との協調が重要―CPTPPも活用すべき

タイ演説の歯切れの悪さは、交渉の自由度確保を越えて、アメリカの対中貿易政策の閉塞状況を示す。対中世論が厳しい中、成果なしで関税撤廃できないが、対中圧力強化で中国が構造問題を解決するかは疑わしい。

国内投資で自らの競争力を高め、また、同盟国等と協調し、強い立場から中国に臨むというタイ代表の考え自体は妥当なものだ。同盟国等との協調には、G7、クワッド(日米豪印)、アメリカEU貿易・技術評議会といった場の活用と共に、日米欧によるWTO改革に向けた協働も重要だ。

さらには、中国はCPTPP加盟を申請したが、これを活用し、

① 国有企業の競争中立性の確保
② 透明性向上を含む補助金制度の改革
③ 強制労働の禁止を含む労働者の権利確保
④ ソースコードの開示要求禁止を含む自由なデータ流通の確保

を図ることは、中国の不公正な貿易慣行を改めるというバイデン政権の政策の後押しとなる。また、

⑤ 豪州からの牛肉・大麦・ワイン等の輸入制限で見られたような「経済的威圧」を中国が行わない

という約束も必要となろう。これら①~⑤を含む問題に関して、単なるコミットではなく、相当の経過期間を設けて中国の実際の行動を確認し、そのうえでCPTPPへの参加を認めるというアプローチが適切だ。従い、中国のCPTPP参加は、認められる場合にも相当の時間がかかる。条件を満たすほかの国・地域が先に加盟を認められることも想定すべきだ。

アメリカは、USMCA(アメリカ・メキシコ・カナダ協定)の毒薬条項(メキシコ、カナダが非市場経済国と自由貿易協定に入る場合にアメリカはUSMCAを脱退できる)を使い、中国のCPTPP参加を実質的に阻止できる。しかし、アメリカもCPTPPに参加し、ルール形成者として役割を果たしつつ中国の不公正な慣行を正すほうがより優れた戦略と言えよう。

そのためには、アメリカは「中間層のための政策」の意味を整理する必要がある。中間層の一部にでも悪影響があれば貿易や貿易協定を避けるという「反貿易」的態度では、アメリカ経済のダイナミズムが失われるとともに、アメリカの国際的地位は低下する。国内のインフラ、R&D、教育などに投資し、所得再分配機能(補償原理)を強化しつつ、同時にCPTPP等の貿易協定への復帰を追求することは、経済的にも戦略的にもアメリカの国益にかなう。

CPTPPはアメリカ国内政治的には「狭き門」だが、アメリカ国内にも「命に至る門は狭く」「滅びに至る門は大きい」ことを理解する人はいる。シカゴ・グローバル評議会の今年のアメリカの世論調査では、貿易が「アメリカ経済」の利益になるという回答は75%、「アメリカ製造業」の利益になるという回答も63%にも上った。
 

アレンタウン

ビリー・ジョエルに「アレンタウン」という曲がある。製鉄所や工場が閉鎖され、さびれゆくペンシルベニア州の街、アレンタウンを歌う。この曲が発表されたのは、1982年で、中国が世界の工場になる前、中国がWTOに加盟する20年近く前だ。中国の不公正な経済慣行は修正を求めるべきだが、製造業の苦境の原因をすべて中国とするのは誤りだ。

中国がいなくても、他国との貿易や、技術進歩により、産業は変化を強いられ、変化には痛みが伴う。もちろん、対中貿易は、「経済」を超えた「安全保障」への留意が必要で、先端技術や防衛産業基盤への影響や、過度な対中依存リスクの考慮は必要だ。

しかし、「中間層のための貿易」の名の下に、保護する産業を際限なく広げてすべての工場を守ろうとすれば、比較優位や分業が生みだす成長の源泉が枯れる。第1次大戦でフランスを勝利に導いたフランスのクレマンソー首相は、「戦争は将軍たちに任せておくには重要すぎる」と言った。中間層を守ることも、「貿易政策」のみに任せるには重要すぎる。

われわれは、中国を国内政治のスケープゴートにするのではなく、中国を正しく恐れ、「誠実(honesty)」に「圧力(pressure)」をかけつつ対話することが必要だ。日本は、「中国の有害な貿易慣行」への対応を含むアメリカの対中貿易政策が、あくまで「自由貿易」を基礎としつつ、そのうえに(重商主義・保護主義ではなく)「安全保障」の視点も加味して遂行されるよう、アメリカとしっかり協力する必要がある。それは、日本、アメリカ、そして世界の平和と繁栄のために重要なことだ。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

最新の論考や研究活動について配信しています