米英豪の新たな安全保障連携に見た可能性と矛盾(鶴岡路人)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/463266

 

「API地経学ブリーフィング」No.76

2021年10月25日

米英豪の新たな安全保障連携に見た可能性と矛盾 ― 日本はAUKUSの枠組みとどう向き合うか

慶應義塾大学総合政策学部准教授 
鶴岡路人
 

 

 
オーストラリアの原潜はまだまだやって来ない

アメリカ、イギリス、オーストラリアの3カ国で新たな安全保障パートナーシップを形成し、アメリカ・イギリス両国がオーストラリアに対して原子力潜水艦の技術を供与することになった。AUKUS(豪・英・米:オーカス)である。厳重に情報管理された秘密交渉を経て突如なされた2021年9月15日の発表は、世界を驚かせた。これによってオーストラリアとの潜水艦契約を破棄されたフランスが激しく反発したのは当然である。

ただし、議論の出発点として忘れてはならないのは、今回の発表は原潜計画を進める意図の表明にすぎず、詳細は今後18カ月をかけて練られるということだ。

今後すべてが順調に進んでも、「少なくとも8隻」とされるオーストラリアの原潜がすべて整い、完全な運用態勢に到達するのがいつになるかは、見当すらつかない。最初の原潜の就役が早くて2030年代後半といわれる。つまり、まだまだ先の話である。

その間には、新たな潜水艦の設計、建造のためのインフラ整備、実際の建造、オーストラリアの運用要員の訓練、運用に必要なメンテナンス体制や指揮命令系統の整備、などが必要になる。

そもそも、AUKUSを受けて破棄されることになったフランスとの次期(通常動力)潜水艦の計画は、以前から作業の遅れと予算の肥大化に悩まされていた。AUKUSのみ当初想定どおりにすべて順調に進むと考えることには無理がある。アメリカ・イギリス政府が強いコミットメントを示しているため、実現に至る可能性が高いものの、華々しい発表の後、これからが勝負である。

 
米豪間にはギャップも?

アメリカのバイデン政権は、今回の合意がオーストラリアによる「根本的」な決定であり、数世代にわたってオーストラリアをアメリカ・イギリスに結びつけるものだと強調している。虎の子の原潜技術を共有する以上、それは単なる技術協力にとどまらない。原潜をともに運用し、ともに戦うことまでが当然見据えられているのである。中国との競争における自陣営強化の一環との位置づけだ。

オーストラリアでは、交渉を取りまとめたモリソン首相自身は「永遠のパートナーシップ(forever partnership)」という言葉を使って成果を強調している。

他方で、これは原潜に関する技術的協力にすぎず、例えば台湾有事の際にオーストラリアがアメリカとともに戦うことなど、安全保障上の新たなコミットメントを行ったものではないという議論も散見される。今回の決定は大胆な方針転換ではなく、従来の延長線上だというのである。

この部分に着目すれば、米豪間の認識ギャップが目立たざるをえない。

ただし、1950年代まではほぼすべてのイギリスの戦争に、それ以降はほぼすべてのアメリカの戦争に参加してきたのがオーストラリアである。アメリカへの「巻き込まれ」の懸念は、知的な議論としては聞かれても、現実問題として、アメリカとともに戦うことが半ば当然とされている土壌が存在する。AUKUS発表の場でバイデン大統領が述べたように、「100年以上ともに戦ってきた」のがこの3カ国である。

AUKUSという新たな枠組みによってこれら諸国の関係が強化されるのではなく、この3カ国は元来強固な同盟国、さらにいえば普通の同盟を超える特別な同盟国同士であったからこそ、原潜技術の共有も可能になるのである。

 
実は欠かせないイギリスの役割

他方で、アメリカが原潜技術を提供するとはいっても、自らの攻撃原潜である「ヴァージニア」級をパッケージとして供与するのではなく、原子炉を中心とする推進システムのみなのではないかといわれている。潜水艦建造能力も、アメリカには余剰がないとされる。そのため、原潜全体の設計に加えて建造段階においてもイギリスの役割が重要になる。AUKUSにイギリスが参加していることは、決してお飾りではない。

さらにAUKUSは、イギリスをインド太平洋の安全保障に結びつけるという重要な役割をも果たす。イギリスの同地域への関与は、より重層的で強固なものになる。

ジョンソン政権は、「グローバル・ブリテン」を掲げ、空母「クイーン・エリザベス」を中心とする空母打撃群を派遣するなど、「インド太平洋傾斜」を進めている。当初の計画にAUKUSはなかったかもしれないが、よいタイミングで加わった。

イギリスの攻撃原潜は、空母打撃群のインド太平洋展開にも同行し、韓国にも寄港しているが、今後は、オーストラリアの基地の使用を通じ、インド太平洋地域での活動頻度が高くなるともいわれている。

欧州によるインド太平洋の安全保障への関与については、AUKUS合意に憤慨するフランスとの関係修復が課題になる。しかしフランスにとってのインド太平洋関与は、インド洋と南太平洋に有する領土・国民を守るという自国防衛の一環である。これはAUKUSによっても変わらず、とくにアメリカ軍との協力は死活的重要性を持ち続ける。

 
日本のアンビバレントな視線

米英豪のすべてと緊密な安全保障関係を築いている日本にとって、AUKUSによって、中国を念頭においた地域の抑止態勢が強化されるのであれば好都合である。

菅前政権時代から茂木敏充外相などは、AUKUSについて、米英豪による協力やインド太平洋への関与を強化するものとして「歓迎する」と表明してきた。ここで注意すべきは、原潜計画を直接的に歓迎しているのではない点である。

ここに、AUKUSをみる日本のアンビバレントさが存在する。というのも原潜問題は日本にとって極めてセンシティブだからである。

第1に、日本が原潜を保有すべきかに関する議論はすでに活発化しているが、日本に求められる任務や地理的条件の関係、防衛予算の制約、さらには国内政治の観点から、保有すべきとのコンセンサスがすぐに成立することは考えにくい。実際、岸田文雄首相は原潜の必要性に極めて懐疑的な見方を示している。

第2に、日本が保有を求めたとして、アメリカがそれを認めるか不明である。AUKUS創設にあたってもバイデン政権は「1回限り」の特殊事例であることを強調している。原潜技術は「永遠の友人」にしか供与しないともいわれ、今回の米英豪はインテリジェンス共有のメカニズムである「ファイブ・アイズ」のさらにコア・グループである。これは偶然ではない。

第3に、日本が(アメリカの支援を受けて)原潜を保有した場合に、日本がどの程度独自に運用することができるのか、逆にいえば、どの程度アメリカとの一体的な運用に踏み切れるのかも難題である。

オーストラリアはアメリカとの間で極めて一体性の高い運用を行うと想定される。その結果、西太平洋における潜水艦作戦に関する限り、アメリカにとっての日本の役割は相対的に低下するかもしれない。アメリカとの共同作戦という観点で日米同盟が統合度をどこまで上昇させられるのかが、あらためて問われることになる。AUKUSによって日本に投げかけられたいわば宿題だ。

 
ダイナミックな秩序に内包されるAUKUSへ

そのうえでインド太平洋の地域秩序の将来を考える場合、AUKUSの構造的矛盾は否定しえない。

というのも、米英豪はサイバーやAI(人工知能)、量子技術などの最先端の防衛技術のより深い統合を目指すとしているが、オーストラリアは必ずしも技術大国ではない。日本を含め、技術をより有する諸国を入れるほうがその目的には合致するはずである。他方で、原潜協力が中心に据えられている以上、参加できる国はおのずと限られる。

AUKUSが「アングロ圏(Anglosphere)」の結束である側面は否定できない。AUKUSの3カ国にとっては、機密を守るうえでも、迅速な決定・行動を行ううえでも、最適な顔ぶれなのだろう。

しかし、AUKUSの閉鎖的性格は、インド太平洋という広範で多様な地域において、決してよいイメージにはならない。日本においてAUKUSを若干突き放すような見方や違和感が存在するのも、この点と関係がある。AUKUSの側でもこうした対外イメージへの問題意識は存在するようであり、この観点からも日本との協力が鍵になる。

日本が直接にオーストラリアの原潜計画に関与することは現実的ではないが、原潜以外の分野にAUKUSの活動分野が広がれば、協力する余地も生じるかもしれない。しかし、少なくとも当面AUKUSの主眼は原潜協力だろう。そのため、「AUKUS+日本」を模索するより、日米の連携を深めるなかでイギリスやオーストラリアとも接点が増すという形のほうが自然ではないか。日英や日豪、さらには日米英や日英豪という協力も存在する。それらを組み合わせ相乗効果を確保することが求められる。

日米豪印によるQuadや、フランス、さらにはEU(欧州連合)のインド太平洋関与を含め、新たな協力関係は、柔軟にそしてダイナミックに展開していくはずだ。AUKUSもその一部として内包されていくのだろう。
 
(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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