API国際政治論壇レビュー(2021年9月・10月合併号)


米中対立が熾烈化するなか、ポストコロナの世界秩序はどう展開していくのか。アメリカは何を考えているのか。中国は、どう動くのか。大きく変化する国際情勢の動向、なかでも刻々と変化する大国のパワーバランスについて、世界の論壇をフォローするAPIの研究員がブリーフィングします(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)

本稿は、新潮社Foresight(フォーサイト)にも掲載されています。

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API国際政治論壇レビュー(20219・10月合併号)

2021年10月15日

API 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員 細谷雄一

2021年9月11日で、世界に衝撃を与えたアメリカでの同時多発テロの勃発から20年が経過したことになる。本来であればそれは、20年間の国際社会のアフガニスタンの安定化と復興の努力の結果として、民主化して平和となった姿を示す輝かしい記念日となるはずであった。ところがその時点でアフガニスタンを統治しているのは、20年前にアメリカが軍事力を用いて権力の座から引きずり降ろした武装勢力タリバンであった。そのような「不都合な真実」を前に、アメリカ外交は苦悩を深めている。

それと前後する1カ月ほどの間に、国際情勢では巨大な地殻変動が続いた。8月半ばのカブール陥落以降、中国政府は9月17日にタジキスタンの首都ドゥシャンベで開催された上海協力機構(SCO)首脳会議の機会などを通じてロシアなどとの提携を深める一方、アメリカは「クアッド」としての日米豪印の民主主義諸国との協力を強化していき、9月24日にはアメリカのワシントンDCで対面では初めてとなるクアッド首脳会談を開催した。さらには、AUKUSという新しい英米豪間の防衛協力の枠組みが急浮上して、後に触れるようにそのことが民主主義諸国間の結束を揺るがす動揺を与えた。

国際情勢が複雑に、そしてめまぐるしく展開している。一つの出来事から他のいくつかの新しい動きが派生し、それらが相互作用を生じさせて、複合的に国際関係が動いていく。動きのひとつひとつが大きな衝撃を内包している。それではそのような動向は、国際論壇でどのように論じられているのか。

今回は、8月半ばから10月半ばまでの2カ月間の、国際情勢の変動や衝撃、そして動揺の連続をめぐる国際論壇を概観することにしたい。

1.AUKUSがもたらした期待と軋轢

2021年8月15日のアフガニスタンのカブール陥落とそれによる米軍の撤退からちょうど1カ月後となる9月15日。オーストラリア、イギリス、アメリカの3カ国政府が、新しい軍事的な連携をめぐる合意を発表した。この3カ国の頭文字をとって、「AUKUS(オーカス)」と称する新しい防衛協力枠組みが急浮上して、それをめぐり国際的な波紋と動揺が広がった。

ことの発端は、オーストラリアにおける潜水艦共同開発をめぐる豪仏間の合意の行き詰まりであった。報道によれば、2021年3月に、オーストラリアのスコット・モリソン首相が、フランスとの潜水艦共同開発計画の契約の遅延や費用の増大を受けて、イギリスのボリス・ジョンソン首相に相談をもちかけたのだという。

中国からの軍事的圧力をいっそう強く受けるオーストラリアは、より大きな不安の中で、イギリスやアメリカに接近しようとしていた。イギリス政府が米豪間の仲介役となり、ジョンソン首相とアメリカのジョー・バイデン大統領が内密に調整を行った。その結果、フランスとの契約の代替となる原子力潜水艦を米英両国の支援の下で共同開発し、そのための技術供与をオーストラリアに行う合意が明らかとなった。フランスなど、当事国としての米英豪の3カ国以外には事前に説明がなされない、徹底した秘匿の中で進められた交渉であった。

このオーストラリアの原子力潜水艦保有に関する条項を中心に、サイバーセキュリティや人工知能(AI)開発をめぐる協力など、多岐にわたる軍事および技術に関連した米英豪三国間の協力を規定したのが、このAUKUSであった。それは、仏豪間の潜水艦共同開発をめぐる合意を反故にして、水面下で米英豪の三国が協力することを意味していた。事前に一切知らされることがなかったということも加わり、この合意は同盟国に対する背信だとして、フランスでは一部の有識者や政府関係者の間で感情的な反発が見られた。米英豪仏、それぞれの国内ではこの問題をめぐり活発な議論が飛び交った。

アメリカの保守系の外交問題評論家のマックス・ブートは、『ワシントン・ポスト』に寄せた原稿の中で、フランスの苛立ちに一定の理解を示しながらも、バイデン政権のAUKUS成立をめぐる選択が正しいものであり、中国が台頭するなかで好ましい方向へとアメリカ外交が進展していることを肯定的に評価している(1-①)。また、保守系の外交評論家のウォルター・ラッセル・ミードは『ウォール・ストリート・ジャーナル』において、AUKUSが今後のインド太平洋地域における中核的な安全保障枠組みとなることを想定している(1-②)。さらに国務省政策企画局のスタッフを務め、現在はシドニー大学米国研究センターにいるチャールズ・エデルは、AUKUSが合意された最大の理由は、中国の威圧的で挑発的な行動にあると論じる(1-③)。いわば、中国の行動の自業自得の帰結として、このような対中抑止を目的とする国際的な連携が強まっているのだ。

これらの論考では、中国に対する抑止力強化の観点から、AUKUSをめぐる合意が持つ意義を評価している。習近平政権の中国が今後もよりいっそうこの地域での影響力を拡大し、強圧的な政策を示すとすれば、オーストラリアがこのようなかたちで原子力潜水艦を配備することの軍事的な意義は大きい。それゆえ主に軍事的な観点から、ワシントンの政策コミュニティではこれを歓迎する声が聞こえる。

他方で、同盟国であるアメリカが、自らの背後でオーストラリアに接近して、豪仏間の潜水艦共同開発をめぐる合意を反故にしたことに対して、フランス国内での不満と反発が見られることは理解できる。たとえばフランスの元外交官で、現在はシンクタンクのモンテーニュ・インスティチュートで特別顧問を務めるミシェル・デュクロは、アメリカが自らの都合のよいように同盟国を選別し、その一部を排除することを批判する(1-④)。現在、中国に対抗して同盟国を結集する必要があるにも拘わらず、むしろ同盟国間の亀裂を深めるような今回の合意は、アメリカにとっての重要な同盟国を失うことになるかもしれないと手厳しい。

とはいえ、今回のAUKUSをめぐる米仏対立に関して特徴的であるのは、フランスの側でも冷静にAUKUSの軍事的意義を評価する専門家が少なくないことだ。とりわけ若い世代の優れたアジア研究者たちは、感情的な反発を抑制して、AUKUSによってアメリカがよりいっそうインド太平洋関与を深める意義に触れている。優れた中国専門家のマシュー・デュシャテルは、オーストラリアが原潜を保有すれば更なる対中抑止の強化が可能だと論じ、それがアメリカが進めようとしている「統合抑止(integrated deterrence)」の一部を構成することになると、その価値を評価している(1-⑤)。他方で、今回のAUKUSと、仏豪合意の破綻が意味するのは、インド太平洋におけるフランスの軍事的な役割に対する懐疑的な認識の存在だ。今後はフランス自らが、アメリカが進めるインド太平洋戦略において不可欠な一部を構成することを、自らが示す必要がある。

また、フランスの戦略研究財団(FRS)の研究員を務めるアントワーヌ・ボンダズは、AUKUSの合意がフランスに大きな衝撃をもたらす結果となった一方で、フランスが過剰に反発することを控える必要を説く(1-⑥)。そもそも仏豪間の協定の文書の中には、「新婚夫婦が離婚する可能性を想定した条項」(ボンダズ)が盛り込まれている。フランスは、インド太平洋地域に海外領土を擁することで引き続きこの地域に主権的利益を有していることに変わりはなく、単なる傍観者とはなりえない。むしろ今回の危機を奇貨として、フランスがよりいっそうこの地域に戦略的に関与していくべきだ。

このようにして、フランス国内ではインド太平洋地域をめぐって冷静な戦略論が語られていることは重要だ。それだけ、中国が強圧的な行動を展開していることへの懸念や反発が強まっているのだろう。なお今年の3月にボンダズは、中国政府に批判的な言論を行ったことへの報復として、パリの中国大使館のいわゆる「戦狼外交官」から、執拗な攻撃を受けていた。国際社会において、中国がルールやマナーを守っていくためには、より強固で広範な国際的連携が必要だと考え、AUKUSがそれに資すると認識しているのだろう。

それでは、AUKUSをめぐるオーストラリアの行動については、どのように論じられているのか。アメリカの海軍大学教授であり、中国の海軍戦略に詳しいアンドリュー・エリクソンは、オーストラリア国内における中国への警戒感が高まっていることを考慮すれば、今回のAUKUS判断は適切なものであったと評価する(1-⑦)。原子力を潜水艦の推進力とすることによって、これまでとは比較できないほどの潜行能力と航続距離を手に入れることができる。それはオーストラリアの戦略的利益、そして主権の維持を確保する上で、必要な措置であったと評価されるようになるであろう、と論じている。

とはいえ、オーストラリア国内で、過度にアメリカとの軍事協力を深めて、米中対立を加速させることに対する批判も見られる。たとえば1990年代に労働党首相としてアジア太平洋地域協力を促進したポール・キーティングは、オーストラリアが中国を挑発することにより、国際的な緊張を高めるべきではないと、AUKUSを批判する(1-⑧)。ただし、キーティングのようなAUKUSへの批判と、対中協調論への回帰を求める主張は、現在のオーストラリアでは少数派である。高まる中国の軍事的圧力や、人権や民主主義に対する抑圧的な姿勢に対して、オーストラリアが真剣に対峙することが必要だと説く声が多数派であるといえる。

AUKUS成立をめぐる国際的な波紋は、米英豪仏という当事国を超えて広がっている。とりわけ、日米豪印という、いわゆる「クアッド」の4カ国の一角を占めるインド、さらには東南アジア諸国がこれにどのような反応をするかが、重要な意味を持つ。はたして、AUKUSはクアッドを強めることになるのか、あるいは弱めることになるのか。インドの外交専門家のラジェスワリ・ピライ・ラジャゴパランは、『ディプロマット』誌へ寄稿した論考の中で、AUKUSはクアッドを強めることになると明言する(1-⑨)。AUKUSは、インド太平洋地域で多く見られる「ミニラテラリズム(少数国による多国間主義)」の一種であり、クアッドがあらゆる国に門戸を開くことができないように、AUKUSが必ずしも閉鎖的であると批判する必要はない。原潜を配備することで軍事的により強靱となるオーストラリアの国防は、インドにとっても、またインド太平洋の平和と安定にとっても、利益となるであろう。

また、インドを代表する対外政策の専門家であるラジャ・モハン・シンガポール国立大学南アジア研究所所長は、AUKUSやクアッドなどアメリカを中心とした諸国が、中国に対抗して半導体や高速通信網などの先端技術で十分な競争力を持つことの重要性を提示する(1-⑩)。同時に、日豪印はアメリカとは異なり、中国と多様なかたちで地域協力を推進することを必要とし、過度な対中封じ込めには慎重である。日豪とは異なり、インドはクアッドの中では唯一アメリカの同盟国ではない。それゆえ、米印間の戦略的協力がよりいっそう重要になり、インドが米仏間の亀裂を修復するような、橋渡しの役割を担うことも可能だと論じる。

インドではAUKUSに肯定的な声が数多く聞こえる一方、ASEAN(東南アジア諸国連合)のなかではより慎重で、過度な対中強硬路線に対して警戒感を示す論調が強い。オーストラリアのヴァーヴ・リサーチの設立者であり、またブルッキングス研究所のノンレジデント・フェローであるナタリー・サンビは、オーストラリアとインドネシアとの間に存在する摩擦を念頭に、オーストラリアが過度に米英との軍事的提携を強化して中国を封じ込めることに懸念を示す(1-⑪)。クアッドには日印が含まれていることからも、インドネシアはそれに一定の信頼を置き批判を加えることは控えている。しかしながらAUKUSはイギリスがそこに含まれることで植民地主義の記憶を想起させ、また欧米中心の地域秩序形成に対する警戒感を喚起する可能性もある。バイデン政権になってもアメリカは東南アジアを重視する姿勢を明確には示しておらず、過度な欧米中心主義的な地域秩序構想へと傾斜することに、インドネシアは必ずしもよい印象を持たないであろう。

中国がアメリカ主導のAUKUSの形成に警戒感を示し、批判を行うことは、十分に予見できることであった。AUKUSをめぐる合意が発表された翌日の、「米英豪が先導すれば、世界に『原潜ブーム』が到来する」と題する『環球時報』紙の社説では、AUKUSが核不拡散を破壊して、それによってこれからは世界中に原潜技術の拡散という傾向が強まることになると予見する(1-⑫)。原子力の推進力を用いた、核戦力を配備しない潜水艦を、核不拡散体制が想定する「核兵器」と位置づけるかどうかは議論が分かれる。ただし、これまで1958年のアメリカからイギリスへの原潜供与以外に前例がないことを考慮すれば、今回の米英豪の合意によって今後、原子力潜水艦を求める国家が増えていき、それが原潜の拡散につながることは考えられる。『環球時報』紙が警告するような「原潜ブームの到来」については実際には蓋然性があまり高くはないが、今回の米英豪のAUKUSをめぐる合意が国際社会にマイナスの波紋をもたらす可能性についても留意すべきであろう。

同じく『環球時報』紙の9月17日社説では、「AUKUSはアメリカの身から出た錆だ」というタイトルで、オーストラリアへの原潜開発技術の供与というかたちで不拡散を傷つけることになると批判している(1-⑬)。とりわけ、このAUKUSがフランスを疎外するのみならず、いわゆる「ファイブ・アイズ」と呼ばれるアングロサクソン諸国の緊密なインテリジェンス協力のなかのカナダとニュージーランドも除外していることを指摘する。アメリカのインド太平洋戦略が奏功しておらず、アメリカの焦りの中から生み出されたAUKUSがむしろ、アメリカの同盟国との関係を傷つけていることについて、「身から出た錆」と表現する。さらに、主要国の多くはむしろ中国との貿易を拡大しており、あえてそれを縮小することを望む国も、中国との軍事的対峙を望む国もないであろうと論じる。

AUKUSの合意をめぐっては、関係する各国でその反応が異なるのは自然だとしても、それがインド太平洋地域の秩序形成に大きな影響を及ぼすことになる可能性は高い。ただし、もう一つの留意すべき点として、すでに一部の論者によって示されているように、フランス製の潜水艦を導入するよりも、米英からの技術供与を受けることになる原潜を導入する方が、おそらくは費用も開発期間も増大するであろうことも視野に入れるべきだ。仏豪間の契約をめぐりいくつもの問題が生じて、それによりオーストラリア政府が再考を促さざるを得なかったのはやむを得ないとしても、その代替としてよりハードルの高い原潜導入という決定を行うことには不確実性が伴う。実際に円滑に合意と開発が進捗したとしても、実際に配備されるのは2040年代から50年代になるという見通しもあり、それまでの間に現役のオーストラリアの潜水艦であるコリンズ級潜水艦の後継が不在の期間が長くなることは、対中抑止という観点からも好ましいことではない。

AUKUSでは、米英豪の3カ国がインド太平洋地域で軍事的合理性を追求した合意の結果として、幅広い国際的な連携を強化するという政治的な合理性が一部損なわれた可能性がある。それゆえ、バイデン政権が対フランス、対インド、対ASEANなど、さまざまな方法で今後洗練された外交を展開することは不可欠となっている。そのような理由からも、アシュレー・タウゼントトム・コーベンという二人の安全保障専門家は、これらの同盟の亀裂を修復して、この地域の平和と安定のためによりいっそう責任ある安全保障上の役割を担うように提言する(1-⑭)。

2.「戦略的自立」へと向かう欧州

2021年8月から9月にかけて、米欧関係は摩擦や相互不信を増大させていった。十分な事前調整なくカブールからの米軍撤兵を急いだバイデン政権に対して、多大な犠牲を伴いつつアフガニスタン派兵と米軍との協力を続けてきた欧州諸国からは不満の声があがった。

そもそもフランスは、2001年のアメリカにおける同時多発テロの直後に、もっとも迅速にアメリカへの連帯の意思を示していた。アフガニスタン戦争と、その後のアフガニスタンの安定化は、アメリカ単独で行ったのではなく、国連安保理決議に基づくNATO(北大西洋条約機構)の国際治安支援部隊(ISAF)として行ったものであった。

それゆえに、アメリカの単独行動主義的な振る舞いに、欧州の同盟諸国は複雑な心境であった。また米軍撤退が想定外の混乱をもたらしたことで、同盟国アメリカに対する信頼が大きく損なわれる結果となり、欧州の自立の必要性という認識に帰結している。こうした一連の出来事が「米国第一主義」を掲げるドナルド・トランプ前大統領ではなく、同盟国との絆を修復することを公約にしてきたバイデン大統領の下で行われたことは、大きな失望であった。

そのような認識は、欧州側ばかりか、アメリカ国内からも示されている。たとえば、外交問題評議会会長のリチャード・ハースは、『フォーリン・アフェアーズ』誌に寄せた論考、「米国第一主義の時代 ーワシントンの誤った対外政策コンセンサス」のなかで、従来の国際主義的なアメリカ外交のコンセンサスが大きく後退して、自国第一主義的で内向きの対外姿勢が、新しいコンセンサスになりつつあることを批判的に論じている(2-①)。それは、オバマ政権から、トランプ政権、そしてバイデン政権へと受け継がれてきたものでもある。ハースは、そのような「新しいコンセンサス」を乗り越えて、再びアメリカ外交が国際主義を復活させる重要性を説いている。

他方で、フェデリカ・モゲリーニ前欧州連合(EU)外務・安全保障政策上級代表のブレーンとして、2016年のEUの「グローバル・ストラテジー」文書の策定に中心的に関与した外交専門家のナタリー・トッチは、アフガニスタンの混乱と、AUKUSをめぐる米仏間の摩擦によって、トランプ政権後のバイデン新大統領のもとでの米欧関係の「ハネムーン」期間が終わりつつあると論評している(2-②)。すなわち、早急な米軍撤退が引き金となったカブール陥落や、AUKUSをめぐる混乱などによって、欧州諸国においては、トランプ政権とバイデン政権を連続するものとしてとらえて、アメリカからのよりいっそうの「戦略的自立」を求める声が大きくなっている。たとえば、スペイン元外相のアナ・パラシオは、カブール陥落が米欧関係への不安を高める結果となり、よりいっそう欧州が「戦略的自立」を求めるようになると想定する(2-③)。来年6月にはNATOが「新戦略概念」を公表する見通しであるが、欧州の「戦略的自立」を強化しながらNATOの防衛協力を強化することは可能である。欧州側の防衛面での自助努力を喚起する声は、現在のヨーロッパでは幅広く聞かれるものだ。

EUの外務・安全保障政策上級代表のジョセップ・ボレルは、『ニューヨーク・タイムズ』紙への寄稿で、アフガニスタンの混乱は、EUに対して今後よりいっそう自らの利益を守る能力の強化を求めていると説く(2-④)。20年前の同時多発テロの後には、NATOの第5条の集団的自衛権が初めて発動された。また、アフガニスタンの安定化と復興のために、欧州諸国は多大な貢献をし、犠牲を払ってきた。にもかかわらず米軍撤退の方針とそのスピードはすべてワシントンDCで決定されている。ボレルは、2022年に発表予定の新しい「欧州戦略指針」の策定作業を前提として、今後は米欧間でより緊密に戦略的文化を共有する必要を論じ、「アフガニスタンはヨーロッパに向けてのウェイクアップ・コール」であると位置づけている。

同様に、ドイツの国防相を務めるアンネグレート・クランプ=カレンバウアーもまた、欧州諸国がより結束した政治的意志を持つことで、EUが真の意味でのアメリカの戦略的パートナーになると説いている(2-⑤)。ヨーロッパの問題は、アメリカの軍事的プレゼンスなしでは、アフガニスタンに欧州の兵力を駐留させられないことだ。クランプ=カレンバウアーは、その背景をEUの軍事力の欠如に求めるのではなく、十分な政治的意志の欠如に求めている。ただし実際には、NATOのなかでアメリカ一国の国防費支出が全体の7割を占めていることに示されるように、政治的意志よりもまずはEUが十分な国防費を支出する必要がある。「政治的意志」だけでは、アメリカの戦略的パートナーにはなれないのだ。

皮肉にも、AUKUSが発表された翌日の9月16日に、EUは独自のインド太平洋戦略文書「インド太平洋地域における協力に関するEUの戦略」を発表していた。AUKUSをめぐる混乱で完全に、このEUの画期的なインド太平洋戦略の発表はかき消される結果となった。はたして、EUがこの地域でどの程度重要な役割を担うことができるのだろうか。「戦略的自立」とは実際に、どのようなかたちで実現していくのであろうか。AUKUSについての注目の大きさと、EUのインド太平洋戦略についての報道の少なさは、その現実の軍事的な影響力の大きさに比例したものであるのかもしれない。

3.9・11テロから20年が経過した

AUKUSの発表の4日前にあたる9月11日は、アメリカにおける同時多発テロ勃発の20周年であった。本来であれば、その20年の軌跡を振り返る機会になるはずであったが、1カ月ほど前のカブール陥落、そしてそれに続くタリバン政権の成立と、アフガニスタンからの自国民の退避のオペレーションで報道は埋め尽くされていた。アフガニスタンの安定化と復興を讃えるような論調はあまり見られず、むしろ現在の混乱や、不安な将来について、多くの論考が見られた。

同時多発テロ20周年という視点では、ジョセフ・ナイ・ハーバード大学名誉教授が、それについての論考を寄せている(3-①)。ナイ教授は、1990年代には東アジア担当国防次官補としてクリントン政権のアジア政策を支え、また同時多発テロ以降も常に国際論壇を牽引する立場にあった。ナイによれば、あまりにも巨大な同時多発テロの衝撃は、アメリカ国民に巨大な心理的な傷を与え、世論に熱狂的な復讐心をもたらした。本来はそのような復讐心を抑制して、冷静にアメリカにとって必要な安全保障政策を形成するべきであった。依然として国際テロリズムの脅威が存在する中で、アメリカの指導者は世論の復讐心を制御することが求められる。

また、定期的に『フォーリン・ポリシー』誌にコラムを掲載するハーバード大学のスティーブン・ウォルト教授は、「一世紀後、9.11はどのように記憶されているのか」と題する論考の中で、長い時間的な視野の中にこの20年を位置づけている(3-②)。この9.11テロを契機として、アフガニスタン戦争やイラク戦争でアメリカが国力を疲弊させる中で、中国が台頭を加速させて、「習近平の夢が実現する」可能性もある。他方で、むしろ反対に、アメリカが引き続き世界政治での巨大な影響力を保持して、「アメリカのルネサンス」が始まる契機になったと位置づけられるかもしれない。いずれにせよ、これからどのようなシナリオが作られていくか、まさに現在の戦略の選択が重要となるのだろう。

ところで、2001年9月13日、『ルモンド』紙はアル・カーイダによるテロ攻撃を受けたアメリカへの連帯を示すために、「われわれはみな、アメリカ人である」と論じる社説を掲載した。2021年9月10日の「9/11 ーアメリカのための教訓」と題する『ルモンド』紙社説では、過去20年間、アメリカは傲慢さや無知に基づいた行動を繰り返してきて、アフガニスタン撤退を受けてそのような挫折の軌跡を回顧し、検証する必要を指摘している(3-③)。同時多発テロ攻撃を受けたアメリカは、強い愛国心に駆られて、盲目的に政治指導者の決断に全てを委ねた。アメリカがあたかも救世主であるかのように、ネオコンのイデオローグは軍事介入をこれまで先導してきた。アメリカは「何度パンチを受けても戦うことを諦めないボクサー」のように、これからも立ち上がり、また戦いを続けるだろう。他方で、挫折を振り返ることで、アメリカは教訓を得られるはずだ。

これらの一連の動きを見て、アメリカの政治学者のフランシス・フクヤマは、これからもアメリカがしっかりと民主主義的な価値を擁護していくことが重要だと主張する(3-④)。フクヤマは、アフガニスタンからの米軍の撤退がアメリカの時代の終わりを意味するのではなく、むしろアメリカ国内での価値をめぐる政治的な分裂こそがアメリカを衰退させると説いている。したがって、中国の台頭はそのようなアメリカの民主主義的な価値にとっての脅威となり、台湾の民主主義を擁護できるかどうかが試金石となるだろう。

中国の『人民日報』紙で、アフガニスタン戦争開始後の20年間のアメリカの軌跡について、3回にわたって特集を組み社説で論じている(3―⑤)。ここでは、アフガニスタンにおけるアメリカの政策の失敗を厳しく批判する論調となっており、それはまた現在のアメリカ外交を想起して、現在の行動が挫折に帰結することを強く示唆するものでもある。

1回目の社説では、「覇権主義とパワー・ポリティクスでは人心を獲得できない」と題して、アメリカの挫折の原因が強圧的な覇権主義に基づいて、パワー・ポリティクスを実践したことにあると批判する。第2回は、「強引な『民主化』を推し進めても自滅するだけだ」と題して、アメリカの政策が、アフガニスタンの歴史や文化を無視して強引に民主化を進めようとしたことが、失敗を招いたと論じる。第3回は、「軍国主義は問題を大きくさせるだけだ」というタイトルで、「ベトナム・シンドローム」から「アフガニスタン・シンドローム」までの歴史を連続して論じ、世界最大の軍事力を用いて、世界を不安定化させていると批判する。この社説によれば、1945年から2001年までに、世界153の地域で発生した248件の武力紛争のうちで、201件はアメリカが引き起こしたものである。いわば軍国主義国家アメリカは、「世界最大の動乱輸出国である」と糾弾する。このように、この3回にわたる社説は、アメリカ批判一色となっており、現在のアメリカの企みも挫折することになると示唆している。

イギリスの歴史家E・H・カーはかつて、「現在と過去との対話」として歴史を論じた。9.11テロ20周年を記念する場合においても、それぞれの諸国は、それぞれの視点や経験をもとにして、それを語っている。言い換えれば、各国がどのように歴史を論じるかを見ることにより、その国家の国際情勢認識の深層心理や、さらにこれからの戦略的な方針が浮かび上がってくるかもしれない。

4.米軍撤退のその後

8月15日のカブール陥落、そしてそれに続く米軍の撤退をめぐり、国際論壇では引き続き多くの議論が展開した。アメリカ国内では、バイデン政権の政策への賛否が論じられ、それ以外の諸国でも地域情勢や、さらには世界情勢に及ぼすであろう影響に検討が加えられている。

トランプ政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めた、元陸軍中将のハーバート・マクマスターは、アフガニスタン駐留軍司令官を務めた経験からも、バイデン政権のカブールからの拙速な米軍撤退の方針を批判している(4-①)。このことによって、アフガニスタンで今後テロリストが育成される危険があり、またジハーディストが将来、アフガニスタン国外でテロリズムを実行する危険が高まるであろう。

ウォルター・ラッセル・ミードは、今回のアメリカの挫折は、アメリカの軍事的な信頼性は損なわないかもしれないが、「アメリカは実効的な政策を策定し、それを維持する能力が欠落している」という認識が広がっていることを懸念している(4-②)。そのような認識が広がること自体が、将来のアメリカの行動の制約要因となるであろう。さらにミードは、アメリカ国内でこの問題をめぐり共和党と民主党が責任をなすりつけ合って、党派対立とイデオロギー的分裂が深まっていくことを懸念する。ミードが述べるように、党派的対立を超えて、アメリカが抱える困難な課題に適切に対処していかなければならない。やはり、このカブール陥落がアメリカの対外政策にこれから及ぼすであろう負の要因が強調される傾向が見られる。

他方で、ロシアや中国の論壇では、アメリカの失敗に執拗に光を当てて、現在のアメリカの対外政策の問題点を抽出して厳しく批判する傾向が見られる。ロシアでは、ウラジーミル・プーチン大統領の外交アドバイザーのヒョードル・ルキアノフが、20年におよぶアフガニスタン戦争を「壊滅的な失態」と表現する(4-③)。そしてこの「失態」は「歴史に残るだろう」と述べている。アメリカは、このアフガニスタンでの戦争によって財政的に疲弊するばかりか、同盟国からの信頼や威信も大きく損なった。さらにはアメリカのインテリジェンス能力やその巨大な軍事組織の指揮系統にも懸念が示されるようになっている。ルキアノフは、「アメリカは戻ってきた(America is back)」というバイデン大統領のスローガンが、実は、「アメリカは自国に撤退した(America is home)」を意味していると揶揄している。民主主義を広げるという夢が破れた結果、アメリカは利己主義に回帰して、その外交は自国第一主義に後退しつつあるというのだ。

中国の『環球時報』では、中国国際問題研究所欧州研究センター長の崔洪建が、米軍のアフガニスタンからの撤退により欧州諸国の間で疑念と不信が広がっていることに注目する(4-④)。そしてそれが米欧関係における「付随的損害」となっていると論じる。さらには、より深刻な問題として、今回の米軍の撤退はアメリカの介入主義的な政策の挫折を意味するだけではなく、アメリカの外交機関と軍事機関の判断の誤りや、情報分析能力の低下などが背後にあるとする。これまでアメリカとの対立を続けてきたロシアや中国は、アメリカの挫折を強調することにより、自らの主張の正当性を証明しようとしているような印象を受ける。

アメリカの軍事的関与の後退に伴う国際社会の動揺は、とりわけ中国からの軍事的圧力が強まっている台湾において深刻である。台湾の国民党系の新聞、『中国時報』では、「アフガニスタンの悲惨な結末が、台湾に衝撃を与える」と題する社説のなかで、今回の米軍の撤退が台湾海峡を含めてアメリカの軍事的関与についての深刻な疑念を生じさせているとの見方を示した(4-⑤)。「今日のアフガニスタンが、明日の台湾」とならないためにも、台湾は過度なアメリカへの依存から自立する必要があるという。そして、米軍撤退による「力の空白」の誕生が、中国やロシアの影響力拡大に繋がると論じている。

対照的に、民進党系の新聞である『自由時報』の社説では、これまで40年間の年月をかけて防衛能力を向上させてきた台湾は、タリバン勢力に敗走して崩壊したアフガニスタンの場合との大きな違いがあると論じる(4-⑥)。それゆえ、「今日のアフガニスタンは、明日の台湾」とはならないと、そのような言説を強く否定する。いまや台湾は、民主主義勢力のインド太平洋における最前線に位置しており、コロナ禍の対応や半導体供給のサプライチェーンにおいてその重要性は高まっている。

このように台湾では、アフガニスタンからの米軍の撤退をめぐって国民党と民進党とで対照的な教訓を導き出している。

とはいえ、米海軍予備役将校のブレイク・ヘルツィンガーが『フォーリン・ポリシー』誌に寄せた論考の中で論じているように、アフガニスタンと台湾はアメリカとの歴史的な紐帯も、アメリカにとっての安全保障上の重要性も、全く異なっている(4-⑦)。同列に論じることは乱暴であろう。アフガン撤退でアメリカの「信頼性」が低下したと繰り返し語られる中で、その内容があまりにも雑に論じられていることを批判して、アメリカが今問われているのはむしろ政策遂行能力であると強調する。必ずしもアメリカの信頼性が低下したわけでもなければ、アメリカの影響力が後退したわけでもない。しかしながら、バイデン政権が適切に政策を遂行できなかったことについては、厳しく批判を加えている。

はたして米軍撤退後のアフガニスタンでは、タリバンの統治の下で再びテロリズムが勢いづくのであろうか。イスラム過激主義の専門家であるジョージタウン大学教授のダニエル・バイマンは、それとは異なる見解を示している。バイマンは、『フォーリン・アフェアーズ』誌に寄せた論考のなかで、タリバンもパキスタンも国際テロリズムを支援することはないだろうと論じ、タリバンの勝利が必ずしもアル・カーイダの勝利になるわけではないと論じている(4―⑧)。タリバン政権下のアフガニスタンで、むしろタリバンを攻撃するアル・カーイダのテロが続くことに示されるように、バイマンの主張がより現実に即したものといえるのではないか。

『ワシントン・ポスト』のコラムニストのデイヴィッド・イグナシアスもまた、これからのアメリカのアフガニスタン関与は、アメリカ政府がタリバンとどのような協力関係を構築するかによって大きく左右されると論じる(4-⑨)。実際に、アフガニスタンを統治するのがタリバン政権であり、一定数のアメリカ政府関係者がまだアフガニスタンに残留していることを考慮すれば、そのような主張は適切なものというべきであろう。

他方で、それとは異なる主張もみられる。最近の国際情勢の変動にも積極的な発信をする国際政治学者のスティーブン・ウォルトは、米軍のアフガニスタンからの撤退が、アメリカの信頼性の低下には繋がらないし、それほど不安に考えるべきものでもないと論じる(4-⑩)。アメリカは、これ以上、対外軍事介入による資源の浪費もなくなるであろうし、より優先すべきことに時間や資源を集中して用いることが可能となる。

ウォルトは以前から国際政治学者として、オフショア・バランシング戦略の意義を提唱しており、アメリカの過剰な対外軍事介入を批判してきた。イラク戦争の際にも、ネオリアリストの国際政治学者として、封じ込め戦略を用いてサダム・フセインに対処可能だと説き、アメリカのイラクへの軍事介入には反対の論陣を張った。ただし、そのような見解は必ずしもワシントンDCの対外政策の専門家の間では多数派とはなっていない。

アメリカでの議論が、バイデン政権の政策への賛否を問う性質のものが多い中で、フランスの『ルモンド』紙の社説はそれとは異なる論点に注目する。すなわち、今回のカブール陥落は、今後深刻なアフガニスタン難民危機をもたらすことになるであろうから、そのような難民を国際社会が保護することが重要となる(4-⑪)。この記事は、そのような保護は人道上の義務であると論じて大きな反響を呼んだ。というのも、2015年のシリア難民危機の結果、多くの難民が欧州諸国に流入したことが、その後の欧州諸国での移民排斥を訴える右派ポピュリズムの興隆に繋がっていたからだ。難民保護の人道上の要請と、難民流入に対する国民の強い抵抗と、この二つの現実をどのように調整し、均衡させるかが、各国政府にとっても難しい課題となるであろう。

5.中国の台頭の終焉?

アフガニスタンからの米軍の撤退は、中国にとっては好機と危機の双方をもたらしている。昨年まで人民解放軍上級大佐を務めていた周波は、「一帯一路」の拡充や鉱物資源へのアクセスの強化という経済的機会と、アフガニスタンにおける中国の影響力拡大という政治的機会と、そのいずれも中国が得ることができると論じている(5-①)。いわば、アレクサンダー大王、イギリス帝国、ソヴィエト連邦、そして今回のアメリカ帝国と、長らく征服者にとっての「墓場」となってきたアフガニスタンに対して、中国は「爆撃」によってではなく、明確な協力の「青写真」を携えて進出していく。それによってこれまでの「呪い」が破られることを証明できるだろうと、楽観的な見通しを示している。

だが、そのような楽観論は中国でも少数派と言える。むしろ中国自らも、イスラム過激派のテロリズムが中国国内に逆流することに、かなりの警戒感を示しているようだ。イギリスやアメリカとは異なり、陸続きでアフガニスタンに接する中国は、長い歴史の中でこの地域の複雑さや、関与の難しさを十分に理解しているようである。そのような観点から、『環球時報』紙の9月8日付の社説では、中国はアメリカとは異なって、アフガニスタンで地政学的な野心や、介入主義的な意図をもっていないために、アメリカが陥ったような「罠」にはまることはないだろうと予見する(5-②)。中国はあくまでも相互尊重と互恵的協力を基礎として関与を行うため、アメリカが期待するようにアフガニスタンが「中国の墓場」となることはない。欧米のエリートと異なる東洋の大国の知恵と、穏健で謙虚な姿勢でこれから関与していくため、建設的な協力が可能となるというのだ。

アフガニスタン情勢に詳しいアメリカの戦略国際問題研究所(CSIS)セス・ジョーンズ副所長は、中国専門家のジュード・ブランシェットとの共著論文の中で、アメリカ撤退後のアフガニスタンで中国はさまざまな困難に直面するであろうことを予期する(5-③)。とりわけ新疆でウイグル人国家建設を望むいわゆる「東トルキスタン・イスラム運動」(ETIM)の存在が、中国にとっての懸念となっているという。何よりも大きなジレンマは、アフガニスタンが安定化しなければ中国は大規模投資を行うことができないが、投資を増やさなければアフガニスタンは安定化しない。必ずしも米中両国は、アフガニスタン問題をめぐってゼロサムの関係にあるわけではない。とはいえ、中国が今後、アフガニスタン情勢に最も影響を受けることになるであろうから、中国の指導者にとってはまたもう一つ、困難な問題が増えたことを意味するのだろう。

中国の台湾に対する軍事攻撃の可能性が、通常想定されているよりも大きいと『フォーリン・アフェアーズ』誌上で論じたことで注目されたアメリカの中国専門家、オリアナ・スカイラー・マストロは、米軍のアフガニスタンからの撤退が必ずしも中国を利するわけでも、中国による台湾侵攻の可能性を増大させるわけでもないと論じる(5-④)。むしろアメリカはこれから、資源を対中政策へとよりいっそう多く向けることができるだろうから、中国は簡単にそれを喜ぶことはできないだろう。これまで中国は、アメリカが20年間のアフガニスタンの戦争で国力を疲弊させている合間に、東アジアでの自らの影響力を拡大してきた。もはや中国は、アフガニスタン安定化をめぐってアメリカの軍事的関与にただ乗りすることができなくなった。

このようにして、アフガニスタンと中国との関係は決して一筋縄には行かない。そのなかでもとりわけ重要となるのが、中国とパキスタンの関係である。米スティムソン・センターのシニア・フェローで、南アジアの専門家であるエリザベス・スレルケルドは、タリバン政権がアフガニスタンで成立したことは、これまでのパキスタンと中国との協力関係の深化を妨げることになると予想する(5-⑤)。中国は現在のところアフガニスタンへの投資をほとんど拡大しておらず、鉱物資源へのアクセス強化のため「一帯一路」構想を活用するという見解については、スレルケルドは懐疑的である。むしろ、中国・パキスタン経済回廊(CPEC)の下での中国のパキスタン投資が、これからアル・カーイダのようなテロリストの攻撃にさらされることで地域情勢が不安定化し、後退していくかもしれない。

あまりにも多くの不安要素を抱える中国について、ハル・ブランズマイケル・ベックリーが「中国の台頭の終焉」を論じているのは注目に値する(5-⑥、5-⑦)。現在ジョンズ・ホプキンズ大学教授のブランズは、アメリカのグランド・ストラテジーについて優れた著作を多く刊行する、最も影響力の大きな中堅の国際政治学者の一人であり、同じく中堅の国際政治学者のベックリー・タフツ大学准教授との共著論文のなかで、中国がこれから急速に衰退していくことによってアメリカとの戦争の可能性が高まることを懸念する。いわば、急速に台頭する大国がもたらす「ツキジデスの罠」ではなく、「ピークに達した大国の罠」に留意しなければならない。二人は第一次世界大戦前のドイツ帝国や、第二次世界大戦前の日本をその例として示す。経済成長の鈍化と急速な人口減少、そして習近平の強権的な政策とを同時に経験する中国は、国力が本格的に後退する前に台湾に侵攻する可能性すらあるという。

他方で、それとは論調が異なりながらも、中国国内でも興味深い論考が注目された。「李光満文書」としてネットでも話題となっているものであり、著名な極左の保守派ブロガー、李光満がWeChatで主張した内容が、次々と『人民日報』や、CCTV(中国国営中央テレビ)、『解放軍報』などで転載され紹介されている(5-⑧)。今や習近平政権の下で中国は、富裕なハイテク企業や、著名な芸能人への締め付けが強まっている。「文革再燃」が喧伝されるなかで、李光満は社会全体が「資本中心から人民中心へ変化」すると主張して、本来の共産主義社会へと回帰していると評価する。社会の不満を吸収するかたちで、この李光満文書が幅広く読まれ、中国の論壇の注目の的となっている。

台湾の民進党系の『自由時報』の社説では、このような中国国内での傾向を懸念して、習近平が「第二の毛沢東」のイメージで商業や娯楽業界への急進的な締め付けを行うことは、中国の孤立化と貧困化を招くことになるだけだと警鐘を鳴らす(5-⑨)。この社説では、北京大学経済学教授の張維迎の警告を参照して、そのような政府の干渉や締め付けの強化は、「共同富裕」ではなく「共同貧困」に陥ることになるかもしれないと指摘している。いずれにせよ、これらの中国国内での動きが、中国経済の将来に暗い影を投げかけていることは確かであろう。

これ以外にも、ドイツの総選挙と、日本における岸田文雄政権の成立というように、日独両国で新しい政治的な動きが見られた。ドイツの場合は連立交渉、そして日本の場合は衆議院選挙が控えており、それらの結果により、これからの自由民主主義勢力の方向性は左右されるかも知れない。ただし、おそらくいずれの場合も、従来の外交路線からの根本的な転換が起こる可能性はあまり高くないのではないか。

【主な論文・記事】
1.AUKUSがもたらした期待と軋轢

Max Boot, “Biden’s Australian submarine deal is a big win in the strategic competition with China(バイデンのオーストラリア潜水艦契約は、中国との戦略的な競争における大勝利である) ”, The Washington Post, September 20, 2021, https://www.washingtonpost.com/opinions/2021/09/20/bidens-australian-submarine-deal-is-big-win-strategic-competition-with-china/
Walter Russell Mead, “Aukus Is the Indo- Pacific Pact of the Future(Aukusは将来のインド太平洋条約だ) ”, The Wall Street Journal, September 27, 2021, https://www.wsj.com/articles/aukus-indo-pacific-pact-china-australia-11632775481?mod=opinion_major_pos9
Eharles Edel, “China Has Only Itself to Blame for AUKUS(AUKUSに関しては中国の自業自得に過ぎない)”, Foreign Policy, September 24, 2021, https://foreignpolicy.com/2021/09/24/china-aukus-submarines-defense/
Michel Duclos, “Sous-marins australiens : « Il appartient à Washington de réparer les dégâts avec la France et l’OTAN »(オーストラリア潜水艦:フランス及びNATOとの傷を修復するのはワシントンの役目である)”, Le Monde, September 20, 2021, https://www.lemonde.fr/idees/article/2021/09/20/sous-marins-australiens-il-appartient-a-washington-de-reparer-les-degats-avec-la-france-et-l-otan_6095358_3232.html
Mathieu Duchâtel, “Australia And The Future of Deterrence Against China (オーストラリアと対中抑止の将来)”, Institut Montaigne, September 22, 2021, https://www.institutmontaigne.org/en/blog/australia-and-future-deterrence-against-china
Antoine Bondaz, “There’s a silver lining for France in the US-Australia submarine deal(米豪の潜水艦協定において、フランスには希望の光が存在する)”, Politico, September 17, 2021, https://www.politico.eu/article/silver-lining-for-france-in-us-australia-submarine-deal/
 Andrew S. Erickson, “Australia Badly Needs Nuclear Submarines(オーストラリアにはどうしても原子力潜水艦が必要だ)”, Foreign Policy, September 20, 2021, https://foreignpolicy.com/2021/09/20/australia-aukus-nuclear-submarines-china/
Paul Keating, “The Morrison government is provoking China to please America(モリソン政権はアメリカを喜ばせようとして中国を挑発している)”, Australian Financial Review, September 2, 2021, https://www.afr.com/policy/foreign-affairs/the-morrison-government-is-provoking-china-to-please-america-20210902-p58o9i
Rajeswari Pillai Rajagopalan, “Does AUKUS Augment or Diminish the Quad?(AUKUSはクアッドを補強するのか、それとも弱めるのか)”, The Diplomat, September 23, 2021, https://thediplomat.com/2021/09/does-aukus-augment-or-diminish-the-quad/
C. Raja Mohan, “AUKUS, the Quad, and India’s Strategic Pivot(AUKUS,Quad,そしてインドの戦略的なピボット)”, Foreign Policy, September 23, 2021, https://foreignpolicy.com/2021/09/23/india-modi-biden-aukus-quad-summit-geopolitics/
Natalie Sambhi, “Australia’s nuclear submarines and AUKUS: the view from Jakarta(オーストラリアの原子力潜水艦とAUKUS:ジャカルタからの視点)”, The Strategist, September 20, 2021, https://www.aspistrategist.org.au/australias-nuclear-submarines-and-aukus-the-view-from-jakarta/
「社评:有美英澳带头,世界将迎来“核潜艇热“(社説:米英豪がそれを望むなら、世界に『原潜ブーム』が到来する)」『环球网』2021年9月16日、 https://opinion.huanqiu.com/article/44n97JW58UT
「社评:奥库斯是美国搬起来砸自己脚的石头(社説:AUKUSは米国の身から出た錆だ)」『环球网』2021年9月17日、 https://opinion.huanqiu.com/article/44oFlgGnq6u
Ashley Townshend and Tom Corben, “Beyond Alliance Repair: Biden Must Do More in the Indo-Pacific. (同盟修復を超えて:バイデンはインド太平洋でさらにやるべきことがある)”, The Diplomat, September 13, 2021,  https://thediplomat.com/2021/09/beyond-alliance-repair-biden-must-do-more-in-the-indo-pacific/

2.「戦略的自立」へと向かう欧州

Richard Haass, “The Age of America First: Washington’s Flawed New Foreign Policy Consensus(米国第一主義の時代:ワシントンの誤った対外政策コンセンサス)”, Foreign Affairs, November/December 2021,  https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2021-09-29/biden-trump-age-america-first
Nathalie Tocci, “After the honeymoon, how to make the EU-US relationship work (ハネムーン後、EUとアメリカの関係をどう維持するか)”, Politico, October 6, 2021, https://www.politico.eu/article/eu-us-aukus-biden-trade-and-tech-council-transatlantic/
Ana Palacio, “European Strategic Autonomy After Afghanistan(アフガン以後の欧州の戦略的自立)”, Project Syndicate, September 14, 2021, https://www.project-syndicate.org/commentary/eu-strategic-autonomy-after-afghanistan-future-of-nato-by-ana-palacio-2021-09
Josep Borrell Fontelles, “Europe, Afghanistan Is Your Wake-Up Call(ヨーロッパよ、アフガニスタンは君たちへのウェークアップ・コールだ)”, The New York Times, September 1, 2021, https://www.nytimes.com/2021/09/01/opinion/afghanistan-europe-nato.html
Annegret Kramp-Karrenbauer, “Germany’s defense minister: Only political will can protect Europe(ドイツの国防大臣:政治的意思だけが欧州を守ることができる) ”, Atlantic Council, September 3, 2021, https://www.atlanticcouncil.org/blogs/new-atlanticist/germanys-defense-minister-only-political-will-can-protect-europe/

3.9・11テロから20年が経過した

Joseph S. Nye, Jr. “What Difference Did 9/11 Make? (9.11は世界をどのように変えたのか)”, Project Syndicate, September 6, 2021, https://www.project-syndicate.org/commentary/20-years-after-9-11-lessons-for-america-by-joseph-s-nye-2021-09
Stephen M. Walt, “How 9/11 Will Be Remembered a Century Later(1世紀後、9.11はどのように記憶されているのか)”, Foreign Policy, September 6, 2021, https://foreignpolicy.com/2021/09/06/how-9-11-will-be-remembered-a-century-later/
Éditorial, “11-Septembre : des leçons pour l’Amérique (9.11:アメリカのための教訓)”, Le Monde, September 10, 2021, https://www.lemonde.fr/idees/article/2021/09/10/11-septembre-des-lecons-pour-l-amerique_6094152_3232.html
Francis Fukuyama, “Francis Fukuyama on the end of American hegemony(フランシス・フクヤマ、アメリカの覇権の終焉を語る) ”, Economist, August 18, 2021, https://www.economist.com/by-invitation/2021/08/18/francis-fukuyama-on-the-end-of-american-hegemony
「二十年阿富汗战争给美国的警示(1)~(3)(20年のアフガン戦争がアメリカに与えた警告)」『人民网』2021年8月26日~28日。
(1)「霸权主义和强权政治不得人心(覇権主義とパワー・ポリティクスでは人心を獲得できない)」2021年8月26日、
http://opinion.people.com.cn/n1/2021/0826/c1003-32208475.html
(2)「强推“民主改造”只会自食恶果(強引な「民主化」を推し進めても自滅するだけだ)」2021年8月27日、
http://world.people.com.cn/n1/2021/0827/c1002-32209865.html
(3)「穷兵黩武只会使问题越来越多(軍国主義は問題を大きくさせるだけだ)」2021年8月28日、
http://opinion.people.com.cn/n1/2021/0828/c1003-32210932.html

4.米軍撤退のその後

M.R. McMaster and Bradley Bowman, “In Afghanistan, the Tragic Toll of Washington Delusion(アメリカの思い違いがアフガニスタンにもたらした悲劇的損失)”, The Wall Street Journal, August 15, 2021,  https://www.wsj.com/articles/afghanistan-withdrawal-biden-human-rights-terrorist-jihadist-islamist-taliban-kabul-11629044191
Walter Russell Mead, “The Deeper Crisis Behind the Afghan Rout(アフガンでの大敗の裏にあるより深遠な危機)”, The Wall Street Journal, August 23, 2021, https://www.wsj.com/articles/afghan-rout-crisis-foreign-policy-forever-war-jihadist-taliban-biden-allies-moscow-beijing-11629750508?mod=opinion_trending_now_opn_pos4
Fyodor Lukyanov, “об Афганистане: Америка не возвращается – бежит (アフガニスタンについて 「アメリカは戻った」のではなく、「自国中心主義的」となっている)”, Российская газета (Rossiyskaya Gazeta), August 16, 2021, https://rg.ru/2021/08/16/fedor-lukianov-ob-afganistane-pragmatizm-massovogo-porazheniia.html
崔洪建(Cui Hongjian)「阿富汗“大溃败”重创欧美关系(アフガニスタンでの大敗は米欧関係に重大な損害を与えた)」『环球网』、2021年8月25日、 https://opinion.huanqiu.com/article/44UUnW8JBBT
「阿富汗悲慘結局 台灣的震撼彈(アフガニスタンの悲惨な結末が台湾に衝撃に与える)」『中国時報』、2021年8月14日、 https://www.chinatimes.com/opinion/20210814003261-262101?chdtv
「從台灣經驗看阿富汗(台湾の経験からアフガニスタンを見る)」『自由時報』、2021年8月25日、 https://talk.ltn.com.tw/article/paper/1468798
 Blake Herzinger, “Taiwan Isn’t Afghanistan, Whatever Beijing Says(北京がなんと言おうとも、台湾はアフガニスタンではない)”, Foreign Policy, August 23, 2021, https://foreignpolicy.com/2021/08/23/taiwan-afghanistan-china-biden-us-reputation/
Daniel Byman, “Will Afghanistan Become a Terrorist Safe Haven Again? Just Because the Taliban Won Doesn’t Mean Jihadis Will(アフガニスタンは再びテロリストの巣窟となるのか? タリバンが勝ったからといって、イスラム過激派が勝つとは限らない)”, Foreign Affairs, August 18, 2021, https://www.foreignaffairs.com/articles/afghanistan/2021-08-18/afghanistan-become-terrorist-safe-haven-again-taliban
David Ignatius, “Can the U.S. work with the Taliban in Afghanistan? That’s the central question(アメリカはタリバンと協力することができるのか? それが核心的な課題である。)”, The Washington Post, August 24, 2021,  https://www.washingtonpost.com/opinions/2021/08/24/can-us-work-with-taliban-afghanistan-thats-central-question/
Stephen M. Walt, “Afghanistan Hasn’t Damaged U.S. Credibility(アフガニスタンは米国の信頼性にダメージを与えることはない)”, Foreign Policy, August 21, 2021, https://foreignpolicy.com/2021/08/21/afghanistan-hasnt-damaged-u-s-credibility/
Éditorial, “L’asile pour les Afghans persécutés, un droit et un devoir (迫害されたアフガン人の保護は、権利であり義務である)”, Le Monde, August 19, 2021,  https://www.lemonde.fr/idees/article/2021/08/19/l-asile-pour-les-afghans-persecutes-un-droit-et-un-devoir_6091813_3232.html

5.中国の台頭の終焉?

Zhou Bo, “In Afghanistan, China Is Ready to Step into the Void(アフガニスタンで、中国は空白に踏み込む準備ができている)”, The New York Times, August 20, 2021, https://www.nytimes.com/2021/08/20/opinion/china-afghanistan-taliban.html
「社评:发展中阿关系,中国不会掉入“陷阱”(社説:中国アフガニスタン関係が発展しても、中国は「罠」に陥ることはない)」『环球网』2021年9月8日、https://opinion.huanqiu.com/article/44gc1G31XZ5
Seth G. Jones and Jude Blanchette, “China’s Afghanistan Dilemma: What’s Bad for Washington Isn’t Necessarily Good for Beijing(中国のアフガニスタン・ジレンマ:米国にとってあるいことは必ずしも中国にとって好都合というわけではない)”, Foreign Affairs, September 13, 2021, https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2021-09-13/chinas-afghanistan-dilemma
Oriana Skylar Mastro, “What the U.S. Withdrawal From Afghanistan Means for Taiwan(米国のアフガン撤退が台湾に意味するものとは)”, The New York Times, September 13, 2021, https://www.nytimes.com/2021/09/13/opinion/china-taiwan-afghanistan.html
Mercy A. Kuo, “Pakistan-China Relations and the Fall of Afghanistan: Insights from Elizabeth Threlkeld(パキスタン・中国関係とアフガニスタン陥落:エリザベス・スレルケルドの見解)”, The Diplomat, August 31, 2021, https://thediplomat.com/2021/08/pakistan-china-relations-and-the-fall-of-afghanistan/
Hal Brands and Michael Beckley, “China Is a Declining Power—and That’s the Problem: The United States needs to prepare for a major war, not because its rival is rising but because of the opposite(中国は衰退国であり、それが問題なのだ ―ライバルが台頭しているのではなく衰退しているからこそ、アメリカは戦争に備えるべきだ)”, Foreign Policy, September 24, 2021, https://foreignpolicy.com/2021/09/24/china-great-power-united-states/#
Michael Beckley and Hal Brands, “The End of China’s Rise: Beijing Is Running Out of Time to Remake the World( 中国の台頭の終焉 ―北京による世界変革は時間切れ間近)”, Foreign Affairs, October 1, 2021, https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2021-10-01/end-chinas-rise
李光满(Li Guangman)「每个人都能感受到,一场深刻的变革正在进行!(誰もが感じ取れる、重大な変革は今進行している最中だ!)」『人民网』、2021年8月29 日、http://politics.people.com.cn/n1/2021/0829/c1001-32211523.html
「習近平走上毛澤東的老路(習近平は毛沢東と同じ道を辿っている)」、『自由時報』2021年9月6日、 https://talk.ltn.com.tw/article/paper/1471122

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