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台湾有事に備え「日本の曖昧性」放置できない事情 (寺岡亜由美)

「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/432231

 

「API地経学ブリーフィング」No.56

2021年06月07日

台湾有事に備え「日本の曖昧性」放置できない事情 ― アメリカとともに対中抑止構築のための議論を

プリンストン大学 国際公共政策大学院安全保障学博士候補生 
寺岡亜由美 

 

 

アメリカの戦略的曖昧性政策

台湾有事が勃発した際、日米両国はそれぞれ、もしくはともにどのような対応をするのか。これは過去50年にわたる東アジアの国際政治において非常に敏感な問いとして扱われ、その答えは曖昧にされてきた。

中国と国交正常化をするなかで日米両国は台湾の主権問題に関する中華人民共和国政府の立場を「認識する」(アメリカ)または「十分理解し、尊重する」(日本)としたが、自国の立場は明確にせず、あくまでも両岸問題が当事者間で平和的に解決されるよう求めてきた。

しかし中国の軍事力が増大し、米中関係、中台関係の融和的時代がともに終焉を迎えている今、日米ともにその従来の曖昧な立場を見直す声が出ている。中国に対して、両岸問題は武力ではなく平和的な方法でしか解決の道はないと思わせ続けるために、日米は台湾有事への対応を粛々と検討し、備え、対中抑止の一貫としてそれを戦略的に発信するべき時に来ている。

台湾有事をめぐる日米の曖昧な立場は、それぞれ異なる歴史的、戦略的背景のもとで形成された。アメリカの政策は一般的に「戦略的曖昧性(Strategic Ambiguity)」と呼ばれる。これは両岸問題の平和的な解決を実現するために、アメリカがいつ、どのように、台湾の防衛に介入するかを曖昧にすることで、北京、台湾の両政府による挑発的・冒険的な行為を抑制するという政策だ。

1979年、アメリカは台湾の中華民国政府と同盟関係を解消したが、国内法の台湾関係法によって台湾防衛に寄与し続けることを約束した。一方で、中華人民共和国政府を「中国の唯一の合法政府」と認めた限り、アメリカは台湾の法的な独立(De jure independence)を能動的に支持しない立場をとった。

アメリカが軍事的に介入する可能性を残すことで中国の台湾侵攻を抑止し、アメリカが介入しない可能性を残すことで台湾の冒険的な行為も抑止するという「二重の抑止(Dual deterrence)」を確立し、台湾海峡における一方的な現状変更を防ごうとしてきたのである。

この戦略的曖昧性政策の是非は、冷戦終結後ソ連が崩壊し、米中関係が見直されるたびに議論されてきた。2000年2月には、両岸問題は「平和的」かつ「台湾の人々の同意のもとに(with the assent of the people of Taiwan)」解決されなければいけないとクリントン大統領が発言したが、これは台湾の民主化という大きな変化を汲み取ったうえでの政策の更新であった。

 

「戦略的明瞭性」よりも

最近では昨年9月にアメリカ・外交問題評議会会長リチャード・ハース氏等の記事を発端に、本政策の見直し議論が活発化している。香港での一連の動向や人民解放軍による台湾海峡での威嚇行為などから「当事者間での平和的解決」への悲観的観測が広がっていること、戦略的曖昧性政策の基盤であったアメリカの圧倒的な軍事的優位性が揺らいでいることを受け、アメリカは中国が台湾侵攻を行えば介入すると明言し対中抑止を強化すべきという意見が提示されたのだ。

こうした「戦略的明瞭性」政策への転換を求める声に対し、アメリカの国家安全保障会議・インド太平洋調整官カート・キャンベル氏は先月上旬、「戦略的明瞭性」よりも、外交や防衛技術革新、アメリカの軍事力を背景にして、中国政府に一貫したシグナルを送ることこそが台湾海峡の平和と安定に最も効果的な方法だと継続性を訴えた。

アメリカの同盟国であり、台湾と地理的に近接する日本もまた、台湾有事における対応を曖昧にしてきた。だがここで特筆すべきは、日本の曖昧性はアメリカのそれと本質的に異なり、北京・台湾それぞれに向けた「二重の抑止」を目指した戦略に基づくものではないということだ。

冷戦時代、この議題が国会で議論されることはあっても、その焦点は台湾有事におけるアメリカの在日米軍基地使用を認めるのかという議論が中心だった。日米同盟における事前協議制度について本稿で詳しくは扱わないが、現行の日米安保条約では、もしアメリカ政府が台湾での「戦闘作戦行動」のために在日米軍基地を使用する場合、日本政府への事前協議が求められており、その際日本の立場は「イエスもノーもありえる」というのが政府の見解だ。

日中国交正常化の2カ月後である1972年11月に発表された政府統一見解において、当時の大平正芳外相は、台湾有事における日米安保条約の運用について「わが国としては、今後の日中両国間の友好関係をも念頭に置いて慎重に配慮する所存」であると述べた。

 

玉虫色の統一見解

しかし当時の外交資料によれば、日本政府は即座にアメリカ政府に対して、この「をも」という助詞に注目するよう訴え、「日米関係の重要性はわが国にとって最も重要であり、安保条約の運用にあたってはこの点を第一義的に考慮する」と説明した。台湾防衛をめぐる日米同盟と対中外交の対立をくぐり抜けるために作られた、まさに玉虫色の統一見解だった。

冷戦後、日米ガイドラインの見直しに伴い周辺事態法が制定された際も、日本が米軍への後方支援を行う「周辺事態」に台湾有事が認定されるか否かはあくまで事態の性質によるという答弁がされてきた。

日中国交正常化交渉に携わった外交官、故・栗山尚一氏は回顧録でこう語っている。

「万が一に台湾海峡有事になった時に日本がどう対応するかは、アメリカにとっては当然のことながら一大関心事なのです。一大関心時だけれど、あらかじめ日本を問い詰めれば、藪から蛇が出るような形になりかねないとアメリカは分かっている。
日本の責任ある政治家も、問い詰められた時に台湾を守るとはっきり言うことは、いろいろな意味で問題が起きるとわかっているのですね。したがって、端的に言えば、どっちとも言わないということに意味があるのだということで理解していると思うのです」(栗山尚一著、中島琢磨、服部龍二、江藤名保子編、『外交証言録 沖縄返還・日中国交正常化・日米「密約」』(岩波書店、2010年)117-118ページ)

よって台湾有事をめぐる日本の曖昧な立場は、抑止戦略のもとに維持されてきたものではなく、米中の対立と国内での政治的分断を同時に乗り切るための、妥協の産物だったように見受けられる。少なくても、その戦略的裏付けについて国民的な議論はされてこなかった。

ただ、そのような日本の曖昧性は、台湾有事の蓋然性が低い時代には非常に合理的なものだった。アメリカの圧倒的な軍事的優位性が保たれ、実際に台湾海峡での武力紛争が想定されない以上は、日本が曖昧な立場をとっても対中抑止は揺るがなかったし、国際的な批判は免れ、日本国民も安心させることができた。

だからこそ1969年の日米首脳共同声明で「台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとってきわめて重要な要素である」という台湾条項が発表された際、佐藤栄作首相は記者会見で「幸いにして」台湾有事のような「事態は予見されない」と付け加えた。前述の1972年政府見解でも「この問題が武力紛争に発展する現実の可能性はないと考えて」いると言い切り、第3次台湾海峡危機後の翌年に橋本龍太郎首相が訪中した際も同様の見解を繰り返した。(橋本龍太郎「新時代の日中関係―対話と協力の新たな発展」(中国・北京、1997年9月5日)

 

対中抑止戦略から考える台湾有事への政策を

しかし米中パワーバランスが変化し台湾有事の蓋然性が相対的に高まる今日、日本は従来の曖昧性を再検討し、対中抑止という観点から台湾有事への対応を検討・準備し、対内的に議論、対外的に発信する時期に来ている。

まず台湾有事と一言にいってもそのシナリオによって日本の自衛隊の活動範囲や内容はおのずと変わってくるため、想定されうるシナリオごとに外交、軍事、経済面それぞれで対応できるよう粛々と準備を行う必要がある。

日本には台湾関係法のように、平時から台湾と直接的に軍事協力を行う法律的根拠はないが、たとえば台湾有事の際に同時に在日米軍基地や南西諸島という日本の国土が攻撃されれば、日本は自衛権を発動し自衛隊を動員することになる。よって、日本はまず日米安保条約の運用、もしくは南西諸島防衛という文脈から、平時から台湾とも情報交換などの協力を行っていく必要がある。

また、台湾有事の日本の対応の選定には、言うまでもなく日本の世論が重要になるため、平時からさまざまなシナリオへの国民理解を醸成していく必要がある。軍事面以外でも、主権国家ではなく経済地域としても加入できる多国間貿易協定への台湾の加入をサポートするなど、戦略的に国際社会を巻き込む努力が必要だ。

一方、こうした台湾有事をめぐる日本の準備や議論の主たる目的は対中抑止であり、最終的には中国がそれをどう受け止め認識するかが重要だということを忘れてはならない。そこで注意すべきは、日本の台湾統治の歴史から中国政府・国民が日本の意図を誤認識する危険性、またはそれを政治利用する危険性である。

中国にとって、中国「百年来の屈辱 (century of humiliation)」の時代に台湾を統治していた日本が台湾の防衛に関わることは歴史的・政治的に重大な意味を持ち、従来から中国政府は台湾防衛における日本の役割が拡大することを非常に警戒し、アメリカ以上に猛反発してきた。

 

日米間での焦燥感や不信感が生まれるリスクも

もし日米が共同で台湾との協力を深めても、中国が日本だけをターゲットに批判キャンペーンを繰り広げ、さらには経済的な報復を行うなど、地経学的な争いに発展する可能性は高い。その場合、経済界を中心に日本の世論は動揺し、分断され、結果として日米間の足並みが崩れ、日米間での焦燥感や不信感が生まれるリスクも考慮する必要がある。

また台湾有事に向けた準備や協力に関して戦略的な発信の努力を怠れば、逆に習近平政権が台湾への強硬政策に乗り出す国内政治上の口実を与えてしまう危険性もある。日本政府は台湾海峡の平和と安定が日本国民の生命と財産を守るうえで重要であること、台湾海峡での一方的な現状変更を支持しないことを繰り返し発信し、この原則の下に日本の対応を説明していく必要があるだろう。

 

(おことわり)

API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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