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世界が中国への「貿易依存」を脱するための知恵(大矢伸)

「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/398224

   

「API地経学ブリーフィング」No.34

2021年1月4日

日世界が中国への「貿易依存」を脱するための知恵 ― 同志国連帯や生産拠点の分散などが必要だ

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
上席研究員 大矢伸

 

 

 

COVID-19が示した脆弱性

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、多くの人にサプライチェーンの脆弱性を意識させた。中国・武漢発で広がった感染は、中国から部品を輸入する日本の自動車生産にも影響を与え、中国からの輸入に頼るマスク不足も深刻となった。アメリカでも、感染が広がり、マスクや医療用の手袋、ガウンなどが不足。医薬品を含め、海外生産に頼らずに国内生産を増やすべきとの声が高まった。

また、COVID-19の発生源に関して独立調査を主張したオーストラリアに対して、中国は牛肉の輸入を停止、大麦の輸入に80.5%の関税を課し、ワイン、石炭等の輸入も制限してオーストラリアを苦しめた。

ジャストインタイムのリーンな生産方式は高い効率性を実現するが、それは同時に脆弱性も内包する。2011年に起きた東日本大震災とタイの大洪水は、効率的な生産体制が持つ脆弱性を明らかにした。企業もこれを認識、2016年の国際協力銀行の調査では、57.7%の日本企業がサプライチェーンリスクを認識し、調達先の分散を図っていると回答した。また、同調査のヒアリングではリスク削減のために部品の適正在庫に努めているとの回答もあった。

こうした調達の分散や在庫積み増しは、脆弱性の克服に有効だが、結果として効率性を大きく損なえば、市場競争の中で競合他社に負けてしまう。部品の共通化や、デジタル技術を活用したサプライチェーン管理などさまざまな工夫も行いつつ、最終的には企業として「効率性」と「強靭性」の最適なバランスを見いだす必要がある。

サプライチェーンに関しては、企業レベルにとどまらず国レベルでもその脆弱性を考える必要がある。マスクや医療用ガウンなど個人防護具(Personal Protective Equipment)の不足は、感染拡大で通常時の50倍の需要が発生したことが主な要因だが、多くの輸出制限措置も取られた。また、中国のオーストラリアへの措置のように、国家として政治的目的で「経済的恫喝」(economic coercion)を使うケースもある。

貿易取引が経済的恫喝に使われる点は、1945年にアルバート・ハーシュマン(Albert O. Hirschman)が『国力と外国貿易の構造』(National Power and the Structure of Foreign Trade)の中で説明している。ハーシュマンは、貿易が「供給効果」(supply effect)とともに「影響力効果」(influence effect)を生み出すと指摘。供給効果は、貿易により経済厚生が増大し国が豊かになる効果だが、影響力効果は、貿易が依存関係を作り、それが政治的目的のために利用される効果だ。これら両効果は相互に排他的なものではない。

この影響力効果の基礎となる「依存」は、貿易を行う2カ国に同時に発生するが、ハーシュマンは、依存が「非対称的」と主張。具体的には、1938年のドイツとブルガリアの貿易の例を引き、ブルガリアにとっては輸出の52%、輸入の59%がドイツであったが、ドイツにとってブルガリアとの貿易は、輸入の1.5%、輸出の1.1%にすぎなかったとし、ドイツが一方的に「影響力効果」を行使し得る関係を描く。

 

中国の位置づけ

『国力と外国貿易の構造』は1930年代にナチス・ドイツが東・南東ヨーロッパに貿易と政治的影響力を拡大するさまを分析したもので、中国を扱うものではないが、その分析枠組みは今日の中国の「経済的恫喝」を考えるうえで示唆に富む。世界最大の貿易大国となった中国は各国に強い「影響力効果」を有す。

中国も自らの力を認識。習近平主席は2020年4月10日の党中央財経委員会での演説で「産業の質を高めて世界の産業チェーンのわが国への依存関係を強め、外国による人為的な供給停止に対する強力な反撃・威嚇力を形成する」と表明。実際には「反撃」にとどまらず、オーストラリアのCOVID-19発生源調査、日本の尖閣諸島、ノルウェーの劉暁波へのノーベル平和賞授与、韓国のTHAAD配備等に関連して「経済的恫喝」の先制攻撃を繰り返している点は広く知られている。

アダム・スミスは『国富論』で「国防は富裕よりも重要だ」(“defence is of much more importance than opulence.”)と述べ、自由貿易を超えた安全保障の論理を認識していた。しかし、植民地貿易といった特殊な貿易形態をなくせば、自由貿易で国は豊かになり国防力も増大するとし、ハーシュマンから見れば、依存が作る「影響力効果」への認識が不十分であった。

われわれはいかに対応したらいいか。ハーシュマンは、貿易のメリットを生かしつつ、「影響力効果」を減らすため、貿易規制権限を各国から国際機関に移管することを主張。実際に国際社会はその後、GATT締結、WTO設立と貿易規制権限を国際組織に移管していく。

しかし、国際ルールは完全でも網羅的でもない。中国はこの隙間を利用し、自らの措置をオーストラリアのダンピングに対する対抗措置、検疫や環境に関連した措置などと主張、「経済的恫喝」とは認めない。日本が主権を有する尖閣諸島に関連して中国が2010年に行った日本向けレアアースの輸出停止も、中国は環境問題が理由と主張した。

 

中国の「経済的恫喝」に屈しないために

こうした状況に鑑みれば、WTOというマルチの機能の強化に加え、同志国の連携強化も必要だ。筆者は「世界が中国の『経済的恫喝』に屈しないための知恵」(2020年7月13日配信)において、「自由連合基金」を提案したが、同基金の第1段階の機能である同志国が共同して中国の「経済的恫喝」を認定し非難する枠組みは「抑止力」としても有効だ。同志国で真剣に議論が行われるだけでも一定の抑止的効果があろう。

いじめっこに声を上げるのは勇気がいる。自分が直接いじめられていなければなおさらだ。しかし、いじめは成功すれば繰り返される。今日のオーストラリアとの連帯は、明日の日本を守ることなのだ。国際的に許容されない「経済的恫喝」への反対は、中国に対しても誠実な態度だ。

ハーシュマンは『国力と外国貿易の構造』を書いた34年後の1979年に「非対称性を超えて」(Beyond Asymmetry)という小論を記した。その中で、貿易から生じる依存は非対称で大国が有利だが、小国が経済的懲罰を甘んじて受けるのか、自由のために戦うのか、その意志や士気も影響すると述べる。同志国が連帯して意志を示すことは、いじめの抑止への重要な一歩だ。

脆弱性克服のためにできることは他にもある。重要物資が1カ国へ過度に依存している場合、その分散や、国内生産能力の強化も有効だ。また、日豪印、日アセアンでもサプライチェーン強化の議論が始まっているが、アメリカ等とも協力しこの動きを拡大することは意義がある。アセアンやインドへの企業立地の促進には、インフラ整備を含めた投資環境の改善も必要で、日本がそのために協力できる。

また、石油等と同様に、重要物資の戦略備蓄の強化も大切だ。さらに、GATT第20条(b号)では生命・健康に影響する場合には自由貿易原則の例外として貿易制限が認められるが、それゆえに危機時に重要物資の入手が困難になる。輸出制限措置を制約するような国際ルールの変更、あるいは、そうした例外措置を用いないという同志国の合意は、危機時の重要物資の調達の安定性を高める。オタワグループを含め、そうした動きがすでにみられることは心強い。

 

偽装した保護主義とならないように注意

最後に、サプライチェーン強化が偽装した保護主義とならないよう注意を払う必要もある。すべての工場を国内回帰という政策は、国力を弱める。アメリカでよく聞く「経済安保は国を守る」(Economic security is national security)という主張は正しい(ハーシュマンの言う影響力効果)。

しかし、経済成長は国力を高め国防費の増加を支え、国の安全も高める。その意味で、「経済も国を守る」(Economy is also national security)(ハーシュマンの言う供給効果)。日本は経済安保のさらなる強化が必要だが、アメリカ内で一部見られる経済安保に名を借りた保護主義は、経済を弱めることで安全保障も毀損する。そうした陥穽を避け、適切な経済安保政策で貿易相手国からの影響力効果をコントロールしつつ、貿易が生む供給効果で国を豊かで強くすることこそ重要だ。今われわれは改めてハーシュマンの知恵に学ぶ必要がある。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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