日本人は宇宙の国家的な重要性をわかってない(尾上定正)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/383414

「API地経学ブリーフィング」No.25

2020年10月26日

日本人は宇宙の国家的な重要性をわかってない ― 市場・戦場化する中で強化を図る必要がある

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
シニアフェロー、第24代航空自衛隊補給本部長;空将(退役) 尾上定正

 

 

 

宇宙は大国間競争の最前線

9月23日、コロナ禍の起点となった湖北省武漢市で、「北斗衛星導航系統3号(北斗GNSS)」の応用大会が開催された。6月23日に最後の55基目の衛星が軌道に投入された北斗GNSSは、すでに120を超える国と地域で利用され、中国の衛星測位サービス産業の総生産高は3450億元 (約5兆2600億円)に達したとされる。

一方、アメリカでは5月末、SpaceX社による9年ぶりの有人宇宙飛行を視察したトランプ大統領が、「民間の比類ない創造性とスピードを利用し、アメリカは未知の領域に踏み込む。宇宙軍も創設した。アメリカが宇宙で他国に後れを取ることは、もう決してない」と宣言した。

日本は世界で4番目に人工衛星を打ち上げた宇宙のパイオニアだが、軍事利用を自ら制限し、1990年代以降は商業利用の拡大でも劣勢を強いられてきた。遅まきながら、2018年の防衛計画の大綱に宇宙・サイバー・電磁波の新領域における優位の獲得を最優先すると明記し、本年6月30日には、米中に伍して日本の宇宙パワーを強化する宇宙基本計画が閣議決定された。宇宙は、次世代経済発展の重要な市場として、同時に将来戦を優位に戦うための第4の戦闘領域として、大国間競争の最前線となっている。

衛星が提供する各種サービスはすでに日常生活に不可欠となっている。通信・気象、測位・航法等に加え、農業・防災・インフラ管理等の多様な分野で衛星データ利用が進み、将来のデジタル社会に宇宙利用は不可欠となろう。海外では、それを支える小型衛星・ロケット開発、衛星データ・インフラ整備のほか、資源探査や宇宙旅行などさまざまな分野において民間の宇宙ビジネスが急拡大し、アメリカ宇宙財団(Space Foundation)によれば、世界の宇宙産業市場は2019年には4238億ドル(約45兆円)に成長した。

だが、残念ながら日本の宇宙関連事業の同年の生産高は3431億円にとどまっており(日本航空宇宙工業会)、ドラスティックな競争戦略が必要だ。その際、各国の激しい競争によって表面化している新たな問題を考慮する必要がある。

まず、宇宙空間の探査および利用は全人類に認められた自由な活動であり、月その他の天体を含む宇宙空間はいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない(宇宙条約)。だが、衛星軌道は既に混雑し、月の資源や将来的な基地建設用地の占有を巡る競争が現実化している。

前述のSpaceX社は衛星インターネット網を構築する小型衛星を既に833基軌道に配置しているが、将来的には4万2000基に増加させ地球上の全地域をカバーするとしている。中国は、途上国の衛星事業をまるごと請け負って発注国に対する技術的・経済的影響力を確保するという手法で、アフリカや南米に「宇宙情報コリドー」を広げている。宇宙は地上の経済活動と密接に結びつき市場化しているが、その競争を管理・規制する秩序の構築は未整備である。

 

宇宙の活動は本来的に軍民両用

第2の問題は、宇宙の活動が本来的に軍民両用であるという特質に由来する。軍事目的で開発されたアメリカのGPSが広く民間利用されているとおり、中国北斗GNSSも軍事利用される。もともと、中国が独自に北斗を構築したのは、米GPSに依存する軍事の脆弱性の克服が主目的であり、米中デカップリングの実例である。中国は世界初の量子科学衛星「墨子」を軌道に投入し地上との量子暗号のデリバリーに成功、また「嫦娥4号」は初めて月の裏側に軟着陸を成功させ、最終的には月に有人基地の建設を目指すという。

いずれも軍事的インプリケーションは極めて大きい。各国は他国の衛星を妨害、盗聴、破壊するなどの機能を持つASAT衛星を打ち上げているが、日本の「はやぶさ」の試料採取技術がそのままASATに応用できるように、軍民の弁別は難しい。従って、ASAT衛星の国際的な規制や軍備管理の枠組みを設けるためにも衛星利用の透明性を確保することが必要であり、宇宙状況監視(SSA)が重視されるゆえんでもある。

最後に、宇宙の安定利用を阻害するさまざまなリスクの顕在化がある。宇宙デブリや衛星同士の衝突による事故に加え、衛星と地上局の通信リンクを狙うサイバー攻撃の事例が既に起きている。実際、宇宙とサイバー領域は密接にリンクしており、将来的には正体不明の衛星へのランサム攻撃も予想される。

アメリカ空軍は、ハッカーとセキュリティ研究者を募り、敵が悪用しうるバグや欠陥を見つけるHack-a-Satというプログラムを設け、コンテストを計画している(コロナ禍で延期)。多様化するリスクの予防と被害局限、主体の特定(Attribution)や責任追及、損害補償などの仕組みは早急に必要だ。

実際の戦争で宇宙が作戦領域となったのは、GPS、通信、情報等の衛星機能とそれらを利用した精密誘導兵器が使用された湾岸戦争(1991年)であろう。その後アメリカ軍は、北朝鮮等の弾道ミサイル脅威に備えたBMD態勢を構築し、それを発展させた複数領域作戦(MDO)を将来構想の中心に据えている。MDOはあらゆるセンサーと攻撃・防御システムをネットワーク化したSystem of Systemsであり、衛星が枢要な機能を担う。

そのアメリカにとって2007年1月に中国が実施したASAT実験は、第2のスプートニクショックをもたらし、宇宙が戦闘領域と化した。中国は、この実験で高度約865キロメートルにある自国の老朽化した気象衛星をミサイル攻撃で破壊した。その結果3300以上の破片が軌道上に放出され、世界中でデブリへの懸念と中国への不信が一気に高まり、中国のASAT能力の実証によって、米ロも宇宙空間での戦闘を現実問題とせざるをえなくなったのである。

デブリのリスクやASATの脅威から衛星を防護するためには、軌道上の物体を把握するSSAが不可欠であり、アメリカは同盟国等とともに宇宙監視ネットワーク(SSN)を築いている。SSNはさまざまな地域の光学望遠鏡、レーダーおよび監視衛星で構成され、本年5月に新編された航空自衛隊宇宙作戦隊もSSAを主任務とする。衛星への攻撃は奇襲的に行われるため、SSAは普段から常続的に実施するグレーゾーンの作戦となる。

 

自衛権の行使や抑止の理論と行動基準が未確立

換言すると、市場化する宇宙の安定利用のSSAから衛星の軍事機能を保証する作戦は連続的につながっている。問題は、サイバー領域と同じく、自衛権の行使や抑止についての理論と行動基準が未確立であり、地球上の紛争が宇宙に急拡大したり、逆に衛星へのサイバー攻撃が陸海空領域の戦闘に発展したりする危険性が有ることだ。

アメリカは、すべての宇宙アセットの防護と運用を司る責任と権限を昨年12月に発足した宇宙軍司令官に付与し、宇宙領域の本格的な作戦態勢を整えつつある。中国も、習近平主席の軍制改革によって、空軍の空天網一体化(空・宇宙・サイバーの統合)を進めると同時に、新編した戦略支援部隊の下に宇宙システム部とネットワークシステム部を置き、宇宙とサイバーの作戦連携を強化している。

空自は来年度、宇宙作戦隊を群に格上げする計画だが、資源(予算・人材)と経験の不足が課題だ。JAXAや民間との協力を進めるとともに、アメリカ軍のシュリーバー演習等への参加規模を拡大し、部隊の急速錬成を図る必要があろう。

宇宙における活動はかつてない速度と規模で拡大し、地政学的・地経学的なリスクが高まりつつあるが、宇宙の秩序を規定する国際条約等は驚くほど少なく、古い。最も基本となる宇宙条約は1967年、その他の条約・国連原則等も2000年代以前に施行されたものが大半である。冷戦時代は米ソともに衛星には手を出さないという暗黙の了解があり、米ソ以外に宇宙活動を展開できる国は実質無かった。宇宙は平和で安定していた。

軍民融合を掲げる中国が米ロを凌駕するロケットを打ち上げ、ASAT能力を保持するに至り、宇宙のパワーバランスは大きく変わった。同時に、欧米の軍と官が主体であった宇宙活動は民間主体に移行し、SpaceXに象徴されるとおり、この傾向はますます強まっている。この国家間及び官民間のパワーシフトに国際秩序は追いついておらず、中国がその間隙をついて既成事実を積み上げている。

日本はさまざまな制約を克服しつつ独自の宇宙技術を開発し、国際宇宙ステーション等、国際的な事業にも関与してきた実績がある。大国間競争に関して宇宙は最前線であり、日本は欧米諸国とともに包括的な地政学・地経学の視点で宇宙の平和利用2.0の秩序構築に指導力を発揮するのが望ましい。

 

産業と安全保障の強靭な共生関係の構築

国内的には、宇宙産業の発展が宇宙における防衛力を高め、防衛省等をユーザーとして宇宙・防衛産業がまた伸びるというエコシステムの構築が課題だ。宇宙資源の所有権に関する国内法の整備の動きがあるが、民間参入のリスクを軽減しインセンティブを高める幅広い措置を期待する。

鍵は、民生品の活用による競争力の強化と民間需要の創出であり、無償の衛星データプラットフォーム「Tellus(テルース)」や準天頂衛星の利用拡大等による新たな市場開拓である。また、参加を決めているアメリカ主導の「アルテミス計画」を軸に、国際協力と官民協業の実績を積み上げる意義は大きい。

宇宙基本計画は日本が取り組むべき宇宙活動の課題と事業を包括的・具体的に提示している。問題は、スピード感、スケール感を持った計画の実行である。防衛省とJAXAそして潜在的なベンチャーも含む民間企業の関係を強化し、アメリカ等と連携した宇宙のプロトコル作りを実現するには、宇宙開発戦略本部の大国間競争の最前線に立つ意識と戦略が求められている。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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