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ポストコロナ「日本の対中投資戦略を再考せよ」(徳地立人)

「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API上席研究員 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/358718

   

「API地経学ブリーフィング」No.9

2020年06月29日

ポストコロナ「日本の対中投資戦略を再考せよ」 ー 「新冷戦」下で日本企業が成功するための要諦

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
シニアフェロー 徳地立人  

 

 

「新冷戦」がもたらす日中関係の2重構造 昨年3月、北京の財新(独立系リーディングメディアグループ)の顧問会議に同席していたアメリカの元財務長官ローレンス、サマーズ(Lawrence H.Summers)が、「米中はともに大国のプライドがあり、第三者の意見を潔く受け入れない。今後の米中摩擦の悪化を憂いている」と放った言葉が印象に残った。 貿易協議の波乱、アメリカ政府による中国の通信機器大手ファーウェイ(華為技術)排斥などがその後起こり、コロナ禍が発生するに至っては、ウイルス危機責任問題、香港、台湾問題など中国の「核心的利益」と言われる地政学的領域においても、対立が決定的になり、サマーズの心配が現実のものとなった。世界は、米中対立を軸とした「新冷戦」に突入したと言ってよい。 この「新冷戦」の本質は、中国が「アジアにおける安全保障体制の確立と世界における影響力の浸透を目指し」、それをアメリカが「世界秩序への挑戦」(ホワイトハウス「中国に対するアメリカの戦略的アプローチ」)と受け止めている点にある。従い、軍事力やそれを支えるハイテクが対立のベースになり、長期間続くと見たほうがいいだろう。 2016年3月、アメリカ商務省は中国ZTE社を規制の対象とした「エンティティリスト(EL)」を公表、その後、ファーウェイなど軍に関係しているとみられる多くの中国企業がELに名を連ねた。そこに至り、米中ハイテクディカップリングは現実のものとなった。ELは、規制に関係するすべての企業が対象になるため、影響は日本など先進国諸国に広く及び、諸国の対中国ビジネスの再考が迫られている。 今後、対中国貿易や投資はどうなるのか。21世紀初頭、中国のWTO加盟を機に、世界経済はグローバリゼーションが加速され、貿易額は約6.4兆ドル(2001年)から約19.2兆ドル(2018年)と3倍強になり、中国を核とした巨大なサプライチェーン網が世界規模で構築された。 当然、日本もその中で大きな利益を得た。米中貿易摩擦やコロナ禍による反省から、日本でも「グローバリゼーション見直し論」が盛んだが、世界規模のサプライチェーン網を短期間で変えるのは、現実的ではない。われわれが対応しなければならないことは、5Gなどハイテクを中心とした米中ディカップリングの「新現実」であり、14億人の巨大な市場を放棄することではない。この点は、欧米も同じだ。 こうしてみると、「新冷戦」下の日中関係は、米中対立をベースにした「緊張する地政学的関係」と「経済的な相互補完関係」が長期共存すると予想される。これからの日本企業は、この一見すると矛盾した2重構造の厳しい環境の中で、生き抜く知恵と力が必要になる。

 

まだある中国の成長機会 急速に進む少子高齢化、企業や地方政府の巨額な負債、厳しい社会格差など国内の構造的問題や厳しい外部環境からみて、中国経済の将来に楽観は許されない。しかし、コロナをいったん収束させ、全国人民代表大会(全人代)において政府が景気刺激策を打ち出した中国経済の回復は主要諸国よりも早いだろう。 また、都市化、産業+インターネット、ITの社会実装が進む過程において、新しいインフラ、消費、サービスの需要が、高い貯蓄率に支えられ大きく伸びるのも確実だ。14億人の膨大な情報がビッグデータに集積され、AIにより分析され、多くの新しいビジネが生まれてくるのも間違いない。その巨大な中国市場を取り込まずに日本企業の将来はありえない。 電子、機械などの製造業のみならず、健康、介護、医療、観光などのサービス産業、食品、飲料、化粧などの消費産業、金融業における保険や証券業、環境保護関連産業などの多くの分野において、日本企業の成長の余地は十分残されている。 たとえ情報通信、ソフトウェア、コンテンツなどの情報産業においてさえ、ELルールを守り、軍事転用可能なハイエンドな製品や技術でない限り、可能性はある。それよりも問題は、日本企業が自己の強みを自覚し、それを中国ビジネスで生かし、勝ち切れる力があるかどうかだ。 中国におけるリスクは、大きく分けて4つある。 1. 「地政学リスク」 2. 国家が地政学的な目的のために経済を手段として使う「地経学リスク」 3. 政府の産業政策、税制などに関する「政策リスク」 4. 商品、技術、財務、顧客、人事、ITなど会社管理にまつわる「マネージメントリスク」 「新冷戦」下で重要なのは、地政学と地経学リスクへの対応だろう。 地政学リスクへの対応は、「ボトムライン思考」が重要だ。それは万一戦闘が起こり「中国ビジネスが操業不能に陥った場合、会社はやっていけるのか?」に答えることを意味する。その答えの1つとして、今議論になっている「日本回帰」、「チャイナプラスワン」(中国以外にも生産拠点を分散させること)、または「地産地消」(生産地で消費できるもののみ生産)などの戦略が選択肢になるだろう。 コロナ禍の反省からみて、医療、穀物、エネルギーなど戦略物資を過度に海外へ依存したり、一極集中したりすることは是正されるのが望ましい。何らかの政府支援策も必要だろう。因みに、米中貿易摩擦が激化した2018年以降、電気・電子機器産業を中心に、中国からベトナム、タイ、マレーシア、インドネシアなど東南アジアへの移転投資が増えたが、劇的に増えたのは中国の民間企業だった。中国政府が外資の海外移転に敏感になっている中、皮肉な現実だが、生き残るためには当然だろう。 日本や韓国企業は、人件費の高騰などの理由から、数年前より中国への集中を見直す動きがすでに進んでいる。今、注目されるのは、何といってもファーウェイなど中国企業にチップを提供しているTSMCや鴻海など台湾巨大ハイテク企業の中国離れだ。アメリカ移転や台湾回帰の完成により、米中ハイテクディカップリングは決定的になる。 「地経学」リスクへの対応で重要なのは、1つに、「ココム」を想起させるアメリカのELルールを厳守することだ。1980年代に起こった「東芝機械ココム違反事件」のような事柄は、企業の致命傷になりかねない。 2つに、戦略としての「政経分離」を徹底することだろう。「政経分離」とは、「企業は経済活動に集中し、敏感な政治問題に距離を置く」ということだ。「政経分離」策が単独企業の地経学リスクをヘッジできるとは思わないが、少なくとも口実を与えないことはできる。 最後に、リスク対応でとくに重要なことは、個々の「リスク評価」をできる限り具体的に行い、変化する情勢の中で「動態」での対応を怠らないことだ。また地元人材の育成や活用も非常に重要であることは言うまでもない。

 

求められる組織とリーダーの能力向上 企業が中国で成功するには、究極的には、「中国の消費者に、欲するモノやサービスを、リーゾナブルな値段で、コンスタントに提供できるか」に尽きる。 「新冷戦」下でそれを可能にするには、組織およびリーダーのたゆまぬ能力向上が必要だ。具体的には次のような点が考えられる。 ① 正確で早い情報の入手能力と分析能力 ② 政府、産業、顧客との強力かつ信頼できる人脈構築 ③ 社内外の専門家の活用 ④ 緊急時を想定した迅速な組織体制 ⑤ 中国に学ぶ謙虚な態度など 中国において成功した日本企業のモデルケースは、トヨタ自動車だ。1972年日中国交回復時より、トヨタは中国ビジネスを積極的に手がけてきた。しかし、その努力は必ずしも成果につながらなかった。それにはいろいろな理由があったが、この10年でトヨタの中国ビジネスは大きく変貌を遂げ、今では年間販売台数が162.7万台(2019年)となり、日本市場を超えた。 トヨタは中国に進出している外資自動車メーカーで2位(1位はフォルクスワーゲン)だが、販売伸び率はここ数年では断トツで、今年5月は前年同月比20%増の16.63万台まで伸び、コロナ禍収束後も健在だ。「明確な世界戦略の中の中国戦略」、「先見性と実行力」、「永遠の危機感」、地道な「トヨタファン作り」、そして「客が欲しがる車を提供し続ける力」などがその理由だが、上記の「能力向上」がしっかりとベースになっている。 そして、何と言っても、トップが率先して実行していることが成功のカギだ。トヨタは巨大企業でありながらつねに変革している。

 

今後の日本の役割 戦後、ブレトンウッズ体制を軸とする「自由で開かれた国際秩序」の中で、日本経済は大きく成長を遂げた。しかしグローバリゼーションが加速し、中国が台頭するにつれ「自由で開かれた国際秩序」は、その新しい変化に対応を迫られている。残念ながら、米中対立を軸とする「新冷戦」は、国際社会における矛盾や問題を激化させ、混沌した無秩序感を醸し出す。このような情勢の中での日本の役割は何か。 API理事長の船橋洋一氏が強調する、「国際協調とルールに基づく多角的な国際秩序を根付かせる『シェパード』役(案内人)」がその答えかもしれない。 2017年、アメリカは環太平洋パートナーシップ(TPP)より離脱したが、日本はその他10カ国と協調しながら、万難を排し「包括的先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)」を取りまとめた。その後、2018年には難しい交渉の末、日本EU経済連携協定を結んだ。 これらの協定は、目下の世界において関税撤廃など貿易自由度が最も高く、かつ知的財産権保護や投資ルールが最も厳しい包括的経済連携協定だ。それを日本がリードして実現したことに多くの国から称賛の声が上がった。CPTPPや日本EU経済連携協定は、国際経済秩序の形成に新しい方向性をもたらしたと言っていいだろう。 ただ、国際経済秩序の形成は、米中両大国を巻き込んで初めて完成される。その重い任務である「ルールに基づく新国際秩序」のシェパード役を、日本は引き続き果たせるだろうか。日本の政治のみならず、企業のリーダーも含めた日本の実力が試される時代になった。   

 

(おことわり) API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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