コロナ後の日本「東京一極集中」が抱えるリスク(磯部晃一)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API上席研究員 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/357241

   

「API地経学ブリーフィング」No.8

2020年06月22日

コロナ後の日本「東京一極集中」が抱えるリスク ー 個による自助、民による分散、公による備えを

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
シニアフェロー 磯部晃一  

 

 

 

 

東日本大震災(3.11)発生当時、私は、自衛隊の部隊運用を束ねる防衛省統合幕僚監部において、アメリカ軍が行うトモダチ作戦の日米間の調整役を担っていた。福島原発事故を含む3.11は、日本にとって「戦後最大の危機」であるとそのとき直感した。

それから9年の時を経て、今般の新型コロナウイルス禍である。このパンデミックは全世界の人々の日常生活にまで変化を強要し、3.11をもしのぐ甚大なインパクトを与えている。

世界に目を向ければ、ニューヨーク、パリ、ロンドンなどの大都市で都市機能がマヒし、大都市の持つ脆弱性を改めて浮き彫りにした。ここでは、首都圏の防衛警備や災害派遣を担任した元東部方面総監(関東甲信越静岡の1都10県の防衛警備・災害派遣等を担任する陸上自衛隊東部方面隊の指揮官)として、自らの経験を踏まえてパンデミック後に浮かび上がりつつある東京一極集中に潜む真のリスクとその克服策を考察する。

 

東京のリスク:地震、洪水、火山、パンデミック

総監の職にあった2013年夏からの2年間、東部方面管内では伊豆大島土砂災害、関東甲信越一円の豪雪、御嶽山噴火など災害が多発し、延べ10万人を超える隊員を災害派遣に動員した。災害派遣期間中も平素においても、つねに脳裏にあったのは、前触れもなく襲う首都直下地震であった。

首都圏を上空から見れば、その特性は一目瞭然である。新宿、池袋、六本木などにそびえる高層ビル群、入り組んだ狭い道路に密集する住宅地、そして、江戸川、荒川、隅田川沿いに広がる海抜ゼロメートル地帯と河川によって分断されている地形、救援に赴くには極めて困難な密集市街地が延々と続いている。

かつて、日本人にとって怖いものは「地震、雷、火事、オヤジ」であったが、それは死語になった。しかし、東京にとって怖いものは「地震、洪水、火山」であり続け、さらに新たにパンデミックが加わった。

そのリスクを数字で簡潔に表すならば次のとおりである。

●マグニチュード7.3の首都直下地震:今後30年間に約70%の確率で発生。被害想定は全壊・焼失家屋最大61万棟、死者最大2.3万人。

●利根川決壊による洪水(200年に1度の確率):堤防決壊から1週間後に最大約160万人の居住地域(利根川支流の江戸川流域含む)が浸水。死者最大3800人。

●宝永噴火(1707年)と同規模の富士山噴火:噴火後3時間で神奈川県や東京都の都心などでは微量の降灰により鉄道停止、車の通行困難。降雨を伴うと停電、断水、通信障害などのおそれ。

数字に表れない真のリスクは何か?

地震、洪水、火山の甚大な被害予想は以上のとおりであるが、そこに潜んでいる真のリスクは次の3点に要約されよう。

 

災害発生後に急増する被災者

最も深刻に捉えなければならないのは、発災後に急増する膨大な被災者である。1都3県(千葉、埼玉、神奈川)の首都圏人口は、約3660万人で日本の総人口の約3割に当たる(ちなみに、韓国・ソウルは49.6%、フランス・パリは18.2%、イギリス・ロンドンは13.4%)。

仮に、被災者がその3分の1と仮定しても、約1200万人に上る。3.11による発災直後の避難者数は約33万人だったので、首都圏の被災者が桁違いに多いことがわかる。被災者を収容する施設は十分なのか、いかに水や食料を供給し続けるか、さらに断水下で排泄の処理をいかにするか、課題は山積している。

いざとなれば自衛隊はじめファーストレスポンダー(「最初の対応者」を意味し、救急隊に引き継ぐまで的確な応急手当てをする:「コトバンク」より)が救援に駆けつけてくれると国民は思っているかもしれないが、首都圏の場合はそう簡単ではない。

自衛隊は防衛警備の任務にも就いているので、災害派遣に投入できる最大勢力は約11万人となる。仮に1000万人強が被災すると、自衛隊員1人で100人を助ける計算になり、これまで経験したことのない数値となる。救援部隊は首都圏の外縁部から、計画にあるルートを経由して求心的に都心部に向けて急行することになっている。しかしながら、道路や橋梁は各所で寸断され、避難する車両や人であふれることも想定され、現場に駆けつけるには相当時間がかかることを覚悟しなければならない。

今般のパンデミックは人口稠密(ちゅうみつ)な都心部に新たな難題を突きつけている。感染予防の有効な手段として、人との間隔を2メートル取ることが望ましいとされた。都心部のある区の人口と面積を調べてみると1人当たりの面積が49平方メートル程度となる。半径4メートルに1人の割合である。エリアによっては住民が全員避難所に集まり始めると、人との間隔を2メートル取ることはできなくなる。パンデミックと地震、洪水などの災害が同時複合的に生起すると、住民避難のあり方も抜本的に見直す必要が出てくる。

 

首都圏に集中するデータセンター

API地経学研究所長の村井純慶應義塾大学教授は、サーバーやデータ通信などの装置を設置・運営しているデータセンターが東京などに集中している点に警鐘を鳴らす。データセンターは各種災害に備えて地震や火災、停電に強い構造となってはいる。

しかしながら、停電が長期化したり火災が広域化したりすると、運営の継続は難しくなる。加えて、パンデミックを考慮した在宅勤務、テレビ会議が定着しつつある中でデータセンターの重要性は増しつつある。データが集中する東京の比重が高まれば高まるほど、東京が被災した際にデータが使用できなくなるリスクが深刻になる。

東京はパンデミック後においても、政治、経済、文化等の中心として、内外からの訪問者を魅了する大都会に戻っていくであろう。しかし、一方で多くのいびつが蓄積され、解消されないままでは、ひとたび大災害が首都圏を襲ったならば、政治経済中枢としての機能がマヒするおそれがある。東京のリスクは言うまでもなく日本のリスクでもある。

細谷雄一慶応義塾大学教授は、著書『軍事と政治 日本の選択』の中で「危機を直視して、国民の安全を確保するために、はたしてどのような措置を執ることが望ましいのか、そして自衛隊がどのような活動を行うことが必要なのかについて、十分な議論が深まってこなかった」と指摘し、国民が自らの問題として安全保障などに関心を寄せる必要性を訴えている。それを考えるトリガーとして、そして真のリスクを克服するために次の3点を指摘したい。

首都圏に暮らす住民は、災害等のリスクが潜在的に高い地域であることを自覚し「自助」の精神を涵養して、自らの命は自らの手で守ることである。身近にできることとして、少なくとも1週間分の水や保存食を備蓄して、当座の命を永らえることが肝要である。

事業所については、データセンターや重要インフラを東京などに一極集中させているとすれば、機能を分散させることである。あわせて、パンデミックに伴うテレワークやテレビ会議などが定着し始めたのを好機として、事業所などの配置の検討、働き方改革にも結び付けてリスク分散を図ることである。

最後に、国や自治体は、首都圏に蓄積されてきた多くのいびつ(人口の過密、快適ではない生活環境、災害時の都市機能マヒなど)を速やかに是正することである。人口稠密でリスクの高いエリアの人口を抑制して、国土・地域全体でバランスのとれた新たな社会の構築を一層推進していくことが望ましい。

 

政府の指揮中枢機能の代替設備を首都圏外に

首都発災の際には、政府の中枢自体が被災する可能性があり、意思決定や初動が遅れたり、継続的な震災対処に支障を来したりするおそれもある。政府機能を移転することが最善の策であるが、少なくとも政府の指揮中枢機能の代替設備を首都圏外に準備する必要があろう。

コロナ禍は、国家的危機に立ち向かう際に、政府と自治体がいかなる役割を担えばよいのかという課題も突きつけた。さらに、政府においては、各省が所掌する権限を維持(分担管理原則)しつつ、内閣官房に総合調整権を付与して危機対応力を強化してきたが、それにも限界が露呈し始めている。課題は実に根深い。

ニューヨークでは、2012年のハリケーン・サンディにより満潮時の3メートルを超える高潮が押し寄せ、停電も発生した。パリでは、100年に1度程度の洪水がここ数年頻発している。OECDでは、3.11をトリガーとして、リスクガバナンスのあり方について精力的に検討し、進捗評価レポートを2018年に公表している。東京一極集中に潜むリスクは、世界の主要都市にとっても「対岸の火事(リスク)」ではなくなりつつある。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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