ブルッキングス研究所主催「アジア太平洋地域における開発融資の機会と挑戦」報告 / 中島裕行(主任研究員)


ブルッキングス研究所主催
「アジア太平洋地域における開発融資の機会と挑戦」報告

中島 裕行 (AP Initiative主任研究員)

  • 6月12日、ワシントンD.C.のBrookings Institutionにて「Opportunities and Challenges for Development Lending in the Asia-Pacific」と題されたセミナーが開催され、先方の依頼を受けパネリストとして参加した1。本セミナーは、中国の一帯一路政策やAsia Infrastructure Investment Bank(AIIB)設立に象徴されるアジアにおける地経学的なダイナミズムに対して、日本やアメリカ、世界銀行等の既存の開発金融機関がどう対応するかというテーマを、ワシントンでよく見られる「政治」や「経済」といった切り口でなく、「開発金融」を切り口として議論するというところに特徴があった。その切り口の目新しさも手伝ってか、会場にはほぼ満員の聴衆が集まり、活発な意見交換が行われた。
  • このテーマには、大きく分けて二つのポイントがある。一つはAIIBという開発金融の「新たな資金の出し手」の出現に対する日本・アメリカ・世銀等の受け止め方であり、もう一つは「新たな資金の出し手」の設立に止まらないより広範な中国の地経学的な戦略に対してアメリカや日本がどう対応していくか(とりわけトランプ政権が開発金融機関や経済援助に対する予算を大幅削減する中で)という点だ。
  • 本セミナーは、Brookings InstitutionのMireya Solis日本部長がモデレーターを務め、アメリカからMr. Miles Kahler (Distinguished Professor, School of International Service, American University)、Mr. Scott Morris (Senior Fellow and Director of the U.S. Development Policy Initiative, Center for Global Development)、日本から中島、中国からMs. Hongying Wang (Associate Professor of Political Science, University of Waterloo)、世界銀行からMs. Victoria Kwakwa (Vice President, East Asia and Pacific Region, The World Bank)がパネリストとして参加した。参加者の主な発言内容は以下の通りだ。
  • 世界銀行のKwakwa副総裁は、最近の世界銀行の「融資」に対する期待として、インフラ投資や持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)への資金ニーズが増えていることを指摘した。また、「開発金融」の手法として、従来からの「融資」に加え、「融資を超えたもの」として「知的支援、イノベーション等」に関するアドバイザリー業務の比重が大きくなっていることを指摘した。そしてAIIBやNew Development Bank(NDB)といった「新たな資金の出し手」については「アジアにおける資金ニーズが大きい中、選択肢が多くなることは良いことだ」と述べ、世界銀行とAIIBとの間では既に協調融資の枠組みが確立されており、NDBとも協力に向けたMOUを締結したとの紹介があった。とりわけAIIBについては、世界銀行と類似した環境社会配慮ガイドラインや調達ガイドラインを導入しており、「実務的にも協調し易いリスクシェアのパートナーが増えた」という見方を示した。
  • American UniversityのMr. Kahlerは、「アジア太平洋地域における開発金融というテーマは、中国の一帯一路政策やAIIB設立に見られるとおり、最早アジア域内だけの問題ではなくグローバルなイシューとして捉えるべきだ」と述べた上で、AIIBの設立は既存の開発金融機関との「分業」に資するという見方だけでは不十分で、必ずそこには「競争」と機能の「差別化」(AIIBはインフラ、世銀等は貧困削減等も実施)が生じると指摘した。またトランプ政権の開発金融に対する腰が引けた対応を補う意味で、日本が果たすべき役割が大きいと指摘した。
  • Center for Global DevelopmentのMr. Morrisは、オバマ政権時代に開発金融担当財務次官補代理を務めた経験から、「アメリカが他国を援助する必要性はどこにあるのかという議論は常に存在するが、現在のトランプ政権が援助予算を20%削減する傍らで中国がその主導的役割を担おうとしていることを見逃してはならない」と述べた上で、「中国による資金協力、即ち政府系の中国輸出入銀行や中国開発銀行を通じたバイラテラルの融資、及びAIIBを通じたマルチラテラルの融資における最大の問題は、『Debt Sustainability』の観点が欠如していることだ」と指摘した。Center for Global Developmentの最近の調査では、一帯一路の対象国の中でDebt Sustainabilityのリスクが低い国は9カ国しかなく、7カ国は中程度のリスク、12カ国は高リスクを抱えているという興味深い調査結果を紹介した。
  • University of WaterlooのMs. Wangは、中国の資金協力について、「先進国から後進国へ富や知見の移転を図ることを目的としたOECD諸国の資金協力と異なり、互利互恵を目的としているところに大きな違いがある」と指摘し、習近平国家主席が一帯一路サミットで強調したように、中国からの調達を紐付けしない(アンタイド)であることも中国の資金協力を魅力的なものにしている特徴だと述べた。その上で中国の資金協力に係る問題点につき、①環境社会配慮の不足、②透明性の欠如を指摘した。スリランカの港湾整備プロジェクトでは、事業の収益性に問題が出てきた際に中国企業が地元企業からプロジェクトを買収するという強引な手段を取ったことに対し、地元から反発が起きたとの事例紹介があった。
  • 最後に登壇した中島は、日本の資金協力の枠組み、即ちODA(政府開発援助:二国間のグラント・融資及び国際機関を通じたマルチの支援)とOOF(Other Official Flow:JBICによる日本企業の輸出・投資に対する支援等)について概説した後、日本の開発金融のコンテクストで最も言及されることの多い「質の高いインフラプロジェクト」に対する支援策につき紹介した。この中で安倍総理が伊勢志摩サミットで提唱した「質の高いインフラ輸出拡大イニシアティブ」の狙いを解説すると共に、その背景にある「どうして今、インフラ整備が重要なのか」という点につき、世界及びアジアでのインフラ投資見込額、資金調達の必要性、及び(日本にとって重要な地域の一例として製造業サプライチェーンが確立された)ASEANでのインフラ整備の重要性に触れつつ説明した。また日本のインフラ整備の特徴として、①プロジェクトのライフサイクルコスト、②防災・安全、③環境社会配慮、④受入国のDebt Sustainability、⑤透明性を重視していることを指摘した。最後に中国の一帯一路に対する日本の見方として、安倍総理が6月5日の講演で発言した内容を引用しつつ、日本としては中国の一帯一路政策が「自由で開かれた国際秩序」にどのような影響を与えるか注視していると指摘。AIIBについては、現時点では世界銀行やADBと競合関係にあるとの見方は誤りで、むしろ補完関係にあると見るのが適当だが、AIIBが世界銀行等との協調融資にとどまらず、自ら案件形成を積極的に始めるときにはBankableなインフラプロジェクトにおいて競合相手になり得ること、及び日本のAIIB加盟についてはガバナンス体制の改革が鍵になることを指摘した。

  • 質疑応答に移った後、まずモデレーターを務めたBrookings InstitutionのSolis日本部長から、「開発金融の世界におけるAIIBの登場は(融資基準が緩いAIIBとの競合を通じて既存開発金融機関の基準も緩くなっていくという意味で)『底辺への競争(Race to the bottom)』をもたらすものか」という興味深い問題提起があった。これに対し、American UniversityのMr. Kahlerは「AIIBは現時点では世界銀行等と同等の基準で融資を行っているが、いずれBankableなプロジェクトでの競合が生じる際には基準を下げるだろうし、中国のバイラテラル機関の融資基準は既存機関よりも緩い独自の路線を進むだろうが、世界最高水準の融資基準を有する世界銀行等がそれに引きずられることはない」との見方を示した。世界銀行のKwakwa副総裁は、中国が融資基準を緩くしていくリスクを軽減するため、既存の開発金融機関が一帯一路に積極的に関与していく必要性を訴えた。中島からは、AIIBは既に設立され事業を開始している機関である以上、Race to the bottomに陥るのを避けるためには、「中国の巻き込み」、具体的にはAIIBと既存開発金融機関との対話の促進が重要であると指摘した。Waterloo UniversityのMs. WangはAIIBやNDBが既存開発金融機関が定めたルールを逸脱する理由がなく、現在の基準を守り続けるだろうとの見方を示した。
  • 会場からの質問として、「開発金融機関における民間セクター向け融資が増加する結果、ソヴリン向け融資は減少していくのか」との質問が開発金融機関関係者からあり、世界銀行のKwakwa副総裁から「インフラプロジェクトは公的セクターが実施主体になることが多く、ソヴリン向け融資のニーズも引き続き見込まれる」との見方を示した。また他の質問者(欧州の大学教授)から、日本政府が進める質の高いインフラプロジェクト支援につき、「そうは言っても中国や韓国の廉価なインフラ設備に日本は価格面で太刀打ちできないのではないか」との質問があり、中島より「インフラプロジェクトは建設して終わりではなく、20年、30年と長期に亘ってメンテナンスをしながら運営されていく点に特徴があり、そうした運営や維持管理も含めたライフサイクルコストで見れば、日本企業の設備にも十分に競争力はある」と回答した。またモデレーターのSolis氏から「中国の一帯一路に対する安倍総理の6月5日の講演は、従来の日本政府のスタンスよりトーンが変わったのではないか」との質問があり、中島より「一帯一路によってアジアのインフラが整備されることは、日本にとっても望ましいものであり、中国のプロジェクトの進め方やDebt Sustainabilityの懸念等、留意すべき点はあるものの、日本としてこれに関与し続けていくというメッセージを送ったものと捉えている」と説明した。また、トランプ政権のパリ協定からの脱退が世界銀行等の気候変動対策に影響を与えるかとの質問に対して、世界銀行のKwakwa副総裁から「それはない」との回答があった。
  • 以上が本セミナーの概要だが、AIIBに対する受け止め方として、現時点では既存開発金融機関にとってのパートナーであるという点はパネリスト間でコンセンサスが得られていた。しかしこれはAIIBが世界銀行等との協調融資に止まっている現時点での話であり、今後AIIBが自ら案件組成を始めるようになる際には、既存開発金融機関との「競合」が生まれ、競合を通じて(現在は高い融資基準を遵守している)AIIBが、中国のバイラテラル金融機関(中国開銀、中国輸銀)と同様の緩い融資判断に陥っていく可能性を指摘する意見が多かった。そしてその可能性が他機関も巻き込んだ「Race to the Bottom」に結びつかないようにするためには、既存の開発金融機関や日本の果たすべき役割が大きいことを再認識させられたところに本セミナーの意義があったと言えよう。
    以上
 

1 セミナーの模様は以下のHPにて公開されている。
https://www.brookings.edu/events/opportunities-and-challenges-for-development-lending-in-the-asia-pacific/