日本企業は「トランプ2.0」への備えができているか?(地経学ブリーフィング・山田哲司)


地経学ブリーフィング No.190 2024年2月7日

連載「米大統領選挙」

日本企業は「トランプ2.0」への備えができているか?
経済安全保障政策の観点から

主任客員研究員 山田哲司

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新年を迎えて、1月12日にテレビ東京が日本の大企業各社のトップに対して行なった「2024年リスク」のインタビューで、直接的、間接的に今年11月5日の「米国の大統領選挙」を地政学リスクとして捉えている経営者が多かった。現職のジョー・バイデン大統領と、ドナルド・トランプ元大統領の再対決の可能性がほぼ確実となり、更にはトランプ氏が大統領選挙にも勝利する可能性が出ており、米国政治の不確実性が高まっていることを経営者が注視している点が伺える。

では仮にトランプ氏が大統領選挙に勝利した場合、第二次トランプ政権(トランプ2.0)の経済安全保障政策はどのような内容になるであろうか。結論から述べると、トランプ2.0の基本方針は第一次トランプ政権(トランプ1.0)と変わらず、「Make America Great Again」の掛け声のもと「America First政策」を貫く点であるが、違いはトランプ2.0ではトランプ氏の考えに近い“身内”で政権を固め、その政策は更に先鋭化すると見られる点であろう。これは現バイデン政権がトランプ1.0の対中強硬策の多くを引き継ぐも、「Small Yard High Fence」を目指している点と比べても、トランプ2.0はかなりインパクトのある政策を取ると見られる。以下これを考えていきたい。

 

トランプ2.0の経済安全保障政策:対中強硬姿勢が更に強まる

トランプ2.0の経済安全保障政策を推察するにあたり、米国で昨年来、注目されている本がある。米国通商代表部(USTR)代表としてトランプ1.0を支えたロバート・ライトハイザー氏が、昨年6月に出版した「No Trade Is Free: Changing Course, Taking on China, and Helping America’s Workers」と題する本である。同氏は「トランプ氏の選挙活動に助言を送る立場」(ポリティコ紙)であり、「第二次トランプ政権で重要な役割を果たす可能性が最も高い」(NYタイムス紙)とされる。

同書を読むとトランプ2.0では米国の対中強硬姿勢がより強まる可能性が高いことが読み取れる。具体的には、まず米国の現在の問題点として、経済面では「過激な自由貿易の理論」により製造業の米国外移転が進んだ結果「米国の産業基盤が破壊され、失業者が増えた」ことや、安全保障面では、重要鉱物から半導体に至るまで米国の安全保障にとっての「極めて重要な製品(Vital Product)」が米国外のサプライチェーンに頼る危機的な状況となっていることを挙げている。

これらの問題を解決するために、同氏は特にトランプ1.0が「戦略的競争相手国」と位置付け、バイデン政権も「競争相手国」と位置付けている中国に対して、「戦略的デカップリング」を進めることを主張している。その内容は、かなり強い米中デカップリングを志向するもので、経済的には、米国の対中貿易赤字の大きさを理由に、中国への「恒久的正常貿易関係」(恒久的な最恵国待遇に相当)を取り消し、高関税(ワシントンポスト紙:トランプ氏が60%の対中輸入関税を課すことを検討中と報道)をかけることや、「対米投資委員会(CFIUS)」が安全保障面だけでなく、米国が長期的な経済的損失を被る恐れのある案件をも審査すべきことが主張されている。

安全保障の観点からは、ライトハイザー氏は「重要技術の切り離し(stop technology interdependence)を掲げて、輸出・輸入規制強化、CFIUS強化に加えて、更には米国の対中投資をも規制すべきことを主張している。またトランプ1.0ではTikTok等の中国製アプリの米国での使用を禁止する大統領令が3件発令され(内1件はバイデン大統領就任式の約2週間前に発令)、憲法違反に該当する恐れからバイデン政権がこれら3件の大統領令を取り下げたが、ライトハイザー氏の著書にはこれら中国製アプリ規制の強化が改めて主張されている。

トランプ氏が仮に再度政権に就いた場合、ライトハイザー氏の意見を取り入れるかは定かではないものの、トランプ陣営の公式ウェブサイトに掲載されている “America First Trade Plan”(2023年2月発表)ではトランプ2.0の在任4年間で「米国が中国依存から脱却するために」上記強硬論の多くが実際に主張されている。日本企業もトランプ2.0では米中競争関係は益々厳しくなる前提で備えておく必要があるだろう。

 

連邦議会:共和党が上院を奪い返し、ねじれ議会が解消される可能性あり

今年11月5日には大統領選挙とともに、連邦議会選挙も行なわれる。特に上院において、共和党が多数党の座を奪い返すのに有利な状況のため、共和党が下院での多数党の地位を維持できれば、ねじれ議会が解消される可能性が出ている。

具体的には、上院100議席の内、今回66議席は非改選であり、その内訳は共和党38議席、民主党28議席と、共和党が多数党を取るのに有利な状況となっている。選挙サイト「270toWin」では、現状(1/30)、共和党は50議席、民主党は48議席を確保しており、2議席が五分五分と予想している。また下院では共和党は207議席、民主党は204議席を確保し、24議席を五分五分としている。

仮にトランプ氏が共和党候補として大統領選に勝利し、加えて共和党が上下両院とも多数党となった場合、トランプ2.0はその経済安全保障政策を実行しやすくなる点も頭に入れておく必要がある。

 

トランプ2.0の日本企業への影響

2022年ベースでの米国の貿易赤字額(米USTR)を見ると、中国との貿易赤字額が3,674億ドルあり一番大きい値となっている。一方、日本との貿易赤字額も703億ドルあることから、トランプ1.0と同様に、トランプ2.0でも貿易赤字額を減らすため日本への要求が続くものと見られる。またトランプ氏は、日本も含めた世界一律10%の輸入関税案を検討中との報道もある(ワシントンポスト紙)。他方、2022年ベースで日本の米国への投資額が4年連続で1位(JETRO)を記録する中で新たな懸念が浮上している。

米国の大統領選挙での重要争点として名前が浮上する可能性があり、更にはトランプ2.0で最も政治的影響を受けそうな企業は日本製鉄であろう。日本製鉄は、2023年12月18日に約2兆円を投じてUSスチールを買収することを発表した。米国の大統領選挙、連邦議会選挙が本格化する直前に、米国にとっての「アイコン」であるUSスチールの買収発表は米政界に大きな衝撃を与えた。特に同社が本社を構えるペンシルバニア州は「ラストベルト地帯(さびついた工業地帯)」に位置し、米大統領選挙の勝敗の鍵を握る激戦州である点が衝撃の大きさを物語っている。2020年の大統領選挙では、バイデン氏(50.01%)がトランプ氏(48.84%)を僅差で破ったがバイデン氏が今年の選挙で同様の結果を得るのは簡単ではない。また同州は連邦議会選挙でも激戦州である点も見逃せない。

12月18日、民主党の支持基盤であり85万人の組合員が所属する「全米鉄鋼労働組合」(USW)は直ちに反対を表明している。また12月21日には、ペンシルバニア州選出の民主党議員であるボブ・ケーシー上院議員(今回改選)、ジョン・フェッターマン上院議員、クリス・デルジオ下院議員(今回改選)は、直ちにジャネット・イエレン財務長官に書簡を送り、安全保障の観点から日本製鉄によるUSスチールの買収を対米投資委員会(CFIUS)の審査対象とし、買収を阻止すべきと主張した。

12月19日、共和党のジョシュ・ホーリー上院議員(今回改選:ミズーリ州)、J・D・バンス上院議員(オハイオ州)、マルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州)も上記民主党議員と同じ趣旨にてイエレン氏に書簡を送っている。

こうした声に押される形もあり、12月21日、バイデン政権のラエル・ブレイナード国家経済会議議長は対米外国投資委員会(CFIUS)による審査を行なうことを示唆している。

一方で、日本製鉄によるUSスチールの買収表明には、トランプ1.0閣僚の間でも異なる意見が出ている。トランプ1.0の商務長官であったウォール街出身のウィルバー・ロス氏は、2024年1月1日のウォール・ストリート・ジャーナル紙上で、日本製鉄によるUSスチールの買収は、米国の経済や国家安全保障にとって脅威ではないのにも関わらず、外国排斥主義者が買収を阻止しようとしているとの寄稿を行なった。一方で、ラストベルト地帯であるオハイオ州の小さな町で生まれ育ったロバート・ライトハイザー氏は、2023年12月22日、FOXニュースに出演し、「米国がお金を出したら日本製鉄を買収できるか、買収できないだろう」と主張し、日本製鉄によるUSスチール買収に強く反対した。

トランプ氏自身は、日本製鉄によるUSスチール買収表明には、明確なコメントを出しておらず様子見の状況である。ただし今後「バイデン氏」対「トランプ氏」の再選となった際に、突然、日本製鉄の名前を出して自身の考えに近い“身内の”ライトハイザー氏と同じ主張を展開してもおかしくない(ブルームバーグ紙:本稿脱稿後の 2024 年 1 月 31 日、トランプ氏は、自身が大統領に当選すれば「直ちにそれ(買収)を阻止する。絶対にだ」と表明した。今後、大統領選挙上の重要争点としてトランプ氏が本買収計画を度々話題にする可能性が強まっている)。

日本製鉄側は大手ロビイングファームの支援のもとで、1月中旬にワシントンDCへの代表団を送っているが(NIKKEI Asia紙ポリティコ紙)、既に本件が政治問題化している中で特効薬はないものの、バイデン政権、トランプ氏陣営にアプローチすることはもちろんのこと、加えてペンシルバニア州選出の連邦議会議員、州知事(今回非改選)、州議会議員等に、今回の買収がいかに「米国やペンシルバニア州の為で(も)ある」かを粘り強く説明していくしか方法はないであろう。

 

日本企業はトランプ2.0に備えているか?

日本と異なり、米国は二大政党制を中心とした大統領制のために、政権交代により政策の変更がおきやすいが、特に分断が広がる現在の米国においてその振れ幅は大きい。日本としては米国民が下す決断を理解・尊重し、重要な同盟国である米国との関係を安定したものとするための備えが必要である。

1月16日の読売新聞は、岸田首相は早期に訪米しバイデン大統領との一層の信頼関係を深めようとしつつ、同時に自民党の麻生副総裁を通じてトランプ前大統領との接触を模索しているとの記事が掲載された。

では日本企業はトランプ2.0に備えているだろうか。先の日本製鉄のケースは、あくまで一例に過ぎず、日本企業による対米投資が今後も増えるであろう中で、日本企業は米国内政治の影響を受けやすくなるため分断された現在の米国に対処し備える必要がある。

日本企業は、米国での自社の拠点だけでなく、ワシントンDCにも事務所を構え、ロビイング体制を築くなど、情報網を整備し、先手、先手で動く必要がある。ワシントンDC界隈で良く言われることは、企業は普段から政治家と信頼関係を築いておかないと、困った時だけ頼られても政治家は相手にしない、という点である。そのため日本企業各社は、分断された現在の米国において、バイデン氏が大統領選挙に勝利するケースだけでなく、トランプ氏が勝利した場合などにも備えておく必要がある。残された時間は短くなっている。

 

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地経学ブリーフィングとは

「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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