科学技術を通じた「メタ・パワー」獲得目指す中国(土屋貴裕・地経学ブリーフィング)


地経学ブリーフィング No.173 2023年9月18日
新興技術グループ 連載「技術と国際政治」

科学技術を通じた「メタ・パワー」獲得目指す中国
- 「ポスト冷戦期」に激化する米中の覇権争い

京都先端科学大学准教授 土屋貴裕

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1.「科学技術強国」を目指す中国と技術覇権をめぐる米中対立

グローバリゼーションがもたらした国家間の力関係の推移や不均衡は、新たな技術の獲得とそのイノベーションをめぐる新たな国際的な覇権争いを生み出しつつある。それは、国家主導で情報のみならず、情報を基盤とする新興技術を保護し、規制・罰則を強化する動きへと結びついている。

とりわけ情報や技術の獲得競争は、ポスト冷戦期における現状維持勢力(Status Quo Power)のアメリカと、現状変更勢力(Revisionist Power)の中国との技術覇権(テクノ・ヘゲモニー)をめぐる新たな大国間競争という、アメリカの国際政治学者A・ F・ K・オルガンスキーが提唱した覇権移行論(Power Transition Theory)が当てはまる形で表出している。

アメリカは、トランプ政権以降、ファーウェイやZTEをはじめとする中国のテクノロジー企業への規制を強めている。中国を取り巻く国際環境が複雑化し厳しさを増す中で、近年の中国のデジタル経済の促進や海外からの技術獲得、軍民融合による発展戦略、国際標準化に向けた中長期的な取り組みは、大きな困難に直面している。

2035年までに「科学技術強国」を目指す中国

そうした中、2022年10月16日、中国共産党第20回全国代表大会における報告で、習近平国家主席は、2035年までの中長期的な発展目標を示した。その発展目標の中には、経済力、科学技術力、総合国力を大幅に向上させ、1人当たりGDPを中等先進国レベルに乗せること、またハイレベルの科学技術の自立自強を実現し、イノベーション型国家の上位に入ることで、「科学技術強国」となることが掲げられた。

中国は現在、国を挙げて技術やサプライチェーンのボトルネックを克服し、外資による中国への投資などによる海外の技術獲得も継続しつつ、模倣やキャッチアップの段階から自らイノベーションを生み出す段階への発展に力を注いでいる。そのための体制を強化するために、科学技術政策における党中央の主導的役割を強化するとともに、国務院の科学技術部の再編を進め、科学技術における軍民融合発展が推進されている。

今年3月の全国人民代表大会(全人代)では、国家機関である国務院の科学技術部の再編が可決されるとともに、新たに中国共産党内に中央科学技術委員会を設立することが公表された。

この中央科学技術委員会は、全人代終了直後の3月16日付で公表された党と国務院の連名による「党および国家機構改革方案」によれば、党中央による科学技術活動に関する集中的で統一された指導力を強化するために設立されるもので、党や政府の科学技術関連機関の調整を行い、国家イノベーションシステムの建設と科学技術システムの改革を統一的に計画、促進する党中央の政策決定および議事調整機構とされる。

今後、中央科学技術委員会において、国家の科学技術発展に関する重要な戦略や科学研究プロジェクトの研究や審議、決定を行い、国家実験室等の戦略科学技術力を統一的に計画・配置し、軍民科学技術融合発展の統一的な調整が行われることとなる。また、科学技術部の再編は、そうした国家のイノベーションや科学技術に関する政策実務を、党中央の指導の下でより効率的かつ効果的に担うためのものとみられる。
 

2.科学技術を源泉とする「ハードパワー」の追求

中国が科学技術に力を入れ、「科学技術強国」を目指すに至った背景には、科学技術を源泉とする経済力や軍事力といった国力、すなわち「ハードパワー」の追求がある。

経済面では、国内要因として、2000年代後半から労働投入・資本蓄積型の経済成長に限界がみられるようになったことが挙げられる。また、外部要因として、人工知能(AI)やビッグデータ、モノのインターネット(IoT)、クラウドコンピューティング、量子などに代表される新たな技術革命と産業変革が世界の経済競争力を再構築しつつあることに対応したものでもある。
 

イノベーション・エコシステムの確立に注力

そのため、中国は経済成長を技術革新に求め、「イノベーション駆動型」へと成長モデルの転換を目指して、科学技術の中長期的な発展に力を注いでいる。

とりわけ特徴的なのは、これまでに445の新型工業化産業モデル基地を認定し、「軍民融合発展戦略」の下で新興科学技術の産業クラスター化によるイノベーション・エコシステムを確立しようとするなど、経済建設と国防建設を一体的に進めようとしていることである。

さらに、2022年8月には、中国科学技術協会が、第1回「科創中国」イノベーション基地のリストを発表した。これは、科学技術イノベーション建設を深化させ、より多くの人材とイノベーション資源を動員し、地方の経済社会の質の高い発展を促すため、194のイノベーション拠点を認定するものである。

このように、中国は新興科学技術の産業クラスター化を進め、多用途(マルチユース)先端技術の研究開発、産業化、社会実装を進め、また民間での利用を目的とした先端技術を軍事・国防に転用したり、行政への利活用を推進している。さらに、そうした技術や製品を他国に輸出することで、国際的な影響力を拡大しつつある。
 

情報化した戦争に対応すべく戦略方針を更新

一方、軍事面では、テクノロジーの発展に伴い、陸・海・空のみならず、新領域とされる宇宙・サイバー・電磁波、さらには認知領域へと戦略領域が拡大してきていることが挙げられる。そのため、習近平政権下で、IT技術などによる情報化した戦争、AI技術などによるインテリジェント化した戦争に対応すべく戦略方針を更新してきている。

こうした科学技術を源泉とするハードパワーを追求するために、2015年に公表された「中国製造2025」では、目標の1つとして「重大技術設備に対する経済社会発展と国防強化の需要を満足させること」を掲げるなど、国防技術の発展と経済成長を一体化して進めようとしている。

3.イデオロギーとテクノロジーがもたらす「メタ・パワー」をめぐる争い

他方、中国がこれまで獲得してきた技術標準を国際標準として確立する動きも進められている。2021年10月10日、いわゆる「中国標準2035」として制定作業が進められてきた「国家標準化発展綱要」が公表された。

この綱要では、新興技術に関する標準化を進めることに加えて、国際標準化機関や国際的な専門標準化団体への積極参加や「一帯一路」、BRICS、APEC、その他各国との標準化分野での連携、標準国際化プロジェクト実施などによる国際標準策定への関与と中国標準・国際標準の互換性促進を進めていくことなどが掲げられた。

また、2015年に発表された産業政策「中国製造2025」がリアルエコノミーを主眼としているのに対して、この綱要は、とりわけデジタルエコノミーやバーチャルエコノミーを意識したものとなっている。

中国標準の国際化は、新興技術の社会実装とそれに伴う経済成長をテコにして、それを海外に展開し、国際的な産業チェーンを中国に依存させるデファクトスタンダード化によっても目指される。

2023年6月7日には、国際電気標準会議(IEC)が江蘇省南京市で開催され、IECの新興技術戦略国際標準化白書が発表された。これは、カーボンニュートラル分野における新興技術の開発と国際標準の策定を促進するための基盤となるものである。
 

国際社会における中国の主導的地位を希求

中国共産党の機関紙「人民日報」海外版は、この白書が「中国主導」による成果であり、同分野における国際競争力を強化し、国際社会における中国の主導的地位と発言力(話語権)をさらに強化するのに役立つものであると評価した。

このように、中国は、新興技術の開発と国際標準の策定を通じて、グローバル・ガバナンスに深く関与し、国際社会における中国の主導的地位を希求している。

中国ではこれを「制度化されたディスコース・パワー」(制度性話語権、Institutional Discourse Power)の強化として位置づけている。この「制度化されたディスコース・パワー」は、国際政治経済学において、アメリカの国際政治学者・スティーヴン・クラズナーが提起する「メタ・パワー」概念に重なり合う。

メタ・パワーとは、国際社会における制度やルール、枠組みを形成、改変することにより、他国を規制することができるパワーのことを指す。中国は科学技術によってハードパワーを追求するとともに、そうした国際的な影響力を背景にグローバル・ガバナンスへの関与を強めている。新興技術の開発と国際標準の策定はその限定的な一例ではあるが、中国は制度やルールを変えうるメタ・パワーをも志向していると言えよう。

テクノロジーを管理し、サイバー主権やデータ主権をも主張する中国が主導する新興技術の開発と国際標準の策定は、既存のアメリカを中心に形成されてきた自由、民主主義、基本的人権、法の支配等の普遍的価値に基づく既存の制度や国際秩序を改変しうる可能性を内包している。

世界における新興国の政治的・経済的な影響力が向上し、価値が多様化していく中で、既存の制度や国際秩序を改変しようとする中国のメタ・パワーが支持を獲得する余地が広がりつつある。
 

メタ・パワーの拡大はハードパワーの拡大につながる

中国によるメタ・パワー強化は、既存の欧米による国際秩序と摩擦を起こしうるだけでなく、ハードパワーの形成・行使のルールそのものを中国自身にとって好ましい形で規定することにもつながる。つまり、中国のメタ・パワー強化は、結果的にハードパワーの拡大を加速させることにもなる。

もっとも、それは中国にとっても簡単なことではない。ハードパワーでアメリカに迫りつつある中国がメタ・パワーを獲得するためには、新たな科学技術を背景に、これまでにないオルタナティブなシステムや戦略を構想・提示する「想像力」が求められることとなるだろう。

一方、既存の国際秩序を支えてきたアメリカ、欧州、そして日本は、グローバル・ガバナンスを強化するために、情報や技術の獲得競争を通じて拡大する中国のハードパワーのみならず、メタ・パワー競争への対応を一体的に講じていかなければならない。

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著者


地経学ブリーフィングとは

「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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