「領域横断作戦時代」の防衛装備・技術協力のあり方(井上麟太郎・地経学ブリーフィング)


「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/693813

「地経学ブリーフィング」No.168

(出典: Japan Marina Self-Defense Force)

2023年8月14日

「領域横断作戦時代」の防衛装備・技術協力のあり方 - 日米共同を前提とした「キルチェーン」構築を

リサーチ・アシスタント 井上麟太郎

 
 
 
 
 

【連載第4回:防衛装備・技術協力を通じた国際安全保障秩序の変化】

日本の防衛は、平時・有事を問わず、自衛隊と日米同盟の2本柱によって支えられている。

普段はその恩恵を感じることはほとんどないが、たとえば、北朝鮮が弾道ミサイルを発射し、Jアラートがわれわれの携帯電話に発信されるとき、ミサイルの熱源を探知するアメリカ軍の早期警戒衛星がその端緒となっている。

つまり、日米が政治や戦略面で連携し、作戦と戦術、技術面で相互運用性を確立していなければ、ほぼリアルタイムで国民に退避を促すようなシステムは実現しえないのである。当然ながら、有事になれば、日米の相互運用性の重要性は、格段に高まることとなる。
 

新たな戦い方の登場

日米の連携は、今後さらに重要性が増していくだろう。それは、中国の脅威が高まっているからだけではなく、戦い方も変化しているからだ。

ウクライナ戦争でも見られるように、現代戦は、陸海空だけでなく、宇宙・サイバー・電磁波、無人機、さらには情報戦や認知戦などを組み合わせた作戦を複雑に連携させている。さまざまな兵器を組み合わせて用いることにより、相互の弱みを補完するとともに、相手の隙を利用して相乗効果を得ることを目指しているのだ。

現代戦の起源は、直接的には、アメリカ国防総省が1970年代後半に考案したIT技術を積極的に軍事目的に使用する「第2のオフセット戦略」、1990年代に広がった「軍事における革命」や「ネットワーク中心の戦い(NCW)」に求めることができる。

近年、軍民両用技術である人工衛星や大容量通信、人工知能(AI)などが拡散・実装されることによって、アメリカ軍だけでなく、さまざまな国が新しい戦い方を繰り広げられるようになった。

自衛隊は、2000年代初頭から弾道ミサイル防衛などのために、防衛分野にIT技術を多く取り入れるようになった。2012年から尖閣有事に向けた具体的な検討を開始し、2018年に閣議決定された『防衛計画の大綱』に初めて領域横断作戦を盛り込んだ。

領域横断作戦は、陸海空という従来の領域はもちろん、宇宙・サイバー・電磁波を跨いで多様な装備品を接続することが前提となっている。

具体的に言えば、人工衛星や陸海空のさまざまな警戒監視センサーから得た情報を、リアルタイム性や抗堪性(敵の攻撃を受けた場合、機能を維持する性能)のあるネットワークを介して、司令部や部隊に伝送し、AIの支援のもと、これらの情報を分析評価することで、相手方よりも迅速かつ正確な意思決定を行い、最も効果的な物理的・非物理的手段によって対処する作戦である。
 

「キルチェーン」構築の必要性

領域横断作戦に限らず、あらゆる作戦を実施するためには、目標の探知・識別・追尾、その情報の迅速な伝送、適切な手段の選択と対処、さらにその成果を確認・評価する一連のプロセス(キルチェーン)を構築しなければならない。領域横断作戦は、このキルチェーンを、複数領域を跨いで連接する必要がある。

同時にキルチェーンがミサイルなどの物理的な攻撃、あるいはジャミングやサイバー攻撃などの非物理的手段によって切断されても、作戦を続行できるよう代替手段等を確保することも必要だ。

探知について言えば、多数の小型衛星で抗堪性を高めるだけではなく、地上配備型のレーダーや無人機など領域の異なるさまざまな装備品で補完・代替する手段を確保しなければならない。

同様に、情報伝送には、複数の周波数帯域や同盟国・同志国、あるいは民間の通信衛星など迂回路を確保し、対処手段も、陸海空のさまざまなプラットフォームからのミサイル等の攻撃手段、さらには電磁波等の非物理的な手段も揃えておくことが求められる。

このように、異なる性能と機能を持ちつつ同様の役割を担う多数の装備品を複数の領域で保有しなければならない。そもそも日本の防衛は日米共同対処を基本としているので、アメリカ軍との相互運用性が不可欠である。

領域横断作戦のような複雑な作戦のキルチェーン構築には、自衛隊の軍種間の相互運用性はもとより、アメリカ軍とのより高度な相互運用性を確立する必要がある。資源の有効活用という観点からも日米共同でキルチェーンを構築することが望ましい。
 

相互運用性とその課題

アメリカ軍の『統合ドクトリン』によれば、相互運用性とは、「通信システムまたは通信機器間で、情報等を直接かつ満足に交換できる状態や能力」を指す。

アメリカ軍は、第2次大戦中から、他軍種や同盟国と協力するためには通信における相互運用性が必要であることを認識し、現代までその能力を高めるためにさまざまな取り組みを進めてきた。

当初は、それぞれの軍種や兵科は、異なるテンポや距離、規模で戦うため、それぞれの領域に適した通信ネットワークを構築した。たとえば、比較的近距離の地上戦を戦う歩兵や戦車と、広大な海域で水中と海上、さらには空の脅威と戦う護衛艦を同じ規格のネットワークにつなげることは必要性に乏しく、逆に全体のパフォーマンスを減退させてしまう可能性があった。

個々の領域や戦い方で部分最適を求めてきたのだが、すべての領域を統合的に運用する領域横断作戦が主流となる現代戦に必要な態勢を構築するとき、この部分最適化された軍種ごとのネットワークが大きな課題となっている。

このジレンマを解決するためには、既存のネットワークを維持したまま、それらの相互接続を可能とするメタ的なネットワークを構築することが求められる。

このように考えると、領域横断作戦に求められる相互運用性を確立するためには、必ずしも新たなネットワークを構築したりアメリカ軍とまったく同じシステムを導入したりする必要はない。

目指すべきは、同じシステムを導入することではなく、国土・国情にあった独自の装備品を活かしつつ、同じネットワークに接続できることである。
 

相互運用性の課題を克服するJADC2

個々の領域に最適化されたネットワークを維持しながら、相互運用性を高めて全体として高い能力を発揮できる構造を作り上げるには、革新的なアプローチが必要だ。経路依存的な考え方や組織の縦割り構造を打破する司令塔機能によって推進する共同開発プログラムやイニシアチブが重要になってくる。

アメリカ軍では、各軍種間と同盟国軍との相互運用性を高めるために統合全領域指揮統制(JADC2)を進めている。JADC2とは、相互運用性の高いネットワークやAIを活用することで相手よりも迅速かつ正確に状況を認識し、最適な対処手段を決定する「意思決定の優越」を目指す指揮統制コンセプトである。

陸軍・海軍と海兵隊・空軍は、国防総省と統合参謀本部の指導の下、それぞれ独自のプロジェクトを通じてこのコンセプトを実装することを目指している。

JADC2では、既存のシステムを組み込むため、オープン・アーキテクチャを基本とするアプローチをとっており、伝送するデータの規格統一やAIの活用、さらにネットワークとネットワークの結節点(ノード)の開発によって各軍種のシステムを連接することを目指している。

アメリカ軍は、今年から英豪とともにJADC2のコンセプトを実装したネットワークを使って実験を繰り返し進めており、他国のシステムとの高い相互運用性の確立も試みている。来年からは、さらに多くの国と協力する予定である。
 

自衛隊の試み

日本も大きく後れを取っているわけではない。すでに指揮統制システム関連の相互運用性を高めるための国際共同研究・開発に着手している。防衛装備庁によれば、2020年から、日米両国のネットワーク・インターフェースの設計・構築・試験を共同で進めている。

しかし、日米共同の領域横断作戦遂行に十分耐えうる相互運用性の高いネットワークの構築を目指すためには、JADC2のような領域横断作戦を念頭に置いた個別アセットのネットワーク化の全体像を明示する必要がある。

日米の軍種ごとの役割分担や共通システムを具体的な見取り図にして、日米の防衛装備・技術協力を日本の防衛力整備の中に統合された形で位置づける試みが求められるのである。

昨年12月に閣議決定された戦略三文書には、今後強化する7つの能力として「指揮統制・情報関連機能」が盛り込まれている。高いレベルの相互運用性を持つネットワークがこれまで以上に求められている今、こうしたプロジェクトが大きく進展することを期待したい。
 

(おことわり)地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
 

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