中国・習政権が袋小路に入りつつあるという懸念(柯隆)


「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/656388

「地経学ブリーフィング」No.145

(画像提供:AFP/Aflo)

2023年3月6日

中国・習政権が袋小路に入りつつあるという懸念 - 「強国復権」目指すもネオ・チャイナリスクが台頭

東京財団政策研究所主席研究員 柯隆

 
 
 
 
 

【特集・中国の経済安全保障(第4回)】

1978年から中国は改革・開放の道を歩み始めて、2000年代に入り、経済の高成長を成し遂げ、世界経済を牽引する役割を果たしてきた。しかし習近平政権期の中国は、民主主義国家からみれば国際社会にとってのトラブルメーカーになっているようだ。そうした習政権の行動の根源を理解するには、毛沢東時代に遡る必要がある。
 

改革・開放から毛沢東時代への逆戻りの始まり

1970年、毛沢東は北京訪問のエドガー・スノーに、「わたしは天(神様)を無視し、法も無視する」と冗談っぽく言ったことがある。1966~76年文化大革命を引き起こして知識人を迫害し、数十万人が犠牲になったといわれている。当時、知識人の迫害に直接加担したのは、「紅衛兵」と呼ばれる中学生や高校生たちだった。

翻って習政権の1期目と2期目の執行部(党中央政治局常務委員の7名)を見れば、全員が紅衛兵世代であり、多くが元紅衛兵だった。3期目の執行部も同じく紅衛兵世代によって構成されている。当時、紅衛兵たちは文革の主役として、「造反有理」などのスローガンを叫びながら、富裕層や知識人などの「反革命分子」を容赦なく打倒した。

1978年、文革によって失脚していた鄧小平などの長老が復権し、毛沢東と文革を部分的に否定し、改革・開放政策を始めた。その結果、中国経済は高成長を成し遂げ、今や世界第2位の規模となった。しかし、紅衛兵世代の習主席自身は毛時代を否定せず、「困難な模索」と総括している。紅衛兵世代の習政権執行部にとって、自由化によって経済こそ発展したが毛沢東の革命路線から大きく逸脱し、このままいくと共産党指導体制が崩れる心配がある、との懸念がある。

2022年秋の第20回共産党大会で習総書記は演説において、107回も「堅持」を繰り返して強調した。これは2番目に多く言及された言葉だが、「社会主義路線」と「共産党指導体制」の堅持を意味する。一方、同演説で頻出した語句のトップ20に「改革・開放」はランクインしなかった。習政権が改革・開放から方針転換しつつあるとのメッセージだ。

実際に習政権は経済の自由化に終止符を打ち、アリババなどの大型民営企業に対する締め付けを強化した。同時に、国有企業を重視する姿勢を鮮明にした。2016年、習主席は国有企業改革座談会で国有企業をより大きくより強くしようと指示し、その後の演説でも、繰り返し国有企業をより大きくより強く、と強調している。だが政府・共産党は国有企業を吸収・合併(M&A)で大きくすることができるだろうが、強くすることはできない。
 

習政権が目指す無謀な「強国復権」の夢

結果的に、順調に成長していた中国経済は習政権が目指す「中国の夢(=強国復権)」によって大きく減速し、中国社会も混乱に陥った。さらに、コロナ禍に対する「ゼロコロナ政策」が経済低迷に拍車をかけた。

こうしたなかで習主席は自らの権力基盤を固めるために、思想的に毛沢東、鄧小平と肩を並べる必要があると考えているようだ。共産党中枢において、毛沢東は政権を樹立して、人民を解放した。鄧小平のおかげで人民は豊かになった。習近平の歴史的使命は中華民族を復興させ、「強国復権」を実現することだ、というナラティブが語られている。

習政権はどのようにして中国を強くしようとしているのだろうか。それはこれまでのところ、国家が重点分野を計画的に定めて、すべての資源をこれらの重点分野に集中させる毛時代の計画経済の再演である。しかし実際には、国家による資源配分は効率化しない。反面、「強国復権」の追求は世界最大の覇権国家のアメリカを刺激し、米中は激しく対立するようになった。

習政権の誤算は政治、社会と経済を毛時代に逆戻りさせながら、「強国復権」を実現しようとする矛盾である。習政権は明らかに長期政権を目指している。もともと中国の憲法では、国家主席の任期が2期10年までと定められていたが、習政権は憲法を改正し、制度的に続投ができるようになった。

その正当性を担保するためには、何らかの功績を挙げなければいけない。だが現実には統治能力の不足を露呈し、政治、社会と経済が大きく混乱してしまっている。中国国内で習政権への不満が強くなるにつれ、結果的に言論統制など社会に対する統制を強化するしかない状況となった。

そして、ここで問われる根本的な課題は、社会が厳しく統制された状態で国家が強くなれるかどうかである。習政権の政策決定は完全なトップダウンのやり方になっている。現場からのボトムアップがまったくないという点について毛時代とまったく同じである。他方で毛時代に比べ、習政権にとって便利な統制ツールができたのは重要なことである。それはインターネットを検閲するAI(人工知能)システムと津々浦々に設置されている監視カメラによる顔認証である。

習政権は権力基盤を固めているようにみえるが、内実はほんとうに強くなっているのだろうか。胡錦濤政権(2003~12年)までの30余年間の改革・開放の蓄えを食いつぶしつつある現状で習政権の下で中国の国力がむしろ弱くなっているのではないか。アリババやテンセントなど中国のビッグテック企業のほとんどは1990年代(江沢民時代)に創業されたものであるが、今は成長しなくなっただけでなく、新たなリーディングカンパニーも生まれていない。
 

「戦狼外交」とネオ・チャイナリスク

習政権は国内において統制を強化する一方で、対外的には好戦的になり、いわゆる「戦狼外交」を展開している。本来ならば、外交は合従連衡のゲームにおいて仲間を増やす仕事のはずだが、習政権になってから仲間が激減し、中国の経済発展に協力してきた民主主義の国々と対立している。

なぜ習政権は敵を増やすような非合理的な行動を取るのか。

習政権からみると欧米諸国が中国の民主化を企てていると懸念するからである。もう1つ重要な点として、習政権が「強国復権」を目指すうえで既存の国際社会のルールに従おうとしないことである。これは、紅衛兵世代の彼らが毛沢東から継承した最重要のDNAにルールを無視すること(「造反有理」など)があるためだ。だからこそ、国内では安易に憲法を改正し、対外的には多国籍企業の知財権を侵害するという事案が発生する。

ここで、習政権執行部の文脈に則って考えてみることも無意味ではない。紅衛兵世代の彼らは権力を崇拝し、弱肉強食の論理を信じているように見える。つまり習政権は中国の国力がすでに十分に強くなったことから、既存の国際ルールを無視しても大きな問題にはならないと考えているようだ。
 

ネオ・チャイナリスクで中国自身も困難な状況に

振り返れば、習政権が発足する以前の中国には、政治と社会の不安定性や中国企業がビジネスを受注しても納期を守らないといった古典的なチャイナリスクが存在していた。それに対して、習政権期には「強国復権」を目指して世界主要国と激しく対立するネオ・チャイナリスクが台頭している。ネオ・チャイナリスクは国際社会を攪乱するだけでなく、中国自身をも困難な状況に陥らせている。

国際社会で台湾有事のリスクが心配されているが、広くとらえれば、それもネオ・チャイナリスクの一部といえる。すなわち毛沢東のDNAを継承した紅衛兵世代の指導者たちの統治能力の低さとそれに因む政治、社会と経済の混乱がこれから加速していく可能性である。社会統制の強化と経済繁栄が両立できないのは明々白々である。

これまで中国の経済発展にもっとも協力してきたアメリカとその同盟国はますます中国を警戒するようになり、中国との距離がいっそう離れていく。中国経済が発展しなくなれば、習政権はますます窮地に陥ってしまう悪循環へと向かう可能性が高い。

3月5日から年に一度の全国人民代表大会が開かれている。今回は習政権3期目の国務院人事が正式に決まる見込みだが、ほとんどが習主席のイエスマンによって構成されるとみられている。行き過ぎた権力集中が重い代償を払うことになるのではと、心配するのは筆者だけではあるまい。
 

(おことわり)地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
 

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