米中の半導体戦争が過去の日米競争と次元違う訳(ポール・ネドー)


「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/647190

「地経学ブリーフィング」No.139

(画像提供:Shutterstock)

2023年1月23日

米中の半導体戦争が過去の日米競争と次元違う訳 - 日本の事例から正しい教訓を学べるかがカギだ

地経学研究所客員研究員 ポール・ネドー
訳:地経学研究所長 鈴木一人
 
 
 
 
 

【特集・アメリカの経済安全保障(第3回)】

数週間前、図書館にクリス・ミラーの話題作である『Chip War』を探しに行った。最近出版されたこの本は、チップや半導体および関連技術が地政学的にどのような意味を持ち、中国とアメリカの間で進行中の競争をどのように規定するかを解説したものである。

図書館には確かに『Chip War』があった。しかし、それはフレッド・ウォーショフスキーが1989年に出版した黄ばんだ本だった。この本は2022年版と同様、チップや半導体といった技術の地政学的な関連性について書かれているが、その競争相手は日本に設定されていた。
 
 
 
 

アメリカが抱いた半導体・外国依存への懸念

ウォーショフスキーが描いた1989年の世界と、ミラーが書いた今日の世界には、確かに重なる部分がある。どちらの時代にも、半導体技術におけるアメリカの優位性は、海外との競争によって損なわれつつあり、また、完全に「公正」な競争でもなかった。日本は、世界市場で半導体を「ダンピング(不当廉売)」し、日本国内市場から外国の競争相手を締め出したと言われている。

中国は独自の国家資本主義モデルが問題視されており、M&Aのための莫大な補助金をシステムに投入したり、中国での外国企業による技術移転を「ビジネスを行うための必要経費」として強要したり、明らかな産業スパイ行為による技術窃取を行ったりしている。日中のどちらの場合も、アメリカの安全保障に不可欠な製品である半導体を外国に依存することに対する懸念は深刻であった。

しかし、日中の半導体戦争にはいくつかの決定的な違いもある。最も明白なのは、日本には現在の中国が目指しているような軍事的野心がなかったということだ。1980年代のアメリカの競争相手は、日本ではなくソ連であった。

当時、ソ連はアメリカの技術的競争相手ではなく、政治体制自体も末期状態であった。日本は、アメリカの条約上の同盟国であり、経済的な卓越性を目指していたが、世界の覇権を争うことを真剣に目指したわけではなかった。1980年代の問題は、アメリカの創造する能力の行く末に対して、手強い競争相手であった日本、台湾、韓国が挑戦してきたことであった。アメリカは半導体に関するゲームのマスターであったのに、その地位を脅かされたのである。

当時、世界でトップを勝ち得た原動力であったアメリカの労働倫理や気概はすでに失われ、世界におけるアメリカの地位が低落していくように感じられた。この状況におけるアメリカにとって最大の軍事的な挑戦は、国防総省が死活的な部品に関して外国のサプライヤーに過剰依存することであったが、韓国や台湾はともかく、日本がアメリカやその同盟国に対して軍事的な威嚇をするなど、B級映画のような安っぽい話でしかなかった。

これに対し、中国はチップや半導体を軍の近代化に不可欠なものと考えており、技術開発と軍事的発展が不可分なものであると認識していることは間違いない。また、これらの技術が習近平政権の新疆ウイグル自治区や香港などでの弾圧における重要な技術となっていることもかなり明白である。1980年代、日本が半導体の支配を強めようとした時でも、習近平のような国内での弾圧や近隣諸国へのあからさまな脅威は全く懸念されなかった。
 

中国に先行するだけでは不十分だから阻止

問題は、中国の挑戦が、近隣諸国、アメリカ、そしてより大きな国際システムに対してどのような性格を持つのか、という点である。10月7日に発表した半導体輸出規制に見られるように、中国の挑戦は非常に深刻であり、もはや技術的に中国に先行するだけでは不十分であり、中国を阻止することが必要であるとバイデン政権は考えている。

この規制は、中国の軍事転用可能な技術開発を食い止めたいという純粋な動機によるものと思われるが、習近平政権の「軍民融合」構想を意識して、中国が生産できるあらゆるものを食い止め、中国の経済成長全体をアメリカが食い止めようとしているという筋書きにつながっているように見える。

バイデン政権が目指しているものは、中国の経済成長を止めることでも、新興国としての台頭を止めることでもないかもしれない(実際、レモンド商務長官はアメリカの利益となる分野では継続して関与すると述べている)。そうであるなら重要となるのは、輸出規制を、単に特定の分野での優位性を達成しようとするのではなく、より大きな戦略的目標のために位置づけ、対立のエスカレーションを避けることである。

実際、輸出規制には経済に影響が及ぶ可能性のある曖昧な点があるにもかかわらず、バイデン政権は軍事的な脅威をことさらに強調しているように思われる。このような政策選択は、影響が複数に及び、予測不可能な、膨大な帰結の連鎖を引き起こし、アメリカにとって自滅的なものになりかねないものである。このことは、他のセクターとは全く異なる特徴を持つ先端半導体産業において特に明らかである。先端半導体は急速で連鎖的なイノベーション、巨額の資本投下、細分化されたサプライチェーン構造といった特徴があるからだ。

だからこそ、アメリカが新しい半導体規制において最終目的を強調することが不可欠である2つの理由がある。
 

抽象的ではなく現実的な外交問題

第1の理由は外交的なものである。アメリカの同盟国や有志国がこうした取り組みの戦略的背景を理解し、その目的を達成するために規制がどのように調整されているかを理解することが必要であり、その理解があれば規制に同調することが可能になるであろう。

これは単に抽象的な問題ではなく、現実の問題である。一部の報道によれば、オランダがアメリカの輸出規制に消極的なのは、中国からの脅威の性質の理解が異なり、輸出規制が中国の脅威をどのように低減できるのかについて、オランダの理解はアメリカと大きく異なっているからである。同盟国間の利害を一致させるには、単に新しい取り組みを同盟国に「知らせる」だけでなく、常に調整と情報共有が必要である。

第2の理由は、特定の目標に対して活用できる資源が有限であり、それを調整する必要があるという点にある。中国のような外国の脅威に直面しても、アメリカ政治に超党派性が戻るわけではない。たとえ過去を懐かしむ者が、冷戦時代における超党派性の「黄金時代」は良かったと思い、米中対立がその時代を甦らせると期待したとしても、現在の党派対立は外国の脅威の有無をはるかに超えており、中国がどんなに「頑張っても」、アメリカ政治の機能不全を修復するのは容易ではない。

アメリカには、冷戦時代のような広大で実存的なイデオロギー闘争を行うための物的資源や政治的・行政的結束力がない。権威主義的な中国共産党がアメリカの技術を使って軍事能力を高め、人権抑圧に使う恐れは現実的であり、アメリカはそうした悪用を防ぐためにできることを行うのが望ましい。

しかし、このような問題に対処するための措置は、アメリカが有する資源と政策目標を一致させる広範な戦略の中に位置づける必要がある。中国との競争はそれだけでは戦略とは言えない。アメリカの行動を達成可能な戦略目標にリンクさせない限り、予期せぬ結果のリスクは増大し、アメリカとその同盟国にさらなる課題をもたらすだろう。

少なくとも、日本との競争がどうなったかは、後知恵でわかる。1989年にウォーショフスキーの本が出版されて間もなく、日本が半導体技術のリーダーではあったけれども、日本のバブル経済が崩壊し、それに伴って日本からの地政学的な挑戦の気配も消えていった。
 

アメリカの貿易収支を好転させた真因

結局、日米半導体協定が、アメリカの貿易収支を好転させたのではなく、日本のバブル経済の崩壊と、アメリカのイノベーションが貿易収支を回復したのである。日本が覇権主義的な競争相手ではなく同盟国であったことも、アメリカが現在、中国に対して抱いているような、より大きなシステム上の課題の一部と見なすのではなく、アメリカの懸念を抑制するのに役立ったのである。

そのため、ミラーの著書とウォーショフスキーの著書の間には20年の開きがあるにもかかわらず、両書とも同様に、アメリカの技術的優位が外国の挑戦者に脅かされている、という書き出しになっている。

1989年の日本との半導体戦争が、日米関係の歴史の中でしゃっくりのように扱われていることは多少の救いである。アメリカは、その経済の開放性と世界のどこからでも優秀な人材を集める能力に支えられ、また日本が半導体分野でのプレーヤーであり続けたことによって、日本のイノベーション能力に頼ることができたのである。

ただ、悪いことに、アメリカはかつてのようにこれらの技術を独占することはできず、移民の受け入れも鈍化している。さらに重要なことに、アメリカは日本とのチップ戦争では産業政策の転換をせずにすんだが、中国との半導体戦争では産業政策の転換を決意しているように見える。

たとえ安全保障が第一の目的であったとしても、経済への影響は甚大となり得ることに注意しなければならない。産業政策はよく計画されたものであったとしても、先端半導体のようにイノベーションに依存し、サプライチェーンが細分化されている状況では、産業政策を成功裏に打ち出すのは難しい。

イノベーションはどこからでも生まれる(そして実際に生まれる)ため、イノベーションへの最良のアプローチは、最初の発明の段階で政治が介入するのではなく、その成功した発明を市場に出す準備ができるレベルまで「スケールアップ」させる政策が必要である。もし政策立案者が最初の発明の段階で介入するのであれば、国境を開いて他国の人たちと協働することを促進し、どこの国の才能であっても最新のイノベーションにアクセスし、誰でもそれを基に発展できるようにするのが筋であろう。
 

日本の事例から正しい教訓を学べるか

このことは中国にも当てはまる。中国は半導体分野で、十分に才能ある人材と巨額の投資をするだけの資金を持ち、他国に依存せずに自立できる唯一の国家であるが、イノベーションへのアクセスや、勝ち組となる企業に投資するスキルを持たなければ、西側諸国に追いつくことはできない。

2022年の中国とのチップ戦争が日本とのチップ戦争のように終わるかどうかは、日本の事例から正しい教訓を学べるかどうかにかかっている。才能とイノベーションに対する開放性を維持するほうが、産業に直接介入し、結果を管理しようとする政策よりも成功する。

(おことわり)地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
 

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