ロシア軍の苦戦が映す先進技術「実装」の重い威力(車田秀一)


「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/638519

「地経学ブリーフィング」No.134

(画像提供:Shutterstock)

2022年12月12日

ロシア軍の苦戦が映す先進技術「実装」の重い威力 - AIが将来の戦争を変えうる中で求められる防衛力

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)/地経学研究所 客員研究員(肩書は執筆当時のもの) 車田秀一

 
 
 
 
 

【特集・新国家安全保障戦略のリアル(第3回)】

ウクライナ侵攻で見られるウクライナ軍の戦術的勝利には多くの要因が考えられる。筆者はその要因の1つとして、ウクライナ軍が先進技術や最新の装備品(先進技術等)を比較的うまく組織全体に「実装」できていることを挙げる。

本稿では、ウクライナ侵攻の教訓を通じ、先進技術の組織全体への実装が安全保障分野でも重要であることを述べるとともに、人工知能(AI)を用いた新しい戦い方に対応するために、わが国が考えるべきことについて述べる。
 

先進技術等の「実装」度の差が表れた

ウクライナ侵攻においてウクライナ軍は、先進技術等を活用した非対称戦がロシアのような大国にも通じうることを明らかにした。ウクライナの最新地対艦ミサイル「ネプチューン」の攻撃はロシアの巡洋艦「モスクワ」を撃沈した。

また、高機動ロケット砲システム「ハイマース」を含むアメリカから提供された装備品は、ウクライナ東部ハルキウ州の大部分の奪還に貢献したとされる。先進技術等を活用した長距離からの精密誘導攻撃は、独立・分散・強靭な小規模戦力による非対称戦を実現させている。

しかし、ウクライナ侵攻では先進技術等だけではなく、先進技術等の軍への「実装」度、すなわち組織全体が先進技術等を効果的に活用できているか、についても着目すべきである。

本侵攻は組織文化などの定性的な要素が、先進技術の実装度に影響を及ぼしうることを浮き彫りにした。ウクライナのシンクタンク「ウクライナ・プリズム」のハンナ・シェレストは、2014年のクリミア侵攻以降のウクライナ軍変革の成果の1つとして、NATO基準の採用による下位レベルのリーダーシップ改善を挙げる。

2014年のクリミア侵攻ではウクライナ軍は中央の指示を何日も待つことがあり、軍は極めて鈍重だった。ウクライナはその教訓を踏まえて兵站、通信、部隊運用と訓練にNATO基準を導入した。ウクライナ軍は西側諸国と同様に下位レベルでのリーダーシップを重視した部隊運用を導入し、訓練を繰り返した。結果、ウクライナ侵攻では現場指揮官による自発的な活動を可能にした。

シェレストによると、ロシア軍は中央集権的な階層型組織であり、下級将校への権限移譲に消極的な組織文化であるという。また、ロシア軍は上級将校の割合が高く、将官がより多くの機能を発揮する場合が多い。そのため、将官が攻撃を受け指揮系統が混乱した場合、自発性に欠け作戦指揮能力に劣る下級将校が率いる部隊は行動不能に陥るという。

また、ウクライナ軍は商業衛星通信やNATOのセキュアな戦術通信システムによる安全かつ安定的な通信の維持に成功している。ウクライナ軍は民生先進技術も積極的に活用し、ドローンを用いた攻撃や近距離ISR(情報収集・警戒監視・偵察)、AIを活用した公開情報の収集・分析(ロシアのSNSやラジオからの情報分析)も実施している。これらはウクライナ軍に前線での的確な状況判断を可能にしたという。

ウクライナ侵攻について現時点で評価することは難しい。しかし、開戦当初は兵器の質と量で優っていたロシア軍が、組織文化などの定性的な要素により能力を発揮できていない可能性があることを複数のシンクタンクが指摘しているのは事実だ。

対するウクライナ軍は西側諸国の支援を得つつも、先進技術等をロシア軍と比較して効果的に活用できていると言える。このように、先進技術等の組織への実装度の差が安全保障分野においても影響を与えうること、そしてそれは組織文化のような定性的な要素に左右されうることは否定できない。
 

各国は軍組織への先進技術の実装を模索

一般的に、軍組織は先進技術の実装が難しい。ウイリアムソン・マーレーとピーター・マンスール編著の「軍組織の文化」において、軍組織は特に文化的に進化するのが遅いことを指摘している。武力紛争に関与する組織にとって、実績ある戦法や信頼できる技術の根本的な変更は壊滅的な結果をもたらす可能性があるからだ。

軍組織にとって変化は潜在的に危険でコストがかかるものとなる。そのため、軍組織はよほど強い圧力を受けない限りは一貫性を堅持する組織文化に従い、変化に対し弾力的に元に戻ろうとし、鈍重でさえあるとする。ウクライナ軍は2014年のクリミア侵攻という強い変化の圧力があり軍の変革を可能としたが、ロシア軍はそのような機会を得られなかったと言える。

アメリカをはじめとした西側諸国は、そのような組織文化的課題を克服し、先進技術等を実装して将来の戦いに備えるために革新的な取り組みを進めている。アメリカ国防総省は2018年に「国防イノベーションユニット(DIU)」を創設し、民間先進技術の迅速な軍への導入及び実用化を促進している。DIUは問題特定から試作品の契約締結までを90日以内で行うことを目標としている。
 

AIは将来の戦争を変えうるか

アメリカ人工知能安全保障委員会(NSCAI)が2021年に提出した最終報告書は、現代戦で使われる先進技術等がAIにより強化される可能性を示唆している。大量のデータをマシンスピードで処理するAIがサイバー攻撃、ディープフェイクを用いた情報作戦、ドローンのスウォーム(群)やミサイル攻撃に活用された場合、AIの支援なしでは防御すらできなくなると同報告書は警鐘を鳴らす。

これまで述べたAIの活用例を組み合わせるだけでも、将来的にはAI搭載ドローン群を活用した

① ISR活動
② 収集情報の分析・評価
③ 攻撃

が想定できる。つまり、いわゆるOODAループと呼ばれる意思決定サイクルのすべてにAIを組み込むことが可能となろう。

その将来は現実に迫っており、アメリカは中国の動向に注目している。アメリカ国防総省は2022年11月に中国の軍事力に関する報告書を発表した。その中でアメリカ国防総省は、中国が潜在的な敵に対する意思決定の優越、すなわち速度と質を向上させるための技術としてAIを重視していることを指摘する。

中国はまた、ミサイル誘導、目標探知・識別、自律システムの支援を含む、AIのさまざまな応用を研究しているという。さらに、同報告書は中国がAIとドローンを組み合わせた群攻撃を行う能力の獲得を目指していることも明らかにしている。

アメリカとイギリスは、AIが他の先進技術等を組み合わせることにより将来の戦い方を変えうると認識し、国防AI戦略と国防データ戦略を作成した。両国は戦略に基づきAIとその運用基盤となるデジタルインフラの開発・導入を進めている。これらの取り組みを通じ、両国は組織全体にAIを実装可能なデータ駆動型組織、すなわち「AI-Ready」な国防組織の確立を目指しているという。

戦いにおけるすべての活動を自律化させることの倫理的問題は国際的に議論されているが、技術的には可能という現実は直視しなければならない。すなわち、わが国もAIが将来の戦いを変えうるとの視点に立ち、組織全体へのAIの実装について考慮する必要がある。
 

考えるべき「AI-Ready」

わが国では年末の戦略3文書改訂が大詰めを迎え、主要装備品の取得に関する議論が活発だ。しかし、ウクライナ侵攻の例に見るとおり、併せて考えるべきはそれら先進技術等をいかに組織全体に実装するかである。

これまで述べたとおりAIは他の先進技術等との組み合わせにより将来の戦いを変えうる。諸外国の動向を踏まえると、将来的にAIをスタンド・オフ防衛能力等の7つの主要な防衛能力・機能に実装することについての検討が求められよう。

さらに、アメリカが同盟国と統合抑止の態勢を構築するため、同盟国に「AI-Ready」を求める可能性があることも考慮する必要がある。NSCAIの報告書では、アメリカと同盟国とのAI適応度ギャップが相互運用性と同盟の強靱性に影響を与えかねないと指摘している。

よって、わが国もアメリカやイギリスの取り組みを参考に、「AI-Ready」な防衛力にするための検討を進めなければならない。「AI-Ready」に向けた取り組みはまた、AIを実装するための基盤造り、すなわち防衛力の中核となる自衛隊の組織変革にも及びうる。

「AI-Ready」化には、組織が扱う情報をデジタル化し、機械判読可能なデータベースとする取り組みが必要だ。また、AIが処理した分析・評価結果を意思決定に活用できる組織構造と文化を築くことが求められる。そのため、まずはAIをどのように防衛力に実装するか、そのために組織をどのように変革するかという明確なビジョンを持つことが重要だ。

先進技術等を防衛力に実装する取り組みは、主要装備品や予算の獲得に比べて目立たないかもしれない。しかしながら、この取り組みが装備品の取得と同じかそれ以上に重要であることは、すでにウクライナ侵攻が実証している。
 

(おことわり)地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
 

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