アメリカと中国が台湾巡り正当性ぶつけ合う意味(江藤名保子)


「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/625813

「地経学ブリーフィング」No.126

(画像提供:Taiwan Presidential Office/AP/アフロ)

2022年10月17日

アメリカと中国が台湾巡り正当性ぶつけ合う意味 - 台湾の意思を置き去りに「認識の対立」へと向かう

地経学研究所 上席研究員 兼 中国グループ・グループ長
学習院大学法学部政治学科教授 江藤 名保子

 
 
 
 
 

8月に断行されたアメリカのナンシー・ペロシ下院議長による台湾訪問をめぐる評価は論者の視座によって大きく異なる。中国の人民解放軍がこれを機に台湾海峡での継続的なプレゼンスを増大したことから、安全保障の観点からはペロシ訪台が中国軍に良い口実を与えたとの批判も多い。

他方で中国の大規模軍事演習は中国軍が2010年代後半から活動を増進してきた一環であり、アメリカ側もトランプ政権時から台湾防衛に軸足をシフトさせてきたと捉えるならば、双方に大きな戦略的転換はなかったともいえる。すなわち今次のペロシ訪台を評価するには、その中長期的な波及効果を含む複合的な評価が必要となる。

こうした問題意識に基づき地経学ブリーフィングでは、本稿を含む4人の専門家による異なる視座からの論考を連載。まず黄偉修氏は台湾の内側を知る立場から、なぜ台湾社会は今次の軍事演習において冷静に対応できたのかを分析し、日本が学ぶべき認知戦への備えを提言した(日本が「中国と台湾の緊張関係」から学ぶべきこと/9月26日配信)。

続く小笠原欣幸氏はペロシ訪台が台湾社会の「統一されたくない意思」に応えた政治的効果を評価しつつ、国際社会の一貫性ある対応がこれからも必要であると主張した(ペロシの台湾訪問が中国を「やりにくく」させた訳/10月3日配信)。中国内政への影響を考察した山口信治氏は、中国の軍事的優越性が示されたものの、同時に台湾統一という目標達成を阻害する要素が浮き彫りになったと結論付けた(中国の台湾政策に行き詰まりが見えて仕方ない訳/10月10日配信)。

以上に続いて本稿では、中国の軍事演習を受けてバイデン大統領が打ち出したレトリックを踏まえ、台湾問題における「自決(self-determination)」と「独立(independence)」の狭間にある米中の戦略的競争を考察する。
 

国際的な勢力構図の陰影

中国の軍事演習に対する各国の対応において明らかになったのは、中国との距離感に比例した温度差であった。まず厳しい対中批判を明示したのが、主要7カ国(G7)外相と欧州連合(EU)の外交安全保障上級代表による8月3日の共同声明である。これを受け中国側は王毅外相と林芳正外相による外相会談を急遽キャンセルして強い反発を示した。

同6日には日米豪の外相が重ねて軍事演習中止を求める共同声明を出した。一方、3日に発せられたASEAN諸国の外相による「海峡間の展開に関する声明(Statement on the Cross Strait Development)」は、「地域の不安定性」への懸念を表明したものの、その「海峡」は台湾海峡であると明示せず、「中国」という言葉ですら「われわれはASEANメンバー国によるそれぞれの一つの中国政策を支援する」との一文に示されたのみの歯切れの悪いものであった。

同様にインドは8月12日になって初めて「現状を変える一方的な行動を避けるべき」だと間接的に中国を批判したが、中国、台湾のいずれも名指しはしなかった。
 

欧州委員会は中国を過剰に刺激せずに台湾に協力

これとは対照的に急速に台湾擁護を打ち出したのが欧州議会である。実はペロシ訪台に先立つ7月19日にニコラ・ベーア欧州議会副議長が台湾を訪問し、20日には蔡英文総統と会談していた。これに中国側は「台湾関連での言動に注意し、中欧関係に深刻な混乱を招くべきでない」と不快感を示していた。

9月15日に欧州議会は台湾海峡情勢の安全保障に関する決議を賛成多数(賛成424票、反対14票、棄権46票)で採択し、9月21日には「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」のメンバーが、フォン・デア・ライエン欧州委員長らにあててEUは速やかに台湾との二者間投資協定(Bilateral Investment Agreement: BIA)を締結すべきとの連名書簡を送った。

またドイツ政府も9月14日に承認した「2022年インド太平洋指導原則の進展報告」で初めて台湾に言及し、非平和的な方式で台湾海峡の現状を変更することに反対する立場を明文化している。

だが欧州委員会は、中国を過剰に刺激せずに台湾に対する経済協力を積極化する方向で調整を図った。9月13日にボレル外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長は議会に対し「あなた方全員を100%ハッピーにはしないでしょうし、何人かはもっと強硬な姿勢を採れと望むかもしれない」と前置きしたうえで、武力による現状変更を認めない、台湾との協力強化を継続する、1つの中国政策を維持する、この3点の実現がバランスの取れた立場だと説明している。

ボレル副委員長はEUが台湾の最大の投資元であり、半導体の安定供給に必須であると台湾の実利的な重要性を強調しており、アメリカに平仄を合わせつつも「台湾擁護」に傾き過ぎない冷静な認識を示していた。
 

「独立」と「自決」の狭間に「戦略的あいまいさ」を残すレトリック

こうしたなか、「台湾防衛」論における立脚点として「台湾の未来は台湾の人々が決める」という論法が浮上しつつある。9月15日の欧州議会の決議は、台湾の民主主義体制による社会生活は台湾の人々が決定すべきだと明記した。またバイデン大統領は9月18日にCBSテレビのインタビューに対し、「台湾は独立について自ら判断する。われわれは彼らの独立を奨励するわけではないが、それは彼らが決めることだ」と発言した。

これは台湾の与党・民進党が1999年の「台湾の前途に関する決議文」で掲げた「住民自決(統一か独立かの選択は台湾公民が自己選択する)」論の踏襲に近い。ここで注意すべきことに、「台湾の未来は台湾の人々が決める」というレトリックそのものは――中国は容認しないであろうが――基本的にアメリカの「1つの中国」政策を逸脱するものではない。

もともと1978年の米中共同声明では「中国はただ1つで、台湾は中国の一部であるという中国の立場」について「アメリカは認識(acknowledge)する」に止め、台湾の位置づけを確定しない「戦略的あいまいさ」を残していた。そのため「民意の重視」は、「独立擁護」というよりも民主主義の重視に軸足があり、バイデン政権の掲げる「民主主義対専制」の論理に符合する。

ただし逆説的に見れば、――台湾が近い将来に住民投票を実施するとは考えられないものの――もし住民投票など民主主義を担保する手続きで台湾民衆が「統一」を選択するのであれば、バイデン政権はそれを座視することになるだろう。

一方、中国の政治的文脈においても「民主」は重視されるため、「台湾の民意」は守るべき対象として「台独分子」とは区別される。ただし中国のレトリックは「台湾の民意は統一を望んでいる」との前提に立つことから、8月に発表した「台湾問題と新時代の中国統一事業」白書においても「外部勢力の干渉とごく少数の台湾独立分裂分子」に対する武力行使は放棄しないと明記した。

そのため民進党が「台湾にある『中華民国』は独立した主権を持つ国家」との立場で現状維持を主張していることからすれば、民進党が政権を担うこと自体が中国の主張する「1つの中国」原則からの逸脱とみなされる。つまり民進党政権が続く限り中国の軍事的圧力が継続すると見込まれており、そのなかで「民意の重視」レトリックが効力を有するのである。
 

台湾問題めぐる「正しさ」の競争

なぜ中国と欧米の間でこのようなレトリックの確執が高まっているのか。それは台湾問題が東アジア地域における安全保障上の焦点であるだけでなく、米中が自らの正当性を競う主戦場にもなったためであろう。バイデン政権からすれば、民主主義の定着した台湾の自決権を中国から擁護することで「正しいアメリカ」が維持される。

また習近平政権にとっては、国家の核心的利益のなかの核心と言っても過言ではない台湾問題で失敗は許されず、無謬性を保ったまま統一を成し遂げなければならない。両者は台湾問題における自らの「正しさ」を国内外に示し続けることで、軍事・安全保障の緊張を正当化する必要に迫られている。そうした「正しさ」の競争は米中のパワーバランスと連動し、ともすれば、台湾の意思を置き去りにしたまま、冷戦期の政治イデオロギー対立とは異なる次元での大国間の「認識の対立」へと向かっている。
 

(おことわり)地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
 

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