日本と中国「正常化」という永続的プロセスの本質(船橋洋一)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/597369

特集 日中国交正常化50周年「中国を知る。日中を考える」(2022年2月~)
API地経学ブリーフィングでは、2022年の日中国交正常化50周年を記念して、「中国を知る。日中を考える」シリーズの連載を開始しました。論考一覧はこちらをご覧ください。

「API地経学ブリーフィング」No.109

(画像提供:Shutterstock)

2022年6月20日

日本と中国「正常化」という永続的プロセスの本質 - 日本に求められるパワーと国際秩序における役割

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)理事長
船橋洋一
 
 
 
 

正常化を経て巨大な変化を遂げた日中関係

日中国交正常化からの半世紀、日中関係は巨大な変化を遂げた。1972年、日本のGDPは中国の約3倍だったが、現在、日本の経済規模は中国の3分の1である。1972年、対中貿易額は全体の2%だったが、いま、それは4分の1弱まで高まっている。国防費は1989年の時点で日本は中国の2.4倍だったが、現在、中国は日本の5.4倍に膨張している。両国は尖閣諸島の領有権をめぐって争っており、台湾海峡の緊張と合わせて、中国は日本の海洋安全保障と日米同盟に対する根本的な挑戦を投げかけている。

正常化によって中国を国際社会に迎え入れ、中国の経済を“離陸”させ、国民の生活を豊かにすることが日中関係の安定、発展にも望ましいとの期待が当時はあった。しかしいま、戦狼外交を繰り広げる習近平体制下の中国はそうした期待をことごとく裏切る存在として受け止められている。日本の国民のうち中国に「よくない印象」を持っている人々は90%強に高止まりしている。中国においても依然66%が日本に「よくない印象」を抱いている。双方とも相手に対する嫌悪感の岩盤が凝固している。半世紀前の正常化イニシアティブの帰結が、この岩盤数字であることをどう考えればよいのだろうか。

正常化の後の世界の地政学的衝撃が日中関係の文脈を変え、新たな挑戦を双方に突き付けた。天安門事件・ソ連崩壊、リーマンショック・尖閣領有権問題、そしてコロナ危機・ウクライナ危機という3つの時代を画する分水嶺があった。

1989年の天安門事件は「社会制度の相違があるにもかかわらず、両国は、平和友好関係を樹立すべきであり、また、樹立することが可能である」(1972年「日中共同声明」)との前提を揺さぶった。グローバル化が進む中、普遍的価値・原則に係る問題を中国が体制「内部」の問題として処理することを民主主義国が黙認することは難しい。日本はG7の国々とともに対中経済制裁を実施した。中国は、日本の歴史問題を武器化することで応えた。また、1991年のソ連の崩壊は中国にとっての日本の戦略的価値を低下させた。それまで「歓迎はしないが受け入れる」立場で許容してきた日米同盟を中国は敵視するようになった。

次に、2008~2010年のリーマンショックと尖閣諸島の領有権をめぐる日中の対立である。中国は、台湾侵攻に不可欠な東シナ海と南シナ海の制海権と制空権を握るため第一列島線を突破させない、すなわちA2AD(接近阻止・領域拒否)の軍事ドクトリンを追求した。2008年5月の胡錦涛訪日の際、合意された日中間の「戦略的互恵関係」は立ち枯れ状態となった。

また、中国は2010年9月の尖閣ショックに関連してレアアースの事実上の対日禁輸を行った。それまで一応建前としては維持してきた「政経分離」が崩壊した。

そして、2020年以降のコロナ危機とウクライナ危機。日本は医薬品の原材料だけでなくワクチンの注射針も中国に依存していることを知った。市場支配、先端技術覇権、勢力圏をめぐって中国が地経学的攻勢を強める中、日本は「チャイナ・プラス・ワン」やリショアリングを志向するものの、対中投資は増加し続けている。日本のGDPに占める対中輸出の割合(2020年)は34%に達し、台湾(32%)、インドネシア(30%)、フィリピン(27%)を上回る。日本の対中依存度と地経学的脆弱性は高まる一方である。

ウクライナ戦争に対して、岸田文雄首相は「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」との認識の下、対ロ制裁措置を実施している。日本の対応は、ロシアの軍事侵攻を失敗させ、対価を払わせることで、台湾に対する中国の軍事侵攻のハードルを上げる対中抑止力構築の性格をも帯びつつある。“中露ブロック”の重圧をすでに日本は感じ始めている。

 
一貫して変わらないアメリカの存在の大きさ

日中関係の環境の大きな変化の中で、一貫して変わらないのはアメリカの存在の大きさである。日本の対中関係においてアメリカは最も重要な要素であり、日本の対米関係において中国が最も重要な要素であり続けてきた。1972年9月の田中訪中そのものがその年2月のニクソン訪中の連鎖反応の側面を持った。天安門事件に対する対中経済制裁とその後の再関与への切り替え、さらには中国の世界貿易機関(WTO)加盟支援も、日本はアメリカと歩調を合わせた。

しかし、2010年代に入って日米の対中政策にズレが生じた。民主党政権時代の「東アジア共同体」構想と尖閣諸島の領有権問題、安倍政権時代の首相の靖国神社参拝と米中間の「新式の大国関係」構想などいずれもそうである。

日本は、「日米中の罠」ともいうべき三角関係の陥穽(かんせい)に注意しなければならない。日米中の三角関係の安定・維持は戦前、戦後を通じて日本の外交政策の最大の難問であり続けた。そこには、勢力圏、人種、イデオロギー、核、P5、“瓶のふた”、“力の真空”、G2、人権、「冷戦時代の残渣」など、三角関係をゼロ・サム化させる力学が潜んでいる。そして、これからの時代、最も恐ろしい「日米中の罠」は米中対決の中で日本が外交の選択肢を奪われてしまう罠である。

日中関係を安定させるうえで、アメリカとの不断の意思疎通ときめ細かい政策協調を行わなければならない。日米関係を強化するに当たって、中国との安定的な関係を維持するよう細心の配慮が必要である。

 
日本に望まれる役割

その際、日本は、パワーと国際秩序の両面においてより自立した役割を探求することが望まれる。

パワー・バランスにおいては、アメリカとの同盟深化と対中抑止力強化を引き続き図ることが肝心である。その際、日本自らの抑止力をも強固にし、自らの防衛にもっと責任を持たなければならない。アメリカは今後、世界への選択的関与の度合いを強めるだろう。同盟は責任分担と協同作業へと向かう。日米同盟は今後、相互運用性にとどまらず相互依存性を強めざるをえない。

同時に、中国との関係を安定させるには、経済安全保障を強化し、中国の経済的威圧に対抗できる抑止力とレジリエンスを実装する必要がある。

日本の生産性と国際競争力を高めることが大切である。中国の戦略理論家、閻学通は「中国が強くなったから現状維持が変わったことはその通りだが、アメリカと日本が弱くなったからそれは変わったこともまた確かなのだ」と喝破している。中国を「修正主義勢力」と呼ぶのなら日米もまた修正主義勢力ではないか、というのである。中国のこの種のレアルポリティークの詭弁を打ち負かすには日本の不断の成長と革新が必要である。

対中関係経営においては、中国の軍民融合政策と国家情報法の下、「政経分離」は便法としても使えないことを知るべきである。中国が彼我の政治体制の非対称性を搾取し、「影響力工作」を推進するのを防ぐため関係維持における機会と権利義務の「相互主義原則」を導入するべきであろう。

国際秩序においては、日本はアジア太平洋の国際秩序の再構築に向けて積極的な安定力としての役割を果たす必要がある。“中露ブロック”に駆動されるユーラシア地政学に「フロントライン国家」としていかに立ち向かうか。国際秩序とルール形成のための環境醸成における日本の役割はさらに大きくなるだろう。

秩序とルールの形成では中国とも協力できるものは協力する姿勢が大切である。安倍政権時代、日本は「一帯一路」に対して「開放性、透明性、経済性、債務持続可能性」の4つの条件を付けて協力する意向を示し、中国はそれを自らの原則に織り込み、日中の第三国市場協力への道を開いた。ここでの外交は、価値観(人権)より原則(国際法)が、正義(最終解決)より賢明さ(共通項の活用と異なる見解・立場の認識)が求められる。

過去半世紀、日中両政府は、1972年の「日中共同声明」、1978年「日中平和友好条約」、1998年の「日中共同宣言」、2008年の「日中共同声明」と4つの政治文書を発表、日中両国の関係を規定してきた。

 
「競争的共存」の知恵

しかし、いま、日中関係において最も切実な「競争的共存」の知恵は、尖閣諸島をめぐって日中関係が行き詰まった状態を底打ちさせた2014年11月の「4項目合意」に示されているのではないか。

「双方は、尖閣諸島等東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた」

正常化を目指し50年、日中関係はこれまで以上に厳しい地政学的環境の下、内政的な友好支持基盤を欠いたまま、再び正常化の出発点に引き戻されたかに見える。

おそらく正常化とは、「競争的共存」戦略の本質である「問題を解決するよりむしろ条件を管理する」という思想──自制とある種の諦観──に裏打ちされた永続的プロセスであると心得るべきなのだろう。
 

 

 

(おことわり)API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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