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漁民を海洋問題に投じる中国にどう対応するか(益尾知佐子)

「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/421842

   

「API地経学ブリーフィング」No.48

2021年04月12日

漁民を海洋問題に投じる中国にどう対応するか ― 海警法始動で国際社会はハイテク・ゲリラ戦に

九州大学比較社会文化研究院 准教授
益尾知佐子

 

 

漁民の集団化を支援 「海警の力は有限だが、人民の力は無限だ(警力有限、民力無窮)」。 中国南東端の島、海南島。南シナ海を見据えるこの場所で「海南省南シナ海海洋産業発展協会」が立ち上がったのは、約3年前の2018年6月。習近平の海洋強国建設の精神を貫徹するため、中央政府の同意のもと、海南省の党委員会と省政府が有志や起業家に働きかけ、漁民の集団化を支援し海洋経済の発展を目指し始めた。 初代会長となったのは、省の政治協商委員、陳江。協会の設立式で、彼は冒頭の言葉を述べながら、こう発言した。 「協会は政府が制定した産業長期計画に合わせてやっていく。南シナ海の権益擁護を積極的に展開していく。……そうして南シナ海を平和の海に作り変えていくのだ」 習近平は2015年に「軍民融合」を国家戦略に格上げした。翌2016年、中国共産党は「経済建設と国防建設の融合発展に関する意見」を準備。だが発表直前の同年7月12日、常設仲裁廷が南シナ海「九段線」問題で中国に屈辱的な判断を下した。その9日後に公表された「意見」は、次のような指示を盛り込んでいた。 「海洋の開発と海上権益擁護を統合的に計画(統籌)し、海洋強国戦略の実施を進めよ。……行動能力と基礎設備の建設を強化し、党・政府・軍・海警・民が力を合わせ、境界を強化し辺境を守る新局面の形成に励むべし」 同年から中国では抜本的な漁業改革が実施されたが、その強度は「持続可能な漁業」の必要性を大幅に上回る。中大型漁船は中央の管理下に置かれ、漁港は漁船管理基地としてスマート化された。漁船を管理する船舶監視システム(VMS)が劇的に進化し、当局と漁船の双方向かつ密接な連絡が可能になり、当局は指示に従った漁船に報奨金を出しやすくなった。「北斗」を中心とする衛星観測通信網の海上応用が急速に進み、陸と海をつなぐ統合的データプラットフォームが構築された。さらに習近平は国内で党員と人民への政治教育を強化した。 かつてゲリラ戦法で列強と戦った共産党にとり、数の多い一般人(特に漁民)の海洋問題への投入は伝統的かつ正当な手法である。海洋「軍民融合」の最前線となる海南省では、上述の通り当局が漁民を組織化し、海洋経済の発展を図って南シナ海から他国を駆逐しようとしている。本年2月発効の中国海警法を踏まえれば、今後はそれが全国規模で進むはずだ。 海警法は、中国海警の活動範囲を「管轄海域とその上空」と定める。「管轄海域」は中国の主張する領海・接続水域・排他的経済水域(EEZ)・大陸棚・「九段線」内の水域を含み、外縁はほぼ第一列島線をなぞる。実際にはその面積の半分が他国との係争海域だ。だが同法は、海警に「海上境界の管理と保護」の任務を課した。 今後、海警は外交交渉を待つことなく、「管轄海域」全域で中国の実効統治を打ち立てていかねればならない。他方、国連海洋法条約はEEZや大陸棚の上空で沿岸国の権利を認めない。しかし海警法を踏まえ、海警はそこがあたかも中国の空間であるかように任務を遂行するだろう。

 

海の管理をめぐる新たな分業体制 海警法は海の管理をめぐる中国国内の新たな分業体制を示す。まず軍との関係を見てみよう。 中国人民解放軍、そして武装警察とその隷下の海警はすべて中国共産党中央軍事委員会の指揮を受けるが、平時の守備範囲は異なる。武装警察は国内の脅威に対応する。多くの漢族が「テロリスト」とみなすウイグル人を取り締まるのは彼らだ。ここで「管轄海域」は、中国で「海洋国土」と呼ばれている。その中の治安維持は海の武装警察である海警の担当だ。両者が中国の中を守る前提に立つと、解放軍はその外の脅威と戦う任務に集中できる。つまり海域では今後、解放軍は第一列島線の外側を主な活動の場にしていく。 海警は「管轄海域」の実効支配化を進めるだけでなく、中国が世界の海で軍民融合戦略を実施するためのハブ機能も担う。海警法ではこれまで国務院が担当していた各種海洋行政の現場監督権が海警に委譲された。それには海域使用、海島保護、無人島開発利用、海洋鉱物資源探査開発、海洋科学調査などがある。 また、漁業改革で中大型漁船の操業区域と決まった底曳網漁業禁止区域線以遠(公海含む)の漁業監督も海警に引き渡された[12条5項、7項]。非常時の民間資産の徴用[54条]や情報技術開発による人民へのサービス提供[57条]も海警の任務となった。53条では、各レベルの「国土空間長期計画」を編制する国務院と地方政府に海警への協力が義務化された。

 

海警法がスピード採択・施行された意味 新たな国内分業を踏まえ、中国の今後の行動計画はどうなるのか。実は海警法は、それについても多くのヒントを提示する。上述の行政分業のうち、「海域使用、海島保護、無人島開発利用」には法律等で長期計画の策定が定められている。かつては国家海洋局がこれを担当し、例えば南シナ海スプラトリー諸島の埋め立ては第1次全国海島保護長期計画に基づき実施された。 だが、国家海洋局は2018年に自然資源部に吸収され、当時の長期計画はすべて2020年度で終了した。新年度となる2021年4月からは新計画が必要だ。海警法が2021年1月22日に全人代でスピード採択され、2月1日に施行されたのは、明らかにその準備である。 今回、これらの長期計画は、「陸と海を統合的に計画せよ」という習近平の指示の下、陸上の国土開発計画と合体した「国土空間長期計画」として策定され、全体の取りまとめを自然資源部が担当している。本来は3月の全国人民代表大会(全人代)で採択される手順だったが、作業が間に合わなかったのか、全人代では議論のみ確認できる。 ただし今回、全人代が公表した「第14次五カ年計画および2035年遠景目標の策定に向けた要綱」は、57章でこううたっている。 「軍事建設配置と地域経済発展の配置を有機的に結合し、国家安全保障の発展戦略のニーズによりしっかりと応えていく。軍民科学技術の協調的イノベーションを進化させ、海洋、宇宙、サイバー空間……などの領域で軍民を一体的に指揮し発展させる(軍民統籌発展)……。国防動員体制を完全に整え、……境界と防衛の強化メカニズムを改善し、……軍民の結束を固める」 つまり、「軍民融合」は党の指揮を強調した「軍民統籌」へと明示的に進化しており、党が軍事と経済、軍と民を統合的に指揮する国防動員体制の構築が目指されている。もちろん、海洋計画の現場監督は海警だ。

 

中国は民間人をハイテク・ゲリラとして動員 中国は2020年11月の遠洋漁業コンプライアンス白書で、世界各地で操業する自国漁船を完全に統制できていると宣言した。海警法を踏まえれば、同年、日本海の大和堆にのべ4400隻の違法中国漁船が到来し、翌2021年3月にフィリピンが実効統治する南シナ海のサンゴ礁に220隻の中国漁船団が結集したのは海警の漁業監督の成果だ。海警は急激に発展する衛星通信技術を駆使しながら、自国が欲する海上権益の「擁護」のため、民間人をハイテク・ゲリラとして動員し始めている。 新たな「国土空間長期計画」において、中国共産党と海警は「民間経済」を指揮し、ハイテク・ゲリラ戦で「管轄海域」の実効統治化を狙う。アメリカの介入を避けながら、アメリカ軍を排除できる広大な空間を創出したいのだ。民間人を動員し「国内統治」を装う中国の拡張圧力が、今後は香港だけでなく東南アジア、台湾、日本に押し寄せるだろう。日本は中国の海洋科学技術力を早急に解読し、国際社会とともに中国の新たなアプローチへの対処策を準備していく必要がある。

 

(おことわり) API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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