コロナと原発、日本の「危機管理」に通じる弱点(鈴木一人)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/413270

   

「API地経学ブリーフィング」No.42

2021年03月01日

コロナと原発、日本の「危機管理」に通じる弱点 ― 「小さな安心」を優先し「大きな安全」を犠牲に

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
上席研究員、東京大学公共政策大学院教授 鈴木一人

 

 

「備え」の欠如

あと数日で東日本大震災から10年目の3月11日となる。今年はあの悲劇で失われた命を悼み、復興のあり方を見直す日であると同時に、震災と津波によって引き起こされた原発事故を振り返り、あの国家的危機からわれわれは何を学んだのかを検証すべき日でもある。とくに、新型コロナウイルスによるパンデミックという国家的、世界的危機が進行する中で、はたして日本の危機管理は改善されたのかどうかを考えなければならない。

こうした問題意識を踏まえ、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)は「福島原発事故10年検証委員会(第二民間事故調)」を立ち上げ、筆者が主査となって、この10年で事故の教訓から何を学んだのかを取りまとめた。

また、筆者は昨年10月に発表されたAPIの「新型コロナ対応・民間臨時調査会(コロナ民間臨調)」報告書、2012年にAPIの前身である日本再建イニシアティブが発表した「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)」の報告書でも一部執筆を担ったこともあり、原発事故と新型コロナ対応の検証作業を通じて見えてきた、日本の危機管理のあり方について論じてみたい。

福島原発事故と新型コロナ対応で共通する第1の点は「備え」の欠如である。原発事故では津波により非常用発電機や配電盤が水没して使い物にならなくなり、全交流電源の喪失(SBO)が起こることを想定していなかった。ゆえにSBOが起こった際には計器を読む電源さえ得られず、車からバッテリーを外して使うといったことが起きた。

こうした「備え」が欠けていたのは、日本における原子力政策に「絶対安全神話」が横たわっていたからであろう。事故が起こることを望まない立地自治体の住民や国民全体と、安全規制をしっかりしていれば事故は起こらないと信じる原子力推進側が共鳴する形で「絶対安全神話」が成立し、事故が起こらないのだから備える必要もないという集団思考に陥っていたことが、「備え」の欠如の根本にある。

他方、新型コロナ対応でも「備え」の欠如は明らかであった。ダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に入港した際、PCR検査が1日当たり300~400件しか実施できず、乗客を不安に陥れた。また、2010年に新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議の報告書が出たにもかかわらず、そこで提起された保健所の強化やリスクコミュニケーション、PCR検査と医療防護具の拡充やワクチン開発体制の整備などの提言は受け入れられず、新型コロナへの対応が後手に回る結果となった。

この背景には、中東呼吸器症候群(MERS)の被害が小さく、水際対策が機能しているので国内での感染蔓延は防げるとの甘い見通しがあったこと、また、いつ起こるかわからない感染症に備えるよりも、保健所を削減して財政負担を軽くすることが優先された結果でもあろう。

 

平時からの切り替えの遅さ

「備え」は検査や電源車といった物資だけでなく、危機時のガバナンスへの「備え」も不十分であり、一部の危機対応部局は動くが、政府全体が「危機モード」に切り替わらないというのが第2の問題として浮かび上がる。

原発事故においては、原子力安全・保安院が規制者としての立場を維持し、検査官は事故対処に一義的責任がないとして福島第一原発の現場から離れてしまったことや、危機時のシミュレーションに使うはずであった緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の利用に文科省が消極的であったことなど、危機の時に官民を挙げてあらゆる資源を投入し、直面する問題を解決することよりも、平時の手順や常識に基づく判断を優先するという傾向がみられた。

新型コロナ対応においては、早い段階でSARS(重症急性呼吸器症候群)の姉妹種であることが明らかになったことから、新型インフルエンザ特措法に基づく新感染症のいずれでもないとして、内閣官房に設置された「新型インフルエンザ対策室」が対処せず、官邸の司令塔機能が確立しないままであった。

厚生労働省も規制者としての性格が強く、感染症対策の最前線を担う保健所は都道府県などの管轄となるため、厚労省から通知を出し続ける「通知行政」の枠組みが維持された。結果として、現場の状況のフィードバックが乏しいまま、次々と通知を出して現場が混乱することもあった。

物資や危機ガバナンスの「備え」がない中で、平時から危機時に切り替えるためには強力な政治的リーダーシップが必要となる。しかし、原発事故では、原子力災害対策本部長である首相が福島第一原発や東京電力本店に乗り込み、強い言葉で叱責するなど、危機時に政府全体を主導するよりも、マイクロマネージメントに固執した。

ただ、危機を乗り越えるためには東京電力との協力が必要との認識に立ち、超法規的な措置とはいえ、政府・東電統合対策本部を設置し、細野豪志首相補佐官を派遣して東電と調整しながら指揮を執る体制を確立した点は評価できるであろう。

この点は新型コロナ対応でも共通する。危機の初期段階においては学校の一斉休校を専門家に諮ることなく判断し、根回しもないまま突然発表するなど、現場を混乱させるような判断が見られた。

しかし、こうした国民の不満を小手先の政策で解消することが感染拡大を防止する結果には結びつかないと見るや、専門家会議を重視し、科学に基づく判断を優先するようになった。その間、専門家が前面に出て「前のめり」と言われる形で情報発信したことで、政治の役割が小さくなったように見えるという副作用もあった。

 

専門家の役割とリスクコミュニケーション

専門家の役割とリスクコミュニケーションは、福島原発事故と新型コロナ対応を分ける1つのポイントである。福島原発事故では班目春樹原子力安全委員長が首相の補佐をする役割を担ったが、その立場は受動的であり、積極的な情報発信や国民に対するコミュニケーションが不足していた。

さらには小佐古敏荘内閣参与が小学校校庭の放射線量を年間20ミリシーベルトにするという文科省の決定に涙の抗議を行ったことで国民の放射能の拡散に対する不安を高め、福島に対する偏見や風評被害が強く残る結果となった。

しかし、新型コロナ対応では、尾身茂専門家会議副座長が前面に出て、国民に対する説明を行い、「三密を避ける」や「新しい生活様式」といった覚えやすい言葉で国民にリスクを理解させ、行動変容に結び付けたことは評価できるであろう。

ただ、対外的な発信という点では原発事故、新型コロナ対応でもまったくと言ってよいほど不十分であった。これにより外国での誤解(例えばチェルノブイリのように情報を隠している、五輪を開催したいために感染者を少なく見せている、など)が放置され、その誤解がさらなる誤解を生むという悪循環が見られた。

 

日本の危機管理

本稿では、民間事故調とコロナ民間臨調の報告書で取り上げた、日本の危機管理に関するいくつかの特徴を取り出したが、ここから言えることは、リスクから目をそらし、危機管理ガバナンスに対する「備え」が欠けているため、平時の法制度や手順で危機対応しているという問題である。

そのため、規制機関である原子力安全・保安院や厚労省は危機においても規制者としての立場から離れられず、各部局が局地戦を戦うだけで総力戦を戦えなかった。

日本の危機管理ガバナンスに欠けているのは、危機時に最悪のシナリオを想定し、それに備えて法制度を整備し、訓練を重ねて対処の手順を確認し、それでも想定を超える事象に対して政治的なリーダーシップを発揮して解決するという覚悟である。これは原発事故において「究極の問いかけ」、すなわち原発事故が止められなくなったとき、命を懸けて原子炉をコンクリート詰めにする組織が定められていないことにも現れている。

こうした日本の危機管理ガバナンスの弱さは、「小さな安心(immediate comfort)」を優先して、「大きな安全(public safety)」を犠牲にするというパターンによるものだと考えている。日々の生活を大事にし、安心して過ごしたいというのは人間の性である。

しかし、そのために危機が起こることを想定せず、「事故は起こらない」「感染症は水際で食い止められる」という神話に依存し、実際に危機が起きたときには何の備えもなく慌てふためくことになることは、国家のガバナンスとしてあってはならないことである。つねに危機が起こりうることを想定し、そのための備えを欠かさず、それでも危機が起きないように不断の努力をすることこそ、日本の危機管理に求められていることなのである。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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