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「米中競争の軸が『経済から政治へ』と移った理由」(加藤洋一)

「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API上席研究員 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/354303

 

「API地経学ブリーフィング」No.6

2020年06月08日

米中競争の軸が「経済から政治へ」と移った理由 コロナ禍で協力進まず、むしろ溝が深まった

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API) 研究主幹 加藤洋一 

 

 

 

 

5月20日は米中関係にとって当面の方向を決める大きなターニングポイントだった。 台北市の台湾総統府近くにある 迎賓館『台北賓館』ではこの日の朝から、蔡英文(ツァイ・インウェン)総統の2期目の就任式が行われた。式典の後半、会場正面に据えられた2基の大型スクリーンには、アメリカのマイク・ポンペオ国務長官からのビデオメッセージが映された。アメリカ国務長官としては初めてのことだった。 ポンペオ氏は蔡総統を“Taiwan’s President” と呼び、アメリカにとって台湾は「信頼できる“partner”」だと評価した。 アメリカ政府からはさらに、マット・ポッティンジャー大統領副補佐官(国家安全保障担当)、デービッド・スティルウェル国務次官補も続いて画面上に登場した。昨年末に退任したランドール・シュライバー前国防次官補も同様にビデオメッセージを寄せ、アジア担当の政府高官と経験者の「そろい踏み」となった。トランプ政権として、「蔡政権支持」を明確に打ち出そうという意図が、明らかだった。

 

アメリカの台湾支持に中国が猛反発

当然、中国は猛反発した。外交部は直ちに声明を発表し、「『一つの中国』の原則に深刻に違反」「内政干渉」などと非難した。 時差のために約半日遅れるが、この日は、ワシントンでも米中関係に関して、大きな動きがあった。 ホワイトハウスが、政権の包括的な対中戦略をとりまとめた報告書「中国に対するアメリカの戦略的アプローチ」を発表したのだ。トランプ政権がこのような文書を策定、公表したのはこれが初めてだった。 キーワードは、「中国共産党の有害な行動」と「原則にのっとった現実主義」だった。 この手の政府の公式文書で、相手国の行動や意図を頭から「有害(“malign”)」と決めつけることは珍しい。それもこの報告書ではこの単語を繰り返し計8回も使っている。該当する行動として挙げられているのは、「権威主義、自己検閲、腐敗、重商主義経済の奨励や、民族・宗教的多様性への寛容性の欠如」などだ。 中国のさまざまな活動と意図は、本質的に悪質なものだと断じる強烈な非難の姿勢がよみとれる。 「原則にのっとった現実主義」への回帰は、アメリカが最近、「失敗」を認めて放棄した対中関与(“engagement”)に代わる新たな行動指針だ。これは、この報告書の肝と言える部分だ。 報告書の冒頭にあるように、アメリカは1979年の中国との国交正常化以来、「関与を深化させれば、中国で根本的な経済と政治の開放が起こり、建設的で責任ある利害関係者(“stakeholder”)になる」という希望を抱き、対中関与の前提にしていた。 しかし実際は、過去20年で「改革は勢いを失い、失速し、逆行した」。報告書には「改革を阻止しようとする中国共産党の意思をみくびっていた」と反省の弁まで書いてあり、トランプ政権のこの方針転換にかける真剣さと覚悟がうかがえる。 2017年末に発表した国家安全保障戦略(NSS)で、対中関与アプロ―チが誤りだったことを認めてから2年余り。ようやくそれにとって代わる基本方針が示された。「原則にのっとった現実主義」への回帰については、「中国からの挑戦に対し、アメリカは中国との戦略的競争状態にあって、自国の利益を守るのだという認識で立ち向かう」と説明している。 協力が基調となっていた「関与」から、厳しい競争を前提とする対決姿勢への明確な転換だ。 「関与」を完全に捨て去るわけではないが、今後は「選択的かつ結果重視で、国益の増進をはかるものになる」のだという。

 

国民の意識レベルでも関係悪化が進む

関係悪化は、両国国民の意識のレベルでも進んでいる。 アメリカの世論調査機関ピュー・リサーチ・センターが3月に実施した調査では、アメリカ国民の対中感情が過去最悪にまで落ち込んでいることがわかった。中国に対して「好感を持っていない」と答える人は2018年から増え続け、今回66%に達した。中国を「重大な脅威」と捉える人も、62%に上った。 中国でも、かつては、多くの国民が西側の社会に好感を持っていたが、最近のコロナ禍をめぐる対中批判を見て、「西側と協力して発展できるという期待は幻想と悟った」という指摘が聞かれる。 競争の質も変化している。 貿易摩擦のような経済利益をめぐるものから、価値、イデオロギーといった国家統治の根幹に関わるものへと性格が変異しつつある。「民主主義」対「権威主義」という、政治システムそのものをめぐる競争だ。 変異の理由は、もっぱら中国側にあるというのがアメリカ側の立場だ。中国共産党が最近、自分たちの統治システムのほうが「西側先進国」のシステムより有効に機能していると、盛んに宣伝するようになってきたからだという。報告書は、2013年に習近平国家主席が語ったという、「資本主義は必ず死に絶え、社会主義が勝利する」との発言をわざわざ引用し、対抗心と危機感をあおっている。 5月20日には、ワシントンでさらに別の動きもあった。 トランプ政権が台湾に向けた、総額1億8000万ドル(約190億円)にのぼる高性能魚雷などの武器の売却を決めて議会に通知した。議会上院でも、中国を念頭に、アメリカで上場する外国企業への監視を強化する法案が可決された。政府と議会が足並みをそろえて、中国に牽制のメッセージを送ろうとしたことがうかがえる。 こうした一連の動きは、コロナウイルスの感染拡大が直接の原因となって起きたわけではない。しかし、相互に深く関連している。 ホワイトハウスが発表した対中戦略文書の中に、コロナウイルスへの言及はない。ただし、発表文の冒頭には「大流行への中国共産党の対応を見れば、アメリカ国民は従来にも増して、共産党がアメリカの経済利益、安全、価値に脅威を与えることがわかる」との説明がある。 さらに、野党・民主党系のカート・キャンベル元国務次官補は、「アメリカの対策の不足ぶりや内向きの姿勢が、中国のグローバルリーダーシップ追求を助ける結果になっている」と指摘。 コロナ禍へのトランプ政権の不十分な対応が、中国に有利に働いているという相関関係を説明した。現在、アメリカ内で拡大している、白人警察官が黒人男性を死なせた事件に端を発した抗議運動は、こうしたアメリカにとっての「悪循環」をさらに加速している。

 

コロナ禍で協力を期待した中国

中国側としては、コロナ禍は両国が争いを一時的に棚上げして、感染症対策で協力する機会となりうるという期待があった。しかし、トランプ政権は、むしろ「対決」を選択したため、かえって両国間の溝を深める結果を招いた。 当面の米中関係の展開について、中国側の外交専門家の大方の見方は、「大統領選までトランプ政権の対中政策は一層厳しさを増す」だ。民主党のバイデン陣営との間で、どちらが中国に甘いかをめぐって、宣伝合戦が展開されていることが大きい。 関係改善の余地があるかどうかについては、来年1月の新政権発足まで待って見極めるしかないとの意見が支配的だ。ただ、たとえジョー・バイデン前副大統領が勝ったとしても、急に中国側に融和的姿勢を取ることは望めない。 バイデン陣営で、外交政策を担当しているジェイク・サリバン元副大統領補佐官(国家安全保障担当)は、最近発表した論文で、「中国がアメリカのグローバルリーダーシップに挑戦しようと準備していることは、まぎれもない事実だ」として、トランプ陣営とあまり変わらない厳しい構えを示した。 米中間の緊張が、単なる経済利益をめぐる競争から、政治システム中心の競争へと、質的な変異を遂げたことで、両国関係から柔軟性が消えつつある。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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