住環境プロジェクト

日本再建イニシアティブでは、2015年1月より「日本再発見」シリーズの第1弾として「住環境プロジェクト」を開始しました。ひとの暮らしに関する衣・食・住の中で、これまで日本の「衣」「食」は世界遺産認定を含むさまざまなレベルで世界に広まっていますが、「住」については一握りのスター建築家を除き、まだまだ世界には知られていないという背景があります。

同プロジェクトでは、日本の伝統的な住まい方の工夫や知恵にもう一度ならうとともに、最新技術を活用することで、それらを現代の生活にどのように生かせるのかを考えます。また、日本の都市が抱える過剰な住宅ストック問題、少子高齢化や人口減少により今後加速する空き家問題、将来のエネルギー不足への備えなどといった諸外国にも共通する住環境の課題解決に向けて、現在どのような取り組みが行われているのかを調査し、活用できそうな技術やアイディアを世界と共有することを目的としています。

2015年3月より、建築家や建設関連の実務家、研究者へのヒアリングを通じて、背景となる住環境の課題やムーブメントをリサーチするとともに、先進的な住まい方を実践されている方々などへの現地取材を行いました。その中で特に、今後の私たちの暮らしや社会全体にも意義があると思われる事例を6つ選び、記事やレポートの形で成果をまとめました。

エネルギー問題を巡る活動と住環境の変化


藤野電力のオフグリッドシステムを導入した住宅の外観(写真:ソフィー・ナイト)

 電力自由化など現在日本ではエネルギーに関する制度整備が進んでいますが、地域レベルでエネルギー的に自立を目指す「ご当地エネルギー」と呼ばれる取り組みが広がっています。その中には、東京電力などの系統電力と自分たちで発電した電力を併用して生活するコミュニティもあり、電力を自分で選択する生活を先取りしています。そのようなコミュニティ単位でのエネルギー指向の取り組みを中心に、個人・地域・国家といった様々なレベルでのエネルギー問題への対応を調査しました。

このリサーチ成果は2015年6月5日、Japan Times紙に掲載されました。

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 地球温暖化や資源の枯渇、災害リスクの高まりなどを背景として、エネルギー問題に対する取り組みが様々なレベルで始まっている。

鈴木俊太郎氏、藤野電力で住宅施工を担当

個人でエネルギー問題に対応する方法として、電力会社から供給される電力を断って自分達で発電して生活するオフグリッドという考え方がある。原理的には太陽光発電と蓄電池のシステムがあればオフグリッドな生活は可能であるが、性能を向上させるのも初期投資が膨れ上がってしまう。完全なるオフグリッド生活は雨の日でも自家発電でまかなえる範囲に電力消費を抑制する必要があり、相応の価値観が伴っているようだ。
一方、企業での取り組みはどうだろうか。世界的に住宅開発の主流となりつつあるゼロエネルギーハウス(ZEH)とは、発電・蓄電設備の導入や高断熱化により年間のエネルギー使用量と創出量が相殺される住宅であり、光熱費の低下や補助金付与という経済的インセンティブもあるので今後一般化していくと考えられる。ZEHを実現させるツールとしてホーム・エネルギー・マネジメント・システム(HEMS)が注目されており、これは電力使用量や削減量などを「見える化」することで、電力の効率的な使用を可能にする。ZEHやHEMSの市場は今後拡大していくと考えられている1。
さらに大きなスケールで見ると、電力会社からの送電ではなく地域で作る自然エネルギー「ご当地エネルギー」を展開するNPOや団体が全国に広まっている。『ご当地電力始めました!』の著者高橋真樹氏によると、興味深いのは必ずしも原発反対などを掲げていない点だ。神奈川県相模原市の藤野電力もその1つで、手作り太陽光パネルのワークショップや、自然エネルギーを用いた音楽フェスティバルなどを手がける。取材を行った藤野電力の鈴木氏は地場工務店と連携し、新築家屋を中心に中国製の安価な太陽光パネルとカーバッテリーを用いた蓄電のシステムを導入している2。それらの住宅では太陽光発電電力と東京電力からの電力を選択的に使い分けることができ、先駆的な取り組みと言えよう。また茨城県取手市のアートプロジェクトと団地再興から生まれたSUN SELF HOTELは、オフグリッド生活を体験できる宿泊施設である。高橋氏によれば、このようなご当地電力は現在全国に200以上も存在するという。
国の政策としては、売電制度は1992年に制定されたが、2012年の固定価格買い取り制度で一気に注目を浴びるようになった。現在政府は数年に一度エネルギー基本計画3を発表している。2015年4月に経産省が発表した2030年時点の望ましい電源構成案において、再生可能エネルギーに関して消極的であるという点は残念である。

Interviewees:

清家剛: 東京大学准教授 建築の改修や解体・リサイクル、ライフサイクルアセスメントを専門とする
高橋真樹: フリージャーナリスト 『ご当地電力はじめました!』の著者
橋本和明・春子夫妻: インタビューを行った藤野電力で家を建てた夫妻
鈴木俊太郎: 藤野電力においてワークショップの講師や、家屋への太陽光パネル導入の促進を行う
  1. 富士経済「スマートハウス関連技術・市場の現状と将来展望 2014
  2. 2015年6月時点で29世帯に導入済み
  3. (最新版)第四次エネルギー基本計画 平成26年4月
    →過去には2003年10月、2007年3月、2010年6月に第一次~第三次基本計画が策定されていた
  4. 総合資源エネルギー調査会 長期エネルギー需給見通し小委員会(第8回会合)資料3
    →再生可能エネルギーは22~24%、一方原子力エネルギーは22~20%

現代木造建築と木材利用の推進


team Timberizeの一員であるKUS一級建築士事務所共同代表・小杉栄次郎氏の設計による集合住宅 (写真:淺川敏)

 産業や運輸の面でのCO2排出削減は進んでいますが、民生分野は改善されるどころか増加しており、対策が必要です。私たちは1つの解決策として、木造建築の推進を提案します。技術開発が進み、これまで欠点であった耐火性も克服され、中高層ビルが木造で建てられる日も遠くはありません。その時コンクリートと鉄で覆われた都市は、新たな風景へと変貌していくことでしょう。

このリサーチ成果は2015年7月4日、Financial Times紙の土曜版「House & Home」に掲載されました。

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 世界的にCO2排出削減が議論されているが、日本国内においては特に民生の分野で削減する必要性が高まっている1。建物の構造材に注目すると、コンクリートや鉄に比べて、木材は製造段階でのCO2排出を抑制できる。さらに切ってからも新たに植えなおし、また適切なタイミングで伐採することで、木はその循環サイクル全体として常にCO2を吸収するサステナブルな材料である2。そして幸運なことに、日本は世界第3位の森林保有国なのである。

2020年の東京オリンピック向けに、展覧会で発表したスタジアム群のひとつ (写真:淺川敏)

しかしながら、木材自給率は3割に満たない3。日本の森林が急峻であることや製材業者が小規模であることなどから、乾燥の品質やコストの面で輸入材に遅れをとっているのである。そしてニーズが少ないために伐採が適切な時期で行われず、売れても次の苗木を植える分のコストを賄えない。その結果、森林維持のサイクルが効果的に回っていかずに、CO2排出効果は本来の能力を発揮できず、土砂崩れなどの被害拡大にもつながっている。
これらを背景として、政府は木材の利用を推進していく方針へ転換した。戦災や震災で家屋が延焼した歴史により日本は長らく脱木造住宅であったが、2000年に建築基準法が改正され、木造に関する基準が大きく緩和された。公共建築物で木材利用を推進する法律4も制定され、今後木材利用が増加していく環境は整ってきている。
それに伴い、中高層の木造建築技術に関する研究開発が進んでいる。NPO法人team Timberizeは東京都の世田谷や赤羽に4または5階建ての木造集合住宅を耐火建築として竣工させた。また竹中工務店は横浜に4階建ての大規模ショッピングセンター「サウスウッド」を完成させている。これらは、それぞれが1時間耐火という技術を開発したことで可能になったものである。現在はそれぞれの耐火技術で2時間耐火の認定を目指して研究開発に勤しんでいるところだ。この技術が確立されれば、採用する工法にもよるが、耐火性の面では何階建てでも木造で建てることが可能になる5。木造建築の進化は都心部のコンクリートジャングルの景観を様変わりさせるかもしれない。


Team Timberizeが設計した30mの高さをもつ木造のビル「30」のCGイメージ(提供:team Timberize)

一方で建設業ではないところでも木材利用は進んでいる。全国に1800人の会員、17の支部をもつ日本全国スギダラケ倶楽部は、家具や屋台、さらには電車などさまざまな用途での木の使い方をデザインしている。彼らは子供から大人までを巻き込んだ全国各地でのワークショップなどを通じて、身のまわりに溢れる規格化された工業製品に代わって、地域的・社会的なものとして木を日常生活の一部に位置づけ直そうとしている。興味深いのは結成10年が経ち、最近では少なからず経済も回すようになってきた

Interviewees:

腰原幹雄: NPO法人team Timberize理事長、東京大学生産技術研究所教授、建築構造設計者
小杉栄次郎: NPO法人team Timberize副理事長、秋田公立大学准教授、建築士
若杉浩一: パワープレイス株式会社所属プロダクトデザイナー、日本全国スギダラケ倶楽部発起人
柴原薫: 南木曽木材産業(株)代表取締役、伊勢神宮に御神木を納めている
Alastair Townsend: 東京に拠点を置く建築事務所Bakokoの共同設立者
  1. 国立環境研究所調査
    →産業部門や運輸部門は2005年比でCO2排出削減が進んでいるが、家庭部門・業務その他部門、すなわち建築関係の分野では削減するどころか増加している。
  2. 森林総合研究所 平成21年版 研究成果選集「2050年までの木材利用によるCO2削減効果シュミレーション」
    →木材には「炭素貯蔵効果」「省エネ効果」「化石燃料代替効果」という、3つのCO2削減効果がある。
  3. 林野庁 平成26年度 森林・林業白書
    →2013年の日本の木材自給率は28.6%
  4. 「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」2010.10.1施行
  5. 腰原幹雄、安井昇「都市木造入門」日経アーキテクチュア 2015年2月10日号
    →法律上、柱梁工法では3時間耐火が可能にならないと15階以上の建物は建設できないが、CLT工法や枠組み壁工法を用いると2時間耐火で上限なしに建設可能になる。

災害時における住宅供給の新手法


建築家の坂茂氏設計による大和リースの災害用住宅ユニット(提供:大和リース)

 地震大国日本において、免震・制震・耐震の技術は世界にも誇れるものです。一方、東日本大震災で明らかになったのは、仮設住宅を大量に供給しなければならない状況ではスピードと質の面でまだまだ課題が多いということです。大和リースと坂茂氏による「新仮設住宅システム」は、災害時の仮設住宅の迅速な大量供給と、途上国の低所得者向けの住宅不足を同時に解決するものとして興味深いものです。 

このリサーチ成果は2015年7月9日、オンラインビジネス英字雑誌のQuartzに掲載されました。

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空家問題とその解決に向けて


無印良品によりいくつかの部屋がリノベーションされた高島平団地の一角 (写真:ソフィー・ナイト)

 2015年初頭に空家対策に関する特別措置法が施行されました。法的な制度設計もさることながら、ビジネスとして既存の住宅ストックを有効活用する意義は大きいです。ここではUR団地の空き部屋をモダンな内装や間取りにリフォームするMUJI×URの取り組みと、物件に新たな不動産価値を見つけ出し紹介する東京R不動産を中心に、空家問題の解決につながるビジネスの現状や展望を取材しました。

このリサーチ成果は2015年9月14日、オンラインビジネス英字雑誌のQuartzに掲載されました。

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 人口減少に伴い新設住宅数は2009年から100万戸を下回るようになったが、住宅ストック総数は増加を続けている。それに加えて私有権の強さから空家の除却は進まず、野村総研の調査によれば2033年には空家数2000万戸超、空家率3割とも予測されている1。一方で住宅ストックの質に目を向けると、1980年以前に建てられた住宅は省エネ性と耐震性の面で大きく劣る。加えて当時のスタンダードだった間取りは、現在の生活スタイルとは相容れないものとなってしまっている2。

無印良品によりいくつかの部屋がリノベーションされた高島平団地の一角 (写真:ソフィー・ナイト)

高度成長時代にUR都市機構が開発した団地でも、例に違わず空家が見られるようになってきた。そこでURは良品計画子会社のMUJI HOUSEと連携することで、時代遅れの内装・間取りをモダンなスタイルにリノベーションしている。ゆとりある隣棟間隔や豊富な緑など、UR団地が本来もつ魅力を引き出すようにMUJI HOUSEによってリノベーションされたMUJI×URは、その洗練されたデザインから30代を中心に人気を集めている。立地上、都心部のように周辺環境の華やかさはないが、賃料も近所のスーパーで売っている食品も都心に比べてお手ごろである。おしゃれなバーはないが、風が通り抜ける見晴らしのいい部屋に友人を招いてパーティをするようになったと、MUJI×URの高島平物件に実際に住んでいる方のコメントをいただいた。
また、新築一辺倒だった日本人にリノベーションやDIYというニッチな需要を発見・喚起し、新たな不動産価値を見つけ出し物件を紹介する、不動産マッチングサイト「東京R不動産」も人気を博している。今では日本各地で合計9つのR不動産が運営されているが、共同運営会社であるSPEAC inc.はサイト運営だけにとどまらず、企画・コンサルティングや設計・デザインも行う。彼らはリノベーションで「新築そっくりさん」をつくるのではなく、ユーザーがコミットする余地を残した再生の仕方をとる。そしてユーザー自身が実際に手を動かせるような後方支援として、DIYキットや素材、職人サービスを紹介する「toolbox」というサービスも展開している。現状で8割以上新築に傾倒している日本で、どこまでリノベーションが肉薄できるかはわからないが、少なくとも日本でもリノベーションが認知され、数字としても増えてきているのは事実である。

高島平団地内の無印良品がリノベーションした部屋

これらのようにリノベーションで既存ストックを活用していく動きと並行して、そうではない解決の道も見られる。今年全面施行された特措法3では、私権を制限し行政に空家撤去の代執行を認める法律である。これにより今後空家の除却が進んでいくのか、その効果に期待したい。その一方で特区法を利用したビジネスもある。株式会社百戦錬磨が大手不動産会社エイブルと組んで関東・関西圏で住人のいない住宅を宿として貸し出す「TOMARERU」という宿泊マッチングサービスは、まだサービスは開始されていないものの、観光客の宿不足の解消にも同時に貢献するものとして興味深い。

Interviewees:

林厚見: SPEAC inc. 共同代表 人気不動産マッチングサイト〈東京R不動産〉の運営など手がける
川内浩司: MUJI HOUSE取締役 住空間事業部開発部長
安達純: UR都市機構 東日本賃貸住宅本部住宅経営部 高島平団地を案内していただいた
  1. 野村総合研究所 NEWS RELEASE(2015.6.22)「住宅の除却・減築が進まない場合、2033年には空き家が2000万戸へと倍増」
  2. 国土交通省「持続可能社会における既存共同住宅ストックに向けた勉強会」
  3. 「空家等対策の推進に関する特別措置法」2015.2.26施行(関連規定は2015.5.26施行)

高齢化社会に対応する住環境


横浜の多世代共生型シェアハウス (写真:ソフィー・ナイト)

 社会として高齢化にいかに順応していくか。現在日本ではテクノロジーを使った在宅医療のサービスが登場する一方で、シェアハウスにおいて「おばあちゃんコンシェルジュ」という経験豊富な高齢者にそのノウハウを提供してもらうようなサービスも登場している。企業や自治体による、生きがいを持って長生きできるような社会を築いていくための取り組みを取材・調査した。

このリサーチ成果は2016年3月2日、Nippon.comに掲載されました。

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 増え続ける高齢者人口を受け入れるため、現在日本では年金の需給年齢引き上げに伴い高齢者の雇用保障を強化しており、2025年までには65歳定年制が義務付けられる1。そのような社会的保障の一方で、身体機能の低下も考慮した、元気に暮らしていくための住宅環境の整備も必要となる。日本では1995年に定められたバリアフリー住宅についての指針2や、2006年に閣議決定されている住生活基本計画に見られるように、高齢者が住宅に住み続けるために必要な環境整備が進められている。
そのようなハードでの環境整備の中で、最近では在宅医療の充実を目的としてテクノロジーが導入されつつある。ロボットや、クラウド、センサー技術といった最先端の技術を応用したサービスが提案されてきており3、今後市場は拡大すると見込まれる。
一方で団地や集合住宅では昭和後期の集合住宅建設ラッシュ時に入居した世代が一斉に高齢を迎えている。この局地的な高齢化への対応として、地域住民による見守りサービスや交流イベントなど、高齢者をサポートするさまざまな取り組みが行われている4。そのように高齢者が快適に暮らせるようなサポートが重要である一方で、高齢者の人生経験を積極的に提供してもらう例も存在する。横浜市にあるシェアネスト東横という6人のシェアハウスでは「おばあちゃんコンシェルジュ」が週に3日訪れ、洗濯・掃除・料理などの家事を行ってくれるサービスを提供している。おばあちゃんコンシェルジュとして働く井野氏は、自分の家庭では家事をするのが当たり前だと感じており、特にありがたがられることもなかったと言う。しかし、週に3回でも、温かい手料理と洗濯されてきれいにたたまれた洋服が用意されていることに単身者たちがとても感謝してくれるので、やりがいと喜びを感じている。この事例は多世代の共生の仕方として、非常に示唆に富むものであろう。経験豊富な高齢者たちの知恵と能力を引き出すことで、彼ら自身の人生が豊かにもなるし若い世代も助かるという構図は、まさに高齢化に順応するということなのではないだろうか。
少子高齢化に伴って進むのが、地方の過疎化である。国策としても地方創成が議論されているが、徳島県の上勝町神山町は異なるアプローチで地方再生を果たした。上勝町は高齢者が働けるための株式会社いろどりによる「葉っぱビジネス」を考案した一方で、神山町は古民家の改修やワーク・イン・レジデンス制度を通して若い働き手を呼びこんでいる。

Interviewees:

フローリアン
・コールバッハ:
西交リバプール大学助教授 元ドイツ-日本研究所経営・経済研究部長
酒井洋輔: 松栄建設株式会社専務取締役 シェアネスト東横を運営
井野純子: 「おばあちゃんコンシェルジュ」でシェアネスト東横にて掃除、炊事、洗濯のサービスを提供
金山峰之: 株式会社ケアワーク弥生スタッフ、介護福祉士・社会福祉士
坂村健: 東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授、ユビキタス情報社会基盤研究センター長
  1. 「高齢者等の雇用安定等に関する法律」
  2. 「長寿社会対応住宅設計指針」
  3. 例)So-net社の開発した「bmic ZR」
    →地域包括ケアにおける医療従事者や介護従事者をはじめとした多職種の連携を支援し、在宅ケアにおける業務の効率化と更なる質の向上を目的としたもの。
  4. 例)千葉県柏市豊四季台地域における長寿社会のまちづくり
    →住民の4割以上を65歳以上の高齢者が占める豊四季台団地において、柏市・東大・URが連携して社会実験的に高齢者の社会に適応した団地のありかたを研究している。

健康のための日本的な住環境


LCCMデモンストレーション棟 (写真:小泉アトリエ)

 日本の家は、夏の蒸し暑い気候に対しては随所に設計上の工夫がなされ、また、通年でのエネルギー消費は先進国の中でも少ない。一方で、海外と比べて寒いという弱点があります。全館暖房が一般的ではなく、リビングと風呂などの温度差によるヒートショックの危険性が高いのです。このような日本固有の背景から、健康な生活とエコな生活の両方を同時に可能にする「ライフサイクルカーボンマイナス(LCCM)住宅」とOMソーラーシステムの取材を行いました。

このリサーチ成果は2015年11月13日、Financial Times紙の土曜版「House & Home」に掲載されました。

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夏の蒸し暑さと冬の厳しい寒さという、日本特有の気候に備えた住宅をデザインすることはとても難しい。兼好法師が徒然草で言う分には「家の造りようは夏を旨とすべし」ということで、伝統的には夏にカビが生えないように風通しを良くし、障子や縁側といった工夫がなされてきた。例えば1928年に建てられた京都の聴竹居に見られる工夫の数々は、現代の省エネルギー住宅にも通じる非常に示唆的なものである。

しかし、夏の涼しさや通気性を高めた住宅は、寒い季節の快適性を代償にしてきたとも言える。国土交通省が2012年に行った推計1 によると、日本の住宅のうち省エネルギー基準に適合する住宅は僅かに5%、そして無断熱の住宅は39%にのぼるというのだ。また、日本では多くの人が部屋ごとに空調の暖房をつけたり炬燵で暖を採ったりするが、全館暖房方式ではないために廊下や風呂は寒いままということが多い。その急激な温度差により生じるヒートショックは、実は毎年自動車事故よりも多くの高齢者が亡くなる原因となっているのだ2。さらに病気や事故による死亡率は、暖かい時期に比べて冬の時期の方が高まるとも言われている3

ヒートショックを防ぐための有効な手段として、住宅を高気密・高断熱化することが推奨されている。ただしそれだけでは通風による夏の快適性がデザインされていない。そこで、冬の危険性を低減しつつ、夏場の快適性にも配慮した事例として「ライフサイクルカーボンマイナス(LCCM)住宅デモンストレーション棟」に注目した。これは政府と研究者、建築家が連携して開発したもので、最大の目的は建設から廃棄までのライフサイクルでCO2排出量を創出量よりも少なくするということである。もちろん高気密・高断熱化された住宅なのだが、興味深いのは省エネルギーの手法として、人が環境に応じて衣服を脱ぎ着するように、住居が環境に対応するという「衣替え」をコンセプトとしている点だ。南に面する縁側のようなバッファーゾーンには、落葉樹や木製水平ルーバー、ハニカムスクリーンなど複層的なフィルターが用意されている。それらを季節に応じて住人自らが調整することで、夏には日射を遮りながら風を取り入れ、冬には風を遮りながら日射を取り入れることができる。そして全館暖房方式のようにすべて均一に温めるのではなく、生活シーンに応じて温度差を滑らかに変化させることで、ヒートショックの危険性を下げつつ省エネルギーな生活を可能にしているのである。

一方、民間企業で日本独自のパッシブハウスを開発しているのがOMソーラーである。OMソーラーは太陽熱集熱器を用いたパッシブハウスの特許を持っており、全国各地の地場工務店を通して技術を全国に展開している。パッシブハウスというとドイツやスカンディナビア半島を思い浮かべるが、実は太陽熱集熱器はそれらの国々よりも気候が湿潤で豊富な太陽光が降り注ぐ日本の方が適しているのである。OMソーラー社長の飯田祥久氏は「健康面でのメリットを伝えることは、消費者に興味を持ってもらうための確実な方法だ」と言う。自然エネルギーを活用した夏冬の快適性の訴求力は大きい。

1980年代から日本でも住宅の量ではなく質を重視する傾向が見られるようになっていたが、健康という観点がまだまだ一般化しているとは言えない。しかし、これらの先進的な事例を足がかりとして、日本独自の夏冬両用の健康住宅が普及していくことを期待する。

Interviewees:

村上周三: (財)建築環境・省エネルギー機構理事長、東大名誉教授
OMソーラー株式会社: 自然の力を利用した家づくりを各地の工務店を通して全国に展開している
清家剛: 東京大学准教授、LCCM住宅研究・開発委員
小泉雅生: 首都大学東京教授、LCCM住宅研究・開発委員
  1. 国土交通省「住宅・建築物の省エネルギー施策について」2014.2.24
    【住宅ストック約5000万戸の断熱性能】統計データ、事業者アンケート等により推計(2012年)
    → 日本の住宅は、1980年に断熱性能・省エネルギー基準がはじめて設けられ、その後何度か段階的に引き上げてきた。1980年以前に建てられた住宅のほとんどは断熱を行っていないと考えられる。
  2. 独立行政法人東京都健康長寿医療センター「冬場の住居内の温度管理と健康について」2013.12.2
    → 2011年の1年間でヒートショックに関連した入浴中急死で亡くなった人は約17000人と推定される。これは交通事故による死亡者数は4611人をはるかに上回る。
  3. 断熱住宅.com 近畿大学岩前篤教授コラム「第1回 冬の寒さと健康