インターネット「海底の動脈」の知られざる全容(村井純)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/375974

   

「API地経学ブリーフィング」No.20

2020年09月21日

インターネット「海底の動脈」の知られざる全容 ― 世界の枢要であり安全保障上のリスクをはらむ

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
シニアフェロー・API地経学研究所所長・慶應義塾大学教授・慶應義塾大学サイバー文明研究センター共同センター長 村井純 

 

海底ケーブルは地球の動脈

19世紀終盤から20世紀初頭、大英帝国の電信のための海底ケーブルは地政学的に中心となる政策だった。西へ向かう大西洋のケーブル、英仏ケーブル、そして、アフリカからハワイ島など太平洋までつなぐ壮大な南回りケーブル。21世紀となり、海底ケーブルは光通信に変わり、その使命としてはインターネットのデジタルデータの流通が主となった。

インターネットの動作原理はある1つの経路が閉ざされれば自動的に別の経路を使うことである。2地点を結ぶ海底ケーブルを国が所有してそれを守るというモデルの優位性は失われた。社会や人にとっての価値のためにどのような海底ケーブルが敷設されるべきかという、官民が連携する地経学的な対象へと完全に変化した。

グローバル社会全体にとってインターネットが健全に機能し続けることが重要で、そのために何をするのか、が政策課題となる。グローバル社会の健康を担うインターネットは地球を覆う血管網であり、海底ケーブルはその動脈である。

1. 日本をつなぐ新しい海底ケーブル

ロシアのタス通信は2020年7月17日、フィンランドのCinia社とロシアMegaFon社の合弁会社が計画するフィンランドから日本へ向けた13.8万kmの海底ケーブルプロジェクトであるArctic Connectのために、8月5日に詳細な調査を目的とする調査船が出航することを報道した。フィンランドから氷の融解した北極海を通り、日本を目指すルートである。

それに先駆けた2020年7月6日、アメリカRTI社は、同社のJGA(Japan-Guam-Australia)ケーブルの開通を発表した。日本をグアムとつなぎ、グアムを西太平洋の新しいハブとするためのケーブルだ。現在は西太平洋のケーブル集積海域は南シナ海である。グアムはこれに加えたまったく新しい拠点となる。

光ファイバーによる海底ケーブルは現在世界のインターネットで交換されるデータ量の90%以上を担っている。アメリカの国際通信が衛星通信に依存しているトラフィック量が全体の0.37%であるとするFCC(アメリカ連邦通信委員会)の報告を見れば、現在ではほとんどすべての国際インターネットでのデジタルデータは海底ケーブルで交換されていることがわかる。5Gなどのモバイル通信網はインターネットを隅々まで伝える毛細血管網の役割を担う。

衛星通信はファイバーに比べてはるかに狭い帯域だが、宇宙からの通信路であるので、地表のカバー率を上げることができる。静止衛星は赤道軌道上空3万6000km上に並んでいるので、南北の極に近づくと地表からの衛星の仰角が低く大気の影響を受けすぎて信号は著しく弱まる。北極海の氷の融解による海底ケーブルの敷設の画期的な価値は北極海沿岸の人類にとって、初めての高速通信への参加を実現することにある。

2020年現在、海底ケーブル網は世界で約400本。持ち主も、海底ケーブル専門の事業者に加えて、旧来の電話会社の事業者、そして、今日では、マイクロソフト、フェイスブック、グーグルなどのインターネットを通じて提供されるメッセージや音声、動画などのコンテンツやサービスを提供するOTT(オーバー・ザ・トップ)事業者を含めた多様な事業体の共同所有で敷設されている。

経路上のどこかに障害が発生すれば、別の経路を通ってやり直す、という自律分散システムとしてのインターネットの原理は、多様なステークホルダーによって冗長的に張り巡らされた海底ケーブルと親和性がよく、これを使いこなしている。つまり、海底ケーブルは「必ずつなげる」という使命を持ったインターネットの核となる象徴的な動脈である。

北極海の氷が溶ける恐怖と新しい経路が開かれる夢

2. 北極海の異変とまったく新しいネットワークトポロジー

北極海の海氷傾向を独自の方法で持続的に調査するウェザーニューズ社によれば、20年前と比べると海氷域面積は、300万平方km減少しているという。

この現象を受けて、2011年にカナダのArctic Fibre社は、北極航路に海底ケーブル敷設調査船を投入してイギリスからカナダ、アラスカを経て、日本をつなぐ北回りの海底ケーブルを計画した。

この計画を相談されたとき、筆者は長い間描いていた(地球温暖化が進んで北極海の氷が溶解する)恐怖と、(まったく新しい経路が開かれる)夢とが、同時に現実として迫っていることを理解した。当時、日本からヨーロッパのインターネットは、すべて、太平洋を経て、アメリカ大陸を横断し、大西洋からイギリスに行くケーブルで支えられていた。海底ケーブルは比較的安全で自由な動脈である。しかし、大陸横断ケーブルはつねに安全保障上の懸念があるリスク含みの動脈となる。

計算してみると、通信遅延に関してもさまざまな優位性がある。とくに、北極海からの出口ベーリング海の南側で分岐をして、シアトルと北海道を結ぶと、北海道はニューヨークに最も近い日本となる。ニューヨークとの距離の近さは金融業界にとっては価値が高い。

2019年の暮れ、北欧の研究教育ネットワークのグループであるNORDUnetの友人から、冒頭のCinia社のケーブルを用いて、フィンランドと日本を結ぶ計画への協力を要請された。フィンランドからベーリング海を通り、アメリカ、東京、苫小牧に分岐し、津軽海峡を通って、ウラジオストクに上陸する計画である。Brexitの影響で大西洋のほとんどのケーブルが上陸していたイギリスに加えて、マルセイユなどのEU国への新設ケーブルの計画が増えているという。この動きとも連動していると思う。

大陸横断ケーブルはリスク含みの動脈

海底ケーブルは比較的安全で自由な動脈である。一方、大陸横断ケーブルは当該国の政策に影響されやすいので、つねに安全保障上の懸念があるリスク含みの動脈となる。現在米国大陸横断か、ロシア大陸横断ケーブルに依存している、EUと日本やアジアの通信にとってもまったく新しい北の動脈となる。

3. 海底ケーブルとサイバーセキュリティー

海底ケーブルは、光ファイバーとそれを守るための防護表皮、そして、減衰した信号を増強するアンプに送電する電力ケーブルから成っている(サメがかじって切断という可能性は今の防護表皮ではない)。現在では光ファイバーでの通信なので、昔の電気信号のようにファイバーから直接の盗聴はできない。その意味では、「潜水艦が盗聴をする」というセキュリティー上のリスクは現在では存在しない。

逆に、海底ケーブルの信号や電力の変化やゆらぎが、外的な要因に起因するので、これを詳細に測定すると、海底のセンサーとなり、魚類や潜水艦などの検知に利用されることはある。また、センサーとしての海底ケーブルは海底の変化、とくに、地震や海底火山の測定には積極的に利用されている。こうした海底ケーブルの最大のリスクは、ケーブルの切断である。

海底での切断は、次の4つの原因で発生する。

① 底引き網などの漁業によるもの
② いかりを引き上げたり引きずったりすることによるもの
③ 浚渫(しゅんせつ〈sand dredging〉)と呼ばれる海底の土木工事によるもの
④ 地震や海底の地すべりなどの自然災害によるもの

このような課題に対応するために、世界の海洋への海底ケーブルの敷設は、国際ケーブル保護委員会ICPC(International Cable Protection Committee)という組織によって調整されていてその守備範囲は世界のケーブルの97%に及んでいる。

台湾の南に集中する日本からアジアのケーブル

台湾の南には日本からアジアへのほとんどのケーブルが集中していて、2005年以降にこの海域での海底ケーブルの障害は平均週に1回は発生しているという統計が報告されている。この傾向は年々強くなっているので、切断の障害は地震などの自然災害以外の要因が増加していることになる。アメリカからアジアへの通信ケーブルは太平洋から茨城、千葉、三重などの日本経由であったことを鑑みると、北米と東南アジアの通信のほとんどがこの海域の障害に悩まされていることになる。そこで、学術ネットワークの計画を皮切りに、グアムをハブとした新しい太平洋のケーブルトポロジーが発展しつつある。

西太平洋を、グアムを中心につなぐ新しい海底ケーブルの敷設は、太平洋のネットワークの補完だけでなく、北極を通じたヨーロッパとの新しい経路にもつながっていく。別の驚きを持って受け止められたのは、2020年7月にチリからの南太平洋横断海底ケーブルの挑戦に関する報道であった。

この報道には2つの意味が含まれていた。チリをどの太平洋西側のどことつなぐのかという貿易政策としての意味と、中国企業の提案と、日米仏企業の提案の競争という技術政策としての意味があった。もし報道されているようにオーストラリア経由で日本をつなぐ結論になると南米とアジア、とくに日本との新しい関係が生まれてくることになる。この報道では、海底ケーブル技術の提案が、日米仏とそれを追いかける中国であったわけだが、日本のNECの海底ケーブルが信頼性と精度において極めて高い評価を得ていることが、本件の行方を決定づけると考えている。

4. 何をすべきか

海底ケーブルは、地球全体をつなぎ、サイバー社会を維持するインターネットの動脈である。この動脈網が健全に機能し続けるために国際社会全体で協力しなければならない。

地球と人類の健康のために、新しい動脈網の中心地に位置する日本は、健全な心臓と臓器の役割へ積極的に関わり、必要な働きをする動脈網へと送り出す責任がある。日本は国際情報社会におけるこの責任を果たし、また、ICPCなどの国際組織の一員としてこの動脈の安全を守る主導的な役割を担うことが大切だ。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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