「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。
本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。
https://toyokeizai.net/articles/-/409752
「API地経学ブリーフィング」No.39
2021年02月08日
日豪米の協力強化が一段と求められている事情 ― 豪州ダーウィンから見た安全保障とエネルギー
アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
上席研究員 大矢伸
ダーウィンと海兵隊基地
6つの州と1つの準州、首都がある特別地域から成り立つオーストラリア。その準州は北部にある。州都ダーウィンは人口15万人ほどの小さな町だが、アメリカ海兵隊の基地があり、日本企業が関係する2つのLNG(液化天然ガス)液化基地も所在する。
ダーウィンは戦略的に重要だ。日本軍が1942年に空襲、240人以上が亡くなった。近年、中国が南シナ海の軍事化を進める中で、再びその戦略的重要性が増している。2011年11月、オバマ大統領の訪豪時にギラード首相(労働党)は「戦略態勢イニシアティブ」に合意、ダーウィンへのアメリカ海兵隊のローテーションを発表した。
オーストラリアは、2度の世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争などアメリカの主要な戦争を共に戦ったパートナーだが、アメリカはオーストラリアにさらなる期待を寄せる。バイデン政権で国家安全保障会議のインド太平洋調整官に就任したカート・キャンベル氏は『The Pivot』(2016年)において、アジア重視を唱えるとともに、アジアにおけるアメリカ軍の展開に関して、次の2点を指摘している。
(1)ソ連と対峙した冷戦の名残で戦力が北に偏っている
(2)中国のミサイル能力の増強により在日アメリカ軍にはリスクがある
北東アジアでのアメリカ軍のプレゼンスを維持しつつ、戦力の南への分散が必要で、海兵隊のダーウィン展開はその一歩と説明する。オーストラリアの好ましい立地、長い海岸線、戦略的縦深性などを挙げたうえで、海軍基地を含めオーストラリアはさらに役割を果たせると期待する。2020年7月の米豪外交防衛担当閣僚協議(2+2)では、「米豪戦力態勢ワーキンググループ」の設置が合意された。
オーストラリアは経済的には中国とのつながりが深く、現在は輸出の約40%が中国向けだ。ギラード首相は2013年4月の訪中時に「豪中戦略的パートナーシップ」に合意。対中配慮から検討されていたアメリカ空軍爆撃機のオーストラリア展開を躊躇したと言われている。
2013年9月に保守連合のアボット首相となり、アメリカ海兵隊の人数は1100人に増え、国防費も増額。中国の南シナ海の埋め立てを批判した。2015年9月には同じ保守連合のターンブル首相に交代。リベラルと目されていたが、対中傾斜はせず、国防費もGDP比2%まで増加させた。2018年8月には現在のモリソン首相(保守連合)体制となり、2019年にはアメリカ海兵隊は当初予定の2500人に到達した。
順調に見えるアメリカ海兵隊基地だが、過去には問題もあった。港を発展の核としたい北部準州はダーウィン港の商業港湾施設の民間資金での開発を計画。中国企業「嵐橋集団」(のオーストラリア子会社)が選定され、2015年10月に約5億豪ドルで99年間のリース契約を締結したのだ。
嵐橋集団トップの葉成氏は人民政治協商会議の委員。契約締結前にオーストラリア連邦政府の外国投資審査委員会(FIRB)に照会したが、民間や州政府の取引は対象外で正式審査は実施されなかった。
オバマ大統領は2015年11月に「事前に相談すべきであった」とターンブル首相に不満を表明。オーストラリア国内での批判もあり、その後、重要インフラは連邦政府の承認が必要とルール変更された。
エネルギーとLNG基地
日豪米の関係を考える際にはエネルギーも外せない。石炭とLNGでオーストラリアの輸出総額のおよそ4分の1を占める。オーストラリアは世界最大のLNG輸出国で2020年の輸出は7800万トン。最大の輸出先は日本で3030万トンだが、近年中国向けが急増、2020年は2960万トンと日本とほぼ同規模となった。
アメリカはシェールガスが牽引して世界最大のガス生産国となった。LNG輸出はオーストラリアより小さいが、2025年頃にカタール、オーストラリアを抜きアメリカが世界最大のLNG輸出国になるとの予測もある。
LNG輸出で競合する米豪だが、市場に基づき民間が主導するという共通の原則に基づいており、また、インド太平洋のLNG市場育成のためにLNG受け入れ基地等のインフラ整備を日豪米で協調するなど、協力関係にもある。
オーストラリアのLNGプロジェクトのほとんどに日本企業が関与している。このうち、ダーウィンLNGと、イクシスLNGは、液化基地がダーウィン陸上にある。イクシスは日本のインペックス(国際石油開発帝石)がオペレーターを務め、2018年11月に安倍首相が生産開始記念式典に参加している。
さらに、脱炭素の流れの中で、オーストラリアはLNGに加えて「水素」にも力を入れる。オーストラリア政府は2019年11月に「国家水素戦略」を策定。太陽光、風力など再エネで電力を作り、グリーン水素を製造して輸出する戦略だ。褐炭から水素を作り、発生する二酸化炭素を地下に圧入・貯留(CCS)するブルー水素の輸出も「戦略」に言及がある。2020年5月には水素産業支援の3億豪ドル(約200憶円)のファンド設立も発表された。
水素は天然には存在せず、太陽光、風力、褐炭、天然ガスなどから作る必要がある2次エネルギーだ。水素還元製鉄や燃料電池自動車(FCV)など水素の利用法も重要だが、温室効果ガスを出さない安価な水素が前提となる。競争力のあるオーストラリアの再エネで安価に水素が作れれば(あるいは褐炭などからCCS込みで安価に水素が作れれば)、大量輸送した水素が日本の脱炭素を助ける可能性がある。
実際に、オーストラリアのAGLエナジーと日本の川崎重工業、電源開発、岩谷産業、丸紅の4社は褐炭水素パイロット実証プロジェクトをビクトリア州で2018年より開始。
岩谷産業は、オーストラリア電力会社のStanwellと再エネ由来のグリーン水素の製造・液化・輸入事業に向けた検討を2020年11月に公表。三菱重工業も2020年11月に水素やアンモニアを製造するオーストラリア企業への出資を公表した。また住友商事は日揮と組んで小型水電解装置を開発し2023年までにオーストラリアでグリーン水素生産のため稼働を目指す。さらに、インペックスはダーウィンで太陽光からの水素生成の有効性検証を開始している。
日豪米の協力の重要性
安全保障もエネルギーも、日本とオーストラリア、そしてアメリカの協力がカギだ。
日豪米は共同軍事訓練を頻繁に実施し、2020年11月にはこれにインドを加えた海上合同演習「マラバール」が行われた。また2020年11月にモリソン首相の訪日時に「円滑化協定」(Reciprocal Access Agreement)に大筋合意、日豪は「準同盟」の関係を深めている。
エネルギーも、「水素」が正解かは競争力次第だが、自国で閉じずにオーストラリアと協力することで水素の可能性は高まる。2020年11月の日豪首脳会談では「水素エネルギーの協力推進」で合意した。
また、脱炭素、電動化はレアアースの需要を増やすところ、中国への過度なレアアース依存の解消のための日豪米協力も重要だ。オーストラリアのライナス社は、アメリカ国防総省との間でテキサス州のレアアース分離施設に関する検討を進めている。こうした動きは重要物資のサプライチェーン強化という観点で大切だ。
日豪米は、質の高いインフラでも協力してきた。3国の政策金融機関は2018年11月に締結した「インド太平洋におけるインフラ投資に関する三機関間パートナーシップ」に基づき共同ミッションを派遣。パラオの海底ケーブル向けの共同融資も実現した。地経学の泰斗であるBlackwill氏は貿易政策、経済制裁等とならび金融・援助も地経学的手段と位置づける。
今後「攻めの地経学」を考える際には、副作用やWTOルール抵触を招きやすい貿易制限や制裁といった「ネガティブ」な手段だけではなく、金融・援助といった「ポジティブ」な手段の柔軟な活用も重要だ。その際に「質の高さ」の維持は当然と言えよう。
日本も中国に声を上げることが重要
オーストラリアは、10倍以上の経済規模を持つ中国に、民主主義、人権、法の支配といった点で明確に発信している。豪米との価値観を共有するわが国も、声を上げることが重要だ。
茂木敏充外務大臣は「人権は普遍的な価値であり、文化に違いがあっても人権擁護はすべての国の基本的責務だ」と述べ、香港国家安全維持法の施行への重大な懸念を表明、民主派関係者53人の逮捕を「許容できない」と明言した(1月21日朝日新聞)。適切なメッセージであろう。
また、貿易関係を武器化した中国によるオーストラリアへの「経済的恫喝」は、「自由貿易」や「ルールに基づく国際秩序」を毀損するものだ。WTO等の国際ルールの強化、中国への過度な貿易依存の是正に加えて、同志国が連携して中国の「経済的恫喝」を非難することも重要だ。貿易の武器化では、中国のような大国はオーストラリアや日本のようなミドルパワーよりも強い立場に立つ。
加えて、一般に、被害を受ける業界の声を無視できない民主主義国よりも、中国のような権威主義的体制のほうが「我慢比べ」に強い。こうした二重の非対称性を克服するためには、日豪米を中核に、同志国が連帯し共同で明確なメッセージを発する体制が不可欠だ。
さらに、日豪米にインドも加えたQUADや「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想も地域の自由と平和のための重要な枠組みだが、いずれにおいても日豪は中核となる。また、日豪は、アメリカの「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」(CPTPP)参加を時間がかかっても粘り強く働きかけることが必要だ。
基本的価値と戦略的利益を共有する日本とオートラリアが、アメリカとも連携しつつ、安全保障、エネルギー、経済などさまざまな面で協力を強化することは、これらの国の利益を増進することに加え、インド太平洋地域の安定にも資する。オーストラリアとの関係強化は日本にとって最重要の政策課題だ。
(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
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