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日本のデジタル敗戦の挽回に必要な3つの視点(向山淳)

「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/388695

   

「API地経学ブリーフィング」No.28

2020年11月16日

日本のデジタル敗戦の挽回に必要な3つの視点 ― 優秀な人を集め社会全体のDXをリードせよ

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)主任研究員 向山淳

 

 

 

デジタル敗戦を繰り返さないために

「デジタル庁は、強力な司令塔機能を有し、官民を問わず能力の高い人材が集まり、社会全体のデジタル化をリードする強力な組織とする必要があります」

菅首相は9月23日のデジタル改革関連閣僚会議でこう語った。

今まさに政府のデジタル庁準備室で法整備が進んでおり、アイデアボックスで国民の意見を募るなど今までにない試みも行われている。しかし、デジタル庁が成功するかどうかは、この「強力な司令塔機能」を発揮できるか否かに尽きる。

そのためにはどうしたらいいか。私見ながら以下の3点を指摘・提案したい。

① 司令塔機能の目的を日本社会全体のDXとする
② デジタル庁を各省より高い位置づけにする
③ 最先端グローバル人材を確保するためデジタル庁を公務員の特区にする

第1に、国家サイバー・パワーの中核を担うデジタル庁の創設目的は日本社会全体のデジタル・トランスフォーメーション(DX)を果たすのが望ましく、決して、省庁の行政システムの調達の一元化だけにとどまってはならないという点だ。

先進国各国においてデジタル庁同様の組織は多くあるが、その目的や権限はさまざまだ。イギリス・キャメロン内閣が2013年に立ち上げたGovernment Digital Services(GDS)は過去の政府のシステム調達の失敗を反省し、徹底的なユーザー目線、アジャイル開発の実現、オープンな組織風土で、先進的に行政サービスのデジタル化を進めている。GDSはさまざまな面で日本にとって見本になる一方で、その主目的は「政府の」デジタル化にとどまっている。

一方で、「社会全体の」DXを志向する国もある。例えば、シンガポールでは首相府のSmart Nation and Digital Government Officeが政策企画を行う主体がブレーンとなり、社会全体のキャッシュレス化やデータ活用などの国家のスマート化施策を検討。Government Technology Agencyが執行部隊として民間連携、デジタル人材の育成、個人や企業に関わる行政サービスのデジタル・ツールの提供を行う。シンガポールの監視社会的アプローチへの賛否は別として、組織目標が国全体を向いている点で参考になる。

一方、日本のデジタル庁の目的はどこにあるのだろうか。

 

バラバラなままのデジタル戦略では勝てない

内閣官房IT総合戦略室が各省庁のシステム調達を審査・管理できずシステムがバラバラであることをはじめとした予算や仕様などの小さな範囲での縦割りの排除だけではなく、今、必要なのは、産業のDXやキャッシュレスは経産省、教育のデジタル化は文科省、マイナンバーは総務省、地方は地方、など縦横バラバラに企画立案し整備してしまっている国全体のデジタル戦略を、メタレベルで一元的に考えられる組織だ。

とくに、前回「日本がデータ活用大国になるための3つの視点」(2020年11月9日配信)でも述べたサイバーセキュリティーとデータ戦略は一気通貫でない限り、まったく意味をなさなくなってしまう。土台となるプラットフォームのアーキテクチャーやインフラを「デジタル公共財」としてしっかり政府が整備し、民間がそのプラットフォームを活用して社会全体のDXを進める必要がある。

インドでIndia Stackと呼ばれるデジタル・プラットフォームを開発する非営利団体iSpirtのアナンダラム氏は、当該プラットフォームの公共性を「道路」にたとえている。

「エンドユーザーは、ここで提供される公共財を、企業や自治体といったサービス提供者を通じて、間接的にそれを利用することとなります。企業は、このプラットフォームを利用して、顧客やパートナー企業のために新しいサービスをつくり自由にイノベートすることができます。言うなれば、プラットフォームは道路のようなものです。それを提供するのは国ですが、そこを走る『車』は、交通法規にしたがっていれば、誰もが自由にデザインし、走らせることができるのです。そして利用者である国民は、その『車』を使って自分の行きたいところに行くことができるのです」(G20 Japan Digitalより)

新しい成長戦略の柱として、国家のサイバー・パワーを強化するためには、「社会全体のDX」を明確に目的とし、強固な道路を作ることが必要だ。

第2に、具体的に上記の目的を達成するために、デジタル庁は「各省より一段高い位置づけ」でなければならないだろう。

政府の行政組織で、縦割りを排して実効的な総合調整と政策立案機能の確保に成功した直近の例は、安倍前首相が2014年に内閣官房に設置した国家安全保障局であろう。その「政策の基本方針・重要事項に関する企画立案・総合調整に専従」するという役割と、直接、首相・官房長官等への情報提供を行う中枢との距離の近さが求心力だ。それを「庁」で実現するにはどうするか。

橋本行革による省庁再編以降、さまざまな「庁」が誕生した。例えば、こんにゃく入りゼリーの誤飲被害や中国冷凍餃子事件など各省に分断されて適切に対応できなかった消費者問題に一元的に取り組むために、2009年に内閣府の外局として誕生した消費者庁がそれだ。

消費者庁は、内閣府、公正取引委員会、警察庁、金融庁、総務省、法務省、厚労省、経産省、国交省という9省庁1委員会から権限と人員を移管する形で組成され、歴史に残る大改革と期待された。2008年にできた観光庁も「観光庁長官のリーダーシップにより、縦割りを廃し、政府をあげての取組みを強化」することが目的の1つだ。

ただ、いずれも「各省の外局」という立ち位置だ。

 

復興庁のような位置づけが望ましい

わが国の統治機構の図を眺めると、内閣の下に省が横並びで並び、その各省の下に金融庁、スポーツ庁、観光庁……などが連なる。ただ、1件だけ、「復興庁」だけは「省」と同じ立ち位置にある。これは、復興庁が各省の外局ではなく、各省よりも一段高い立場から企画・立案・総合調整を担う内閣直属の機関としてその設置法で内閣に置くことを定めているからだ。デジタル庁は、このような「各省より一段高い位置づけ」を目指すのが望ましい。

「小さく産んで大きく育てる」ことも理解できるが、懸念するのは小さく収まってしまうことだ。2007年に内閣府の外局であった防衛庁が防衛省に格上げされた際、政府は「防衛庁は、単なる『自衛隊の管理』のみならず、さまざまな政策の企画立案に携わる機会が増えており、すでにほかの『省』と同様の仕事をしている」と国民に説明した。システムの管理だけでなく、企画立案に携わる組織として、将来、省の役割を持つべく、せめて今の時点から各省に対して明確なリーダーシップを発揮できる位置に設置されることを期待したい。

組織の設置場所はもちろん大事であるが、結局、最後にそこに命を吹き込むのは人である。次の時代を決する日本のDXに心血を注いでくれる優秀な民間人が集まる組織をどう作ればよいのか。そこで第3に挙げたいのが、デジタル庁を公務員の特区にしてはどうかという点である。

そもそも日本のIT人材は7割がITベンダーに所属しており、ユーザー企業に雇用されているIT人材は3割程度である。アメリカ、ドイツ等の欧米諸国は約6割前後がユーザー企業に雇用されているのと比較すると日本は開発を受託する側に既存の人材が寄っている。

また、データ・サイエンスを専門としている学生の母数が少ないなど、主体的に付加価値を創造し国際競争力を持つ専門人材の基盤が弱い。筆者が今年8月まで1年間行ったIT業界へのヒアリング調査においては、年功序列の弊害として若いうちからプロジェクト・マネジメント経験をしている人材が少ないという声も多く聞かれた。世界に誇れるアーキテクチャーを設計したい、と思ったとき、日本でそれができる人材は現時点では極めて少ない。

 

画餅に終わらせず、実効的なデジタル庁を

デジタル庁にそういった一握りの優秀な人材を着実に招き、人材が極力、霞が関の論理での制約を感じず目的を達成できる環境を提供し、そして、さらにこれをIT人材の裾野を広げる人材育成の好機と捉え、自由な開発環境の中で率先して最新のテクノロジーを試し、日本最大のプロジェクトに取り組む機会を与える。

長期的な人材育成の面からも組織の中に開発・運用ができる部隊を持ち、むしろ今後はデジタル庁から優秀な人材を民間に送り出すような流れを作り出すことが、まさにデジタル庁が日本の成長の柱を生み出すことになる。

目的、組織、人材について、妥協せずに検討し、絵に描いた餅に終わらせず、実効的なデジタルの司令塔を設置し、敗戦を繰り返さないようサイバー・パワーの時代を戦えるか。今がその勝負のときだ。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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