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アメリカの中国への相互主義に危うさも潜む訳(大矢伸)

「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/381876

   

「API地経学ブリーフィング」No.24

2020年10月19日

アメリカの中国への相互主義に危うさも潜む訳 ― わかりやすさと力強さは魅力だが両刃の剣にも

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
上席研究員 大矢伸

 

 

 

米中対立が深まる中、アメリカによる「相互主義」に基づく対応が増加している。相互主義とは、外交・通商関係において、相手国の自国に対する待遇と同等の待遇を与えようとすることだ。

9月2日、アメリカのポンペオ国務長官は「米中外交関係の相互主義の促進について」(Advancing Reciprocity in US-China Diplomatic Relations)という声明を発表した。この声明は、「相互主義」(Reciprocity)の原則に基づき、中国外交官のアメリカでの行動をこれまでよりも制限することを明らかにした。

声明でアメリカは、中国がアメリカの外交官に対して通常以上の行動の制約を課し、アメリカ外交官の業務を阻害してきたと非難。アメリカの要求にもかかわらず状況を改善しないために今回の措置に至ったと説明する。そのうえで、中国の外交官が大学を訪問するとき、地方政府職員と面会するときなどに、アメリカ国務省の承認を求めるとした。なお、中国がアメリカの外交官に対する制限を緩めれば、アメリカも制限を緩めると付言する。

 

記者の追放合戦

今年発生した米中の記者の追放合戦も「相互主義」的対応の1つだ。今年2月のウォールストリート・ジャーナルによる「中国はアジアの真の病人」“China is the Real Sick Man of Asia”という評論(op-ed)に怒った中国は、同紙記者の一部を追放。アメリカ側もアメリカにおける中国人記者の数を制限した。これに対して、中国はウォールストリート・ジャーナルの記者数をさらに減らし、またニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストの記者数も制限した。その後、アメリカは中国の記者のビザを90日に短縮し、また追加で4つの中国の新聞社を外交使節に指定し管理を強化する。結局双方とも相手の記者を削減させた。

「相互主義」の考え方は2017年に策定されたアメリカの国家安全保障戦略にも記載されている。外交官の行動制限と記者の制限以外にも、人民解放軍関係大学からの留学生のビザ失効、TikTok・ウィーチャットなど中国製アプリの制限、関税を使った貿易交渉など「相互主義」的な政策はトランプ政権で増加している。

こうした「相互主義」に基づく対応は、相手の不公平な状況の解消を求める点でわかりやすく、国民感情にも合致する。また、相手の非難にも「同じことをやっているだけ」と反論しやすい。他に有効な手段がない場合に「相互主義」は直截で力強い政策手段となる。香港の新聞王で民主活動家のジミー・ライは、10月1日に、トランプの「相互主義」は中国共産党に対して効果的だとツイートしている。

「相互主義」のわかりやすさと力強さは魅力的だ。しかし、記者の追放合戦は、アメリカのマイナスのほうが大きかったとの批判もある。これは、報道の自由がない中国では中国メディアから真実が報道されないので、アメリカ(西側)の記者が中国に駐在することは極めて貴重であり、アメリカと中国では記者の重要性が同等ではない、双方が記者数を制限するという形式的に「相互主義」的な対応はアメリカ側の損失が大きいという批判だ(Lucas Tcheyan and Sam Bresnick, Foreign Policy, August 20)。

また、米中貿易交渉の第1弾合意もアメリカの目的であった中国の不公正な貿易・経済慣行は変わっておらず成功とは言いがたいとの批判もある。

このように評価の分かれる「相互主義」だが、歴史のある貿易分野での「相互主義」を振り返って参考としたい。

 

貿易分野における「相互主義」

アダム・スミス、デヴィッド・リカードから今日まで、標準的な経済学では、相手国の関税の高低にかかわらず自国の関税は低いほうが自国にプラス(経済厚生が増す)と考える。これは低価格の輸入により消費者がメリットを受けるからである(消費者余剰の増加)。

では、なぜ無条件に自国の関税を引き下げずに、相手国の関税引き下げを条件付ける「相互主義」を求めるのが一般的なのか。それは、メリットが薄く広がる消費者の声よりも、輸入により打撃を受ける生産者の声が強いため、自国経済全体ではメリットのある関税引き下げが国内政治プロセスの中で実現しないからである。これを乗り越えるためには、交渉で相手国の関税引き下げを勝ち取り、輸出増加で利益を得る自国生産者に応援してもらう必要がある。こうした貿易自由化の達成手段としての「相互主義」を「積極的相互主義」と呼ぶ。

実際に、アメリカは1930年に保護主義のスムート・ホーレイ法により関税を引き上げたが、その後、政策を転換。コーデル・ハル国務長官の下、「積極的相互主義」の考えに基づき1934年に互恵通商協定法(Reciprocal Tariff Act)が成立した。同法は、大統領に、関税を50%削減する権限、無条件最恵国待遇(第三者により有利な条件を供与する場合には相手国にもそれを供与するという取り決め)を付与する権限を与えた。結局、大恐慌後の国際的な保護主義の流れをアメリカのみで押しとどめることはできなかったが、「相互主義」と「最恵国待遇」に基づく自由貿易への動きは戦後のGATT体制として結実する。

しかし、「相互主義」には、自由化を進める「積極的相互主義」の側面とともに、同等の利益を供与しない相手に報復する「消極的相互主義」の側面も有する。報復としての関税引き上げを規定した1890年マッキンレー関税法は「消極的相互主義」の典型である。また1974年通商法301条も「消極的相互主義」の性格を持つ。「相互主義」は自由貿易体制成立の原動力にもなれば、保護主義を招き自由貿易体制を破壊する要因ともなる二面性を持つ。

 

自国の関税も引き上がり、保護主義が強まる場合も

「相互主義」の持つ消極的・破壊的側面を抑え込むために、先人は「最恵国待遇」も貿易政策の中核に据え、さらにGATT・WTOというマルチの枠組みで「相互主義」を生かす工夫をした。それは戦後の貿易拡大を通じた世界経済の成長という成果を生むが、「相互主義」が抱える消極的側面が消え去ったわけではなかった。このことは、ウルグアイラウンド以降のマルチでの貿易自由化の停滞、WTOに対する各国の不満、一方的貿易措置の頻発に表れている。

貿易分野から学べることは、「相互主義」の結果、自国も相手国も関税を引き下げて貿易の自由化が進展する場合がある(「積極的相互主義」)と同時に、「相互主義」が単なる報復となり、相手国の高い関税はそのままに自国の関税も引き上がり、保護主義が強まる場合もある(消極的相互主義)ということである。

「外交官の行動制限」や「記者の追放」を含めて、さまざまな「相互主義」的政策は、結果として中国が行動を変えて望ましい形で落ち着く(「積極的相互主義」が「良い均衡」を生む)場合もあれば、中国の行動は変わらずアメリカの報復のみが追加される(「消極的相互主義」が「悪い均衡」を生む)場合もある。どちらになるかで「相互主義」の意味合いは大きく異なってくる。

 

両刃の剣

アメリカは中国との人の交流に関しても「相互主義」的に制限を課す動きを見せている。人的交流の過剰な制約は「悪い均衡」を招き、中国出身技術者によるアメリカの研究開発への貢献といったアメリカの強みを削ぐ恐れがある。また、アメリカで学び自由な空気を吸った中国の人々には、その価値観に影響を与えている可能性がある。中国による影響工作や知財窃取への対策を取りつつ、人的交流は継続し、アメリカの開放性を維持するほうがアメリカの国益に資する可能性がある。

相手が行動を変える可能性が低くても「相互主義」的政策を断固として実施すべき場合はある。「良い均衡」を達成できなければ失敗と断定とする必要もない。しかし、「相互主義」行使に際しては、他により良い手段はないか、当該手段が「良い均衡」を生む蓋然性はいかほどか、仮に「悪い均衡」に陥る場合にアメリカの重要な価値を毀損しないか、事前の吟味が重要であろう。

アメリカ外交官のジョージ・ケナンが1946年2月のモスクワからの長文電報(long telegram)で警鐘を鳴らしたように、日米を含む自由民主主義諸国はわれわれの社会に自信を持つことが重要である。最大の危険は中国(ケナンの時代はソ連)に対応する中でわれわれが中国(同ソ連)に似てきてしまうことである。

「相互主義」は、両刃の剣だ。それは、開かれた社会といったわれわれの基本的価値を毀損しないように気を付け、またマルチの枠組みへの悪影響にも留意しつつ、注意深く使用するのが望ましい武器であろう。「相互主義」は手段だ。それは「戦略」ではなく「価値」でもない。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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