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台頭する中国に日本と英国の連携が鍵となる訳(越野結花)

「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API上席研究員 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/364733

   

「API地経学ブリーフィング」No.13

2020年07月27日

台頭する中国に日本と英国の連携が鍵となる訳 - 共通課題として捉え、日英関係を新たな高みへ

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)松本・佐俣フェロー、
英国際問題戦略研究所(IISS)リサーチフェロー 越野結花

 

 

 

転換点となった香港問題

新型コロナウイルスの感染爆発によりヨーロッパで最も多くの感染者数と死亡者数が発生して、その対応に追われていたイギリスが、国際舞台で再びプレゼンスを示すようになった。5月28日に香港における「国家安全維持法」の制定方針が発表されたのに対し、イギリスのジョンソン政権は、「一国二制度」による香港返還を定めた1984年の英中共同宣言を覆すものであると激しく批判した。アメリカ、オーストラリア、カナダとの4カ国による共同声明を発表し、香港の自治の喪失への批判を主導した。

また、ジョンソン首相は、英国海外市民(BNO)旅券を保有する35万人の香港市民と、その申請資格を有する260万人の香港市民に対して、イギリスでの移住・市民権の付与を宣言し、さらには犯罪人引き渡し条約の停止や、中国に対する武器輸出禁止範囲を香港まで拡大する方針を次々と発表した。これは、従来のイギリスの対中政策を大きく転換する動きであった。

イギリスは、中国を発端とするCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染拡大において、世界で3番目に多い死者数(2020年7月22日現在)を出す甚大な被害を受けた。これが、国民レベルで対中警戒感が一気に高まり、中国に対する態度が一気に硬化した背景となった。実際、今年4月に行われたフランスのシンクタンク、仏政治刷新研究基金(Fondapol)による世論調査で、中国の国際社会での態度について「懸念がある」と答えた人は、2018年と比較して24ポイント上昇して7割近くにまで増えている。

従来最大の脅威とされてきたロシアを抜いて、現在では中国をイギリスにとっての最も大きな脅威とみなす意見が、最も大きくなっている。2015年の習近平中国国家主席訪英に象徴される、経済関係を中心とした英中関係の「黄金時代」は、冷却化の一途をたどっているのである。

イギリスは2015年に『国家安全保障戦略』(NSS/SDSR)を公表して以来、日本を「アジアにおける最も緊密な安全保障上のパートナー」と位置づけてきた。一方で、2015年3月11日に中国が設立するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を欧州諸国で最初に表明した事に示されるように、対中認識のギャップが日英間の潜在的な懸念材料となっていた。日本にとって、経済的利益を優先して中国に接近したイギリスのイメージがまだ鮮明に残っている。

ポスト・コロナ時代においては、台頭する中国にどのように向き合うかを共通課題とした日英対話の機会を拡大することで、日英両国間の認識の共有を大きくしていく必要がある。この対話は、準同盟関係に向けて日英安全保障協力をさらに深化させ、ルールに基づく秩序の擁護者として、アジアとヨーロッパというそれぞれの地域、インド太平洋、さらにはグローバルなレベルでの連携を拡大していく基盤を与えるであろう。

 

近年変化の兆候が見えていたイギリスの対中認識

上述したコロナに加えて、ここ数年、イギリスが掲げる外交理念の根幹を損なうような中国の行動に対してイギリスの対中不信感は増幅し続けていた。とりわけ英国防省は、南シナ海における中国の海洋行動に対する警戒感を強め、2019年における中国政府による香港への統制強化、さらには新疆ウイグル自治区における人権侵害の問題も、その流れに拍車をかけた。

2020年3月に新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大し、中国がこれに乗じて地政学的および地経学的な影響力を拡大しようと行動を活発化させると、イギリス政府内では対中政策を転換していく必要が認識されるようになった。具体的には、次のような二つの変化として現れた。

第1に、政治レベルでの対中不信感の増大が見られる。3月末ごろから、保守党所属議員を中心に、中国がウイルスに関する情報の隠蔽、透明性の欠如が世界的な感染拡大につながったという非難が見られるようになり、中国の責任を求める声が相次いだ。

そして4月に入ると、それまでの対中政策を見直すことを目的として、保守党内部に「中国研究グループ(China Research Group)」が設立された。これはブレグジットにおける強硬離脱派で組織される保守党議員グループの「欧州研究グループ(European Research Group)」と同様のイデオロギー的傾向が見られ、保守党政権の今後の政策立案にも影響を及ぼすと見られる。

さらには、6月になると、香港問題を機に、イアン・ダンカン・スミス議員、超党派組織の国際的な議員のネットワーク、「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」の設立を議長として主導し、民主主義国諸国による連帯の強化を呼びかけたのであった。

第2に、過度な対中依存による政治的および経済的な警戒感の高まりが挙げられる。たとえばコロナに関しては、感染爆発時のマスクや医療機器の不足がイギリス国内に警鐘を鳴らした。とりわけ重要な動きは、7月14日にイギリス政府が通信網から華為技術(ファーウェイ)製の5G関連機器をすべて排除するという決定だ。2020年初頭の段階では、アメリカ情報当局が懸念を示す中で、イギリス政府は3年を超える検証の結果として、ファーウェイ製の5G関連機器が安全保障上問題であるという技術的証拠が見つからなかったという報告を行った。

ところが、今年の5月末にジョンソン政権は、従来の方針を大きく転換して、ファーウェイ製機器の排除を決断して、次世代通信網や関連技術の代替案を共同で模索するためG7にオーストラリア・インド・韓国を加えた民主主義諸国の提携、いわゆる「D10」という新たな枠組みの形成を提唱している。

 

対中認識が変化したイギリスの今後の方向性は不透明

これまで見てきたように、イギリスが対中認識を大きく転換し、対外政策における中国問題への対応の優先度合を引き上げたことは、日本にとっても重要な意味を持つ。イギリスは国連安保理常任理事国(P5)であり、また歴史的にインド太平洋地域と深い結びつきを持ってきた。

とはいえ、今後のイギリスの方向性は不透明でもある。イギリスが新たに提唱しているD10の枠組みでどの程度、実質的な議論が可能かは予断できない。6月にアメリカ大統領によってG7を改組して、ロシアも含めた「G11」の開催が提唱された際、日英両国政府ともにどのように対応するべきか苦慮していたことがそれを暗示している。

さらに、日英両国間では依然として、認識に溝がある。日本がこれまで進めてきた「自由で開かれたインド太平洋」構想(FOIP)はアメリカ、オーストラリア、インド、さらにはASEAN諸国などからも支持を得てきたが、依然としてイギリス政府はこのような地域的枠組みへの態度を決めかねている。イギリスにとってはオーストラリア、シンガポール、インドなどを含めたコモンウェルスという枠組みの重要性は不変でもある。両者をどのように整合させるか、課題は多く残っている。

 

今こそ中国問題をめぐる日英対話の拡大を

そうしたイギリスの不安定さにかんがみれば、日英で2国間の対中政策をめぐる政策対話の機会を拡大することが日英二国間関係にとっても重要なステップとなるであろう。これまで対中政策で必ずしも完全に認識が一致してきたわけではなかった日英両国政府の間で、中国との関わり方について意見交換をする機会が増えれば、両国にとってどの分野で共同戦線を張ることができるかも、おのずと明らかになるであろう。また、目指すべき協力分野が特定されることで、より実効的な協力が追及されていくのではないか。

トランプ政権下のアメリカの政治、経済、外交、社会などの不確実性と予測不可能性が高まりをかんがみれば、アメリカにとってアジアとヨーロッパにおける最も重要な同盟国である日英両国が相互に協力を模索し、国際社会で指導力を発揮する必要性は一層高まっている。2017年1月にトランプ政権が誕生して以来、アメリカは「アメリカ・ファースト(アメリカ第一主義)」の政策を掲げ、多国間協力の枠組みからは距離を置くようになり、その傾向はさらに加速している。中国がその間隙を埋めようとする中、日英両国には具体的な行動が求められている。

2020年においても、アメリカは、これまでG7を通じた国際的な結束の実現に失敗し、さらにWHO離脱の意思表明や、駐独米軍削減の突然の決定など、国際社会において実効的な指導力を示せておらず、むしろ様々な反発を招いている。イギリスと日本は、価値や課題を共有する重要なパートナーであり、またリベラルな国際秩序を守るための重要な立場にあることは疑いがない。

中国問題に向き合うという共通課題が見えたことで、これに基づいて両国の協力を再定義して新たな次元に導き、国際社会に具体的な行動を示していくことが、両国、国際社会に追うべき責任なのではないか。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

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