コロナに勝つ国と負ける国を分ける決定的要因(向山淳)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API上席研究員 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/366002

   

「API地経学ブリーフィング」No.14

2020年08月03日

コロナに勝つ国と負ける国を分ける決定的要因 ― テクノロジーを現実に落とし込む力がカギだ

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)主任研究員 向山淳

 

 

 

AIスタートアップの警鐘

2019年12月31日、WHO(世界保健機関)が武漢事務所から原因不明の肺炎に関する報告を受領するのとほぼ同時に、カナダの小さなスタートアップBlue Dotは、検知した武漢の市場における肺炎のクラスター発生情報から、クライアントに感染流行の警告を発した。WHOが第一報の感染流行通知(DONS)を正式発表する5日前のことである。

Blue Dotは、感染症医師カーン氏(Dr. Kamran Khan)が2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)流行の経験を機に「政府機関の公的発表を待つだけでは遅い」と考え6年前に創業。獣医・医師・疫学者・エンジニア・データサイエンティスト・ソフトウェア開発者など40名程度のチームを抱え、政府・企業・公衆衛生関係者といったクライアントに分析結果を提供する。

AIを活用した独自のリスク・ソフトウェアは、1日あたり65カ国語10万件の公文書・メディアソースを分析して感染症発生を検知。また、検知した感染症が世界にどう拡大しインパクトを与えるかを、10億単位のフライト旅程・千万単位の携帯端末、リアルタイム気候条件や医療キャパシティーや動物人口・昆虫の数・人口動態などから予測する。

今回のコロナ禍における世界最初の新型コロナウイルス関係科学論文は、Blue Dotによる分析結果であった。これは、その後に全世界で起こる、新型コロナウイルス感染への対応競争において、AIをはじめとした第4次産業革命時代のテクノロジーの活用が、各国の対応の勝敗を決する重要なファクターに躍り出たことを象徴する出来事であった。

各国は、新型コロナウイルスの感染者数・死亡率や経済という共通の成績表を前に政策総動員で対応しており、案の定、テクノロジーの活用はその重要な一部となった。震源地でありながらいち早く感染を抑え込み、マスク外交等の戦略的なポジショニングに転じることができた中国。その感染対策を支えたのは、徹底的な封じ込めを可能にした「健康コード格付けシステム」を搭載したスマートフォンアプリ、医療提供体制の逼迫を緩和したAIによる肺炎のCT画像診断支援ソフト、そして3メートル先にいる人の体温を人混みの中でも測定できるメグビーの顔認証技術と合わせた体温測定システムなどである。われわれは、ユヴァル・ノア・ハラリの言う「全体主義的な監視体制」を持つ中国のすさまじい実装力を目の当たりにした。

 

テクノロジー実装競争の鍵は官民連携

今回のコロナ禍におけるテクノロジー実装競争には3つの特徴がある。

1つは、感染防止、逼迫する医療資源の分配、ロックダウン下の非接触生活の実現など、テクノロジーが過去にない程に「切実」な課題の解決に使われたこと。

2つ目は、感染者の指数関数的な伸びや一刻を争う医療崩壊に対処するために「スピード」が重視されたこと。

3つ目は、国民全体を対象とした行動変容政策、隔離政策といったもののために、さまざまなテクノロジーが一部の人のためのものではなく、「全ての国民」を対象として使われたことである。政府にとってテクノロジーを使うことが国民の命を守るという最も重要な役割と結びつき、社会全体の課題となった。

しかし、テクノロジーを持つ主体は多くの場合、国ではなく企業である。また、企業はユーザー基盤という国民への素早いリーチ手段やテクノロジーを有効に使うための潤沢なデータを持っている。

従って、政府がテクノロジーを活用するには企業のパートナーシップが不可欠であった。特に、すでに膨大なユーザー基盤やデータを持つプラットフォームは頼れる存在だ。例えば、上述の中国の「健康コード」のQRコードアプリは、WeChat(ウィーチャット)やAlipay(アリペイ)内のアプリである。多くの国はグーグルのモビリティレポートの人流データを参考にし、また、陽性者との接触を通知する接触確認アプリ構築のためにアップルとグーグルからAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)の提供を受けた。

日本においても、8300万人に即座にアクセスできるLINEが厚生労働省とアンケートを実施。外回りの営業職の発熱率が高いことなど、感染対策に役立つ重要な情報を炙り出した。

 

政府とプラットフォーマーの関係

政府にとって、プラットフォーマーは頼りになる存在である一方、とりわけ民主主義国家においてその関係性は時に難しい課題を突きつける。イギリスでは、政府による独自技術の接触確認アプリ開発を断念した。アップルの技術を使用しない限りiPhone使用者に対して期待した効果が得られないことが発覚したからだ。iPhone使用比率が世界の中でも高い日本では、グーグル・アップルの技術採用を決めたが、同社の提示した条件に合わせるため、急遽、調達方法を切り替えるなど混乱も生じた。プラットフォーマーとの連携は、政府の戦略が、選挙で選ばれたわけではない彼らの技術や方針に左右されるリスクを孕む。

ただ、企業もユーザーやその他のステークホルダーからの信任を得ないとサービスそのものが見放されてしまう。6月26日、フェイスブックは、広告主の引き揚げなどのプレッシャーを受け、トランプ大統領の発言を含む、ヘイトなど有害コンテンツのラベリング表示を行うことを発表した。

フェイスブックの件は、ユーザーの求める価値が、利便性だけに留まらず、Social Good(社会的利益)に拡大したことを示した。慶應義塾大学の宮田裕章教授は、今や絵空事や言い訳としてではなく「多様なSocial Goodに対して如何に貢献しているか示す」ことが企業に求められており、また、この「Social Good」の中心的テーマが、コロナ禍の前の気候変動から、パンデミックを経て人々の健康へ、そして最近ではアメリカでの人種差別問題を受けて人権へと拡大したことを指摘する。プラットフォーマーもまた、それを支える人々の利便性や価値の上に成り立っているのだ。

民主主義国家における国家と企業の難しい関係性を考えれば、中国のように強権的な国家が圧倒的な優位に置かれるようにも見える。しかし、企業や国民を権力による監視下に置くことができる国家だけが今回の実装競争を優位に進められるとは限らない。

例えば、同じく感染を抑えていると評される台湾。台湾でマスクの買い占めを防止するのに役立ったのは唐凰(オードリー・タン)IT大臣がリーダーシップをとって解放した在庫データを元に多数の民間エンジニアが開発した在庫マップのアプリであるし、国民は政府の携帯電話通信情報を使用した検疫システムにも理解を示す。台湾はSARSの経験を機に周到な準備を進め、効率的なガバナンスと透明性の確保によって国民の信頼を得ながら各種のテクノロジー実装を進めている。

民主的な「実装力」の鍵は国民からの「信頼」だ。信頼は、テクノロジーは目的ではなく達成すべき政策課題解決のための手段であり、それが国民にとって必要なものであるとの理解あってこそ実現する。未だに各国で導入率が進まない接触アプリが実効的に機能するかどうかは、その目的と便益が、そして便益に伴うプライバシーなどのリスクがユーザーにとって納得感があるものとなるか否かにかかっている。

 

この競争を形作るのは「テクノロジーの社会実装力」

政府と企業は対話を通じて実装の目的となる社会的な利益を共有し、その実装の透明性を高めて国民の信頼を得る。このような実装方法が民主主義国家における理想的な官民連携の姿ではないだろうか。

コロナとの戦いが長期化する中で、まだ最終的な勝敗は見えていない。しかし、この競争を形作るのは間違いなく「テクノロジーの社会実装力」というパワーだ。この戦いにおいて、民主主義の国が取りえる道は、健康・国民の命を守る社会的利益の実現という目的において、官民が国民の信頼を得ながら実装を進めることである。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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