日本とイギリスが米軍アフガン撤退後に担う役割(細谷雄一)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/459321

「API地経学ブリーフィング」No.73

2021年10月4日

日本とイギリスが米軍アフガン撤退後に担う役割 ― ユーラシア大陸をめぐる「新グレート・ゲーム」

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
常務理事・研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員 細谷雄一

 

 

 

アフガニスタンにおける困難を経験したイギリス

2010年から始まったイギリスBBC制作の人気テレビドラマ、「シャーロック」では、現在のロンドンを舞台として、名優ベネディクト・カンバーバッチが演じる探偵シャーロック・ホームズが、次々と奇怪な事件の謎解きを進めてく。そのシャーロックの相棒で陸軍軍医であるジョン・ワトソンは、マーティン・フリーマンがまさに適役ともいえる優れた演技でワトソン博士になりきっている。

このドラマの中で、ワトソンは軍医として2001年に始まるアフガニスタン戦争に従軍している。そこでの壮絶な戦闘経験によって戦傷を負い、本国に送還されて、トラウマを抱えているところから物語が始まる。

コナン・ドイル原作のもととなる小説の中では、この陸軍軍医のワトソンは1878年の第2次アフガニスタン戦争に従軍したことになっている。1世紀を超える時を隔てて、イギリスははるか遠方のアフガニスタンに陸軍兵力を送り、「アフガニスタン戦争」を戦った。いずれの戦争においても激しい戦闘、そして次々に襲いかかる想定外の困難と、戦闘での勝利とそれに続く兵力駐留の限界、そして屈辱的な撤兵を経験した。イギリス史の中で「アフガニスタン」とは、苦難と挫折を象徴するものとして記憶されている。

「帝国の墓場」ともいわれるアフガニスタンでの戦争。2021年8月のアメリカ軍のカブールからの撤兵は、1975年のベトナム戦争後のサイゴン陥落や、1989年のソ連軍の撤兵と比較されることが多い。他方で2001年に始まるアフガニスタン戦争はあくまでもNATOによる戦争であり、またISAFとしての占領である。

それゆえ、そこにはイギリス軍なども加わっており、今回のカブールからの撤退はイギリス軍にとっても特別な苦悩と挫折を経験する結果となった。ベトナム戦争のアナロジーではあくまでもアメリカ軍の撤退のみにフォーカスされてしまう。だが、今回の挫折はアフガニスタン復興を支援した国際社会の挫折でもあり、日本もこの問題を主体的に考えることが不可欠だ。

19世紀から20世紀初頭にかけて3次にわたるアフガニスタン戦争を行ったイギリスにとって、この土地に兵力を送り、困難と挫折を経験した撤退をするのは4度目となる。また、2002年1月および2012年に東京でアフガニスタン復興支援会議を開催し、またその後20年ほどの間に合計で7000億円ほどの、最大規模のアフガニスタン支援を行ってきた日本にとっても、大きな挫折である。

ちょうど同じ時期に、イギリスの攻撃型空母クイーン・エリザベスを中心とする空母打撃軍が日本に寄港して、また日本の自衛隊との共同演習も行った。ユーラシア大陸内陸での挫折と、インド太平洋における米、英、日の海洋安全保障をめぐる協力の、この2つの動きを結びつけることも必要だ。

 

地政学から考える「グレート・ゲーム」

それにしても、そもそもなぜイギリス軍は、地球の裏側の、ユーラシア大陸の内陸にあるアフガニスタンにまで、繰り返し4回にわたって自国の軍隊を派兵して苦しい戦争を戦ったのだろうか。それを理解するうえでは、「グレート・ゲーム」という言葉が、重要な鍵となる。

この言葉を最初に使ったと言われるのが、イギリス東インド会社に勤めていたアーサー・コノリーであった。コノリーが、第1次アフガニスタン戦争のさなかの1840年にローリンソン英陸軍少佐に送った書簡で、中央アジアに勢力を拡大するロシア帝国と、それへの警戒感を強めるイギリス帝国の間の対立の構図を、「グレート・ゲーム」と表現した。いわば、チェスボードの上でコマを動かすようにして、この中央アジアの地政学をめぐり2つの帝国が対立していたのだ。

ちょうどこの時代には、「地政学」という学問が誕生した。イギリスの地理学者ハルフォード・マッキンダーは、ユーラシア大陸の「ハートランド」(心臓部)を支配するランドパワー(大陸国家)と、それに対抗して海洋を支配するシーパワー(海洋国家)の対立の構造を描いた。この時代には、ロシア帝国とイギリス帝国との対立がそれに該当する。その後の冷戦時代には、ユーラシア大陸の広大な国土を有するソ連と、その膨張を阻止しようと「封じ込め」戦略を展開した海洋国家のアメリカとの対立の構図が、ユーラシア大陸の政治を動かすことになった。

歴史的に俯瞰すると、アフガニスタンはそのような大陸国家と海洋国家がせめぎ合う中での緩衝地帯に位置する。ランドパワーとシーパワーの交錯する最前線が、アフガニスタンであった。そのような地政学的な対立の中で、19世紀には2度のアフガニスタン戦争でイギリス帝国が、そして1979年に始まるアフガニスタン戦争ではソ連という帝国が、その「力の空白」を埋めようと侵攻作戦を展開し挫折を経験した。

そして、イギリス帝国とソ連帝国に続き、21世紀に入るとアメリカもまたこの「帝国の墓場」とも言われるアフガニスタンへと侵攻し、困難に直面し、撤退した。アメリカがこの「帝国の墓場」での挫折を機に衰退し、ユーラシア大陸の中央部の「力の真空」を埋めようと中国が勢力圏を拡大することになれば、米中対立の構造にも大きな影響を及ぼすであろう。そのことは、アジアにおけるアメリカの最も重要な同盟国である日本にとっても懸念すべきことである。

 

「新グレート・ゲーム」における日英安保協力

2001年10月に、アメリカがアフガニスタンに対する侵攻作戦を開始したのは、それまでの帝国主義的な動機による大国の侵略とは異なり、グローバルな対テロ戦争(Global War on Terror; GWOT)の一環としてであった。そしてそのようなグローバルな対テロ戦争において、アメリカの同盟国としてイギリスや日本も一定の役割を担うことになった。

9.11テロ事件の悲劇を経験して、再び国際テロリズムの標的となることがないように、アフガニスタンを拠点としたアル・カーイダに打撃を与えること、そしてそのテロリストたちの訓練キャンプを撲滅させることが、このとき国際社会で幅広く得られたコンセンサスであった。

だとすれば、2011年にそのテロの首謀者ウサマ・ビン・ラーディンの殺害に成功したことで、本来の重要な目的は達成したということもできたはずだ。しかしながらアメリカ政府はこのときに、むしろアメリカ軍を増派させることでアフガニスタンの国家建設に深く関与するようになっていく。

この頃までに、国際社会における焦点はグローバルな対テロ戦争から、大国間の地政学的な対立へと移行しつつあった。この少しあとの時期には、ロシアは国際法を無視して軍事力を背景にクリミアをロシアに併合して、それを契機にウクライナ東部での紛争が勃発した。また、中国は東シナ海や南シナ海で自らの勢力圏を拡大し、また係争上の島嶼で強引に軍事基地化を進めていった。

この中国とロシアという2つの権威主義体制の大国は、軍事レベルでの協力も強化していき、ユーラシア大陸におけるこの2つの大陸国家が勢力圏を確立していった。他方でアメリカは、「航行の自由」作戦によって南シナ海や東シナ海での中国の膨張主義的な海洋行動を警戒し、日本やイギリス、オーストラリアのような同盟国との協力を強化していき、いわば海洋国家連合のような連携を強化していった。イギリスを中心とした空母打撃軍のインド太平洋での遠洋航海は、そのような海洋国家連合の提携を象徴するものであった。

 

日本にとっての懸念と役割

現代のユーラシア大陸では、中国やロシアが上海協力機構(SCO)などの枠組みを通じて、秩序形成における主導的な役割を担おうとしている。それは、海洋国家間の協力が中核となる「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想とは異なる地政学的な動きを示している。いわばこの新しい対立の構図は、「新グレート・ゲーム」と呼べるものである。

日本にとって懸念すべきは、アメリカが「帝国の墓場」での挫折を契機にインド太平洋地域への関与を大きく後退させて、内向きとなっていくことだ。ユーラシア大陸における「新グレート・ゲーム」において、自由民主主義諸国の結束と協調を強化することが重要だ。そこでの日英両国の役割は大きく、日英安保協力はアメリカの行動を補完する不可欠な柱となるであろう。アメリカ軍のアフガニスタンからの撤退は、アメリカを中核とする民主主義的な海洋国家の連携を強めていく新しい契機とするべきである。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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