ポストコロナ「日米同盟に見えた大きな課題」(尾上定正)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API上席研究員 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/355792

「API地経学ブリーフィング」No.7

2020年06月15日

ポストコロナ「日米同盟に見えた大きな課題」 ー 一段強化と依存できない分野の自立が必要だ

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
シニアフェロー、第24代航空自衛隊補給本部長;空将(退役) 尾上定正

 

 

 

日米同盟の新常態を構想する必要がある

安保条約改定60周年の節目に、日米同盟はコロナ危機という「有事」に直面している。米中が国民感情を巻き込んだ新冷戦とも言うべき関係に変容する中、ポストコロナにおける日米同盟の課題が浮き彫りになってきた。

地政学的な対峙から地経学的対立へと拡大する米中の争点には、今回のコロナ危機と同様、日米同盟だけでは日本国民の命と生活を守ることが困難な分野が多い。中国の軍事力には日米同盟による抑止力が不可欠だが、情報操作や非軍事的手段には日本独自の対処力が求められる。日米同盟は必要条件ではあるが十分条件ではないことを理解しつつ、日米同盟の新常態を構想する必要がある。

アメリカは、2017年に公表された「国家安全保障戦略」の文書の中で中国を脅威の主対象に定め、コロナ危機以前から見られた中国のいわゆる「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」戦略に対抗する態勢にシフトしつつあった。だが、コロナ危機はアメリカ軍に潜んでいた弱域を明らかにし、その軍事態勢の移行にも影響すると考えられる。

まず、軍事力の最も重要な要素である将兵が感染に弱く、この微小な敵によって最強のアメリカ軍の行動が大きく制限されることが証明された。ポストコロナの世界における軍事態勢では、バイオテロやCBRN兵器(化学、生物、放射性物質、核)への対応を「新常態」とせざるをえないであろう。無人化や遠隔操作による脆弱性の克服も優先課題となる。

アメリカ軍内部での感染拡大は、インド太平洋地域におけるアメリカ海軍のプレゼンスに空白を生んだ。今年3月に最初の感染者が出た空母セオドア・ルーズベルト(TR)は、艦長を含む約1100人に及ぶ感染者と1人の死者を出し、約2カ月間グアムに停泊せざるをえなくなった。感染拡大によって定期的な共同演習等も中止や延期を余儀なくされており、それによりアメリカ軍の即応態勢の今後が懸念される。

TRの艦内での感染は、指揮系統にない政権の高官にメールで事態に関する情報を発信した艦長の更迭と、さらに即断で艦長の更迭を命じたことへの批判が集まった結果、海軍長官代行の辞任に発展した。

懸念される政軍関係の混迷は、黒人暴行死への抗議デモの鎮圧にアメリカ軍部隊の動員も辞さないとしたトランプ大統領とエスパー国防長官の政権内での対立や、マティス前国防長官の大統領への厳しい批判等によって、よりいっそう深刻化している。

 

下請け企業中心に軍需産業にも深刻な影響

アメリカ軍を支える軍事産業にもその影響は及んでいる。深刻なのはボーイングなどのプライム(完成機メーカー)が最終的に契約額の7割を依存する、下請け企業への影響である。これらの下請け企業はメキシコ、インドなど海外に多く所在し、エレン・ロード調達維持担当国防次官補は、4月20日、メキシコ政府に対しアメリカ向け軍需品の製造再開を要請した。

サプライチェーンの海外依存度は、航空機、造船、宇宙衛星の分野で高いが、すべての下請け作業をアメリカ内に移すことは不可能である。例えば、F-35ステルス戦闘機は米英伊等の9カ国が共同開発し、製造も各国が分担している。トルコが共同開発国から除外されたため、製造計画の遅れや部品供給の停滞がすでに問題となっていたが、共同開発国での感染拡大はF-35の供給網が持つ脆弱性を浮き彫りにした。

トランプ大統領はF-35に関し、「全部アメリカで作るべきだ。私が政策を全部変えてそうする」と述べた(5月14日)。アメリカ以外では最多の147機の調達を計画している日本にとって深刻な問題である。

いち早く感染を封じ込めた中国は欧米における感染拡大を自らにとっての好機と捉え、影響力の拡大を図ろうとしている。尖閣諸島では、5月8日から3日連続で中国公船が領海に侵入し、操業中の日本漁船を追尾する事態が起きた。3月後半には紅稗(ホウベイ)型ミサイル艇が東シナ海で4日間の実弾演習を実施、4月には空母「遼寧」が5隻の艦艇を伴って初めて沖縄・宮古間を往復している。

南シナ海においても、中国海軍によるフィリピン軍艦艇へのレーダー照射や中国公船がベトナム漁船に体当たりして沈没させる事件が起きている。さらに人民解放軍の公式サイト等では、台湾に対する武力統一をほのめかすメッセージが発信され挑発がエスカレートしている。

アメリカ軍も抑止力を維持するため、F-35を搭載した強襲揚陸艦を展開し日本や豪州などの同盟国と共同訓練を実施、また沿岸戦闘艦によるパトロールを行っている。アメリカ海軍は台湾海峡への艦船派遣を継続し、4月には中間線を越えて中国側を航行した。アメリカ空軍もアメリカ本土から日本周辺へB-1Bを飛行させ、航空自衛隊のF-15、F-2戦闘機と共同訓練を行った。

だがこれらの対応は、空母不在の穴を埋める緊急措置の意味合いが強い。前述の通り、アメリカ軍はインド太平洋地域の戦略態勢を対中シフトしつつあるが、道半ばだ。アメリカ海軍は空母機動部隊を11から9に2個削減しより小回りの利く戦闘艦艇を増強、海兵隊も地上戦闘即応態勢から海上作戦と呼応した部隊編制へと規模を縮小する計画である。

アメリカ空軍はグアムへの爆撃機駐留を取りやめ本土へ撤収済みだが、これらの動きはむしろ太平洋におけるアメリカ軍のプレゼンスを減らす方向に見え、批判と懸念が多い。

インド太平洋軍デービッドソン司令官は4月1日、200億ドルの追加予算によって、グアムの防衛体制強化、精密攻撃兵器の第一列島線配備、戦力分散基盤の構築等が必要であると議会証言した。

 

莫大な国費と景気後退は国防予算を大きく圧迫

議会も対中抑止力を強化する法案を検討しているが、コロナ危機対応に投入された莫大な国費と危機後の景気後退は間違いなく国防予算を大きく圧迫する。その影響は長期化し、態勢構築が中倒れしたり、同盟国へのさらなる負担要求に転化したりするリスクは大きい。日本にとって日米同盟の抑止力は必要不可欠であり、アメリカ軍の態勢構築にはより能動的に関与すべきである。

中国の攻勢は非軍事の分野でも目覚ましい。中国の意図に沿わない国からの農産物の輸入禁止や高関税の付加、逆に中国からの輸出禁止や訪問制限など、2国間の関係をテコにした影響力行使を乱発している。

とくにコロナ危機に乗じたサイバー攻撃に関しては、米英両政府が最新情勢に関する共同報告書を発表し、注意喚起している。ワクチン開発などの最新情報が狙われており、アメリカの国家防諜安全保障局は4月15日、中国政府系のハッカー集団「エレクトリック・パンダ」が、機密情報の取り扱い資格を持つ医療技術系のアメリカ企業38社にサイバー攻撃を行ったと警告している。

ハッカー集団が狙う対象は、日本を含む多数の国の医療機関・医薬品、バイオ技術等の広範な戦略的分野に及ぶ。5月27日、赤十字国際委員会は各国政府に対し、病院や医療施設を標的とするサイバー攻撃への対策の強化を求める書簡を公表した。攻撃情報の共有等の国際協力は進められているが、この手のサイバー対処は各国の責任である。日本にとって独自の能力強化が求められる喫緊の課題である。

 

日米同盟の再定義が必要

日米同盟は時代の変化に応じた再定義によって進化を続け、今や自由で開かれたインド太平洋の礎石として地域の安定を支えている。奇しくも60周年の節目に起きたコロナ危機は、同盟を原点に戻ってもう一度、再定義する必要性を突きつけている。

地経学的な米中対立の下では安保と経済の両立が重要だが、条約第2条にはすでに国際経済政策の整合と経済的協力の促進の規定がある。戦略物資の供給網から新興技術の管理など、2条関連の新たな課題は多い。必要条件としての日米同盟をさらに強化し、同盟に依存できない分野は自立した能力を保有する再定義が必要だ。

コロナ危機はパックス・アメリカーナの終焉を早めよう。ベトナム戦争の戦死者の2倍に迫る一般市民の犠牲は、アメリカ社会に大きな後遺症を残す。再選最優先のトランプ大統領は中国敵視政策によって支持率回復を図ろうとし、日本に対して同調とより大きな防衛負担を要求するであろう。

しかしそれは、コロナ危機で顕在化した多くの課題に日米が協力して取り組み、ポストコロナの日米同盟を構想するチャンスでもある。日本は新たな地経学的脅威に対する独自の対応力の強化も必要だ。日米共に長期化が予期される極めて厳しい資源制約を踏まえると、従来の計画や発想に縛られない新たな思考が求められている。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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