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【福島原発事故11年】東電の津波対策はなぜ先送りされたのか? 「民間事故調」報告書より
2022年3月10日
2011年3月11日に発生した東日本大震災とそれによる大津波は、東京電力福島第一原子力発電所(福島第一原発)事故を引き起こし、10年以上が経過した今なお、日本社会にさまざまな形で影を落としている。
この未曾有の大事故を受け、シンクタンク「日本再建イニシアティブ(RJIF)」は民間の立場から独自に福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)を設置し、2012年に調査・検証報告書を刊行。「アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)」に改組して以降も、事故から10年後のフクシマを総括すべく、福島原発事故10年検証委員会(第二次民間事故調)を立ち上げ、「民間事故調最終報告書」を昨年刊行した。
「THE PAGE」は、日本社会の「いま」と「これから」を考える上で、避けては通れない福島第一原発事故から得た課題や教訓を「学ぶ」ために、同報告書の一部を抜粋し、要点をまとめた形で紹介していく。
津波想定は「変えず」届かなかった現場の提案
2017年以降の刑事裁判の過程で新たな事実が明るみに出たのは、東電はなぜ津波への備えができなかったのか、という最重要の問題である。事実関係の詳細は、2012年から2013年にかけて東京地検の捜査によって把握されたが、その時点では公表されず、2017年から2019年にかけて公判廷に捜査記録が提出され、東電社員の証人尋問が実現したことで初めて世間に知られるようになった。
「私は、15.7メートルという数値に強い違和感を覚え、その水位に対する対策工事を実施するのは現実的ではないと思い、反対的な立場でした。吉田(昌郎)部長は、その水位に対する対策をとることに、少なくとも賛成していませんでした」(東京地検の聴取に対する山下和彦所長の供述)
2008年春、東電子会社の東電設計が、政府の地震調査研究推進本部(地震本部)による長期評価(地震の規模や一定期間に地震が発生する確率を予測したもの)に基づいて津波の高さを計算したところ、福島第一原発には敷地の高さ10メートルを越えて、最大15.7メートルの津波が来襲する可能性があるとの結果が出た。東電本店の土木グループは、津波想定の大幅引き上げとそれに見合う対策工事が必要だと認識。沖に防波堤を建設し、敷地上に防潮壁を築くなどの計画の検討を始めた。
しかし、土木グループを統括する原子力設備管理部長だった吉田昌郎(まさお)、同部のナンバー2にあたる地震対策センター所長だった山下和彦は、土木技術者らとは異なる認識だった。
同じ年の7月の会議で、土木学会(公益社団法人)に長期評価の扱いの研究を依頼し、その結果が出るまでは従来の手法による津波想定(5.4~5.7メートル)のままとする方針が決定される。土木調査グループ(土木グループから改組)の課長だった高尾誠はそのときの会議のことを、後の法廷で「力が抜けた」と繰り返し表現する。現場の技術判断と異なる結論だった。高尾の部下にあたる金戸俊道も「対策工事は必要だと思っていました」と証言。土木調査グループのグループマネージャーだった酒井俊朗は、このような決定について「時間稼ぎ」と受け止めた。
翌2009年の7月、津波対策の本格検討について酒井は部下からの提言を受け、原子力設備管理部内の機器耐震グループのマネージャーに相談したところ、次のように言われた。
「津波の(想定)水位すら決まってないものを、今、あれだけ忙しいメーカーに提示して、で、なんか考えてよってできますか、酒井さん」
吉田部長らの上司にあたる原子力・立地本部副本部長の武藤栄常務(当時)は前年7月末に、津波の高さ想定は土木学会に研究を依頼すると決めていた。酒井ら土木調査グループはそれに従わざるを得なかった。対策の必要性は認識していたが、津波の想定水位が出てこなければ、対策を進められない。このときの東電の津波対策検討は2008年の先送り決定によって自縄自縛に陥っていた。
担当技術者とそれ以外の問題意識に大きな落差
福島第一原発の津波対策に関する提案が東電社内で繰り返し退けられた最大の要因は、土木調査グループの技術者たちの問題認識とそれ以外の技術者たちの問題認識に大きな落差があったことにある。それぞれ専門領域がまったく異なっており、津波対策の必要性を基礎づける前提事実の認識の程度に両者の間で相違があった。この相違は結局解消されることなく、対策は先送りされたまま2011年3月を迎えてしまった。
東電社内では、津波に関する専門知識や経験は土木調査グループのほうが経営層や原子力専門の技術者に勝っているのに、土木調査グループの技術判断は科学的根拠がないまま覆されてきた。玄人の技術判断を素人が覆した、ということができる。
しかし、東電は今も、福島原発事故前の津波対策について、「それぞれの時点における科学的・専門的知見等の状況に照らして適切に講じられた」、「合理性のある対応を講じてきた」と主張し続けている。
現場の技術判断を経営層が覆した事例は、福島原発事故が発生した直後の事態対処でも見られる。
2011年3月12日午後7時25分ごろ、東電の元副社長で当時フェローだった武黒一郎は、空だき状態にあった1号機への海水注入を止めるよう福島第一原発の吉田昌郎所長に求めた。当時、首相官邸では、海水注入がすでに始まっていることを知らない菅直人首相や班目(まだらめ)春樹原子力安全委員長らの間で海水注入を始めた場合の炉心への悪影響の可能性について議論が続いていた。武黒フェローは「原子力災害対策本部の最高責任者である総理の了解なしに現場作業が先行してしまうことは今後ますます必要な政府機関との連携において大きな妨げとなる」と判断したのだという。社長の清水正孝もこの武黒の指示を是認した。
安全よりも行政への配慮を優先する、それはあまりに理不尽な判断だった。吉田所長が面従腹背でこれに従わなかったために、結果的に事態に悪影響を与えることはなかったが、このエピソードは、現場の技術判断を却下した上での経営判断の弊害を端的に物語る事例の一つである。
政府の地震本部の長期評価に東電が“口出し”
純粋に科学的な見地から取りまとめられるべき政府の地震本部の長期評価に、東電が口出ししようとしたこともあった。
2011年3月3日、地震本部事務局の文科省の管理官らと東電の高尾ら電力会社の技術者らとの会議が開かれ、「宮城県中南部から福島県中部にかけての沿岸で(中略)巨大津波が複数回襲来していることに留意する必要がある」などの記載のある長期評価の文案が文科省側によって配布された。東電側が作成した記録によれば、東電側は「科学を否定するつもりもないが、色眼鏡をつけた人が、地震本部の文章の一部を切り出して都合良く使うことがある。意図と反する使われ方をすることが無いよう、文章の表現に配慮頂きたい」、「貞観地震が繰り返し発生しているかのようにも読めるので、表現を工夫して頂きたい」などと文科省に要望した。
これを受けて、文科省の側は長期評価の文案の修正に着手。3月8日時点の修正素案には、東電の意向に沿うかのように、「貞観地震の地震動についてと、貞観地震が固有地震として繰り返し発生しているかについては、これらを判断するのに適切なデータが十分でない」などと書き加えられた。
利害関係の当事者である東電が密室でのやり取りで地震本部の長期評価の公表文の表現内容を変えさせようとするのは、科学者による科学的な判断に対して、別の思惑で介入しようとするものと言わざるを得ない。技術者による技術判断を経営者が無理やり変えさせたスペースシャトル・チャレンジャー事故の事例と似て、科学的判断を歪めるおそれがある。それを積極的に受け入れようとした文科省はもちろん、東電も反省するべきであるのに、現実はそうではない。
東電は「当社は、現状を正しく反映した記載にすることを要望する旨の意見を述べたに過ぎ」ないとの見解を今も維持しており、つまり、何らの学びも得ていない。
監督官庁をも抑え込み「安全神話」作った東電の政治力
「東京電力の政治学」と題した第2章では、このほかにも原子力関連機関に継続して内在している本質的な課題として「グループシンク(集団思考や集団浅慮)、多数意見に合わせるよう暗黙のうちに強制される同調圧力、現状維持志向が強いことが課題の一つとして考えられる」という内閣府の原子力委員会の指摘を取り上げている。
また、東京電力の政治権力、経済権力などについて、政治学者の上川龍之進の「大地震や大津波、全交流電源喪失や過酷事故の可能性は何度も指摘されていたのに、そうした警告を無視することができたのはなぜか。それは東電には、監督官庁を抑え込んだり、原発反対の声を抑圧し、原発の『安全神話』を作り上げたりすることを可能にする政治権力と経済権力があったからである」という言葉を紹介。東電など電力会社の社風や企業体質はこのような対外的な「怪物」ぶりと切っても切り離せないであろう、と記す。
報告書
2021年2月19日に『福島原発事故10年検証委員会 民間事故調最終報告書』を株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワンから刊行しました。
第1章 安全規制─不確かさへのアプローチ─
コラム1 消防車による原子炉注水
第2章 東京電力の政治学
コラム2 なぜ、米政府は4号機燃料プールに水はないと誤認したのか
第3章 放射線災害のリスク・コミュニケーション
コラム3 “過剰避難”は過剰だったのか
第4章 官邸の危機管理
コラム4 福島第二・女川・東海第二原発
コラム5 原子力安全・保安院とは何だったのか
第5章 原子力緊急事態に対応するロジスティクス体制
コラム6 日本版「FEMA」の是非
コラム7 求められるエネルギー政策の国民的議論
第6章 ファーストリスポンダーと米軍の支援リスポンダー
コラム8 2つの「最悪のシナリオ」
コラム9 「Fukushima50」─逆輸入された英雄たち
第7章 原災復興フロンティア
コラム10 行き場のない“汚染水”
コラム11 免震重要棟
終章 「この国の形」をつくる
発売日:2021年2月19日
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
ISBN:978-4-7993-2719-7
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