台湾TSMCへの高性能半導体依存が益々強まる事情(川上桃子)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/430941

 

「API地経学ブリーフィング」No.55

2021年05月31日

台湾TSMCへの高性能半導体依存が益々強まる事情 ― 世界は巨大ファウンドリとどう向き合えばいいか

アジア経済研究所 地域研究センター長 
川上桃子 

 

 

チョークポイントとなった台湾ファウンドリ

高性能のロジック半導体は、5G、AI、IoT、自動運転といったイノベーションの鍵を握る戦略的な基幹部品である。そのサプライチェーンの中で「チョークポイント」ともいうべき重要な位置を占めているのが、台湾の半導体メーカー・TSMCである。

TSMCは1987年に、世界発の受託製造(ファウンドリ)の専業企業として設立された。2000年代以降、ロジック半導体産業におけるフラグメンテーション(従来垂直的に統合されていた生産工程が細分化され、その一部が生産工場外、とくに外国で行われるようになったこと)の潮流を追い風として急速な成長を遂げた。世界のファウンドリ市場でシェア54%(2020年)を占める巨大な存在に成長している。

TSMCは、最先端の微細加工技術でも、インテルを抜いてフロントランナーになっている。現在、5ナノプロセスによるロジック半導体の量産を安定的に行っているのは、世界で唯一、TSMCだけだ。

TSMCの優位性の高まりとともに、最先端のロジック半導体のサプライチェーンでは、TSMCへの一極集中が進んでおり、これがもたらすリスクに世界の注目が集まっている。実際、アップルの通信用チップやエヌビディアのAIチップといったアメリカのイノベーション力を象徴する民生用チップから、アメリカ軍の最新鋭ステルス戦闘機F35に搭載される半導体チップまでが、いまやメイド・イン・タイワンとなっている。

もっとも、TSMCが戦略的に重要なチョークポイントとなる構図は、今に始まったものではない。TSMCへの依存のリスクに世界の注目が集まるようになった背後には、以下のような近年の状況がある。

第1に、米中対立の先鋭化と台湾海峡における軍事的緊張の高まりに伴い、TSMCの工場が、中国の目と鼻の先にある台湾に集中していることへの懸念が高まっている。第2に、最先端の半導体工場は、大量の水と電力を消費するが、台湾では、そのいずれもが不足しつつある。台湾を襲った昨年来の水不足と、今年5月の2度にわたる大規模停電は、いずれも世界の半導体サプライチェーンに暗い影を落とすこととなった。 

それにしても、世界の高性能ロジック半導体のサプライチェーンは、なぜこれほどまでに「TSMC頼み」となっているのだろうか。同社の競争力と代替不可能性は、何に由来するのだろうか。

TSMCの優位性としては、以下の5要素が挙げられる。
① 長年にわたる持続的な超大型投資
② 中核的な装置メーカーとの緊密な協業の積み重ね
③ 傑出したプロセス技術を中核とし、新たな技術競争の焦点でもある3Dパッケージング等の関連領域にも広がりをもつ技術力
④ 充実したIPライブラリに代表される、顧客企業の設計を支えるサポート力
⑤ 顧客の多様性の利益

 

顧客の多さと多様さがさらに優位性を強める

現在、TSMCは、アップル、クアルコム、AMD、アマゾンといった大企業からスタートアップまで、アメリカ企業を中心に、約500社の顧客を擁する。半導体ファウンドリに限らず、受託生産ビジネスの肝は、取引の繰り返しの中で生まれる顧客からの情報の流れを活用して、最先端の技術や市場に関する情報を豊富に取り込み、それを基に顧客サポートを強化して、一流顧客の取り込みを強めることにある。TSMCが擁する顧客の多さと多様さそれ自体が、同社の情報面での優位性を強めていると考えられる。

以上のようなTSMCの優位性からは、以下の2つのポイントが導かれる。

第1に、TSMCがサプライチェーンの中で占める圧倒的なポジションは、TSMCが専業ファウンドリとして30年近くにわたって培ってきた複合的な強みに支えられており、他社の追随を許さないレベルに達している。TSMCを追ってファウンドリ事業に挑むサムスン電子やインテルは、①②③の面では高い実力を持つが、④⑤は十分には持ち合わせていない。中国のファウンドリは①②③にも欠ける。「TSMC頼み」の構図は、今後も長期にわたって続くだろう。

第2に、TSMCの技術力は、たゆまぬ企業努力のたまものであると同時に、顧客(シリコンバレー系のファブレス、スタートアップ、デジタルプラットフォーマー)、装置サプライヤーやEDAツールのベンダーといったアメリカ企業との長年にわたる協業の成果物でもある。TSMCは、アメリカを中心とするグローバルな半導体技術エコシステムの中から生まれ、その中で鍛え上げられた存在だともいえる。

そのTSMCが、“Everyone’s Foundry”を標榜して、ファーウェイ等の中国企業との取引を拡大したことは、ハイテク技術覇権をめぐる米中間の競争が強まった2018年以降、経済安全保障上の新たな懸案を生み出すことになった。

巨大な国内市場、政府による強力な支援策、科学技術力の向上を背景に、技術覇権を狙う中国のハイテク企業にとって、TSMCの存在は、キャッチアップの困難な半導体製造面での技術ギャップを解消し、アメリカ企業と対等に戦ううえでの「踏み台」を提供することになったからだ。これは、上で見た「TSMC依存」が引き起こすサプライチェーンの断絶リスクとは異なる、「TSMC由来」の地政学的なリスクだ。

 

異なるリスク、異なるカード

ファーウェイは、TSMCによって開かれたチャンスを最も有効に活用したのち、TSMCへの依存リスクの代償を最も手痛いかたちで支払わされることとなった事例である。

ファーウェイは、傘下ファブレスのハイシリコンを通じて、スマートフォン向け、基地局向けの半導体製造の大部分をTSMCに委託していた。ここに着目したアメリカ政府は、2019~2020年にかけて、輸出規制策の段階的な強化を通じて、TSMCとハイシリコンの取引を断ち切り、ファーウェイの世界戦略に大きな打撃を与えた。この出来事は、TSMC依存が引き起こすサプライチェーン断絶リスクの大きさを世界にしらしめるものとなった。

一方、アメリカの産業界も、ロジック半導体セクターにおけるフラグメンテーションの潮流を牽引してきたがゆえに、「TSMC依存」が引き起こすサプライチェーン断絶のリスクに直面している。 

しかしアメリカは、TSMCに対する絶大な影響力を背景に輸出規制策を通じて、「TSMC由来リスク」を効果的に封じ込めることにも成功している。アメリカのハイテク産業は、基幹的な製造装置、EDAツール、IPといった半導体技術の最上流部分と、市場という最下流とを同時に掌握しており、これを通じてTSMCを自らの陣営に深く組み込んでいるからだ。

主にコスト面での理由から対米投資に消極的であったTSMCが、アメリカ政府の誘致に応えて、昨年5月にアメリカ・アリゾナ州での5ナノプロセス工場の建設計画を発表したことは、アメリカの政府と産業界がもつパワーの現れだ。

とはいえ中国が市場として、また生産拠点としてもつポテンシャルは、今後もTSMCにとって吸引力でありつづけるだろう。TSMCは2018年に南京に16ナノ工場(現在は12ナノも生産)を設立したが、足元の世界的な半導体不足を受けて、約30億米ドルを投じて28ナノラインの増設を計画している。

こうして見てくると、日本に活用可能なカードは、アメリカや中国に比べてはるかに限られている。半導体産業における日本の強みは、半導体の設備や素材といった領域にあり、これを材料のひとつとして、TSMCの研究開発拠点の誘致に成功したことは朗報である。

しかし、TSMCにとって日本市場は、売上高の5%(2019年)程度と重要性は高くない。フラグメンテーションが進む中で、日本の半導体メーカーの多くは漸進的なファブライト(製造の大部分を外部委託しながら、一部は自社製造する経営)化の道を歩み、TSMCのフル活用に舵を切ることはしなかった。また日本には、ファブレスとしてグローバルな成功をおさめ、TSMCの重要な顧客となったケースも見当たらない。TSMCの生産キャパシティをめぐる争奪戦が激しさを増す中、市場としての存在感の薄さは日本にとって不利な材料である。

 

日本の半導体産業の「弱点」が「強み」となるかも

あえていえば、ロジック半導体産業におけるフラグメンテーションの潮流に立ち遅れたという日本の半導体産業の「弱点」が、TSMC依存がもたらすサプライチェーン断絶のリスクが次第に顕在化する中で、日本の「強み」のひとつとなるのかもしれない。

TSMCにとって、生産拠点の台湾への一極集中が、効率性の源泉から潜在的なリスクへと転化しつつあるなか、日本企業がファブライト化という道を歩んできた結果、日本国内に半導体生産の基盤と人材が残っていることも、TSMCとの協業を深めていくうえでの有利な材料となる可能性がある。台湾の巨大ファウンドリへの一極集中と、米中ハイテク覇権対立の激化は、半導体産業における各国の強みと弱みのありようを再び反転させつつあるようだ。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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