アフガン撤退後の日米同盟に求められる重い役割(神保謙)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/461197

「API地経学ブリーフィング」No.74

2021年10月11日

アフガン撤退後の日米同盟に求められる重い役割 ― 2030年代はインド太平洋が主要な戦略の舞台に

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
MSFエグゼクティブ・ディレクター、慶應義塾大学総合政策学部教授 神保謙

 

 

 

日米同盟グローバル化の契機となった「非対称型脅威」

9.11から続く長い対テロ戦争の中核にあったアフガニスタン介入から、アメリカは撤退した。アメリカは9.11を「21世紀型の戦争」と捉え、非対称型脅威に対する新しい安全保障戦略を形成した。国家対国家の比較的合理的対応が可能な安全保障戦略が、非合理でかつ小規模な被害をもたらしうる対象を、脅威の中核として見なさざるをえなくなったからである。テロリストがアメリカ中枢を攻撃した戦略的インパクトはそれだけ甚大だった。

アメリカが非対称型脅威に対抗するためには、アメリカの安全保障政策の再構築、積極的な対外介入、グローバルな協調が不可欠だった。アメリカ政府は世界的なテロネットワークの打倒を掲げ、アフガニスタンに直接介入し、欧州諸国や現地政府と協力して中東・北アフリカ地域に介入した。アメリカの国防費は海外戦費を含め大幅に上昇し、アメリカ軍は対テロ任務や対反乱軍作戦に多くのリソースを配分した。

9.11は日米同盟がグローバルに拡大する契機となった。有志連合による「不朽の自由作戦」の支援のため、海上自衛隊はインド洋での補給支援活動を実施した。対テロ特措法(2001)では、それまで周辺事態法で事実上の地理的制約のあった対米(対有志連合諸国)支援(協力支援活動=物品及び役務の提供)を「現に戦闘が行われていない」条件において、グローバルに展開可能となった。自衛隊はその後もイラク人道復興支援、ソマリア沖海賊対処等、地球規模の活動を実施した。

2005年2月の日米安全保障協議委員会(2+2)では、こうした実績を基礎として「世界における共通の戦略目標」を確認し、日米同盟をグローバルに位置づけている。また翌年の日米首脳会議は「地球的規模の協力のための新しい日米同盟」が宣言され、テロとの闘いにおける勝利、シーレーン防護、人権の擁護等を日米共通の価値観として推進することをうたったのである。

 

「地政学の逆襲」と同盟の地域回帰

こうした時代背景は大きく転換した。中国の軍事的台頭、北朝鮮の核・ミサイル開発、ロシアの対外介入の積極化、イランをめぐる勢力均衡の展開など、「地政学の逆襲」(ウォルター・ラッセル・ミード)が安全保障の主要課題となったからである。アジアと欧州の双方で、領土・主権・海洋権益をめぐる競争が重要性を増し、武力行使に至らない範囲で現状変更を試みようとする「グレーゾーンの事態」が深刻化した。また、軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にして、非正規の部隊による作戦、サイバー攻撃、偽情報の流布などの影響力工作などを含めた「ハイブリッド戦」も展開されるようになった。

そしてアメリカと同盟国は「地政学の逆襲」に伴い、再び「対称型脅威」に向き合わなければならなくなった。特に中国の海空軍力の増強、弾道・巡航ミサイルの配備、核戦力の近代化は、米中の戦略的競争を熾烈にしている。中国の軍事的台頭により、アメリカの軍事面での優越がもはや当然視できず、将来の優位も保証できないという見方が広がったからである。

特に西太平洋に面する中国の周辺地域では、中国の接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力が拡張し、アメリカ軍が戦力投射するコストを大幅に上昇させている。台湾や南シナ海などが含まれる「第一列島線」内の、有事におけるアメリカ軍の作戦行動は、中国の作戦航空機や海上戦力に徐々に優越性が脅かされ、また第一列島線を越えた広域でも、弾道・巡航ミサイルによる拒否能力に向き合わなければならなくなった。

こうした新たな安全保障環境に向き合い、限られたリソースを転換させるためにも、アメリカ軍のアフガニスタン撤退は不可欠だった。実際、アメリカ軍の中東地域への関与後退は2010年代のオバマ政権からの10年越しの課題だった。アフガニスタンからの撤退はアメリカ国内の超党派的コンセンサスであり、トランプ政権はタリバンとの交渉を通じてアメリカ軍と北大西洋条約機構(NATO)部隊の撤退の土台をつくり、バイデン政権は実際にアメリカ軍撤退を敢行した。9.11後の非対称型脅威に向き合うための大規模な介入の時代は終焉を迎えたといってよいだろう。

トランプ政権の「国家防衛戦略」(2018)は「アメリカの安全保障の最大の課題は国家間の戦略的競争」だと明確に述べている。ただし中国との戦略的競争は、従来の領域におけるアメリカの優位が当然視されない前提から組み立てる必要がある。アメリカは台頭する競争相手国のパワーの基盤を揺るがし、資源を競争劣位な分野に浪費させ、拡張政策のコストを賦課することなどにより長期的競争を勝ち抜くことを企図している。

アメリカの国防省は「統合抑止力」(オースティン国防長官)、統合参謀本部は「統合戦闘コンセプト」を推進し、従来の戦闘領域のみならず、宇宙・サイバー・電磁波領域を組み合わせたマルチ・ドメイン作戦を基礎としながら、「戦力を分散しつつも、攻撃時に打撃力を集中させる」、「仮に指揮系統の一部が破壊されても、モジュール化された他の部隊が自律的に作戦行動を展開する」といった、新しい戦い方を模索している。

アメリカと同盟国が相対的優位を保っている潜水艦を中心とする水中戦や、マルチ・ドメインの戦闘領域を強化することにより、中国に多大なコストを強いる戦略を追求する。オーストラリアに対する原子力潜水艦配備支援、これに基づくアメリカ・イギリス・オーストラリアの安全保障協力(AUKUS) 形成や、日米安全保障協議委員会(2+2)における宇宙・サイバー領域の重要性の協調は、「戦略的競争」の概念から読み解くべき展開ということになる。

 

アメリカ「インド太平洋シフト」成功の要

2030年代はインド太平洋における「大国間競争・中国との戦略的競争関係」が名実ともに主要な戦略アリーナとなる。アメリカのアフガニスタン撤退は、アメリカの戦略資源をインド太平洋に集中する土台を整える礎石とする必要がある。日米同盟、日米豪印(QUAD)、米英豪(AUKUS)枠組みの強化はこうしたアリーナに対する主要な戦略的枠組みを形成している。

ただしアメリカのインド太平洋シフトを成功させるためには、アメリカが地域関与の戦略を明確にし、同盟・パートナー国との協議と利害調整の手続きを重視する姿勢を示すことが重要だ。アフガニスタン撤退の稚拙さにみる欧州諸国の不信の高まり、米英豪AUKUS形成で仏豪安保協力を反故にされたフランスの憤りは、こうした同盟国との協議が不全だった典型的な例である。戦略的に優れた決定も、同盟管理と手続きの不備が目立てば、危機に対抗する同盟国間の結束力や国民を動員する規範力を失わせてしまう。

アメリカと同盟国による「インド太平洋シフト」の実現には、以下のような条件が必要となる。まずアメリカは、①近く公表される「インド太平洋戦略」を同盟国・パートナー国との協力の基盤とすること、②対中国防戦略を明確化し、アメリカ議会は実効的な国防予算を確保すること、③同盟国(日本、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、フィリピン、タイ)との戦略協議を重視すること、④ASEANを中心とする地域協力枠組みを規範形成の場として重視すること、が重要だ。

そのうえで、アメリカが域内の同盟・パートナー国と中国との経済的相互依存関係と、民主主義・人権をめぐる複雑なニュアンスを理解できれば、より効果的なインド太平洋戦略を展開できるだろう。

 

日本を含む同盟・パートナー国の課題

また日本を中心とするインド太平洋地域におけるアメリカの同盟・パートナー国の課題は以下の通りである。①アメリカ軍と同盟国が統合戦闘コンセプトに基づく共同作戦の領域を拡大する、②中国との戦略的競争で自律的領域を最大限高めること(国防費を増大させる)、③中国による「相互依存の武器化」に対抗できる経済的強靭性を持つ、④ミャンマー問題にみられる民主主義・人権分野の課題を地域内の努力で改善に導く、⑤アメリカが参加しない枠組み(ASEANプラス枠組み、CPTPP、RCEP等)の影響力を高めつつ、アメリカのインド太平洋戦略との相乗効果をもたらすよう、アメリカと同盟・パートナー国は常時戦略的な調整を行う。

重要なことは「インド太平洋シフト」は、アメリカと同盟国との共同作業で達成すべき課題だということだ。そのためにも、アメリカと同盟国が緊密な戦略協議を実施し、同盟国にもインド太平洋地域における自律的な役割を拡大することが求められるのである。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

最新の論考や研究活動について配信しています