分断する世界で日本に求められる役割とは何か(船橋洋一・細谷雄一・神保謙)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

「API地経学ブリーフィング」を開始して1年になりました。トランプ政権の登場で「世界の分断」は加速し、コロナの時代にその勢いは増しています。
分断される世界において日本に求められる役割とは何か──。API地経学ブリーフィング連載1周年として開催した、API理事長 船橋洋一、API研究主幹・API地経学ブリーフィング編集長 兼 慶應義塾大学法学部教授 細谷雄一、API-MSFエグゼクティブ・ディレクター 兼 慶應義塾大学総合政策学部教授 神保謙による鼎談を3回にわたり掲載します。
第1回目のテーマは「地経学の構造変動―リアリティー・チェック」です。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/423831

   

「API地経学ブリーフィング」No.49

2021年04月20日

分断する世界で日本に求められる役割とは何か ― 大きく変動した日米中めぐる国際秩序の本質

 

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
理事長
船橋洋一

 

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
研究主幹
慶應義塾大学法学部教授
細谷雄一

 

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
MSFエグゼクティブ・ディレクター
慶應義塾大学総合政策学部教授
神保謙

 

 

アメリカ衰退論と中国覇権主義

細谷 雄一(以下、細谷):2013年2月に、第2次安倍政権発足後最初の日米首脳会談が開催されてから8年あまりが経過し、米中関係、日米関係は大きく変化しました。

2013年当時は、安倍首相(肩書はいずれも当時)の歴史修正主義がアジアの平和を壊すという批判があった一方で、オバマ政権下で米中関係は比較的安定していました。が、トランプ政権の誕生で米中関係における緊張が高まり、米中は対立を深めていきました。とりわけ、昨年5月、アメリカのポッティンジャー大統領副補佐官の演説(5月4日、バージニア大学で開催されたシンポジウムにオンラインで参加し、中国語で演説。習近平体制の言論弾圧を厳しく批判した)を振り出しに、この1年で米中はさらに対立を激化させています。

地経学の構造変動という観点から、こうした変化をどのように捉えることができるのか。変化の意味と本質はどこにあるのでしょうか。

船橋 洋一(以下、船橋):8年前と今の日米関係には大きな変化が見られます。安倍首相に対する厳しい評価もあって、2013年当時、オバマ政権は日本に対して非常に冷ややかでした。それと比較すると今の日米関係はとても良好です。

バイデン政権の日本への期待は大きく、例えば、就任前に日米安保第5条を尖閣諸島に適用すると明言したり、先日オンラインで開催されたクワッドで「自由で開かれたインド太平洋の構想」を支持したりということがありました。バイデン政権の日本への接近ぶりは顕著です。そのような状況で、4月16日からの日米首脳会談は、成功が約束されているような中で開催されました。

つまり、この8年の間で、アメリカ側からみた日本の戦略的価値が、期待も含めて非常に高まったということです。

その理由は、米中関係が質的に大きく変化したことにあります。変化の1つは、アメリカ衰退論を信じているかに見える中国の「アメリカ何するものぞ」といった態度と振る舞いです。アメリカを中心とする国際秩序が崩壊過程にあると中国は捉えている。そのようにアメリカはみなしている。そうした変化が、アメリカの対中戦略転換を促し、日本の戦略的価値を高めたと見ることができます。

それと表裏一体の関係にあるのが、中国の覇権主義的思考、「覇権」という言葉を使わないとすれば、中国天下思想でもいいかもしれません。要するに中国が国際秩序の中心にある、あってしかるべきだという思考です。中国は国連ファミリーにしても一帯一路沿線国にしても、中国は世界の「多数」から支持を受けているという感覚を抱いており、アメリカをはじめとするいわゆる西側諸国は「少数」であると主張しています。

とはいっても、アメリカ主導のこれまでの国際秩序のすべてを破壊しようと意図しているわけではありません。しかし、これまで国際秩序を主導してきた「少数」の西側の“既得権益層”の論理に対して世界の「多数」の論理が取って代わるべきだ、それを中国が主導するのだという意思をより明瞭に示しつつあります。それも、今までとは大きく違う変化だと思います。

 

地経学的闘争

もう1つ、この8年の間に世界で起こった変化で見逃せないのが、国際政治のパワーゲームの中で、経済がパワー化する、場合によっては武器化させられる、そうした地経学が大きな役割を占めるようになったことです。

トランプ政権は、中国の地経学的脅威に対して、関税引き上げという対抗措置を繰り返しました。バイデン政権も基本的には同じスタンスで対応すると思われます。つまり、共和党から民主党に政権が代わっても、地経学的な対中姿勢にほとんど変わりはなく、ここでは超党派的な合意に近いものが生まれ始めているということです。

アメリカの世論調査では、67%が中国に好意を抱いていないという数字が出ています。中国による核攻撃の可能性といった軍事的脅威ではなく、むしろ、AI(人工知能)やバイオ、量子コンピューティングをはじめとする第4次産業革命をめぐる技術覇権闘争やサイバー攻撃、軍民融合、社会監視体制、戦略企業に対する巨大な政府補助金、さらにはアジア太平洋における中国の勢力圏拡大などに脅威を感じ始めていることがあると思います。

その象徴の1つが、アメリカ政府の日本を含む第3国に対する中国への半導体の再輸出禁止措置でした。

一方で中国は、半導体禁輸といった、サプライチェーンの急所を突く地経学的脅威に対し、グローバルサプライチェーンを中国にとって信頼できるものに組み換え、世界各国の中国への依存度を高めていく「拉緊」政策を打ち出しています。経済関係相互依存の非対称性、つまり中国に対する相手国のより大きな依存を、地政学的な目的のためにテコとして使い、相手国に対する経済圧力を強めようというわけです。

こうした米中の地経学的な対立が長期化すると、日本のように両国への経済依存度が高い国々は、大きなリスクを負わされることになります。例えば、日本企業が中国への半導体の再輸出をアメリカから禁止され、中国企業との契約を守れなかった場合に、中国企業から損害賠償を請求されるといった事態が想定されます。今後さらに大きくなっていく可能性が高いこのようなリスクにどう対処するかが、今後の日米、日中関係の課題となっています。

日米は同盟国ですが、アメリカの商務省がエンティティー・リストと呼ばれるブラックリストに入れた中国の企業とは取引するな、と打ち出して、あわててそれに対応するというようなことではなく、日米両政府がこのような地経学的リスクとそれに対する対応策を両国の安全保障政策の中へ明確に位置づけ、それを遂行するための政策協調を行う必要があります。

 

自由主義経済の後退

神保 謙(以下、神保):私は地経学(ジオエコノミクス)の観点から、米中関係を中心とした構造変化を考えてみたいと思います。

アメリカ外交評議会のロバート・ブラックウィルは、地経学を「経済的手段を用いた地政学的目標の追求」と定義しています。近年、地経学が重要視されるようになった背景には、安全保障と経済の領域が接近し、ジオエコノミクスという概念抜きでは、地政学を検討することができなくなったことがあります。

今世紀初頭には、アメリカを中心とした多くの国々がグローバリゼーションを推進し、経済の自由化をイノベーションの源泉とみなしました。トーマス・フリードマンの『フラット化する世界』に代表される世界観です。中国もまたグローバリゼーションの最大の受益国だったと言ってよいと思います。

ところが、「象のカーブ」が示すように、過去20年間に新興国の富と超高所得者の富は急速に拡大したものの、先進国の中産階級や労働者の中位所得は停滞しました。グローバリゼーションの恩恵が偏在していることを、先進国の中産階級自身が深く自覚するようになりました。アメリカのトランプ現象や、イギリスのブレグジットを推進したのは、こうした層の鬱積した不満であり、「中産階級のための外交」を掲げるバイデン政権も、彼らを強く意識せざるをえません。

トランプ政権がいみじくも「経済安全保障は国家安全保障である」と位置づけたように、経済と安全保障は接近し、経済政策は国内の利益配分と密接に関連し、また経済連携や貿易投資関係を通じて地政学的目的と接続されるようになりました。

1年あまりに及ぶウィズ・コロナの経験の中で、世界秩序がどのように変化したのかとの議論が盛んですが、アメリカ外交問題評議会会長のリチャード・ハースが指摘しているように、今回の世界的なパンデミックは世界秩序を転換させたのではなく、すでに起こりつつあった変化の速度を加速させたことは明白です。

国内外を問わず、人々の移動の自由は制限され続けていますが、モノ、金、デジタルのサプライチェーンの連結性は依然として維持されています。その中で、新型コロナウイルスの発生源だとされている中国が、いち早くコロナ禍から抜け出して経済成長していることが、世界秩序の変化をさらに加速させているのだと思います。

世界秩序の変動はコロナ以前からすでに非常に深刻でしたが、それは主に3つの変動で構成されています。

1つはグローバルなパワーバランスの変化、2つ目は自由主義経済から国家資本主義への転換、そして3つ目が、世界的な民主主義の後退です。非効率は民主主義の宿命ですが、ガバナンスモデルとしての民主主義の非効率を問題視する人々が増加し、この15年間にわたって世界的に民主主義の後退現象が続いています。

そのような秩序の変動の中で、船橋理事長が指摘されたアメリカ衰退論のような議論が出てきているのだと思います。安全保障の領域では、アメリカが単独で中国に対する通常戦略での優位性を維持することが難しくなっています。

さらに、アメリカは依然として大規模な国際紛争を抑止し、制御する圧倒的な軍事力を備えてはいますが、かつてアフガニスタンやイラクで行ったようなグローバルな軍事介入に対し、国内の支持を得ることが難しくなっている状況です。また軍事介入すべきか否か即座に判断できないグレーゾーンの事態に対する有効な抑制モデルを構築できていません。

中国が南シナ海などで海洋進出を繰り返したり、あるいはさまざまな地域で権益の拡大を試みたりしている背景には、アメリカ衰退論に見られるように、アメリカのプレゼンスの低下があります。これがパワーバランスの変化です。

 

国家資本主義

次に、国家資本主義への転換です。世界の工場と呼ばれた中国は、輸出主導型経済で目覚ましい発展を遂げ、今世紀初頭に盛んに議論されていたのは国有企業や金融システムの自由化です。かつて1990年代半ばにポール・クルーグマンが「幻のアジア経済」で論じたのは、自由化なきアジア経済に生産効率の改善は望めないという議論でした。しかし、今や中国の国有セクターは「フォーブス500」の時価総額ランキングの常連です。

理由はいくつかありますが、1つは、中国経済の構造の変化です。中国経済は、製造業やエネルギー産業、金融産業などを中核として成長を遂げましたが、過去8年の間に、バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイに代表されるICT企業が、もう1つの核として中国経済を主導するようになるほど目覚ましい発展を遂げました。

製造業などのさらなる発展には、経済の自由化が不可欠でしたが、デジタルエコノミーの台頭で状況は変わりました。共産主義体制の中国では、ビッグデータに代表されるデジタル資源が国家ガバナンスの基軸となってしまったからです。

加えて、習近平体制の強権的体質が明らかになるにつれ、自由化へ向けた政治改革への期待もしぼんでしまいました。自由化に向けた中国の改革への期待がしぼんでしまった結果、アメリカでは共和党だけではなく民主党も含め、超党派的に中国への関与政策は役割を終え、戦略的な競争を推進しなければならないという合意が生まれたのだと思います。

つまり、船橋理事長のご指摘どおり、トランプ政権が過去4年間で推進した関税や中国企業への規制などの対中政策は、トランプの個性や党派性を帯びたものではなく、バイデン政権にも引き継がれていく性質のものであることは明らかです。米中の経済摩擦は、関税だけでなく、対内投資規制や輸出管理、新興技術管理、政府調達規制といった幅広い分野に及んでおり、今や経済的な戦時体制に入ったと言っても過言ではない状況にあります。

こうした中で、それまで経済の自由化を競ってきた国際秩序は戻るべき場所を失い、国家資本主義に向かっているというのが現在の流れではないかと思います。

後に、パワーバランスの変化と国家資本主義への傾倒という状況の中で、グローバルなガバナンスのメカニズムとしての民主主義が、極めて厳しい状況におかれています。フリーダム・ハウス(アメリカ・ワシントンに本部のある国際NGO団体。自由と民主主義の状況を監視する)によれば、2006年から15年間継続して民主主義が後退する現象が続いており、世界は民主化への潮流を取り戻すことができない状況にあります。さらに、そうした状況にコロナ禍が加わり、過去1年間に約80カ国で民主主義が弱体化したと報告されています。

ニュージーランドや台湾などが、民主主義の中でコロナ禍を乗り越えようとしているといった明るい例がないわけではありませんが、過去15年間にわたり継続して民主主義が後退し、それを押し戻そうという力が生み出せていないことは深刻に受け止めなければならないと思います。

 

米中機軸から日米機軸へ

細谷:船橋理事長からご指摘のあった日米、米中関係の地殻変動と、神保さんによるその背景分析に、異論はありません。私は、その変動を歴史的に位置づけてみたいと思います。

冒頭での理事長のご指摘どおり、2013年2月の日米首脳会談はわずか2時間弱の短い会談で、オバマ政権は日本に対して冷ややかでした。それは、この時期のアメリカが米中関係を中核に置いた国際秩序を想定していたからだと思います。同じ年の6月に2日間にわたりアメリカ・サニーランドで開催された米中首脳会談では、オバマと習近平がそろって歩く姿が世界に配信され、多くの人々は、世界の秩序が米中両国=G2の協力によって作られていくことになることを実感しました。

さらに、11月にはライス大統領補佐官がジョージタウン大学での演説で、米中間での「新型大国関係」の構築に触れ、アメリカがアジアの国々のなかで最も関係を重視しているのは、同盟国の日本ではなく、中国であることを印象付けました。

これは、日米同盟の重要性を注視し続けてきた多くの人にとって驚きでした。オバマ政権は同盟関係より経済を重視しているという印象が広まり、自由と民主主義という価値を共有する同盟国の日本より、価値を異にしていても、世界第2位の経済力を誇る中国との提携を重視しているのだというメッセージに聞こえたからです。

ところが、今回の日米首脳会談では、価値を共有する日米両国が、「自由で開かれたインド太平洋」をともに構築していくことが確認されるはずです。つまり、この地域での、米中機軸から日米機軸への転換が確認される。それが大きな変化であり、歴史的意義だと私は考えます。

この変化をさらに長いスパンで捉え直すと、1つには1989年の冷戦終結後の世界で、誰もが疑わなかった民主主義拡張の潮流が大きく変わりつつあると言えます。

この年に、フランシス・フクヤマが有名な「歴史の終わり」という論文を書いています。その中でフクヤマは、共産主義のイデオロギーが敗北したことにより、自由民主主義が世界中に拡張していくという、非常に楽観的な青写真を示しました。つまり、イデオロギー的にはアメリカの価値観に対抗する勢力が、歴史的に消滅したことを想定したのです。

ところが今日の世界では、アメリカ大統領であるバイデンが、「民主主義勢力と専制主義勢力の対立の構図」を国際秩序の基本と捉えています。それを「冷戦」と呼ぶか否かは別の議論となりますが、少なくとも、アメリカの現職大統領が世界の秩序を米中対立の構図で捉えているという事実は、重要な意味を持ちます。つまり、1989年当時の、自由民主主義が中国を含めた世界に浸透していくという楽観論は消滅したということです。

 

介入の時代から不介入の時代へ

2つ目は国際紛争への人道主義的な介入の挫折です。1999年にコソボ紛争が起こったとき、アメリカをはじめとする西側諸国は、人道的な危機に対して躊躇なく軍事介入しました。このとき、紛争が多くの市民の人権を侵害する局面においては、軍事介入することをスタンダードな対応とする、人道主義に基づいた介入主義の時代が始まったわけです。

ところが、その後、アフガニスタン戦争とイラク戦争の失敗で、アメリカが力の限界に直面し、状況は大きく変化しました。介入の時代から不介入の時代への転換です。

不介入に舵をきったのはオバマ政権でした。コソボ紛争から10年後に成立したオバマ政権は、世界の警察官としてアメリカが世界の問題に介入する時代ではなくなったことを、間接的に告げたのだと思います。オバマ大統領は、シリア政府が化学兵器などの大量破壊兵器を用いることが、アメリカの軍事介入の「レッドライン」であるように述べながら、後にそのような発言があったことを自ら否定して、大きく揺れ動きました。この転換が、船橋理事長が指摘されたアメリカ衰退論のきっかけとなったのだと考えます。

アメリカの一国主義はトランプ政権時代に加速しましたが、トランプは起点ではなく、グローバルな介入主義に消極的になったオバマ時代からの12年間が、今日の構造変動の1つの契機となっているのだと思います。

さらに、今日の日米機軸をもっと長い歴史的なスパンで位置づけると、それは第二次世界大戦中の1941年8月に発表された大西洋憲章の思想を引き継いだ、その新しい姿なのだと考えます。言うまでもなく、大西洋憲章はルーズベルトとチャーチルによる首脳会談後に発表された声明で、価値を共有する米英が基軸となって目指すべき、大戦終結後の世界秩序の原則を示したものでした。

今日、私たちが見ているのは、今や大西洋ではなくインド太平洋を舞台に、価値を共有する日米が国際秩序の中心となって、安定と繁栄を目指そうとする姿です。

1941年はいみじくも日米開戦の年ですが、太平洋を舞台に激しく戦った両国が、80年後の今、インド太平洋における民主主義や人権、法の支配といった価値を確立していこうとしている。今回の日米首脳会談は、そのような意味で、大西洋憲章に並ぶとまでは言いませんが、重要な意味を持つ会談になるのだと思います。

さらに言えば、1942年1月に公表された連合国宣言は、米英にソ連と中華民国を加えた4カ国が中心となって起草しています。4カ国が共有していた価値はファシズムとの対決にすぎず、ソ連や中国は十分に民主的な国家とは言えませんでした。しかし、今日、インド太平洋の安定と繁栄を目指して結集したクワッドの4カ国、すなわち日米印豪はいずれも民主主義の価値を共有しています。それは、民主主義を拡張するという意味で、非常に重要なポイントです。

 

経済重視から価値観重視への転換

国際秩序の変動の歴史でもう1つ見逃すことができないのは、1971年のニクソン訪中が端を開いた米中国交正常化です。今日、ニクソン・ショックと呼ばれている歴史的出来事です。このとき、アメリカは共産主義勢力の中華人民共和国を、事実上、中国の政府と認めました。つまり、ニクソンとキッシンジャーという2人の現実主義者は、自由と民主主義の価値を共有することの重要性を大きく後退させ、経済を重視して価値観の異なる中国と提携することを戦略的に決断しました。

こうした歴史的経緯を踏まえ、例えば、楊潔篪国務委員や王毅外交部長は経済的、戦略的利益を前提とした米中の協力を呼びかけましたが、アメリカはそれとは距離を置いています。つまり、米中国交正常化から約50年を経て、アメリカは価値を共有する同盟国との関係を優先し、民主主義勢力と専制主義勢力の対立というイデオロギー的な構図で、世界秩序を捉えるという姿勢に逆戻りしたと言えます。

2021年は後に振り返ったとき、アメリカがニクソン・ショック以降に踏襲してきた米中関係の安定的戦略的な管理の時代から、日米を中心とした同盟国との提携を優先する時代に転換した年として記憶されることになるのだと思います。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所、その他著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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