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中国海警法は日本の海洋秩序をどう変えるのか(武居智久)

「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/419372

   

「API地経学ブリーフィング」No.46

2021年03月29日

中国海警法は日本の海洋秩序をどう変えるのか ― 法執行と防衛行動の隙間を埋めねばならない

元海上幕僚長、元海将
武居智久

 

 

南沙諸島の実力支配は戦略的国境拡大の典型

今年2月1日に中国で成立・施行した海警法。海警機構の任務や権限を明らかにした法律だ。一方、国際法に反すると指摘を受ける部分や意図的に曖昧性を残した部分もあり、かえって疑念を抱かせることになった。今回は、海警法がわが国の海洋秩序維持に及ぼす影響を中国の南シナ海の島嶼占拠と比較して考察したい。

政治学者の平松茂雄は中国には地理的国境と戦略的国境の2つの国境があることを紹介している。地理的国境は国際的に認められた領土・領海・領空の限界であるが、戦略的国境は国家の軍事力が実際に支配している国家利益と関係ある地理的空間的な範囲であり、軍事力とその後ろ楯としての総合的国力が備わったとき外に向かって拡大できる。

中国の南沙諸島の実力支配は戦略的国境を拡大した典型と言える。中国は建国当初から南シナ海に所在する島嶼の領有を主張していたが実効支配した島嶼はなく、国際の場やメディアを介して中国が領有する正当性を訴えただけだった。

1974年に南ベトナム(当時)から西沙諸島を奪取すると、中国は南沙諸島の岩礁に次々に主権碑を建て、外洋展開能力を保有するまでに成長した海軍を使って1987年のファイアリークロス礁を皮切りに南沙諸島の6岩礁を1年のうちに占領した(ミスチーフ礁は1995年)。以後、中国は占拠した島嶼の恒久化を図り、1992年には中国領海及び接続水域法(領海法)を制定して南沙諸島の領有を「正当化」した。

領海法は法執行の一部である追跡権の行使を中国軍の艦艇と航空機に委ねた。これは当時の中国の海洋法執行機関が機能ごと5つに分立し、保有船舶の大半は500トン未満の小型船で外洋の追跡には不十分であったため、実質的な法執行は海軍に頼らざるをえなかった理由による。

海洋法執行機関は2010年代から大型化と重武装化を進め、2013年には中国海警として再編・統合され、法執行には過大な76ミリ砲を搭載した排水量1万トンを超える巡視船を建造するなど、質量ともに周辺国の海上法執行機関を圧倒する規模へと発展を遂げた。

2018年7月、中国海警は武警海警総隊に改編され、中国中央軍事委員会の指揮下に入り、そして今回の海警法が依拠する法律を与えたことで、海警機構は実力と権限の双方で中国の海洋権益の擁護と法執行を主体的に受け持つ組織となった。

海警法を領海法に重ねると、中国は戦略的国境を拡大する手段として海警機構の活動を「正当化」するために必要な国内法を整備したと見ることができる。

 

海警法があいまいにした境界

今まで海洋秩序維持は、平時は法執行機関が担い、高烈度事態や戦争には軍事組織が交代して対応すると整理できたが、海警法はこの境界をあいまいにする。海警法の条文を読む限り、中国政府は主権を含む権益擁護と法執行は不可分と考えており、それと異なる任務として国防法や武警法などに基づく防衛作戦を別に規定している。つまり、海警機構は法執行と自衛権に準じた主権擁護を戦争に至らない極めて濃いグレーの事態まで幅広く担当し、必要時には軍事作戦に従事するということである。

わが国の場合、平成27年5月の閣議決定によって、離島等の保全に当たり、領海及び内水で無害通航に該当しない外国軍艦には海上警備行動を発令して自衛隊が対応することを基本方針とした。海上保安庁法25条が海上保安庁の活動を非軍事に限定し軍艦の違法行為には対応ができない理由があったが、それとは別に、事態がエスカレートした場合、軍事作戦はもっぱら軍艦が行うとの仮定があったと思われる。

わが国は自衛権を発動する要件に自ら厳格な制限をかけ「組織的・計画的な武力攻撃」としている。そのため、法執行活動と防衛行動の間には大きな隙間が生じてしまい、隙間を埋める目的で自衛権に準じた領域警備任務を検討したものの結論を得ず、代わって報告や命令の迅速化によって任務の切れ目を局限する措置が基本方針に盛り込まれた。

しかし、この基本方針では海警機構に十分対応できないことは明らかであり、グレーゾーンにおけるわが国の海洋秩序維持を複雑化する可能性が高い。

まず、海警機構の防衛作戦への移行手続きが明らかではない。アメリカ沿岸警備隊の場合、通常は法執行活動を任務としているが、海軍として機能させる際は議会もしくは大統領から指示を出すことを法律で明記している。このままでは、こちらが気づいたとき海警機構はすでに軍事活動に従事していたといった事態も起こりうる。

 

混乱生む可能性がある武力行使の規定

海警法の武力行使の規定も混乱を生む可能性がある。海警法は、国家主権、主権的権利及び管轄権が外国の機関および個人により不法に侵害されている場合、「武器を含めたすべての必要な措置」をとる権限を付与している。この規定は、現場に無制限の権限を与えることにほかならず、自衛隊法で言えば防衛出動を命ぜられた部隊に認められる武力行使の規定に近い。

また、今年3月初めの第13期全人代の活動報告が「海警法は習近平強軍思想を貫徹し、新時代の国防と軍隊建設の需要に応えるために制定した」と明記したことを考えれば、海警機構は武力行使の規定を満たすように武装を強化していくと考えてよく、グレーゾーンでの対応、とくに武器の使用の判断を複雑化させることは不可避であろう。

それでは海警法と海警機構にはどのように対応したらいいだろうか。

海上自衛隊に領域警備任務を付与して対応させることは可能である。しかし、海上自衛隊が領域警備に適した艦種を欠く現状では、当初から大型重武装の護衛艦を投入することになり、意図せず事態をエスカレートさせるおそれがある。また、日中海軍力バランスが中国優位に傾き、太平洋の米中バランスの逆転も予想される現在の戦略環境では、何にも増してエスカレーション回避を優先させなければならないであろう。

海警法から想定される事態を分析し、現行法で対応可能な事態の上限を見極めつつ、海上保安庁の法執行活動で一貫して対応することも一案である。しかし、事態の烈度が高まるとともに海上保安庁を法執行の枠を超えた軍事行動の領域にまで活動させる懸念があり、いずれ海警機構が第2海軍の体裁を整えていけば法執行のみでは必ず立ち行かなくなる。

また、海上保安庁が法執行を継続中であれば、事態様相にかかわらず政府の武力攻撃事態の認定を難しくし、武力攻撃事態を要件とする日米安保5条の発動の要請を遅らせる可能性も指摘できる。

したがって、海警法の突きつける本質的な問題を解決するためには、わが国はいずれにしても法施行と防衛行動の間にある任務の隙間を埋めなければならない。

 

重層的な施策が必要だ

まず、自衛権の発動要件を、国際司法裁判所のニカラグア事件の判決に準拠して「武力攻撃(最も重大な形態の武力の行使)」へと見直し、任務の隙間を狭めることの検討が求められる。次に、発足から70年以上にわたって法執行に純化してきた海上保安庁の任務に自衛権に準じた主権擁護を加え、海上保安庁を新たに出現した海洋秩序維持のパラダイムに適応させる必要がある。

国家危急のときには保有するすべての国家機能や能力を統合的に使用することは当然であり、海上保安庁もその例外ではないということである。海上自衛隊には、新たに導入する小型軽武装の哨戒艦に平素から領域警備の任務を付与し、護衛艦部隊とともに海上保安庁をバックアップさせる。また、グレーゾーンにおける情報の不確実性を改善するために、監視衛星や無人機によって常時持続的な広域監視体制を構築することも必要であろう。

今後、海警機構は海洋における現状変更の主体となって活動すると見込まれるが、こうした重層的な施策をとれば、わが国の海洋秩序維持を確実とするばかりか、事態が生起した場合にも能動的な対応ができるのではないだろうか。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所、その他著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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